(3)――レイク・ハリスンの実力/実技編――
とりあえず三話目まで投稿しないと話の方向性見えないかなと。四話以降は後日です。
『次の小説はバディ物? とかいうのを企画してるとか? 何とか? 文芸の事は、よく分からないけれども。騎士の二人一組とか三人一組の事とか、聞きたかったみたいですな。あと一般の騎士業務に対するイメージ以外で、知られていない事とか?』
騎士・従騎士で活躍いちじるしい者たちは、瓦版記者の取材を受けて、翌朝の記事になったりすることが有る。
芸能人か、スポーツ選手だな。と評したのはレイクの『先生』。東●ポとか大ス●だな、とも。
前世持ちで、社会人であった彼の知識や教養に、常々助れられている、とレイクは思う。
『先生』本人があくまでも、参考意見に過ぎないと主張する。そう言われるも、少年騎士の行動指針に、深く影響を与えていたのである。
『で、マリー先生の代表――レッド氏だけど、小姓どころか従騎士並の知識面をお持ちであって、ですね。じゃ、他の地味な実務は後回しでも大丈夫なので、先にアソコに行ってもらおうかと思いましてね。ちょっとして簡単な戦闘……いや駆除作業も経験出来るでしょうし。そもそも、順番的にサー・レイクとミスター・トマスの組の当番ですよね』
そんなやり取りを、ほとんど一方的に先任従騎士長から押しつ……もとい説明されて。
煉瓦作りに見えて、実際は謎素材。それらに四方八方囲まれた、奇妙な通路の途中に、彼らレイク・トマス・エミリオの三人は居た。
乗合馬車が三いや四台は余裕で行き来出来る広さにも、関わらず。大きな溝に清水が流れるために、通行出来る部分は両サイド10フィートはあるかないか。
赤の人は、両手広げて、だいたいの広さの実感を得ようとしているのか?
「1フィートでだいたい30センチでしたっけ。うーむ、フィート・ポンドには中々慣れないなあ」
赤の作家先生は、そう能天気に感想をもらす。やる気がない、という訳では無いが。緊張感が無い。
いい意味で度胸があるな……とは、レイクやトマスの苦笑が、すべてを物語っている。
昨日は簡単な事務手続きと、顔合わせで終わり。
翌日早朝より勤務開始と言われて、人気作家兼見習い小姓のエミリオ・レッド氏。昨日のど派手な出で立ちとは変わり、使い古した焦げ茶の軽装皮鎧上下。
鎧の下は目立たない黄土色のズボン、と焦げ茶のブーツ。腰には魔術補助の魔導杖。
そしてそこまでしてトレードマークにこだわりたいのか? 鎧の下のシャツは、くすんだ赤系統である。
人工灯の輝きの元。その輝きは三人の姿をはっきり見せる。
魔術系統の技術体系では無いらしいが、昼は外界の陽光を受けて、その光を通路内に届けている。
まさかこの場所が――
「下水道って言うのには、驚きませんか」
「一応グランマから詳細は、聞かされてましたからね。もちろん百聞は一見に如かず。実際見て体験してみないと」
何か気になることでもあるのか、レイクは基本聞く方にまわり、相方にエミリオの相手をしてもらうつもりの様である。
「驚くと言えば、この層の通路に流れ込む段になってすでに、飲料水になるレベルまでになっているのですね! 加えてこの設備!」
わざわざくるりとターンして、とある場所を指さす仕草の、舞台俳優。後ろで縛っているとはいえ、赤毛のたてがみは目立つ。
嫌味感じさせず。指さした先には、硝子細工の馬の胸像があった。よく見ると、鷹の翼持つそれは、この天馬城市のシンボルのそれと同じだ。
その胸像は一定の距離ごとに、まるで一里塚のごとく、ほぼ等間隔で設置されている様である。
周囲の煉瓦状の謎物質に覆われているせいで、立ち位置を見失いそうな場所ではあるが。通路片側にしかそれが無く、また胸像の作りに微妙な差異がある。
その為だいたいの方角と距離は、慣れればつかめそうでもある。
「それもフィギュア・ヘッドと同質のもの。それを浄水のためだけに用いる、贅沢な施設。古代遺跡とはなんと進んだ文明だったのか、という所作ですかね。
一方でボクが考えるに『才能の無駄使い』という気もしなくも無いですが」
「あー、やはりそう思われますか。けれど、制御装置としてのフィギュア・ヘッドは、ある種の一品物。浄水を主とする機能制御として作られたコレは、他への転用はききません。
マーキナーの制御装置としての知名度が一番ではあるものの、各地各地方の迷宮・遺構内のソレも、同じく転用が効きません。仕方ないことです」
