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人生二回目! ――氷煙の騎士と火焔の神子――  作者: みゃ~うち?/宮内桂
8/13

番外(1)――ミスター・トマスの個人レッスン――

 時系列的には本編から順番そのままのお話です。

 第八話にしなかったのは、主人公とヒロイン? が不在な話だからですね。軽く悩みましたが。

 トマス&カミーユコンビは解説役として便利なので、又二人の番外は書くと思います。

 休日の早朝。

 曇り空ではあったが、瓦版(ニュース・ペーパー)によると、今日は昼から晴れるとの事。


 ショートカットで小柄な少女は、こみ上げる嬉しさを押し留めつつ。路地裏を通って、本道へと出る。

 その手にはバスケット。購入したものでは無く、先代か先々代の孤児院卒業生の手によるものだ。

 孤児院と言う所は、昔からあるものだが。

 五年ほど前の魔獣惑乱大暴走(メガ・スタンピード)のせいで、急激に需要が供給に追いつかなくて。

 聞くところによると、別地方の州都の孤児院では、裏の畑で栽培してるとか? 

 早い段階で小姓(ペイジ)に登録し、大人に混じって魔獣を狩るとか?

 そうやって小銭を稼いで、所属孤児院の経営の足しにする。

 このバスケットも、売り物にするには、やや色合いが悪い。でも実用には十分足りる。

 カミーユ嬢専用――でも無いはずなのだが、半ば専用となったバスケット。孤児院最年長者、特権。

 孤児院最年長という立場になり丸二年。下の子たちと比べても、頼りないと言う自覚もある、彼女。

 けれども、「じゃあぼくが、わたしが、たすけてあげないと!」的に下の子たちに慕われ。オニギリ屋、ミカワ屋さんでも先輩後輩に可愛がられ。

 たすけてあげないと! そんな不思議な人望持つのが、カミーユ・フィリップスという少女である。


 彼女から見て道を左――東に曲がると、騎士会館だ。しかし今日はそこを素通りしてお城に向かう。

 この国の貴族は一定の技術・知識・動産・不動産などを継承し、それを国に役立てることを義務化される代わりに、それらの使用を保護される、特権を持つ存在を指す。

 ちなみに……直属の上司トマス・ワトソンも子爵の跡取りと聞く。

 例えば、公爵クラスは州都の中心「城塞」を不動産として所有する。

 そして州都に象徴として存在し、基本的には政治に口出しする権限を持たない。

 ただし、いざ魔獣の群れが攻めてくるなどの一大事には、強権を発動し、州都全域への一切の決定権が、公爵その人に集中する。

 さて……都市防衛、その一環として。不動産としての州都の城、その敷地のいずれかに必ずある施設がある。

 闘技場。

 それも騎士や従騎士の駆るモッカーやデウス・エクス・マーキナー同士が、ぶつかって模擬戦しても十二分な場所。

 少女が目指すのはそこだ。この州都ペガサスの場合、城の地下に闘技場がある。 


 研修用二日目!! そう書かれた札を首から下げつつ。少女はお城の門番さんにあいさつして。

「おはようっす」

「おお嬢ちゃん、はやいなー。サー・トマスはもう中にいるぞ」

「ありがとうございまス」

 そう言いつつ、バスケットから割と大きめの紙包みを二つ渡す少女。自家製ホットドックだ。お弁当のおすそ分け。

「ちょいちょい、そんな事しなくても……」

「もらっとけよ。お嬢ちゃんの純粋な好意なんだからよ」

 そんなやり取りが門番詰所の中と外で有り。

 こみ上げる嬉しさの気持ちの余り、満面の笑顔でふたたびあいさつ。

「おはようございます、今日もよろしくお願いするっす」

((あーこれで『あの』ピーピング・トムに惚れてなきゃなー))

