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黄昏のミリアム  作者: 雅流
ソウェト
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クリップスプロイト

かつて南アフリカ最大の黒人居住区だったソウェトには電気も舗装道路もなかった。


しかし今では豪壮な邸宅もあるし、メインストリートであるピラカジ通りには高級レストランが立ち並び、道路にはポルシェが駐車していたりもする。


しかし、アパルトヘイト廃止によって全ての問題が解決したわけではない。


開発が進んだソウェトの中心から車で10分ほどのクリップスプロイト地区でもつい最近まで道路は舗装されておらず、電気も通っていなかった。


「少数の白人が少数の黒人に置き換わっただけだ、俺たちは何も変わらなかった」


昔からの酒場でシプシソは言った。


シプシソはアパルトヘイト体制打倒のための学生蜂起に参加したが、アパルトヘイト廃止後に訪れた未来は彼の想像したものとは違っていたようだ。


アパルトヘイト廃止後、黒人優遇政策によって会社の経営に黒人を参加させることなどが義務付けられ、かつて白人が独占していた鉱山の開発も、黒人が自ら開発するようになった。


そのためにかつては人口の20%程度を占めていた白人富裕層の半分は国外へと流出した。


それらにとって代わった黒人たちは「黒いダイヤ」とよばれて富裕層を形成しているが、こうした中産階級以上の黒人は人口の10%にとどまっており、大多数の黒人は今までと同じか貧富の格差が拡大した結果、それまで以上の貧困を強いられていた。


「しかし今はどうだい」


「預言者の使徒たちは肌の色は白でも黒でもないが、肌の色だけではなくて今までの者たちとは違っている」


「使徒たちは戦わないし搾取しない、誰にも何も命じないし、電気代を払えとも言わない」


「しかしクリップスプロイトには今は電気も通ってるし、学校も建った」


「子供たちは教育を受けられるし、強盗をしなくても使徒の教会に行けば食事には困らない」


英国からやってきた記者は聞いた


「電気代は誰も払っていないのですよね?」


「ああ、誰も払ってないよ」


「よくそれで電気を止められませんね」


「ソウェトの住民はもとも反アパルトヘイトの運動の一環として電力とか公共料金の支払いを拒否してきたんだ」


「そもそも、みんな失業者で払えるわけもなかったけどな」


「それがどうだ、アパルトヘイトが終わったら一緒に戦ってたやつが大統領になって、今度は「支払いボイコットの時代は終わった」と言うんだ」


「まあそれでもましなほうさ、クリップスプロイトにはいつまでたっても電気なんて通りもしなかったからな」


「でも今は電気も通って道路も舗装されている?」


「ああそうさ、預言者の使徒たちが来てからすべてが変わったからな」


「預言者の使徒たちというのは? 日本人だと聞いていますが」


「日本人? どうもそうらしいな」


「まあそんなことどうでもいいことさ、あんたは人種差別主義者か?」


「預言者はズールー語でもソト語でも話す」


「肌は黄色いが、ここに馴染んでいる」


「英語やアフリカーンスしか話さない奴らに比べたら、誰からも認められているよ」


「しかしアパルトヘイト後にソウエトは開発が進みましたがクリップスプロイトは忘れられた地区と言われるくらい何も変わらなかったと聞いています。」


「ここにきて状況が変わってきたのは何故なんでしょう?」


「だから言ってるだろ、預言者の使徒たちが来てからすべてが変わったって」


「預言者の使徒たちでしたっけ? 彼らがこの地区の開発を進めているのですか?」


「そんなことできるわけないだろ。開発を進めているのは白人や黒いダイヤの奴らの会社だよ」


「なぜ富裕層はここに来て急にこの地区の開発に興味を持ったのでしょう?」


「開発に興味なんか持っちゃいないさ、ここに投資したって何の利益もないからな」


「預言者の使徒たちの話を聞いて、社会貢献的に活動する気になったということさ」


「英国にいてこの国の最近の事情には通じていませんが、それはちょっと信じられないことです」


「そうだね、俺たちも信じられなかったけど事実がそうなんだから、何とも言いようがないね」


「預言者の使徒たちはどうやって彼らを説得したんでしょう?」


その質問を聞いてシブシソは何故かそわそわした様子になった。


「さあね、それについちゃ俺に答えられることはないね」


「預言者の使徒たちに脅迫されているという話を聞きましたが?」


「誰がそんなことを言ってるんだい?」


「預言者の使徒たちは武装もしていないし、何ができるっていうんだ?」


「ここじゃあ、預言者の使徒たちを悪く言う奴は一人もいないよ」


「俺から預言者の使徒たちの悪口を聞き出そうっていうなら無駄な話だ、もう終わりにしてくれ」


シブシソはすっかり冷えた目つきになっていた。


英国からきた記者はこれ以上はいくら酒を奢っても聞き出せることはなさそうだと判断してひきあげることにした。


酒場から出ていこうとして、酒場の隅にじっと立っている白人の少年に記者は気づいた。


黒人ばかりのこの酒場では、記者はあきらかな異邦人だったが白人の少年もまたその場に似つかわしくない存在だった。


出口を出ようとしてもう一度酒場の中を振り返ると、なぜか少年の姿は見当たらなかった。



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