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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無能な少年は勇者パーティから切り捨てられた……が、何もかも遅すぎたようです

作者: 赤弁当箱

ある映画を見ていたら昔友人に某映画を予備知識なしで見せられたのを思い出し、書き上げました。

「どうしてこんなことに……」


 後悔に苛まれながら、青年は小声で呟く。


 青年は地下牢らしき場所に監禁されている。


 今は金属製の椅子に座らされ、両手足に(かせ)をはめられ、身動きが取れない。


「ウギャアアアアアアア!」


 隣では、同じく拘束された屈強な男が拷問を受けている。


 青年と男の向かいではうら若い女が2人、必目を閉じて身体を震わせる。


「いい声だ。コクがあって悪くない。だが今は喉ごしって気分だな……よし、次はこいつだ」


 そして拷問をしているのは、黒髪に小柄で瘦せぎすな少年だ。


 少年は男の両手の爪と肉の間から針を引き抜き、金槌で男の股間を殴りつける。


「ゲァッ!?」


 間髪入れずに2撃目を入れると、男の頭がガクリと垂れ下がる。


「また死にやがったか。これで6回目だぞ……それでも重戦士かよ。さっさと起きろ!」


 少年が頭を小突くと、男は何事もなかったかのように目を覚まし、叫ぶ。


「ま、まただ! また俺は……!」


 監禁以来、ずっと拷問されていたが、死んでも蘇生することが繰り返されていた。

 空腹や睡魔もなく、発狂してもすぐ回復するという状況だ。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「主よ我らをお救いくださいどうかお慈悲を……」


 女の片方は早口で謝罪を繰り返し、もう片方は神へ祈りを捧げているが、無駄なことだ。


 少年は人間大の石板を数枚重ね、軽々と片手で持ち上げると男の膝上に乗せ、謝り続ける女に近寄る。


「さっきも言っただろ? 俺は怒ってないって。むしろ感謝しているくらいなんだぜ? てめえらのおかげで力を取り戻せたんだから」


 青年たちは神託で選ばれた勇者であり、少年はその同行者であった。

 だが、優れた才能と実力を備えた青年たちと違い、少年はなんの取り柄もない無能で、虐げられて当然の弱者だった。


「どうしてこんなことに……」


 どこで過ちを犯し、なぜこんな結末に至ったのか。


 答えを知るには、1ヶ月ほど時を(さかのぼ)らなければならない。




「おい穀潰し! さっさとしろ!」

「は、はい!」


 罵声が飛ぶと、俺は必死に息を切らして返事をする。

 今歩いているのは大陸北部のブラキオ山脈。険しい山道が続き、空気も薄い。

 俺と違い、4人の男女は平気な顔をして歩いている。

 それもそのはず、4人は神託で選ばれた勇者パーティーだ。


「まったく、運び屋でも雇えばよかったぜ」


 最初に吐き捨てたのは、剣士のウィル・ワイルド。

 優れた剣技と突出した魔力を併せ持つ。


「よせよ。一応神に選ばれたんだ……役立たずを選んだ気が知れねえけど」


 露骨に見下してきたのは、重戦士のオーランド・ベック。

 人間の域を超えた怪力と頑強さを備える重戦士だ。


「法皇様はお年だし、お告げの解釈を間違ったのかも。でなきゃカスが選ばれるわけがないじゃん」


 嘲笑するのは、魔術師のレイナ・クラレンス。

 100年に一度の逸材と言われ、魔術アカデミーを首席で卒業した天才だ。


「不敬ですよ、レイナさん。救いようのない芥塵に劣る存在であっても、神のご意志なのですから」


 窘めると見せかけて皮肉ったのは、聖女のクロエ・ハーウェイ。

 世界最大の宗教『天主教』の修道女で、補助魔術の達人だ。


 彼らは世界各地に侵攻中の魔族を倒すため、神託で集められた勇者だ。


 一方の俺は4人の出発式を見物中、突然法皇に同行者として指名された、という立場だ。


 最初は丁寧に接していた4人だが、大した能力がないと判断してからは辛辣に当たっていた。

 もっとも、彼らの態度が悪いのは俺だけではない。

 王侯貴族や天主教の司教にこそへりくだるが、それ以外の人間には傲慢な振る舞いを繰り返し、暴力も平気で振るうので評判は最悪だ。


 だが俺……ジャック・レントは何も言わない。彼らの言う通り、今の俺は同じ13歳の少年と比べても平均以下の体格や能力しかない。

 やれるのは雑用だけだ。それも仕事が遅いと殴られる。

 

