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人生二回目! ――氷煙の騎士と火焔の神子――  作者: みゃ~うち?/宮内桂
5/13

(5)――レイク・ハリスンの実力/実務編(下)、事案騎士の誕生――

シリアスは、ギャグ? の前に犠牲になったんだっ!

「東門の方々、失礼するっ! 中門騎士団である。カミーユ・フィリップスの身柄をお引渡し願いたいっ!」

物々しい雰囲気をまとい、完全防備の門番騎士たちが入室してくる。

 和やかだった空気は、一瞬で張り詰めて。小姓・従騎士・売り子娘、老若男女の視線が彼らに突き刺さる。

 その背後に、気だるげにここの先任従騎士長どのが立っていた。

 苦笑をめいた表情を顔に張り付かせ。ただそれがレイクには、「いつもの」演技にも見えた。

 こちらに会釈する仕草を、見受けたからだ。

 内心ため息しつつ、おくびにも出さない。

 占めるときには占めるが、基本かなりのフリー・ハンドを捜査陣に与え、適切効率的行動ならば責任も取る。

 厄介事を下にふって楽をするのはよくあるが。相手見て、その技量を測った上での、その行動だ。

 上役からも部下からも、ある意味中間管理職の理想像の一つと、言えるだろう。

「中門騎士、最先任正騎士、ダニエル・レフト殿ですね?」

 中門騎士は三名。皆盾を装備し。抜かないものの、いつでも腰の武器は抜くぞと。そんな威圧感が少し和らぐ。

 容疑者を威圧するのが目的ならば、それは成功していた。

 名前を誰何され、威圧され、あまつさえ「犯人」同然のあつかい。

 少女は尻もちついて、立ち上がれず。声出さず泣き出して、身体を震わせていた。

 容疑者――それは、犯罪を犯した可能性が有るものに、過ぎず。

 「推定無罪」の原則が馴染んだこの地でも、捜査陣があえてそう「誤認させる」テクニックを、駆使する者たちが居る以上。その誤解はなかなか解けない。

「高名な氷煙の騎士殿が、私の名を覚えておいでとは、思いませんでしたな」

「いえ、貴方のこれまでの功績を、考えれば当然でしょう」

 レイクはウソを言っていないが、地道に数年かけて正騎士になった男としては、嫌味にしか聞こえない。

 このあたりは華々しく瓦版ニュース・ペーパーに描かれる少年騎士と、地味ゆえにたいてい無視され続けた者の、差であるのだが。

(罪状はまだ分からないけれども。場合によっては、僕への意趣返しの意味もあるのかな?)

 中門騎士リーダー殿のわずかな表情の変化も見逃さず。ペンディング事項として、心にとどめおく。

「こちらは急に来られて全く事情が分かりません。カミーユ・フィリップス嬢の身柄引き渡しを、お望みですか?

でしたら罪状は? そもそもまだ議長の委任状も見せて頂いておりませんが」

 この国には議会があり、基本合議制で政を進めるのが、この国の政治。

 議長とは、州都議会の議長の事であり、その委任状の効力は、前世日本の「逮捕状」と同意義であった。

 そうのたまいつつ、レイクはハンドサインで、トマスとエミリオにカミーユ嬢をかばうように指示をする。

「い、いや彼女には、数件の窃盗容疑がありまして」

(新米正騎士と思って、実務面で、なめられたかな? あと従騎士時代の何度かの衝突で、根に持たれたか……僕のせいか……)

「ではまだ重要な参考人の域を出ないって事ですね? 同行願いはあくまでも『お願い』に過ぎませんよね? 違いますか?」

「いや、しかしだね。けっこう被害が……」

 と、ここまでのやり取りみていた他従騎士・小姓たちから

「前科持つ者ならいざしらずさー、きゃわいい売り子のおにゃのこをイジメるのはよくないか?」

「だなー、ちと強引じゃろ」

「そもそもここがどこか、アンタ分かってんの。まじで正騎士なんか? アンタ」

 そんな助け舟が、周りから出始める。

「ごーいんなのはモテないよ」

「そーだ、そーだ」

「小父さんってば、権力カサにきてイケないことするタイプ?」

 売り子三人の援護射撃も有り、中門騎士の顔に苛立ちの引きつりが見え始め。

 ただ勢いと強引に任せたやり取りなのは、最初から自覚が合ったのだろう。

「とにかく、やましいところが無ければ出頭出来るはずだ! 中門騎士詰所に来るのだぞ、いいな!」

 言うだけ言って立ち去る。

 しばしの沈黙ののち、東門詰所は大騒ぎ。

 三交代制の内、この場に居ない非番組以外。昼間勤務組に夜勤組計2/3の人員そろっての罵詈雑言。

 もちろんあの、中門騎士たちへの悪口である。

 そして推測憶測の嵐。

 その喧騒はしばらく止みそうも無く。

(なんで、こんなずさんなやり方をしたのかな? 同業者なら分かりそうなものだけど)