 有名なドスケベぶりと、視覚強化のスキルと組合せ「覗き魔」の意味の二つ名は、トマスが従騎士になった初期につけられたものだ。

 そんな親戚の小父さんたちめいた門番の、心配の視線を受けつつ、嬉々として少女はお城の門をくぐっていった。

                              ◆◆◆

 サー・トマス・ワトソンは、闘技場でうたた寝していた。

 まだ従騎士。「サー」の称号を名乗るには早いが、彼本人以外、実績と能力で方々でそう呼ばれ。

 生真面目で正義感強し、かと言って融通がきかないわけでも無く。アナライズ・アイという視覚強化スキルの為前衛向きでは無いはずなのに。不断の努力と身体能力の高さで前衛をこなしてみせる。

 あれでスケベでなければなーというのが異口同音の共通見解。


 更衣室にて皮鎧を身に着けて、バスケット持って少女、闘技場の中へ。

 ふわあぁぁぁぁ。

 そんなため息がもれる。驚き。話に聞くのと、見るのは違う。もう研修二日目だが、あまりの規模の巨大さに驚いてしまう。

 城内地下。言い換えれば屋内。それゆえの仕掛け、四方八方鏡張り。

 天井までの距離は32フィート超え――少なくとも10mはあるか。東西南北四方鏡張りだと距離感が掴みにくい。

 それを考慮した訳では無いのだろうが、四方にそれぞれ四体、20フィート超えの鋼鉄騎士人形が鎮座する。

 デウス・エクス・マーキナーだ。

 そのうち「東」と書かれたプレートの真下の騎士人形の隣に。二騎のモッカーが四足を折り曲げて駐騎しており。

 鼻の奥をツンと刺激する鉱物油やら鉄臭い臭いに包まれて。かけ布団代わりに、作業用エプロンを身体にかけて、でもほとんどはだけていて。工具袋を枕にして。

 トマス・ワトソンが高いびきをかいて、大の字になって熟睡していた。

 可愛い♪

 そう、少女が思うのは恋のなせる業か? いや少し違う。

 子爵としてのワトソン家が、彼女の孤児院に支援していた事実も知っていたし。

 毎年の聖者生誕祭前夜――12/24の日には、酒神バッカス生誕祭仕様な扮装で、トマスは赤い服の老人になり、子供たちにプレゼントを配り優しい声をかけていた。

 憧れだったのだ。

 カミーユのすぐ上の卒業生たちは最低でも三つ離れていたため。10歳にして孤児院でリーダーシップを取らねばならなくなったのだが。

 それとないフォローを、トマスがしてくれていたのも知っている。上のお姉さん経由で、彼がドスケベがどうなのかという、具体例も聞いてはいたのだが。

 良いところも多く知っていたので、気にならなかった。彼女以外の周囲には困った事にだが、「トマスに手籠めにされる」覚悟も出来ていたのである。

 そんなカミーユ・フィリップスだからこそ、その寝顔が可愛いと思う。

 実際男らしい体格の細マッチョ体形に、凛々しい顔立ちの仁なのだ、彼は。スケベでなければ。

 生真面目に職務をこなし、おごり高ぶらず。公平にして律儀。融通もきく。騎士の鑑に見える従騎士。正騎士並みの戦闘力。スケベでなければ。

 まだ時間はたっぷりある。バスケットを床におき。はだけていた作業エプロンをかけてあげる。孤児院の昼寝する子に、そうした様に優し気に。

「……起きなきゃイタズラするっすよ……」

 その凛々しい寝顔に近づいたのは出来心だ。本人自覚薄いが、サー・トマス・ワトソンは結構あちこちで「女の子のフラグ」を立てているとも聞く。

 カミーユのその内の一つを、先日身をもって知ったとこだ。焦りも少しある。トクベツになりたいと思うのはしょうがない?