 それでも同行しているのは、今の扱いが前よりずっといいからだ。


 4人は俺が追いつくのを待ち、まずウィルが殴る。


「いつまでチンタラやってんだ!」

「す、すいません……」

「すいません、じゃねえんだよ!」

「いい加減にしてよ!」


 青タンを頬に作ったところでオーランドが腹を殴り、レイナが頭を杖で強打し、這いつくばらせる。

 クロエは鼻で笑うだけだ。


「余計な時間を取らせやがって……これから魔族の前哨地を攻撃しなくちゃならねえのに!」

「で、ですが、どれだけの魔族がいるのか……」

「口答えすんのか!?」


 ウィルが頭を踏みつけ、額を山道に押し付けてくる。

 ウィルたちは今まで苦戦したことがなく、最短ルートを通り続けていた。

 慎重論を言ったところで、こうなるのはわかっていた。


 結局、オーランドが唾を吐きかけて終わり、俺はよろけた足取りで追いかける。

 少し歩くとモンスターの咆哮がする。


「モンスター……野良か?」


 そして地響きと共に、巨大なイノシシ型モンスターが突進してくる。


「あれ、タイランドボアじゃない!」

「なんだと!? 確か魔族領にしか……」 

「つまり魔族流の歓迎だろ!? 返り討ちにしてやる!」


 ウィルの一言で4人は戦闘態勢に入り、迎撃を開始する。


「いきます! フォトンシールド!」


 最初にクロエが光の障壁を発生させ、突進を受け止める。


「食らえ! 疾風迅雷剣!」


 ウィルが風と雷を剣に纏わせた斬撃を放ち、足を斬る。


「竜巻殺法、受けてみな!」


 さらにオーランドが斧を高速で振り回し、何度も叩きつける。


「これでトドメ! ボルケーノストリーム!」


 最後にレイナが超高熱の火柱を噴き上げさせるが、ダメージを受けた様子はない。

 それどころか怒りの咆哮を上げ、再度体当たりをして障壁にヒビを作る。


「嘘だろ!?」

「さすがはボスモンスターってところだな……」


 唖然とするオーランドに対し、ウィルは笑ってみせる。

 一方、俺はバッグからマジックポーションを出し、4人に渡す。


「遅い! もっと早く渡しなさいよ!」


 飲み終わったレイナが空瓶を俺に投げつけ、他の3人も非難の眼差しを向ける。


「主よ、邪なる者から我らをお守り下さい……フォトンシールド・ヘキサ!」

「天の怒りを以って我が敵を打ち砕け! プロヴィデンスサンダー!」


 まずはクロエが五重の障壁で突進を防ぎ、レイナが上級魔術で多数の雷を落とす。


「まだまだ! 超級爆砕斬!」

「これでトドメ! 最終奥義・閃光流星万刃撃!」


 オーランドが跳躍してありったけの力で斧を振り下ろし、最後にウィルが無数の斬撃を一瞬で浴びせる。

 パーティーの最大火力を一身に受けたタイランドボアは、バタリと倒れて動かなくなる。

 同時に4人はその場で膝をつき、肩で息をする。

 俺は慌ててポーションを渡すが、遅いと全員から殴られる。

 疲労が回復した4人は立ち上がり、先に進もうとするが、地面が微かに揺れていることに気付く。


「地震か?」

「違うわね……ちょっと待って。サーチエリア!」


 エリナは広範囲探知魔術を使用し、顔色を変える。


「そんな……タイランドボアがこっちに来てる!」

「なんだと!? クソ、もう一回いけるか?」

「1匹だけじゃない! 50、いや100以上……大群が押し寄せてる!」

「なんだって!?」

 

 1体だけでも倒すのに苦労したモンスターが、大挙して押し寄せていると聞き、全員愕然とする。


「ど、どうする!? このままだと……!」

「落ちついて! タイランドボアの頭はよくないって図鑑に書いてあったわ! そして大好物は人間の肉で、血の匂いを嗅ぐと暴走するって!」

「……なるほど、神よ、この恵みに感謝いたします」


 レイアの説明を聞くと、俺以外の4人は納得した様子で頷き、笑みを浮かべる。

 そしてウィルが俺に近寄る。


「ジャック、今まですまなかった。神に選ばれたというだけで同行させられて、大変だっただろう。だから……」


「パーティーから追放してやるよ」


 次の瞬間、俺の腹を剣が貫き、入念に内臓を抉ったうえで抜かれる。


「なん、で……?」

「決まってるだろ? 穀潰しの命を役立てようってんだよ!」

「喜べよ、ゴミが人様のために働ける最後のチャンスなんだからな!」

「犠牲がなく済んでよかったわ! 足手纏いの害虫も処理出来て一石二鳥かも!」

「フフッ、神はこの窮地を切り抜けるために、忌々しき汚物を遣わしたのですね!」


 血を吐いて倒れた俺を見た4人が嘲り、最後にウィルが告げる。


「じゃあな、穀潰し。苦しんで死んでくれ!」


 そして俺が担いでいた荷物を奪い、全速力で逃げ出す。


 残された俺は何も言わず、身体を仰向けにする。

 地響きは大きくなり、多数の鳴き声が耳に入る。

 首を向けた頃には、土煙を上げてタイランドボアが迫っていた。


 俺は失笑し、呟く。


「――腹ごしらえといくか」



 大陸南部にある天主教の総本山。大聖堂の最上階には、最高指導者の法皇の御座所がある。

 そこには、斬首されて臓物を抜き取られた5人の遺体と、壁に向き合い臓器を床にぶち撒けた遺体があった。

 今は天主教内の治安維持を司る護法司教と、部下たる護法騎士が立ち入り、調査中だ。


「酷いな……」


 護法司教のトマスは惨状に顔をしかめる。

 首がない5人は枢機卿で、壁面に向き合って死んでいるのが、よりによって法皇本人だ。

 それでもトマスに悲しみなどない。


「老害め、ようやく退場したか……これで次期法皇はペテロ卿に決まったも同然だ」


 トマスは法皇と対立する枢機卿ペテロの派閥に属し、現体制下で冷遇された身だ。

 そのため、法皇が死んだ安堵と歓びに満ちている。


 それはそれとして、現場には気になるモノが遺されていた。


「生贄と我が五臓六腑を魔神アモンに捧げる、か」


 壁に大きく描かれた血文字を読んで、再度顔をしかめる。


 遥か昔、この世界に七体の邪悪な魔神が現れた。

 中でも最も強く、最も凶暴な魔神とされるのがアモンだ。


 人間や善なる神はおろか、魔神からも疎まれ、魔神と人間、善神が手を組んだほどだ。

 しかし、アモンの突出した戦闘力と殺した敵の力を吸収する特性に苦戦を強いられ、第一の魔神『バアル』以外の魔神は滅ぼされ、善神の多くも討ち取られた。

 だが、多数の英雄と最高神以外の善神が犠牲となって弱体化の呪いをかけ、最高神の支援を受けたバアルと相打ちで倒された。

 それでも魂を消滅させることは叶わず、最高神は魂を7つに分割し、別の生物に転生させて復活を阻止した、という伝説が残っている。


 魔神を信仰していたことに驚きはあるが、それ以上に喜ばしい。

 これで法皇の派閥は壊滅し、自分たちが主流派となる。


 神託と称して人格に難がある者を勇者にしたのも、魔神信仰の影響なのかもしれない。

 