 人は、成功体験に惑わされて、過ち犯すこともあると言う。

 西門騎士団詰所にて、まず「子爵閣下の委任状」を見せて、経験浅い筆頭正騎士殿をだまし終えた直後である。

 と、レイクが知るのはもう少しあと。

 戦闘力こそ一級品でも、実務に疎い仁はどこにでも居る。その隙をつかれたとのこと。

 海千山千の東の従騎士長には効き目がなかった。レイクにも効き目が無かった。たんにそれだけの話。


 泣きじゃくる幼子を、優しく抱きしめ、背をなでるトマス・ワトソン。

 日頃の行いが悪くて、ロリコンだのペドフィリアだの、周囲から散々の言われようだが。

 ここでセクシャル・ハラスメントをするほど愚か者では無い。

 トマス・ワトソンは純粋に慰めている。彼もこういうところは騎士だった。

                              ◆◆◆

「派閥争い? なんなんですか、それ!」

 憤慨するエミリオ。実力即戦力とはなるけれど、実働10日足らずのエミリオの感覚は、守られる側の市民のそれに近い。

「正確には主導権争いです。一応門番騎士は、名目上の担当地域が分かれていても、実際の捜査権範囲を、きっちり区分けしていないんです。

たとえば……。犯罪のおこった地域が西。でも、犯人の住んでいた処は中央。でも逃げて潜伏した場所が東の管轄。だとしたらややこしいでしょ?