 そのほほにそっと口づける。

「へへっ、……しちゃった……」

 そのあとは、幸せそうな寝顔をずっと見つめるのみ。

 幸いにして、誰にも見られていない。誰も知らない。幸いにして。大事なことだから二度書いた。

 この地は州都ペガサスシティの地下闘技場。言い換えれば公的施設。

 監視装置や監視部屋の類もあって、誰に見られているか分からない場所での、ちょっとした空隙の出来事。

                              ◆◆◆

「さて、ストレッチも終わったところですし、まずは軽く座学です」

 ラジオ体操第一第二があるのか~っ! と突っ込める前世人はここにはいない。

 色々あってこの国、各方面に渡って前世持ちが食い込んでいる為に、目に見える部分見えない部分に「日本文化?」の影響を受けている。

 トマス先生が起床し、軽めの朝食を経てのストレッチ代わりの第一・第二。純粋現地人の彼らにとって、効果有る軽いストレッチだという認識しかない。

 国民になって早五年。軽食の売り子として各種公共機関を回っていたカミーユにとっても、ラジオ体操は馴染みのもの。

 この国の各種公共機関、始業前のラジオ体操は日常業務の一部なのである。

「……あれかな……ミス・カミーユ、やりやすさを考えて昔のように続けても良いですか」

「はいっすっ!」

 ミスター・トマスは、ボランティア活動として月一で州都各地の孤児院の初等教育の、教員役を務めている。

 数年前まで憧れの先生でもあり。一対一で向かい合うこと事無かったが、「センセを独り占め」している様で少女はワクワクする。

 折りたたみの椅子に座って、机も用意して。

 ミスター・トマスの個人レッスンなどと、艶本えろほんめいた揶揄をする者は居るはずも無く。

 どスケベ先生トマスも、さすがにこの場面では生真面目モードのままで。


 知識面の正確さで、生死を分けかねない。門番騎士はそう言う職業であるために。

                              ◆◆◆

「「ミス・カミーユは、昨日の動きを見る限り。ちゃんとコモン・アビリティを使いこなしてはいましたが。それが何の意味を持つのか。どんな種類があるのか分かりますか?」

「?」

 生徒はセンセの質問の意図が分からない。

 センセ。しばし考えて言葉足らずと理解してか、こう続けてみる。

「昨日の貴女の動きをみるに。各種筋力の強化。反射神経を強化して、回避しメイスを振るう。その基礎的なところが出来ていました」

 小姓(ペイジ)従騎士スクワイア正騎士ナイト

 魔獣と戦うと言う道を選んだ者にとっての基礎能力の引き上げ。基本。

 火や氷を投げつけるスキル持ちの場合は、大技を出す前のつなぎの小技として。自分の様に五感を強化し戦う場合は、メインのスキルと組み合わせて戦う形。

 「ミス・カミーユの場合は、接近戦から中距離。見えない追加の第三第四の手で手数を圧倒しつつも、強引に押し切れる地力もある。

 ただいささか単調でしょうか、パターンの組合せ方が――」

 ここまで聞いて、生徒ちゃんは露骨に落ち込み、涙目になる。

「ああっでも、貴女の様に実戦経験にとぼしいのにも関わらず、周囲も見てるし、連携も出来きつつありますから」

 教師なのか子守りなのか分からなくなってくるトマス。エロが絡まないと本とにお人よしな「お巡りさん」なのだが。

「脱線しました。基礎の基礎でよく使うアビリティは使いこなすところまで来てますが、案外従騎士でも他のアビリティの便利さに気づかず。又使いこなし居ないからこそ、今回の研修があるのです。

知らない事出来ない事は恥では無いですよ」

 この辺のやり取りは、レイクやオーガストらとの過去のやり取りから学びとった「彼らの受け売り」なのだが。

 トマス君も男の子。女の子に良い恰好したいのである。

                              ◆◆◆

「筋力の強化に反射神経強化は、いつも使っているからわかるっす。けどセンセ。他には見る聞く匂うのきょーかーとか、ケガの治りが早いとかくらいですよね?」

「それ以外にもあるのですよ」

 トマス先生はそう言って、左手をひるがえして……ムチの様にふるう! 