 笑みを隠さず、トマスは護法騎士を呼ぶ。


「よいか、こやつは魔神を信仰する背教者だった。他にも証拠があるはずだ。必ず見つけるのだ。たとえ『見つからなくても』だ」

「はっ!」


 護法騎士たちはトマスの真意を理解し、至る所を調べ始める。

 何もなくとも証拠は彼らが創る。栄達は決まったも同然だ。


 トマスは自身の栄達を想像し、笑みを深める。


 一方、総本山の西端にある監獄塔では、長を務める司教ヤコブが頭を抱えていた。


 この監獄塔にある牢屋は、最上階の1つだけだ。

 収監されるのは天主教に対する重大な罪を犯した者で、いずれも収監して半日足らずで死亡する。

 なぜかというと、極めて高い毒性を持つ瘴気(しょうき)が最上階に充満しているからだ。


 それだけの瘴気が溜まったのは、凶悪なモンスターの魂を封じていたことに由来する。

 

 空を支配した怪鳥『ジズ』。

 海を制圧した巨魚『バハムート』。

 陸に君臨した凶獣『ベヘモス』。

 全ての命を吸い尽くす大樹『クリフォト』。

 一国を飲み込むとされる大蛇『ヨルムンガンド』。

 飢えと病をばら撒いた黒蝗『アヴァドン』。


 いずれも分割された魔神アモンの魂を持つとされ、1000年周期で出現して天主教と各国、魔族以外のあらゆる種族が総力を挙げて討伐した、強大なモンスターであった。


 監獄塔は本来、最高神が魔神アモンの魂を閉じ込め、長い年月をかけて浄化するために最高神が作ったとされる。

 もっとも、そんな与太話を信じているのは狂信者くらいで、実際は各国でも始末に困るモンスターの死骸を、仕方なく引き受けたのが真相だろう。


 ただ、高い浄化能力と遮断性を備えているのは確かだ。


 ゆえに討伐後に残されたコアを最上階に設けられた6つの部屋に保管していたが、1500年前のアヴァドンを討伐後はモンスターが現れず、いつしか処刑場代わりに使われていた。


 最上階の扉を最後に開けたのは3年前、天主教の直轄地を含む広大な地域を荒らした盗賊を収監したときだ。


 その盗賊は極めて優れた戦士であり、一流の魔術師でもあったが、凶悪さは群を抜いていた。

 襲撃した村や町の住民を皆殺しにするのは当たり前、残酷な方法で人間を処刑することを好むという鬼畜であった。

 最後は大軍に立ち向かい、捕縛された後も48回の処刑を生き残り、49回目の処刑代わりに牢屋へ放り込まれた。


 1か月後に迫る後任への引継ぎのため、その扉を3年ぶりに開いた。

 開く際は抗瘴気薬を服用し、何重もの対瘴気結界を張り、専用の防護鎧を着用し、砂時計が落ちるまでに入退室を終える必要があった。

 だが、扉を開けても瘴気がなかった。

 そして、牢屋を見たときにとんでもない事実が判明した。

  

「ヤツの姿がないなんて……」


 収監されていた盗賊がいなかった。

 正確には遺骨だが、収監者の遺骨は新たな収監のたびに回収しているし、瘴気に骨を溶かす効果はない。

 つまり盗賊は牢から生きて出た可能性が高い、ということだ。


「トマス卿にどう報告したものか……ジャック・ザ・スローターがいないなどと」


 ヤコブが真っ先に恐れたのは、上役のトマスから見放されることだ。

 ただでさえ出世コースから外れているのだ。そこに失態を知られれば、間違いなくキャリアは終わる。


「いや、最初からなかったことにすればいいのだ」


 そこで選んだのが隠蔽だ。


 幸い、盗賊がいつ出たのか定かではない。なら後任に責任を押し付けることもできる。

 盗賊が悪事を働けばバレる可能性もあるが、俗世の凡愚が何万人死のうが知ったことではない。

 善は急げだ。


「こんなところで終わってたまるか……!」


 ヤコブは部下に隠蔽作業を命じる。


 その保身が、最悪の結末を招くとも知らずに。



 『八部衆』は魔王直属の将軍だ。実力は他の魔族と一線を画す。

 『鬼将』ラジットも八部衆の1人だ。

 

 常人の倍近くはある体躯を赤黒い鎧で包み、巨大な蛮刀を背負う姿は非常に威圧的だ。


 今は飛竜に跨り、護衛のデュラハン隊を率いてブラキオ山脈上空を飛行している。


 ラジットたちは大陸北部の制圧を担当し、北部を支配する帝国の軍を打ち破り、領土の4分の1を占領し、人間を殺戮してきた。

 そして勇者一行が迫っていると知り、様子見に来たのだ。


「勇者というなら、タイランドボアは群れても倒せるのだろうな」


 タイランドボアは魔族領ではありふれたモンスターだ。

 単体の強さはさほどでもないが、群れの一斉突撃は油断できない。

 