 それで、『一番最初に事件に担当した門番騎士』が基本担当する。慣例でそうなっているんです。

 ただ交渉や揚げ足取り的なやり取りをして、半ば強引に捜査権を奪うってこともありまして」

 と説明しつつも、納得いかない顔色を隠せないトマス。だから仕返しの意図があると、言わないだけの良識はあった。

 そのあたりの悪しき慣習は、西門も中門ももちろん東門にもあるのだから。同じ穴のむじなが吠えることでは、無かろうとも。

 あれから、四半刻しはんときが過ぎて……すでに昼間の当番は望んで残業。当直の夜勤組と共に、今後の対策をねると息巻いている。

 実質的な最高位な中間管理職は、もちろんライアン・コナー従騎士長。

 しかし名目上の最高位は、最年少の正騎士レイク・ハリスンなのだから、ややこしい。

 それにレイクは、単なるお飾りではなく。かなり優秀な部類だった。だから、実務上慣習上のアドバイスを二三すれば、コナーさんは昼寝してても許されるみたいな空気。

 ほんとに寝てても誰も気にしない。昼あんどんは、昼あんどんのままに限る的な扱いであった。


 それで、半ば待機状態のトマスが、割振り部署の無いエミリオに実際上の説明をする立場が仕事の一つ目となっていた。

 レイクに任された仕事は、もう一つ。その任を果たすには、デリケートな問題ゆえに、まだまだ時間が、かかる。

「ねっねっねっ! カミーユ、泣かないで。可愛いお顔が台無し」

「ジャスミン遅いねーー」

 売り子の三人娘内二人も残っていた。過呼吸気味で、呼吸困難におちいりかけた少女をなだめ、なぐさめるために。

 そして残るもう一人も。

「ゴメン、今戻った!! 今日の売り上げ、全部店長たちに渡してきたーー! 直帰しても良いって委任状ももらってきたーー」

 安月給とはいえ。やとわれて働いて。別に搾取されているわけで,、無く。

 拘束時間の短さを考えるとむしろ、時間給的にはかなりの高額のアルバイトでもあった。売上げに応じた出来高制なので。

 この東門詰所地域の人気四店舗は、ライバルとして切磋琢磨しつつ、ときおり助け合う。

 その精神が看板娘たちにも、明確に引き継がれている故に。

 最年長ジャスミン嬢が、四店舗全ての売り上げを預かり、きちんと各店長たちに手渡す。事情も簡潔かつ丁寧に説明し。

 直帰――おのおの直接自宅にそのまま帰宅出来る、直筆の指示書を取り付けてきた。なかなかの連係プレーである。

 皆のリーダー格、マーガレット・ジャスミン・シュガーが声をかけた。

 これでもう一つの任、カミーユ・フィリップス嬢を送り届ける。これが実行出来る。

「トマス―、落ち着いたみたいだよ」

「はい、了解しました。ではミスター・エミリオご同行願えますか?」

「ですね、ミスター・トマス」

 従騎士と小姓の二人は、売り子四人娘を送っていくこととなる。いろいろ作戦練るのは、明日以降。

 四人を無事送り終えたあとの、トマス・ワトソンの苦笑を張り付かせたつぶやきが、赤の人には印象的である。

「サー・レイク・ハリスンを本気で怒らせましたね」

 その台詞はエミリオの記憶を刺激する。

『せめて目の前のものを全て救いたい。傲慢なのは自覚してますが、これが僕の欲望なので』

 味方として引き入れるべきなのか、距離をおくべきかと思案しそこねた言葉がこれだ。

(レイクくんは……『正義』とは言わなかったよな。彼の望みは正義の味方そのもの! って感じなのに。なのに欲望? 今回のことで、何かわかるかな)

 「レイクくん」、無意識でそう呼んでいる時点で、一人の人間としても深く興味を持ち始めている。その事にエミリオ・レッドがまだ気がついていなかった。

                               ◆◆◆

 州都、天馬城市ペガサスシティ。その治安や交通整理に災害――主に火災の対処に門番騎士たちはいる。

 街創建当時は、西門、城市内西地域と東門、城市内東地域のみの、編成であったとされる。

 西・東それぞれに「騎士」の資格持ちたちの業務を司る役所、西門騎士会館と東門騎士会館がある。

 門番騎士の内特に犯罪捜査を主任務とする者たちは、最上階に詰所を持つ。

 五十年くらいまえ、中門騎士会館が新設され、その最上階は同じく捜査関連の詰所が設置される。

 人員は西門東門両騎士の一部を引き抜いての、編成。

 その新設当初から、中門の面々は東西門番騎士に、ライバル心を持っていたとされるが。

 ここ半年ほど、その熱が過熱気味とは、城市内の瓦版記者でもない限り、あまり知られていない。

 何故か?

 地味で、面白くない。余り瓦版ニュース・ペーパーの売り上げに、貢献しなさそうであるからだ。記事にしない自由!