 その指先から淡い光のひも状のものが、飛び出し分離し弾丸と化す。空気の弾丸は地面を叩いた。

「今のが、空気弾(ザッパー)。魔術師の皆さんが主に使われるので、魔術の分野と思われがちですが、元々はコモン・アビリティです」

「ほぇぇ」

「それにザッパーが使えれば、こういう事も出来る様にもなります」

 今度は指先から徐々に光がみちはじめ、やがて左手の平全体を光がおおう。

「武器の威力拡張。正確には物理攻撃に効きづらい敵への有効策。オーラ・ブレ―ド。まあ自分の場合実戦で使うには、まだまだ精進が必要ですが」

 光は徐々に光を失い消えてゆく。本来は付与エンチャントと呼ぶのだが、オーラ・ブレイドと呼称する者は多い。何故か? カッコイイからだ!

 そのトマスの左手の光景を、残念そうに見つめる少女に、苦笑を返しつつ。

「今から昼食開始までは、ざっとこれらのアビリティの使い方の基礎の座学を中心に。ただ所有スキルによってどうしても得手不得手が出てしまいます。

その辺りの傾向と対策は、一応各種事例もあるので気にしないで下さい。そして、何故我々はモッカーに乗るのか。マーキナーに乗るのか。

 結論を先に言えば、コモン・アビリティやスキルが強化されるから。究極的にはこれにつきます」

                              ◆◆◆

「さて昼食前ですが。少しモッカーを動かしてみませんか?」

「ほぇっ! わっわたしがですがっ!?」

「そうです、座学はあくまで知識。実践こそが騎士への近道、です!」

 モッカー。正式名称を鉄製従兵アイアン・スクワイアと言うが、誰もその名称を使わない。

 マガイモノの意味を持つその名が定着し。

 筆記用具片付け、椅子や机を脇にどけて。

 少女はおどおどしつつ。鉄の塊に近づく。闘技場の床材は、樹脂状の様なモノで被覆され。そのおぼつかない足取りで、転んでケガしないようにしっかりグリップする。

「えっと……これですか?」

 モッカーは、その形状を四足獣の上に、人の上半身が乗った形状を持つ。ヒトガタの腰部分のデカいダイヤルにカミーユが触れようとしたとき。

「あっ」

「えっえっえっえっえっ、まちがってるっすかっっ!??」

「ああ、落ち着いて。大丈夫だから続けて」

(今は緊急開錠ダイヤルで開け閉めして、騎乗する事が主流になってるが……。正式な乗り降り方に関しては、まあ、おいおいか)