 人間との戦いに退屈していたため、勇者の力を試すために最初はタイランドボアを単体、続けて群れで放った。

 勇者の力が本物なら、すでに群れも殲滅しただろうか。


 ふと下を見ると、無数の白骨が転がっていた。


 降下して調べると、タイランドボアの骨だと判明した。

 即座にデュラハンたちへ周辺の調査を命じ、手近な骨を手にする。


 タイランドボアの骨には大量の魔力が含まれ、武器の素材になるほどの強度を誇る。

 だが、軽く力を込めただけで簡単に折れる。

 骨の髄までしゃぶり尽くされたらしい。


 デュラハンたちが戻ってくると、タイランドボアは全て同じ死に方をしているようだ。


「ほう、この八部衆が1人、鬼将ラジットに殺される資格のある者がいるか。探せ! 勇者をここに……」

「勇者サマなら逃げたぜ?」


 ラジットの弾んだ声を、別の声が遮る。


「誰だ? まさか勇者か?」

「残念だけど違うよ」


 ラジットやデュラハンが周囲を警戒していると、気配もなく人影が姿を現す。

 背が低めで瘦せぎすの少年だ。

 その顔に浮かんでいる笑みは不敵で、邪悪だ。


 ラジットは油断せず、蛮刀の柄に手をかけて尋ねる。


「小僧、タイランドボアを殺したのは貴様か?」

「そうだよ」

「貴様が勇者というわけか?」

「だから違うって」

「なら勇者はどこへ?」

「しつこいな……逃げたって言っただろ。耳にウジ湧いてるのか?」


 少年は苛立ちを露にして吐き捨てる。

 ラジットは蛮刀を抜き放つ。


「では貴様、何者だ?」

「俺か? 俺はジャック。世間じゃジャック・ザ・スローターとも呼ばれてたな」

「……聞いたことがあるぞ。人間でありながらモンスターよりも凶暴で、モンスターにも劣る畜生の盗賊と」

「うれしいねえ……()()()()()()にも名前が売れてたとは」

「今、なんと言った?」


 上機嫌となったジャックに、ラジットが聞き返す。

 魔神バアルは、魔族の創造主であり信仰対象だが、それを知る者は魔族以外にいないはずだ。


 ラジットは表情を変え、蛮刀を振りかぶる。


「その力、試させてもらう!」

 

 そのまま蛮刀を数回振り、剣圧を飛ばす。

 モンスターでも耐えきれない強烈な衝撃を受け、ジャックの身体がバラバラになる。


「あっけないな……まさかハッタリだったのか?」


 警戒するラジットだが、いくら待っても何も起きない。


「フン、態度がデカいだけのガキか。どれほどのものかと……」

「それはこっちのセリフだよ。八部衆も大したことないんだな」


 蛮刀を鞘に納めた直後、ジャックの落胆した声がする。


「どこだ!? どこにいる!?」

「ここだ……と言ってもわかんねえか。待ってな、すぐ戻るから」


 慌てて周囲を見渡し、声が肉片からすることに気付く。


 次の瞬間、肉片が一瞬で寄り集まり、ジャックの肉体が復元される。


「なぜ人間に再生能力が!」


 目の前で起きた出来事に、ラジットが愕然とする。

 人間が再生能力を持っているハズがない。ましてやバラバラにされても再生できるのは、魔族でも魔王くらいしかいない。

 ラジットでさえ、失った四肢の一つを丸一日かけて再生させるのが限度だ。

 

 ジャックはと言うと、心底がっかりした様子だ。


「この程度とは……バアルめ、力を取り戻せてないのか?」

「貴様、何者だ!? 本当に人間なのか!?」

「小僧小僧とうるせえな……だが、この姿じゃ言われて当然か」


 思わず叫ぶラジットを一瞥したジャックの声色が突然低くなり、その身体からドス黒いオーラがあふれ出す。

 そして全身の筋肉が膨張し、背が急速に伸びて顔つきも変化していく。


 オーラが消え去ると、すでに少年の姿はなかった。

 

 常人の倍近くある体躯と、(いわお)のような分厚い筋肉。

 精悍で厳つい顔つきに、全てを射貫きそうな鋭い眼光。

 それまで着ていた粗末な旅装が姿を変えた、ボロボロの囚人服。


 全身から凄まじい闘気を発する巨漢が、そこに立っていた。



 魔神アモンとしての記憶を取り戻したのは、3年前のことだ。


 産まれたばかりの俺は記憶こそなかったが、魔神の能力や性質は若干備えていた。

 肉体(うつわ)の形や状態を自在に操作し、復元する能力、生物の精神を汚染する能力、そして魔神を含む生命体の敵意や悪意、苦痛と言った負の感情を(かて)とする性質だ。


 幸運なことに、親父は凶悪な盗賊だった。


 俺を産んだ女は、親父が寵愛していた妾で、出産直後に死んだらしい。


 それで妾を俺が殺したと恨み、殺意を向けてくれたおかげで、親父の精神を書き換えて保護者くぐつにできるだけの力と、実行に移せる理性を獲得できた。


 親父は俺に色んなことを教えてくれた。

 盗賊の流儀、部下の騙し方、魔術を含めた効率的な盗みと殺人の手段。

 だが、一番有益な教えは人を悶え苦しめ、破壊する拷問の手口だった。

 それを伝えてくれた、素晴らしい親父を俺は愛していた。

 

 成長後は親父に騙し討ち(おんがえし)をして盗賊団を乗っ取り、人生を愉しんだ。そして大国が俺を問題視し、討伐軍を派遣したところで、記憶を取り戻した。


 同時に、分割された魂のうち、6つは先に転生を果たしたこと、それらは討伐され、天主教の総本山に魂を閉じ込められたこと、俺が魔神アモンの記憶と自我の部分が転生した存在だと理解した。