「ふむ、そうなのですか。――鋼の騎士、騎士人形の異名持つデウス・エクス・マーキナー。これを駆る騎士従騎士の方々の力量は、十数倍にも跳ね上がると
聞きました。その建像には、数年の年月をかけてもおかしくないとも。そしてその建像年月の大半は、フィギュア・ヘッド作成にかかるそうですね。
だったら……と考えるのは素人考えと言うよりは、馬鹿なボクが作家魂の発揮場所を間違えたというべきですかな、あははははは」
その物言いに、何となく笑うわけにもいかない気がして、救いを上司に求める自身のトマス・ワトソンどの。
一方レイク・ハリスンは、「こういう場所だからこそ」見張り役を担当していた。ゆえに、説明役を相棒に一任していたのである。
魔獣のソレと同質同種とも言われる異能力――スキル。多種多様なそれは、トマスの場合感覚器の内特に視覚を強化する。
一方レイクは能力の特性上、温度変化に関して鋭敏。その面に関してはトマスに勝る。
進行方向少し前、ちょうどT字路になった先の右方向に向け、三本指立てた仕草の少年騎士。
「をお、ハンドサインですね!」
うれしそうに、反応返す赤の作家。
このあと続いて親指一本立て、真後ろを指したのを、物語作家さんが気がついたかどうか。
すでにトマスは、位置を変える。エミリオを真ん中に、前衛トマス、後衛はレイクの布陣。
従騎士長が示唆した「駆除対象」。透明な粘液状の体に、人の体温より高い。中心に核持つ下級魔獣だ。正式名称をスライムという。
「下がって!」
トマスの指示のもと、数歩下がる一同。溝の水面から、天井から、曲がり角から。それぞれ出現場所を変え、違う軌道で持って飛び跳ね、宙を舞う粘液体。
三人の位置の手前、タイル張りの床に落下する。トマスたちには届かない。
「スライムの体当たりは、せいぜい1m強。毒液吐く射程距離も、同じくらい。注意して!」
ミスター・トマスが指示するものの、相手はスローリーでじっくり観察する余裕すらある。ゆえにあえて事前説明を、しなかったのではあるが。聞くよりも、見て体験が肝要と。
そう言いつつ、抜刀。それは細身で刃の無く、先だけが尖った奇妙な剣だった。
「エストックか。またえらく良いご趣味をされている」
そうつぶやく、赤の先生にはまだ余裕があった。
スライムたちが、再度跳ねる。三種三様のベクトル。しかし今度は目標は、トマスただ一人。
トマス、その両目の周辺の肌に、黄色い光の軌跡が数筋はしる。電子回路のごとくとは、レイクの『先生』のたとえだったか。
大気中の魔素を呼吸と共に取り入れて。力素に変換。視覚を強化する。それも瞬時に。
常人には見えない紫外線や赤外線やらを見る以外に。動体視力をも強化し、経験則で得た敵生物の弱点位置もナビゲートする。
これがトマス・ワトソンのスキル、アナライズ・アイの威力。
と、突剣持つ右手がぶれる様に見えた。
その結果が、一拍置いてぼたぼたぼたと、通路の床に落ちてくる。スライムの残骸だ。
「みっ……見えなかった……。ミスター・トマス、さすがです……」
瞬時に弱点の核を三度正確に打ち抜いたのは、彼の日頃の鍛錬の賜物。それとスキル持ち共通の、能力のおかげ。
筋力増幅のコモン・アビリティ。
衣服と手甲に包まれて、見えなかったが。
こちらも魔術回路に力素の光が輝いて、筋力強化を成し遂げたのであろう。
(……驚きにウソはなさそうだけど……。この人すでに腰から魔導杖を抜いて構えてる)
レイクは、周囲を警戒しつつ、一方で冷静に沈着にエミリオ・レッドを観察していた。
スキル持ちの前段階、アビリティ持ち。それがこの場でのペイジ、エミリオの立場であった。
全身の各筋力や反射神経。五感強化に治癒力増強に、簡易的武器強化と防具強化など。
スキルに様々な種類有れど、固有特殊能力とは別に、これらの基本能力強化を持つ。
それがスキル持ち。だからこそ、五感強化がおもなトマスも、鍛えに鍛えて正騎士級の実力を発揮できるのである。
アビリティ持ちは、言わばこの前段階で、全部もしくは一部数種のコモン・アビリティを使えるようになり。
狭義的には、戦闘補助任務につける小姓位に登録が可能な、最低限な状態。
(それも半身になって、位置取りし直し、身構えた姿は――)
そう思考しつつ、身体を半回転。
少年騎士は、抜刀と同時に虚空を切り裂く!