 昔は「基本」に忠実であろうとしたトマス。レイクやオーガストらと触れて、いい意味で融通がきくようになっていた。

 鉄人形腹部が開く。上扉が跳ね上がり、その下の中扉が左右に開く。

 出入口が開くと同時に、コクピット内部が淡く発光する。内壁内側に張られた微細な管が光を放っている。

「……きれい……」

「感心してないで、乗り込んでください。自分が乗り込めません」

「ごっごめんなさいっす」

 薄暗い中。その淡い光のおかげで、生徒少女が周りを見渡すのに支障は無い。

 かなり大きめのコクピット。D型モッカー、複座仕様とのこと。

 ちなみに……一般騎はA。小隊長はJ。大隊長はSと決まっているんですと言う敏腕整備士たちが居て、前世持ちだったらしく。

 駆動系改良を提案しつつも、そのモッカー区分けが根強く整備士系列で残ったとかなんとか。

『バルキ●ーかよ!』『それの何が悪い! 赤く塗装して角生やすお前よりはマシだ』という論争が、その前世持ちたちの間であったとかなんとか。

 どうでも良い話ではある、うん。

 さて、この複座仕様D型。基本構造は他の物とさほど変わらない。ただ前述のようにコクピット内部が広い為に、教官役と二人で乗り込み易く。練習機としての使用も良くある。

 一人でも動かせるのだが。

「ミス。分かりますか?」

「はい! 大丈夫っす」

 乗馬の馬のくら状の座席。ご丁寧にあぶみまでついていた。実はこの鐙が結構重要なのは、彼女はあとで思い知る。

「アブミに両足をのせて下さい。それと馬とは違い、手綱たづなでは無く、両サイドにレバーがあります。それを握って」

「はい」

 騎乗少女にこれ以上周囲を見る余裕は無い。背後に密着する形で、後ろに教官が座っているのだし。

 自分たちの背後に振動する機器が、配置されているのにも気がつかず。大きめのパネルを何枚も重ね。それらを読取る装置の構成。これが操作系補佐電脳、スリット式。

 旧式のモノと違い、省スペース化に成功しつつ、旧型とおおよそ遜色ない性能だと言う。これが壁面の発光する管たちにつながっている。

「えっと。こう……わっ取れた! えとえとえとえっとっ!!」

「落ち着いて! 取れて正解なんですから」

 レバー状の棒には、半透明なコードがつながっており、このコード自体も淡く光る。

「……きれい……」

「いちいち感動しては先に進みませんよ」

(反応が初々しいな)