「ミス・カミーユ・フィリップス。落ち着いてますか? 今日は自分がご帰宅まで付き添わせて頂きます。

決心がつかないのでしたら、出直して。明日以降にしても構いませんが」

 朝。あと四半刻……三十分もすれば、ここに勤める面々が出勤してくるであろう時間。

 東門での騒動の翌日。

 従騎士と、犯人扱いされた少女が、その建屋の前に立っていた。

「あっ……あたしが……あとまわしにしたら。売り子をお休みにしてくれた……店長にも。色々助けてくれたレイクさんエミリオ先生にも悪い……です。

それに……それに……ミスター・トマスも一緒に居るのに!」

「気になさらないでください。治安維持も大事ですが。だからといって貴女をないがしろにして、良いわけで無いと考えます。だから無理しなくて良いのです」

 普段のどうしよう無い部分がなりをひそめ、そこに居るのはまぎれもなく、「正騎士」だった。たとえ従騎士の資格しか持たなくても。

「ヤなこと……ヤな事は……はやめに、おわらせます」

 従騎士殿の、皮鎧の下の上着のすそ。それをギュッと握りしめながら。気弱な少女は、大きな一歩を踏み出した。

                              ◆◆◆

 同時刻。

 最年少の正騎士と、助手の小姓は朝早くから、文書作成作業に精を出していた。

 「敵」がからめ手を使うならば、全ての資料や報告書をそろえての正攻法、との事。

 文書作成には、「現代日本から落ちてきたパソコンとプリンター」をレストアして、使用すれば良い。

 文例集もある。

 元「現代日本人」であったレイクにはお手の物。

 前世勤務先で使っていたから要領は分かる。その手の機器は購入費と維持費が物凄く高い。

 しかし東西中、全ての詰所に各一台一式置くことによって作業効率化が図れるならば、と最近天馬城市でも導入されたのである。

「ミスター・エミリオ。昨日はありがとうございました。昨夜の聞き取り報告、簡潔で分かりやすかったです。お陰さまでスムーズに報告書を、上がられましたし」

 小姓位ペイジ、エミリオは従騎士トマスと売り子四人娘らとの帰途の際、言葉たくみに、必要事項を聞き出していたのである。

 被疑者扱いされた、カミーユの出自。

 孤児院で育てられた事。

 父母がすでに死んでいる事。

 父母は外国人であったが、移民の申請中に魔獣惑乱大暴走(メガ・スタンピード)で、娘をかばい死去したこと。

 父母はスキル持ちに対する差別ある、南の国イーストエンドより逃げてきたこと。などなど。

 ゆえに、彼女はスキル持ちで有りながら、自分のスキル自体を彼女は嫌う。でもばれない様に、売り子の仕事で使用していたとも。

「作家としての取材の側面もありますが。けれど、仕事をおろそかにするつもりは無いです。むしろ、許されるのであれば、騎士のお仕事のお手伝いをさせ続けて頂きたいと

思っております」

「それはうれしいのですが。ただ八竜伝の読者としては、複雑ですね。その進みが遅くなる原因となっては、ね」

「ん? お話し進んでおりますよ。くわしい話の展開はお話しできませんが、次巻の半分の初稿は書き終えてます」

「えっ?」

 めずらしく。本当にめずらしくレイク・ハリスンの顔が驚きで呆ける。いま、捜査や巡回。それに交通整理班の応援に駆り出され、不在の東門の面々。

 詰所にはたった二人。レイクが驚きで固まったという話をもし皆が知ったなら、なんでその場に居なかったんだ! そう悔しがるほどに。

「連載当初は、挿し絵担当。資料収集兼雑務。全体総括兼執筆者その一。執筆者その二。そんな分業体制で、ボクは執筆者その二でした。

でも巻を重ね、版元のサポートを得て。挿し絵は似たようなイラスト描ける人複数育てて、分業し、丸投げ。

 サマンサししょーのシゴキ……じゃなくてご指導のタマモノで、元々ボクら三人はみんな、小説はそれなりに書けるんです。

 二か月に一回ほどプロットの会議した後に、三人が初稿をあげて。時間有れば第二稿三稿と上げるんですけど。時間無い時はししょーに丸投げして」

「はあ」

「もともと文章の質を合わせるために、最終原稿は、必ずししょーが添削してますからね」

「はあ」

「ししょーは、身体が鈍らない様トレーニングの時間と、睡眠と、食事以外は基本書いてます。気が乗れば四刻から五刻はね。

気が乗らないときは散歩や読書かな? それでも三刻は必ず進めます。ほかに城市内発行の有名瓦版は全て、毎日目を通しますね」

 一刻いっときは現代日本の時間に直すと、二時間。半刻で一時間。その四分の一――四半刻で三十分。

 前世の記憶に目覚めたとき、時間の感覚になれるのに苦労したよなー的に逃避しかけるレイクいこーる藤宮かおる。

 藤宮かおるだったころ、小説を書いてみようとし、早々と挫折した経験もあり。その手の会話は、さすがに彼の理解の処理能力を超えていた。

 彼もまた万能では無いのである。それは本人が一番自覚がある。

「……まあ、大まかにでも原稿は着実に進んでますのでご安心を。作者の一人としては嬉しい限りです。

ところで、サー・レイク。二つほど疑問が。一つは、なぜそんなに魔術にお詳しいのです? 風の系統で音を打ち消す術式が存在することを」

 音が、空気の振動である以上。その方向性をコントロール出来れば、会話は外にもれない。現代日本から持ち込んだ前世の知識。

 それを、盟友にして「学問の先生」サー・オーガストからの教えで、補強した。物理学面も、魔術技術面でも。

「まあ、その辺のくわしい話をしていると日が暮れてしまうので。僕の学問の先生が優秀なのでって事です。僕のスキルの使い方にも少し関わりますし」

 さすがに事情聴取を、街中で歩きながらするのは、差し障りあるが。

 エミリオの魔術によって、音に指向性を持たせ、売り子四人娘と従騎士&小姓コンビ以外には聞こえない状態で、聞き込んだわけである。 

 開けた場所で、気心しれた皆が、居る。その方が、カミーユがリラックスして、話をしてくれやすかろう。そういう面を考慮して。

「サー・レイク・ハリスンは、何でも出来すぎです」

「そんな事はありません」

 現に小説は書けない。うらやましい!