 そこでわざと捕縛され、処刑を全て生き残ることで首尾よく監獄塔に収監された。

 だが、いけ好かない神が作った牢獄は伊達ではなく、俺の力は制限され、魂を解放することができなかった。


 そこで周囲に満ちた瘴気と時間を使い、封印を少しずつ削った。

 2年かけて針の穴程度の綻びを作り、今度は魂を糸のように細くして牢屋へ伸ばし、徐々に巻き取っていった。


 1年ほどで全て取り込んだが、虫けらや雑魚、トリ公などの記憶がへばりついていたので、不純物を取り除き、魂を再構築する必要があった。

 何より退屈な牢屋暮らしに飽きた俺は、瘴気を魔力に転換し、転移魔術を発動させて脱出した。


 脱出後は法皇へお礼参りに向かい、精神を汚染して下僕に変えた。


 当時の俺は力をほとんど取り戻せていなかったので、再構築に必要な時間を稼ぎたかった。


 そこで神託と称して勇者(カス)どもを集めさせ、俺は姿を変えて同行者としても紛れ込んだ。


 それから勇者(カス)の精神を汚染する予定だったが、連中は想定以上に腐っていた。


 ちょっと愚図な姿を見せれば剣士(クズ)はすぐ罵り、重戦士(ノロマ)はよく殴ってきた。

 魔術師(マヌケ)はしょっちゅう嘲り、 聖女(アバズレ)に至ってはいつも見下していた。


 弱っちいガキのフリと、たまに傷を作るだけでつけ上がり、糧を供給してくれたので、本当に助かった。


 魂をある程度再構築できたので、カス(勇者)の始末を考えていた矢先に、餞別とともに『追放』してくれた。


 また会えたら嬲り殺し(おんがえし)をしよう、と心から思う。


 そして魔族が来るのを待っていたが、とんだ期待外れで、テンションが少し下がってしまった。


 だが、食いでがあるのに変わりはない。


「まずは選別といくか……捕食結界!」


 俺は両手を広げ、結界を展開する。


 するとデュラハンの数体が苦しみ、身体が魔力の塊となって魂とともに俺に吸収される。


 この結界は弱者の肉体と魂を魔力に変換し、俺に吸収させる効果がある。


 八部衆の親衛隊ともなれば、強さは水準以上らしい。


「こ、これは……」

「どこを見てる!」


 唖然としている隙に踏み込んで、手刀をデュラハンの胴体に振り下ろし、両断する。


 それをきっかけに敵も動き、武器を手に襲ってくるが、全部返り討ちする。


 唯一、ラジットは一撃でやられず、何度も攻撃してくるが、2回ほど拳を腹に打ち込むと後退する。


「くっ、一旦退くぞ!」


 そこでラジットは撤退を命じ、飛竜に乗って飛び立つ。

 デュラハンも飛竜に乗って遠くの空へ消えて……また戻ってくる。


 唖然とするラジットに、言ってやる。


「バーカ、逃がすかよ」

「こうなれば! やれ! ヤツは飛べないハズだ!」


 ラジットの命令で飛竜はブレスを吐き、デュラハンも投げ槍や弓矢で攻撃する。


 別に魔術で反撃してもいいが、それ以上に試したいことがある。


 全身に魔力を(たぎ)らせ、叫ぶ。


「デモンライズ!」


 そして魔力を解き放ち、全身を作り変える。


 皮膚が黒く染まり、骨格と筋肉がより強靭なものとなる。

 背中から翼を生やし、尾てい骨から尾が飛び出す。

 最後に額から二本角がせり上がり、牙が口から生える。


 旅の途中、獣化や竜化の魔術を参考にカスの目を盗んで開発した、いわば魔神化の魔術だ。


 実戦投入はこれが初めてなので、いい機会だ。


「てめえらも気張れよ!」


 まずは背中の翼を広げ、飛翔する。

 一飛びで音を越えて飛竜に迫り、翼に触れた飛竜の首を切断し、衝撃波で遠くの飛竜を吹き飛ばす。

 急降下して手刀を振り下ろし、別の飛竜の首を斬り落とす。


「グッ! 距離を取れ!」

「遅い!」


 慌てるラジットの眼前に回り込み、飛竜の頭を蹴り潰して地面に叩き落す。


 本来の速度に比べたら止まっているに等しいが、飛竜を追い抜けない程ではないらしい。

 残る飛竜の首も翼と手刀、あと回し蹴りで落とし、デュラハンたちも仲良く墜落していく。


 それでも浮遊魔術を使って着地できたのは、訓練が行き届いているからだろう。


 続けて全員が姿を消すが、俺の両目には無力だ。


 目から解呪の光を発して周囲を照らし、透明化魔術を解除させる。


 耳を澄ませて視界外のヤツの位置も割り出し、同じく解呪の光で浴びせる。


 目や耳も、弱体化しているが問題ないらしい。


「こうなれば、全員でかかるぞ!」


 ラジットは突撃を命じ、蛮刀片手に突っ込んでくる。


「こいつはどうだ!」


 俺は息を大きく吸い込み、咆哮を上げる。

 直後、俺を中心に衝撃波が発生し、周囲の物体を無差別で粉砕していく。

 デュラハンは肉体を砕かれ、残骸は魔力に変換されて俺の糧となる。


 魔神の咆哮(デモンロアー)という、基本技の一つだ。

 デュラハンこそ粉砕できたものの、ラジットは耳から血を流して五体満足なので、最低限の威力しか出せないようだ。


 ラジットは蛮刀を地面へ突き立て、雄たけびとともに攻撃してくる。

 

 まずは大上段から蛮刀を振り下ろし、頭に当てる。

 続けて蛮刀を綺麗に斬り上げ、正中線に斬撃を浴びせる。

 さらに風を切る音とともに蛮刀を振り回し、クズを圧倒的に上回る剣速で俺の全身に刃を浴びせ、袈裟斬りや逆袈裟、首や胴への水平斬りを何十回と打ち込み、腹や喉元へ渾身の突きを見舞い続ける。


 力任せなヤツかと思っていたが、見事な剣技だ。

 適度に攻撃を散らし、各動作に無駄がなく、切れ目なく繋がっている。


 惜しいことに、威力はないも同然だが。


 一気呵成(いっきかせい)に攻め立てるラジットだが、次第に息が上がり、太刀筋が乱れる。

 そして額へ突きを浴びせたところで飛び退き、構えを解いてしまう。


 俺の身体には、傷一つついていない。


「そ、そんな……」

「もう終わりか?」

「まだだ! まだ手はある!」


 ラジットはその場で蛮刀を掲げる。

 刀身に大量の魔力が集積され、赤い光刃を形作り始める。


「面白い。そうこないとな」


 俺もまた全身の魔力を集め、それを眩い白光に変える。

 