「あっ、はい」

 密着していることもあり、ムズムズしてくる教官様ではあったが、教官であろうと徹するために深呼吸しんこきゅう。

「みすたー・とます?」

「ああ、なんでもありません。両手のレバーの端にボタンが有るはずです。右手のが決定。左手が選択。右のボタンを一回押して」

「はい……わわっ」

 仮免許パイロットの目の前に、半透明の光る窓状ウィンドウが表示される。

 各両腕部に下半身の四肢の、出力系の棒グラフ。 

 燃料に相当する銀蒸気の残量の棒グラフ。銀蒸気については後述する。

 そして耐久力――技術者いわくは目安的なものなので、信頼し過ぎてはいけないらしい――棒グラフ。 

「この棒グラフに関しては午前中説明したとおりですが、慣れれば見なくてもだいたいわかります」

「えっと……上半身の動きは、騎体に身をゆだねるので……だいたい『分かる』……でしたっけ?」

「そのとおりです。一方馬の四つ脚部分は、スリット式電脳の自動制御。乗り手両足のあぶみの動きをだいたい察してくれます。これはモッカーと乗り手双方の相互理解ですね」

「そーごりかい?」

「要は長く乗れば乗るほどモッカー側が理解してくれるって事です。ミスは乗馬経験がありましたね? なら、そちらは大丈夫。実際動かしてみましょう」

 少女。大きく、しんこきゅうして。

 グッと両グリップを握りしめる。衣服を脱ぐにも似た感覚があり。続いて目が耳が肌感覚が、ブリキ人形のソレに直結していると実感出来た。

 それに一拍遅れ、右手視界にさっきの棒グラフのウィンドウ。左手にもウィンドウが開くが、こちらの中身は無し。モッカー同士で連係行動の際に使用すると言う。

 一方下半身――腰から下は現実感覚のまま。その感覚の違いに戸惑いつつ、意味無く足を動かしてしまう。

 カン。つま先に何か当たる音。

 何か金属製の甲高くも安っぽい音。

 そういえば……元からバケツらしき……というかその物ずばりを積みこんでいたなあと、少女がふと思い出しかけて。

「騎体を引き起こしてください」

「はっはい」

 乗り手少女の意思を受けて。ほぼタイムラグ無しに、電脳がその意思を読取る。背後の機会がひときわ震えて、作動音を響かせて。

 銀蒸気。

 純銀を魔導的加工し、常温で気体化した、錬金術での完全再現された産物。

 これがあるから、乗り手の力素オドがモッカー各部に伝わり連動し溶け込む。

 ぐぐぐ。

 少女の怖がり――言い換えれば慎重ささえも受け取って、モッカーは駐騎状態からゆっくりと立ち上がる。

「わあぁ!」

 視界が開けたような気がした。20フィート超えの身長――6~7m上から見下ろす感覚は、初めての乗り手には圧巻だろう。

 彼女の驚き方をとがめもしないで、教官殿は次の指示を出す。

「まずは、闘技場を何回か周回して、騎士直棍メイスを振るってみましょうか」

「はいっ!」

                              ◆◆◆

 20000ポンド超え――十数トンの巨体が駆ける。駆ける。駆ける。

 少女の意思を組んで駆け足で走る。

 内部でわずかに少女がその身をひねると、大きく上半身を回転させるブリキ人形。

 架空の障害物を飛び越える。

 メイスを拾う。

 振りかぶる。

 振り下ろす。

 凪ぐ。

 順調に見えた。

 実際順調だった。

 その余りの好調さに、少女は驚きを隠せないが。

 その実やり手の騎士や技術者の観点からは驚くに値しない事実。

 乗馬経験の有無。それが彼女の成果を分けた。

 実のところ、こと操縦「だけ」に関してはモッカーよりも、デウス・エクス・マーキナーの方が容易である。

 その事実が報道機関にも伏せられ、これに関しては作家先生エミリオにもサマンサ女史にも触れないように、要請されている。

 防犯上の見地より。

 しかし「乗りこなす・使いこなす」となると、騎士本人の戦闘力に比例する。

 7m超えの戦闘リアルロボと言うよりも、ファンタジー世界系パワードスーツだなと言った前世持ちは、誰であったか。

 ともかく、騎士の持つコモン・アビリティの力やスキルの力を増幅する――その観点から言うと的を得た表現であると言える。

 一方。亡き実父母もそろってスキル持ちだったらしく、幼い時からカミーユ・フィリップスは、厳しくも思いやりのこもった指導を得ていたと言う。

 たとえスキルに目覚めなくても、鍛えていることに無駄は無い。

 しかし彼女もまたスキルに目覚める。

 アナザー・ハンズ。半透明の腕を両肩に生やすスキル。非力な彼女に、不似合いな怪力を与える。

 で有りながら、鍛えに鍛えた彼女のスキルはフレキシブル・フィンガーズにも比肩する器用さも同時に手に入れていた。

 同系統のスキルは、鍛えれば新たな形質を獲得するとも言われ、完全に全く同じスキルは存在しないとも言える。

 しかし、新大陸に根付いて二百年余り。加えて旧大陸での数百年の蓄積から、目覚めたスキルの分類分けと傾向と対策で、成長させやすいメソッドは確立されていた。

 閑話休題。

 カミーユはその意外な乗り心地の良さに酔いしれかけていた。

 加えて。

 思い人が、自身の背中に密着しているのも感じて、浮かれてもいた。

 だからこそ、やらかす。やらかしてしまう。いろいろと。

                              ◆◆◆

 浮かれつつも、昨日と今日午前の授業に思いをはせるカミーユ。

 かんせー。じゅうりょくせいぎょ?

 よく分からない。というか説明者トマスもその辺りは苦手らしく。

『乗り手が飛び跳ねたりするのを緩和したり、する機能らしいです。慣性制御とか重力操作機構とかは』

 と言っていた言葉は一字一句思い出せるものの、意味不明。

 ただ背中の力強くも暖かい温もりの密着具合を、もっと強く感じたいならば!


 話は少し脱線するが。

 普段行動しているとき意識していないが、人間の「走る」という行為は、頭部が上下左右に揺れることになる。激しく。

 その行為自体で乗り物酔い的な症状にはならない。当たり前だ。人間の身体能力に備わった基本的な行為だからだ。

 また階段の上り下り。これもまた同様。足の筋肉の痛みや足首や膝に負担は掛かっても、三半規管を著しくイジメたりはしない。

 一方、6~8mサイズまで、サイズアップされた人型の、その行為は? 縦揺れ横揺れ上下揺れがその分スケールアップするのは、ご理解頂けるであろうか?