「それと。ミスター・トマスが付き添いで良かったのですか? 例えばボクなら、色気の強い女性小姓などに取り調べさせて、誘惑し、有利に捜査の誘導する。

それくらいは中門の馬鹿どもも、思いつきそうですが」

「ああ、そこの事については心配いりません。確かにどうしよう無いところがあります。でもね。ミスター・トマスは、いやサー・トマス・ワトソンは、理想の騎士を

目指してます。正義の味方を。そんなもの居ないって、現実を知りつつね。正義の味方ゆえに、まず弱者たる市民を見捨てない。

 市民の冤罪を許さない。中門の方々の考え方も一理はありますが。それに屈服しないだけの信念が彼にはあるのです。

 相棒の僕が良く知ってます」

                               ◆◆◆

 同時刻。中門騎士会館、最上階。中門騎士詰所。本拠地へ乗り込んだ、奇妙な二人組。一人は騎士。まだ従騎士だが、騎士らしい騎士。

 ミスター・トマス・ワトソンは、声がやたらとデカい。

「カミーユ・フィリップス嬢、事情聴取に罷りこしましたっ! この従騎士スクワイア、トマス・ワトソンが立会人でありますっ! お目通り願うっ!!」

「かっカミーユ……っすっ。来ま……した」

 少女の名はカミーユ・フィリップス、ずっと従騎士殿の上着の裾を握りしめ。それに勇気をもらってか、詰所の皆の視線を耐えきって。

 のちに、瓦版各紙に面白おかしく書かれるこの事件。幼気な幼女をかどわかし、中門詰所に連れ込んだ変態従騎士の事案とか言われてしまう、この事件。

 事案の騎士。

 その不名誉な二つ名を、マス「ゴ」ミにつけられてしまう、三文芝居の開幕である。

                              ◆◆◆

 一応応接室のふかふかなソファーを進められ。高級そうなテーブルの上にはブラックな珈琲と、甘いミルクティーが並んで出され。

 この辺りの調度品や、レイアウトは中門も東門も西門も同じ。

 州都議会が、各門番騎士を競わせる形の政策を取っている為に。年度によっては各門番騎士の使える予算は、一割二割の増減がある。

 そうやって高い技量を常にキープさせる。しかし、調度品や装備品には差異を設けず、十分なバックアップあればこそと、州都議会は手を抜かない。

「ミスター・トマス、貴方が立会とかいささか過剰すぎるのでは無いですか? たかが小娘一人に」

「えーとですね、先月の州都議会議事録85番にありますが。『冤罪を防ぐため、容疑者は任意の立会人を用意出来る』。正騎士や従騎士の立会人も認めています」

「ミスター・トマスは常識に欠けるな。捜査に従事する門番騎士の貴方が庇護すると言うのは、職権乱用に過ぎるというもの」

 だから多少の差異はあっても、戦力・治安維持の為の実務力に装備品など、各門番騎士の総合力に大きな差は無いのである。

 ゆえにライバル心、場合によっては敵愾心にも似た感情を抱くのかもしれない。瓦版によって時として面白おかしく書きたてられ。称えられもするが、後ろ指さされもする。

「議会では結局門番騎士を禁ずるべき決定は、なされておりませんよ。子爵マーカス卿は確かこの辺りを禁ずる発言をなされていたとか。

ただ冤罪を大きく生む事態を防ぐために、門番騎士すら立会人に出来るという、反対意見に明確な反論を出来なかったとも。結論は保留状態です」

 威圧する様に、中門騎士は対面のソファーに三人座り。中央はかの敵陣営のリーダー格レフト氏。彼は自分のミルクたっぷり砂糖たっぷりの珈琲を一気に、飲み干すと。

「まあ、良いでしょう。これから質疑応答に入りますが、カミーユ嬢、よろしいか?」

                              ◆◆◆

 同時刻。東門詰所内。

「子爵閣下の委任状って何ですか?」

「先月の議会で、子爵マーカス卿が提案し、その有用性を認められた天馬州のみ限定の条例ですね。

ただ実務で実績を積み、王都政府議会で承認が得られれば、正式採用もあり得ます。

で、効能は『議長の委任状』の下位。マーカス卿の提案では、容疑者の任意同行を求められる命令書代わりです。簡単な手続きで発行出来る半面。容疑者は自身保護のため

、取り調べの時には立会人を一人指名できる。任意であるから拒否もできる。議長の委任状には、逮捕し身柄を拘束出来る強制権があるかわりに、議会での後付承認を必要とします」