 光刃が数十倍近い長さになったところで、ラジットが振り下ろす。


「奥義! 紅蓮魔光斬!」

魔神の殲光(デモンフラッシュ)!」


 俺も白光を前方に投射し、光刃へぶつけて押し返す。

 ラジットは両足を踏ん張り、迫る光を受け止める。


「人間ごときに負けるわけには……!」

「まだ見下すかよ。大したもんだ」

「黙れ! 貴様は何者だというのだ!?」

「バアルの同胞、と言っておこうか」

「ふざけたことを……!」


 力込めて押し返そうとしているが、無駄な努力だ。


「悪いが、ちょいと桁を上げるぜ」

「何!?」


 ラジットの表情が歪み、圧力が強まると脂汗を流し、ギリギリのところで踏ん張る。


「負けるわけにはいかんのだ! うおおおおおおっ!」


 しかし全身全霊の力を込めて蛮刀を振り下ろし、俺の頭上まで光刃を到達させる。


「貴様が何者だろうと関係ない! 一刀両断にしてくれる!」


 形勢が逆転し、勝利を確信したラジットは笑みを浮かべる。


 それが俺の狙いだと気付かずに。


「知ってるか? 一番味わい深い絶望を」

「何を言い出す? 気でも狂ったか?」

「教えてやるよ。とっておきの絶望は……」


「希望を叩き潰されたときに来るんだよ」


 俺は魔力を一気に高め、白光は光刃を消滅させつつラジットに迫る。

 ラジットは蛮刀で受け止めるが、勝利をひっくり返され、驚愕している。


「こんな……こんなことが!」

「全力は出してないぜ。希望が絶望に変わる瞬間を見たいんだ」


 少しずつ出力を上げると、ラジットの表情が驚愕から変わる。

 待ち望んでいた、絶望のそれだ。


「もっとだ! もっと搾り出せ! 心の底から絶望を! 舌を蕩けさせるほど甘美で! 究極にして至高の絶望を! 俺に味わわせながら死んでいけえッ!!」


 久しぶりの美味を堪能しながら、魔力を追加してやる。


 耐えきれずに蛮刀が砕け散り、続けてラジットの肉体が消滅する。


 最期に浮かべていたのは、諦観と虚無の表情だった。



 ジャックを『追放』した1カ月後。勇者パーティーは大陸西部の街に滞在していた。


 3日かけて街に逃げ帰った勇者パーティーは、前哨地が無くなった、と聞かされた。

 建造物は壊されたが、魔族やモンスターの死体はなかったらしい。


 それから10日もしないうちに占領地域の魔族やモンスターが全滅したとの情報が入った。

 勇者パーティーも確かめに行ったが、その通りだった。


 何が起きたのかはわからないが、勇者のやることは変わらない。


 違いがあるとすれば、こまめにモンスター狩りをするくらいだ。


 天主教から授けられた武器は殺したモンスターの力を吸収し、持ち主の能力を向上させる。

 それを利用して戦力の底上げをする。タイラントボア戦で得た教訓だ。


 しばらくはモンスターを退治しつつ、街で前哨地攻略の準備を進めた。

 

