プロローグ~一九九九年七月
一九九九年、七の月
空から恐怖の大王が降ってくるだろう
──ミシェル・ノストラダムス『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』
一九九九年七月十三日。
日本最大の歓楽街、東京都新宿区歌舞伎町を管轄する歌舞伎町交番で、書類仕事に一段落ついた若い警官が、椅子の背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。壁に掛かった時計に目を向けると、針は午前八時過ぎを指していた。
(「もうすぐ交代か」)
警官は安堵の息を吐きながら、机上の報告書に目を落とす。
酔っ払いの相手、ケンカの仲裁、ぼったくりの訴え。歌舞伎町では毎晩のように繰り広げられるありふれた出来事が、文字と数字の羅列となって報告書の紙面を埋める。発砲事件が起こらなかっただけ、昨夜は平和だったと思う程度には自分も経験を積んできたかと警官は感慨にふけりながら、通勤の時間で行き交う人が増えた外の道路をガラス戸越しに眺めていると、
「何だあれは!」
「彗星か!?」
突然外が騒がしくなり、警官は外へ出る。
立ち止まっている通行人達は空を見上げ、指差しながら騒いでいるので、警官も指さす方向を見上げると、青空を横切るように煙の尾を引きながら光の玉が飛んでいるのが見えた。思いもよらないものの出現に呆然としている間に、光の玉はより大きくなって、辺りに轟音を響かせる。
(「もしかして、落ちてくる!?」)
もはや直視出来ないほどの光になって、音で方向を探ろうとするが、音量が大きくなりすぎたので両手で耳を覆う。すると、フッと音が止み、次の刹那、視界が閃光で真っ白になり、続いて両手で耳を覆っていても鼓膜が破れそうなほどの爆発音と共に、警官の意識は途絶えた──
何秒、それとも何分経っただろうか、警官が意識を取り戻すと、自分が衝撃で倒れている事に気付いて立ち上がる。周りの建物の窓ガラスは全て砕け散り、破片が道路に散乱して、自動車もある車は横転し、またある車は建物に突っ込んでいる。通行人達も、ある者は呆然と立ち尽くし、ある者は走って逃げていき、ある者はオロオロと周りを見回している。
「おい、何突っ立ってるんだ!」
そう背後から声を掛けられて振り向くと、先輩の警官が緊迫した表情で交番から出てくる所で、
「近くに隕石が落ちたみたいだ。混乱の収拾に本署から応援が来るが、俺達も先に行くぞ!」
先輩警官が腰の右側に付けられたホルスターを軽く叩いてみせると、警官も気付いて自分の拳銃がホルスターに収められている事を確認する。
(「街中に隕石が落ちて、このパニックぶり──まるで世界の終わりが始まったみたいじゃないか!」)
そんな事を考えながら、若い警官は先輩警官に付いて走り出した──
一九九九年七月、奇しくもノストラダムスの予言に記された年と月に世界中の天文台が地球に向かってくる大隕石群を確認。世界中が一致団結して隕石群の地球衝突を回避すべく動くが、実際は一致団結どころか国家間の主導権争いや、大国優先の計画に対する小国群の抗議行動などでまとまりを欠き、技術的な問題も手伝って、結局ろくな対策も打ち出せない上に、混乱を恐れた各国の方針で情報管制が敷かれた結果、一般人には何も知らされないまま、隕石群は地球上に落下。世界各地で物的・人的共に甚大な被害がもたらされる。
だが、後世の人は言う。そうして始まった二〇世紀の終わりも、その後に続く二一世紀の前の序章でしかなかったのだと──