「法の実行って色々面倒とは聞いていましたけれど、複雑ですね」

「そうですね。あとここ半月、中門はこの子爵委任状を乱発して、大きい成果をいくつかあげてます。客観的に見て事件に関係無い者も捕まえて。

 しかし、自供自白させ別の軽微な事件の犯人と分かるとそちらで、立件し。任意同行とは言いましたが……」

「サー・レイク、ボクも物書きの端くれ。少しは下調べしてきてます。『任意同行』の下りはまだ、あまり知られていない。また立会人の件もまたしかり。教える義務も無い。

捜査の裏技だそうですね」

「…………」

「サー・レイク、何含み笑いをされているんですか?」

(なんどかちらちらと、ジャスミンさんと目を合わせていた。任意同行の件は、認知度が低い。一方で弁当売り子の人は騎士会館以外にも議会に錬金術師協会にも教会にも出入りする

……情報の出どころは明白かな)

「いや、ミスター・エミリオは分かりやすいなと思いまして」

「なっ何がですか!」

 いろいろとバレバレだった。

                               ◆◆◆

 同時刻。中門詰所応接室内。

「――以上お答え頂きありがとうございます。いまお聞かせ頂いた事項につき、いくつか質問したいものがあります」

「……はい」

 サー・ダニエル・レフトは、丁寧に目の前の正騎士に相応しい優雅さで、形だけの礼を少女に返す。ずっと従騎士のすそを握って離さない小さな手。

 そちらに侮蔑の視線を一瞬向けつつ。

 色々明らかになった。移民であること。元外国籍だったこと。転籍しリーヴス国籍を得ていること。孤児。孤児院に収入の一部を入れている。

 生活は楽では無い。そして――

「あなたはスキルをお持ちですね。なぜ小姓ペイジへの登録をなさらないのですか?」

「ちょっと待ってください。それは慣例に過ぎず、法律では無いはずです。なぜそれを問題視するのです?」

「カミーユ嬢はスキル特殊系フレキシブル・フィンガーズかアナザー・ハンズの所有の疑いがあります。ミスター・トマスご存知か? 中門騎士管轄で数件盗難事件が起こり、いずれもその系統のスキル持ちの犯行の疑いがあるのです」

「ち、違います! そんな事してません!!」

 少女の震えが、従騎士のすそ経由で、伝わる。トマスは気持ちを引き締める。

                              ◆◆◆

「どうしてカミーユちゃんがスキル持ちって気がついたんですか?」

「あの子の両肩にかけた売り子用カバン。片方で20ポンド超……ああ済みませんポンド・ヤードは苦手でしたね。10kg超えだったんですよ。その割に歩き方の軸にブレが無い」

「はあ、プロフェッショナルの人は良く見てますね。でもそれとスキルの関連性は?」

「近接攻撃特化や防御系に五感強化系に属性付与系がメジャーですが。スキルの特殊系の中に、さらに『見えない腕を作って使う』ものがあります。

その中の訓練法に、低出力で重い荷物を常時持つって訓練法があるんですね。彼女の動きはそれに似ていたと、思いまして。彼女のご両親の教えか、自身で自然に覚えたのかは分かりませんが。

この件と、中門騎士管轄でその系統スキル持ちらしき者の、窃盗事件の概要は、サー・トマスに伝えてます。大丈夫、彼はうまくやります」

                               ◆◆◆

「そもそも。彼女のスキルは登録されていませんが、現リーヴス国籍、しかし元外国籍だった幼い彼女が、その辺の慣例を知らなくても不思議ありません!」

「しかしですな。彼女の売り子としての活動区域と、その盗難現場は重なるのです。しかも登録もされてない。疑われる余地は十分にあるでしょう? そうそう、思ったよりも白熱してしまいましたね。