 トマスお兄さんとの密着をより強固にしたい。

 そう思った少女のイタズラ心はほほえましい。

 作者と読者以外には知られていない「ほほにキッス事件?」もあって、少し気持ちが大胆になっていたかもしれない。

 が、彼女は一応慎重派。

 慣性制御に重力操作機構のスイッチを、半透明ウィンドウで呼び出して。

 トマスはトマスでモッカーに同期して真後ろで彼女の行動を見ているが。

 新人がウィンドウを操作中に呼び出して色々見る行為は止めたりはしない。

 まず、実践。

 それが騎士だからだ。むしろここ最近の傾向で一応座学を事前に行いある程度実践させて座学に戻り、理解深めてまた実践の繰り返しの傾向だが。

 元々トマスはまず実「戦」有きで鍛えられたから古き騎士の時代も知っている故に、ある程度の失敗は織り込み済みであり。

 少女が重力操作の設定を半分に下げる。

 見とがめない。

 この間走り続ける鉄馬爺さん。

 そして。

 架空ウィンドウ内の慣性制御のスイッチに触れた時に。

 鉄の爺さん、つまづきそうになって、大きく騎体が跳ねた!

 あっ!!

 その疑問形の言葉はカミーユが発したか、トマスが発したか。その両方か?

 スイッチが切れた途端、高低差数m、左右の幅の数m。その予測出来ない大揺れが少女と従騎士を襲った。

 大揺れにさらされる三半規管。

 両耳の真後ろあたりにある器官は、平衡感覚をつかさどり。人がまっすぐに立っていられるのはこの内蔵器官のおかげだ。

 シェイク、シェイク、シェイク。

 気持ち悪くなる。

 シェイク、シェイク、シェイク!

「カミーユ! 機能をデフォルトに戻して!!」

 その教官の指示に、この状況下のド新人が対応しきれるはずも無く。

 三半規管シェイク。胃壁もシェイク。こみ上げる。幸いにして? 昼食前。

 苦い水が食道を通り、食道の肉壁を焼きせりあがってきた。

 しかもそれは一瞬で。

 間に合わない!

 そう思ったトマスが機能操作盤架空ウィンドウを立ち上げて、初期状態デフォルトに戻す。

 今のトマスの現状は副操縦士コ・パイロット。ゆえにメイン操縦への介入はどうしても一拍遅れてしまうのだ。攻撃役ガンナーの機能も全て明け渡していた故に。

 少女の方はもう限界で、ヤバイと思った彼は足元のバケツを蹴り上げて、片手でキャッチ。

 そのバケツを少女に手渡して…………。 

                              ◆◆◆

――少女の尊厳を守るために描写省略……しばらくお待ちください。繰り返します。少女の尊厳を守るために描写省略……しばらくお待ちください――

                              ◆◆◆

「わたしはもうダメダメっす」

「いや、よくあることですから」

「もう生きてゆけないっっす!!」

「いや自分たちちゃんと生きてますから」

 もろもろのお掃除処理をすまし、天馬城内勤務の女性小姓に頼んで少女を着替えさせ。

『みすたー事案騎士どの。闘技場とかの公共の場で、いたいけな女の子にイタズラとかしませんようにね』

『分かってますよ、ミス・エイプリル。色々手伝ってくれて有難う』

 そんなやり取り終えて。

 一時間ほど仮眠を取らせて、戻ってきたのは良かったけれど。

 カミーユ・フィリップスは落ち込んでおちこんで。すすり泣き始めたのだから、どうしよう。

 抱き寄せて、頭や背中を撫でで。その行為にトマスの他意は無い。エロい気持ちも無い。無いったら無い!


 落ち着いた少女と遅めの昼ごはんしつつ、軽い座学で済ませる事が出来たのは、小一時間後の事であった。

 なかなかタイピングが踊らず、プロットに「まずアビリティにスキルの説明と後編でモッカーとマーキナーの説明」と書かれていた、この原稿。

 やや難産でした。一方で「バケツ用意。げろいん用」とも書かれていて、我ながら何を書いてるんだと、思ったり。 

 マーキナーの詳細はまたどこかで書くでしょう。次回投稿は未定です。二週間後に投稿できるようがんばります。

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