 準備を整えた勇者パーティーは、2日かけて前哨地を目指す。


 だが、前哨地は壊滅していた。


「またこのパターンか……」


 ウィルがポツリと呟く。


 最近、勇者パーティーへの風当たりが強い。

 北の前哨地攻略に失敗してから、対魔族戦で手柄を立てていないのだ。

 その都度実力行使で黙らせてきたが、陰口が収まるものではない。


「一体誰なんだ、こんな真似をするのは……」

「俺たちの手柄を横取りしやがって!」

「見つけたら半殺しにしてやらないと!」

「私たちの邪魔をするなど、万死に値します!」


 それぞれ憤りを露にするが、足音が聞こえると振り向き、一斉に武器を構える。


 足音の主は、意外な人物だった。


「なんで……」

「……お久しぶりです、皆さん」

「なんでここにいるんだ!? 穀潰し!」


 1か月前、見殺しにしたはずのジャックだ。

 まともに戦える力もなく、剣で腹を貫いたのに、なぜ生きているのか。


 4人とも絶句していたが、真っ先にオーランドがジャックの頬を殴る。


「てめえ! どの面下げで戻ってきた!?」

「……すみません」

「すみませんじゃないわよ! また寄生したいわけ!?」

「そういうわけでは……」

「騙されてはいけません! 我々を逆恨みしているに決まっています!」

「人が1ヶ月半も生かしてやった恩を忘れたのか! ゲス野郎!」


 ジャックが相変わらずと見るや、暴力でストレスを発散させる。

 一方のジャックは無表情だ。


「違います……魔族を先に倒したヤツのことを、知っています」

「……なんだと?」


 ウィルが殴る手を止め、他の3人も静まる。


「本当か!? どこにいる!? すぐに案内しろ!」

「こっちです」


 ウィルの命令に従い、ジャックが山に分け入っていく。

 4人はそれに従うが、人の気配は一切しない。


「ホントにいるんだろうな!?」

「デタラメ言ってんじゃないでしょうね!?」

「もうすぐなので」


 オーランドやレイナの文句も聞き流し、ジャックは足を進める。


 一抹の不安を抱くウィルだが、格段に強くなった自負と、穀潰しに怯えたくない、というプライドがそれを無視させる。


 そして山深い渓谷に入ったところで、ジャックが立ち止まる。


「ここにいるのか?」

「はい」

「誰もいないじゃねえか! やっぱり騙しやがったな!」

「すでに、います」

「はあ!? どこにいるっていうのよ!? 探査魔術でも私たち以外の反応がないのよ!?」

「不敬ですよ! 芥塵の分際で!」


 怒り狂ってオーランドが殴っても、ジャックは静かに答えるだけだ。

 胸騒ぎを覚えるウィルをよそに、3人は口汚くジャックを罵る。


 突然、ジャックが溜め息をつき、態度を一変させる。


「ホントにニブいんだな……目の前って言わなきゃわからねえか?」


 別人のようなガラの悪さだ。

 ウィルは目を見開き、他の3人も黙り込むが、すぐに怒りを露にする。


「誰に口利いてると思ってんだ!?」

ノロマ(重戦士)のオーランド様だろ?」

「クソザコのクセに大口叩いて、どうなるかわかってんの!?」

「ウィル様、ここで討ちましょう! 首を打ち落とすのです!」

「そうだな……穀潰し、今度こそ罪を償わせてやるよ!」


 クロエの言葉を聞いたウィルは剣を抜き、横薙ぎの一閃でジャックの首を刎ね飛ばす。

 

 切断面から血が噴き出し、頭が地面に落ちたのを見届け、剣を鞘にしまう。


「余計な時間を取らせやがって……いくぞ」


 そして他の3人を連れて、その場を去ろうとする。


「ハハハハハハハハ! なーにが罪を償わせてやる、だ! ちゃんとトドメ刺してから言え!」


 しかし、ジャックの嘲笑が渓谷中に響く。


 ぎょっとして振り向くと、首を失くした胴体が動いて首を拾い、切断面につける。


 何事もなかったかのように、ジャックはゲラゲラと笑っていた。


「相変わらずのバカさ加減で安心したよ」

「てめえ……何者だ!?」

「てめえらが知ってるジャックさ。散々コケにしてくれたじゃねえか」

「騙されてはなりません! きっと魔族です! そうに違いありません!」

「だったら手加減の必要なしね! フォトンナイフ・ファランクス!」


 レイナが杖を掲げ、周囲に光のナイフを多数出現させ、一斉に発射してジャックに突き刺す。


「消し飛べ!」


 レイナの合図とともに光のナイフが全て爆発し、ジャックを木端微塵(こっぱみじん)に吹き飛ばす。

 

 だが、ジャックの身体が一瞬で再出現する。


「そんな!?」


 驚愕するレイナと対照的に、ジャックは首を何度か曲げて関節を鳴らし、心底つまらなそうな顔をする。


「どれだけ成長したのかと思えば。こりゃダメだな」

「なんだと……!?」


 上から目線で辛辣な評価を下すジャックに怒りが湧くが、それ以上に胸騒ぎが強まる。

 こいつはヤバい、と本能が告げている。

 だが、()()()ごときに、負けたくはなかった。


「しょうがない、一手間かけるか」


 ウィルの葛藤をよそに、ジャックの肉体が急速に変化する。

 

 背が伸びて自分たちを追い抜き、全身の筋肉が膨張する。


 面構えも、髪と瞳の色以外まるで違う、凶悪なものになる。


 その顔には、見覚えがあった。


「馬鹿な……ジャック・ザ・スローターが、なんでここにいるんだ!?」


 ジャック・ザ・スローターと呼ばれた、極悪非道の大盗賊だ。

 