喉が渇きませんか? お二方。お替りはいかが? 今度は冷たいものでも。おーい」

 中門騎士団応接室にて。

 名実ともに中門のお偉いさんが、首振って横柄に扉の向こうに指示を出す。

 特に隠すこと無いという、アピールの為か? 応接室の両扉は開かれていた。

 しばらくして、胸の大きさを強調した美人さんが、五人分の飲み物持って入ってきた。

 露骨に、男を意識した出で立ち。

 短いスカート。丁寧だが、下着が見えそうで見えない絶妙な動きで、給仕する。厚い唇に色気ある真っ赤な口紅。やや濃い化粧は、その匂いでむせかえりそう。

 それで。どスケベで有名なトマスの平静が崩せれば上上。女には場合によっては、「寝ろ」とも言い含めてある。そうなれば、東門を内側からくつがえすのもアリか。

 要は総体で治安が守れればいいのだ。小は切り捨てれば良い。そのためにはどんな手段も使う。彼女への指示――色仕掛けもその一環。

 どスケベで有名なトマスだ。チョロイ。

 給仕の色気過剰の女、よく見ると胸に下着を、つけていない。薄着。綺麗な胸の形がはっきりと浮き出ていた。

 成功を確信する中門組は気がつかない。色気におぼれる事有名な彼が、女にさげすみの視線を向けていたことも。

                              ◆◆◆

 東門詰所。

 レイク・トマスが抜けた穴を埋めるため、東門一派は団結していた。本来シフト的に、休暇なはずのこのコンビは超過勤務中。後日その超過時間を休暇を追加で与える。

 そういう風なルールになっている。数日超過するとその分の負担が他にかかる。

 それを避けるため、レイク・ハリスンは「今日一日で終わらせる」と言い切った。ことの経緯を描き終え中間報告書を仕上げ、コピーする。

 関係各所に送る手続きを終えて、あとは出すだけ。

 コピー機は、日本の文明の機器は偉大だなーと、レイクが思いつつ。一区切りついたのが、お昼前。

 通常業務にしつつ、レイク・トマス組のフォローをしてくれていた東門仲間が、数組もどってくる。

「今ごろトマスの旦那は鼻の下伸ばしてんかねえ」

「はは違いないわ、エロの権化だから。ん? まてよアタシに最近セクハラしないとは、アタシを女とは見てないのか??」

「まあまあ、あいつが好きなのは純情無垢な女だからな。本能でそのあたりをかぎわける。海千山千の俺たち捜査陣は、スレてるわな。男女関係無えよ。

 その意味では、カミーユ嬢ちゃんに抱き着かれてって部分かねえ、アイツがエロく反応しそうなのは」

「アタシを女とは見ないのか……はあ。まあいいか。身の安全確保だし。ハニートラップには案外ひっからんしねー、アイツ。同じ匂いがアタシにもすんのかね」

 この何気ない会話に、ふと疑問に思う赤の人。

「えっ、ミスター・トマスがハニー・トラップに引っかかっらないのですか!?」

「はは、意外に思うだろう? アタシもそう思う」

 可愛い顔立ちでポニーテールの従騎士殿は、苦笑めいた笑顔を作家センセに向ける。男臭い笑みを口元に浮かべ。

「困った事に、トマス君は変態で。どういう訳か時として悪意無い女性をかぎわけるのですよ。何故か悪女にはかからない。彼のスキル視覚を強化する系統に過ぎないんですが」

 レイクは困り顔で捕捉する。

「変態だしな」

「変態だからね」

「ミスター・トマスだから仕方ない、ですね」

 ……ここでエミリオは一つのフレーズを思いつく。

「変態はその場に居るだけで、迷惑をこうむる。精神的に」

「をを、そのとーり!」

「さすが作家せんせい!」

                              ◆◆◆

「カミーユ嬢、スキルが行われた犯罪のあとには、その痕跡の力素オドが残ります。時間は取りません。ここで検査していかれませんか?」

「します!」

 指紋採取などの科学捜査が、現代日本の知識群から採用されて、早二十数年。錬金術師学会の協力を得て。

 スキル使用後、残留力素が残る。残留力素でも同じことが出来ないか? そう思う者が居て実用化。

 そして証拠能力があると、認められて久しい。

 指を糸で縛って、針をさし血を採取。それを事前に検査薬に着ける。……陰性。白だ。

 検査自体は、事前に東門でもすませており、彼女が濡れ衣なのは明白で。だからトマスも取り立てて、止めなかった。

「いろいろと失礼しました、カミーユ嬢。ところで、これを機会にウチで小姓ペイジの登録を受けませんか」

 オドの検査のあとは、そのまま各騎士会館に書類を出せば小姓登録が出来る。

 小姓は犯罪予備軍、サー・ダニエルはそれが言外に匂わせて。自身の登録小姓たちの自由を縛り、使役して実績上げてきたとも聞く。

 信奉者も多いが、強引なやり方に敵もまた多く。

「結構です。すでに、彼女は東門で登録されています。いま書面そろえての、申請待ちです。帰りましょうカミーユ嬢」