 オーランドは討伐に参加していたし、他の3人も人相書きで顔を知っている。

 しかし、天主教総本山の監獄塔に収監された盗賊が、なぜここにいるのか。


「嘘よ……あのクズが大盗賊なわけないじゃない!」

「筋肉はオーガ! 牙は竜! (たぎ)る瞳は地獄の炎! ここまで破壊のエネルギーが満ちた生物は、ヤツしかいない!」


 なおも否定しようとするレイナに、オーランドが捲し立てる。


「落ち着いてください! こいつは魔族です! 魔族ならば盗賊に化けるなど造作もないこと!」

「そ、そうよ! 偽者に決まってるじゃない! ウィルもそう思うでしょ!?」

「あ、ああ。そうだな」

「だ、だけど……!」

「それに私たちは勇者なのです! 魔族や盗賊に負けるはずがありません!」


 クロエの一喝にオーランドも落ち着き、斧を構える。


「よくもビビらせてくれたな! この代償は高くつくぜ!」

「勝手にビビってよく言うぜ。やれるもんならやってみな」

「野郎!」


 嘲笑うジャックの首元にオーランドの斧が叩きこまれる。

 しかし、傷一つつかずに斧が弾かれる。


「なっ!?」

「なら私が! 切り刻め! エアリアルソーサー!」

「主よ、邪悪な者に大いなる戒めを! スペリオルバインド!」


 レイナが真空波を発生させるが効かず、数十本の眩い鎖が全身に巻き付いても軽く身体を動かしただけで粉砕される。


「この! 昇竜連牙……!」

「遅い!」


 ウィルが踏み込んだ瞬間、ジャックの前蹴りが放たれ、剣を振り上げる前に腹部に強い衝撃を受け、息が詰まって高々と宙を舞う。


 そのまま地面に叩きつけられ、ウィルは呻きながら地面を転がる。


「ウィル!?」

「他人の心配してる場合か!」


 他の3人が視線をウィルに集中させると、ジャックが瞬時に間合いを詰める。

 最初にオーランドの腹に膝蹴りを叩きこみ、レイナの顔面を殴り飛ばし、クロエの首筋に手刀を叩きこむ。


 3人はその一撃で沈黙する。


 咳こみつつウィルは立ち上がり、剣を構え直して声を上げる。


「魔族め! 勇者をなめるなよ! 最終奥義・閃光流星万刃撃!」


 そして刹那の間に何百もの斬撃を浴びせ……られず、剣を掴み止められる。


「ノロいノロい。こんなんじゃ八部衆にも通じないぜ? 半分くらいは俺が食っちまったけど」

「グッ!」

「しかしこの剣、俺の能力の劣化コピーか」


 無造作にジャックが手首を捻ると金属音とともに剣が折れる。


「なんだと!?」


 ウィルが呆然としていると、3人もようやく意識を取り戻す。

 真っ先にレイナが立ち上がり、杖を掲げる。


「あんなのに勝てるわけがない! エリアポート!」


 転移魔術で逃げようとするが、ジャックの姿が消え、転移する直前にレイナの前に出現し、杖を奪って殴り飛ばす。

 そして両端を持って掲げ、膝を使って真っ二つに折る。


「逃がすと思ってんのか? もっとも、転移魔術使ってもムダだけどな」


 ジャックが杖を投げ捨て、周囲の景色が渓谷から廃墟に変わる。


「結界!?」

「ご名答。逃げ場はないってことさ」


 ウィルたちは、最初からジャックの術中にはまっていたことを悟る。

 同時に、自分たちに勝ち目がないことも理解する。

 

 恐怖のあまり足を震わせながら、ウィルは声を搾り出す。


「魔族め、俺たちをハメやがったな……!」

「さっきから魔族扱いしてるが、バアルの眷属ごときと一緒にすんじゃねえよ。俺は……」


 ジャックが笑みを深め、同時に全身から大量の魔力を放出させる。

 

 全身の毛が逆立ち、寒気が走る。

 本能が、とてつもなく危険だと警鐘を鳴らす。

 

 そしてジャックが雄叫びを上げる。


「――魔神だああああああああ!!」


 あとは、ほとんど覚えていない。


 気付いたときには、他の3人と一緒に閉じ込められていた。


 この地下牢が結界の一種だとすぐにわかった。

 拷問のたびに配置された器具や仕掛けが変わるからだ。

 

 今も(かま)が出現し、鉄棒を火であぶっている。


 先端が真っ赤になった鉄棒を持ったジャックが迫ると、ウィルは泡を吹きつつ叫ぶ。


「クソ! なんでこんなことをするんだ!?」

「さっきも言っただろ? てめえらが悶え苦しむと腹いっぱいになって、力が増すんだよ」

「だったら魔族を狙えよ! 前はそうしてたんだろ!?」

「自業自得だが、最近魔族が前哨地から引き上げちまってな……それに、高級店のフルコースを堪能したい日もあれば、酒場で安い酒とツマミを楽しみたい時もあるだろ?」

「でも俺たちじゃなくていいだろ! こんな目にあう理由がないし、街で愚民の1人や2人捕まえれば!」

「その通りだが、近くにいたのがてめえらだし……恩返しもしたいと思って」

「恩返しだと!?」

「てめえらが毎日いびってくれたおかげで、予定より早く力を取り戻せたんだ」

「じゃあ別の方法で恩返ししろよ! ここから出せ!」

「馬鹿かてめえは。それに人間全体にも恩返しをしたいんだ……たくさん拷問を開発してくれてありがとうって。こんなに人間を苦しめて、絶望をひり出す方法があるなんて知らなかったぜ」

「プ、プライドとかはないのか!? 魔神のクセに弱いものいじめにかまけて、恥ずかしいとかみみっちいとか思わないのか!?」

「ないね」


 必死に興味を逸らそうとする努力も虚しく、鉄棒がウィルの右目に押し当てられ、絶叫が響く。


 痛みに悶えながら、ウィルの中で思考が飛び交う。


(どうして俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ!?)

(法皇のジジイ! とんでもないもん押し付けやがって!)

(どこだ!? どこで俺たちは間違えたんだ!?)

(なんとかしてここから逃げないと!)

(もう痛いのはイヤだ!)

(俺のどこが悪いんだ!?)


 しかし、左目が潰れると中断され、またしても悲鳴を上げる。


(今はすがるしか……)


 拷問の矛先を鈍らせようと、ウィルは命乞いを始める。


「も、もうやめてくれ! お願いだ! なんでもする! なんでもするから、俺だけは助けてくれ!」

「本当になんでもするんだな?」

「ああ! 本当だ!」

「……いいぜ、言う通りにしたら助けてやる」

「本当か!?」

「もちろん」


 命乞いが通じたことにウィルは喜ぶ。


 その耳にジャックの口が近付き、囁く。


「あと1ヶ月、付き合えよ」

「そ、それじゃ約束が!」

「今すぐとは言ってないだろ? 1ヶ月後に解放してやるよ。魔族も警戒を緩めて戻ってくるかもしれねえしな!」


 更なる絶望に叩き落された瞬間、ようやく疑問の答えを悟る。


(そうだ……遅すぎたんだ! ヤツを切り捨てるタイミングが! あの時ヤツを連れていかなければ! せめて1日目に殺すか置き去りにしていれば、こんな目には遭わなかったんだ! 俺は、甘すぎたんだ!)


 決断が遅すぎたと後悔するウィルだが、後の祭りだ。


 恐怖と怒りと後悔と絶望の感情を、ありったけの声でぶつける。


「畜生! 俺たちがいなきゃ雑魚のままだったのに! この恩知らずのクズ野郎! いいか! 解放されたらまずてめえを八つ裂きにし――」


 最後の抵抗も、鉄棒で舌や口蓋を焼かれて止められた。



 勇者パーティーは、二度と戻ってこなかった。


 ただ、山奥から時折耳を(つんざ)くような悲鳴や、「殺してくれ」「死なせてくれ」という絶叫、そして心底楽しそうな高笑いが聞こえてきたという。


 2か月後、力を取り戻した魔神アモンが天主教の総本山を襲撃、半日足らずで壊滅させ、聖職者を虐殺した。

 それを皮切りに最終戦争(ハルマゲドン)が始まり、世界は滅亡へ向かうこととなる。


 何が駄目だったのか。


 誰が一番悪かったのか。


 その原因探しは、最終戦争で魔神アモンを含めた全てが滅びる以上、意味のない行為である。

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