「おっお待ちください! 小姓は登録はご本人の自由意思で所属会館を選べます。サー・トマス、彼女に選ばせてあげて下さい!!」

 給仕の女が、トマスにそう言いつつ抱き着く。水蜜桃めいた滑らかな双球が、おしつぶされて。柔らかながら、貼りのある弾力が従騎士殿の腕に伝わる。

                              ◆◆◆

「ミスター・エミリオ、そろそろ迎えに行きますか? 場合によっては上司としてトマス君への援護射撃も必要でしょうし。最終報告書も完成させなくてはね」

 そう言ってレイクがエミリオを誘ったのが、ほんの十五分ほど前。この時のちの中門騎士団での惨状? を二人は予想できない。出来るはずも無い。

                              ◆◆◆

 中門騎士団詰所にて。興味なさそうに。わずらわしそうに、冷たい視線をトマスは女にむけた。そしてつむがれる意外な台詞。

「……なんですか? その水風船は。放してください。邪魔だから」

「は?」

「別に興味ありません。自分はですね、まず純粋無垢なおにゃのこが、恥じらいに身もだえる様を愛するのですよ!! オッパイの大きさが全てはありません。

そもそも貴方のは、その心根が透けて見える」

 言いがかり。

「オッパイ以外にも見るべきところは多々ある。お尻。腰。ふとももに、わきの下もいい! しかしだ。無駄に膨らんだソレ。そんな駄乳に価値は無い」

 どうしようか、この男……。そんな突っ込みを入れてくれるレイク・ハリスンは直ぐ傍に居ない。

 ちょうどレイクとエミリオコンビが到着した。中門の理不尽な仕打ちが有れば、圧力かけて、トマスの援護射撃をするために。

 しかし換気を名目に開け離れていた、応接室の両開き。

 その変態王トマス・ワトソンの問題発言のとっかかりを、トマス上司とトマス部下は最初からきっかりばっちり聞いていたことになる。

 東門の失敗談を記事させようと、記者どもを待機させていたサー・ダニエル。中門御用聞きの、瓦版記者たちもちろんこの場に居た。

「なあみんな、恥じらいと純情こそ、エロチィズムの至高! そう思わないか」

 だんだん、エロスイッチが入って、トマス・ワトソンの演説? に熱がこもってくる。

「いや悪女にずるずるとおぼれるのもいいぞー」

「いやあ、俺はシチュエーションにこりたいな」

「そーだ、そーだ」

 困ったことに、東門にも中門にも西門にも一定数、トマス・ワトソンの信奉者が居たりするのであった。

 こんな展開誰が想像できる? 出来へんわ、そんなん。

 エミリオと目配せして、帰ろうとするレイク。

「まっ待ってくれ! これを連れ帰ってくれ!!」

 叫ぶサー・ダニエル。これ扱いされるトマス。当然だ。無視するレイク。それも当然だ。

「あー、ミスター・トマス。ほどほどに……ね」

「わっかりました、サー・レイク! ありがとうございます」

 何がありがとうだ。お前は何にお礼を言った?

 魂の叫びで「駄乳」扱いされて、打ちのめされ、落ち込んでひざまずく色気ねーちゃん。

 おろおろするダニエル側近ふたり。

 徹夜明けで妙にテンション上がってた夜勤終えた中門騎士組。面白い見世物として取り調べを注視してたが、タガが外れてエロ談議に参加する者数名。

 面白い場面に出会えたと、よろこぶ記者ども。もらった金よりも大好きなゴシップ。いま記事にしないで、いつ書くのか? いまでしょ?

 この状況を、一言で表す便利な言葉がある。

 カオスだ。

 そんなカオスの中。

 顔を紅潮させて、すそから手を放すどころか、しっかりとトマスの身体に抱き着いたカミーユの姿。独占欲? まさか。でもしかし。

 それを見逃すレイクとエミリオでは無い。

「これ、不味くないですか? サー・レイク」

「ですね。一時の気の迷い……だったら良かったんですが。頭痛が痛いです」

 トマス・ワトソン。実はとうの本人がおもっているほどモテないわけで無い。ただモテたい相手からモテないってだけで。

 だからときおり嫉妬仮面になるのは、本来お門違いなのだが。

「ロリコン事案じゃないんですか? これ」

「……本人たちの良識に任せるしかないですよ。なるたけ常識の範囲で収まる方向でがんばるしかないです、エミリオ君」

 事案……この言葉のフレース受けて、翌日の瓦版ニュース・ペーパーの見出しに、「事案騎士」の文字が踊ったのだが。

 エミリオ・レッドが悪いとはレイクもエミリオ本人も思いたくない。

 昼あんどんの東門最先任従騎士長ですら、頭を抱えて「エミリオは悪くない」と太鼓判を押したほど。

もう色々開き直って好き勝手書いてます。

次回は8/23金曜日夜あたりの予定です。

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