優美な片刃の刀身。それが、地面につくかつかないかまで、切っ先が下げられて。
赤の魔術師は、四匹目の残骸が地に落ちていたことに、今気がついて。すぐに言葉さえ出ず、感嘆のため息を漏らす。
気づいていただろうか? レイクはスキルはもとより、アビリティも使用していない事に。
そのため息には、「何もできなかった」と後悔の色も感じられたが。赤の作家本人自身への、卑下めいた自己評価。
けれども。
レイクはそれとは真逆の評価を、その人に抱く。
(――左右どちらでも対応可能。ミスター・トマスにも僕にも、援護可能な位置取り! アビリティ持ちの一部の人は、魔術使いにはしる傾向あるけど)
アビリティ持ちや、五感強化系などをのぞき、たいていのスキル持ちは魔導杖のそれと、力素が干渉しあって魔術使いの道をあきらめる。
また。魔術は性質上、他人への強化や四大属性の武器付与や、敵の行動・能力疎外に特化した進歩をしてきた。魔術は瞬間的爆発的な発現は、不得手なのである。
ゆえに即効性攻撃力を求めがちな、騎士の働きとは不向きとも言える。
「い、居……合い……というのですか。こちらもすばらしい……」
(油断せず、前衛後衛に寄りかからずフォローしようとした事が怖い。実力小姓クラス? とんでもない、この人の実力は総合的には――)
「? サー・レイク? どうしたんです? そんな険しいお顔して。近くにはもう居ませんよね、敵」
そんな相棒の邪気無い声に、苦笑めいた笑顔返しつつ――
「少し、考え事をね。晶石を取り忘れないで下さい。まだ巡回順路は1/3ていどですし、小休止はもう少し進んでからにしますか」
「はい!」
「……分かりました」
少し落ち込んだ三人目の返事は、その通りの反応だけれど。実力的には決して軽くないのを確認し、気を引き締めつつある、レイク・ハリスン。
◆◆◆
古代遺跡の遺構をそのまま利用する、各州都や王都の城市。下水道もそれであり、長年の周期的メンテナンスこそ欠かさないが、1000年以上問題無く稼働し続ける代物。
それはリーヴス建国以前より、存在したのである。
「――そも、人の力素に対し、大地に流れる魔素の流れをお二方、ご存知か?」
「えー、自分には分かりかねます」
「『竜の血脈』のことですか? 特に山脈に大きく根を張り、大きなうねりを持って、やがて海へと流れ出る」
作家先生は、学者先生でもあったようで。それも魔術師としてのだ。
質問が難しく生粋の騎士のトマスの手に余り。一方レイクが答えて、エミリオがさらに話を進めて、魔術談議が始まる。
「そうそう! ときおり山の中腹に、森に、沼にも『竜の流れ』はとどこおり、とどまる。その地に影響された動植物のたぐいが魔に魅入られ魔獣と化す」
「魔獣と化す」その下りに、少し眉をひそめた赤の先生。その表情を、レイクは見逃さなかった。
小休止に入り、城市の利用する古代遺跡の遺構の話をしていたはずだが、魔獣の下りはやや脱線ぎみではある。
(各州都王都の動力源が『竜の穴』っていう方向なら、あながち的外れってわけでも無いけれど。魔獣~の下りは、この人にとって外せないナニカなのかな?
とにかく『竜の穴』は外にあって魔獣を生み、都市のあって街を守る力となる。そして、とりおり『現代日本の産物』を落とす)
レイクの思考通り、学者先生は話を進めるようだ。
「そんな凄まじい力の流れは、都市を守り運営する力なわけでも、ありまして。その力を利用して城市の運営は行われているとは、聞いてました。
その一端下水道の仕掛けをこうして目の当たりにすると、驚きの連続であります」
(一見、雑学豊富な文筆狂いの作家先生であり、それもウソでは無いけれど。こちらから質問してみたら、どうなる?)
「レッド先生の博識ぶりにこちらも驚かされますが。先生なら、いるはずのない最下級とはいえ、ここに魔獣が絶えない理由もご存知ですか?」
レイク、思索のあとの質疑応答を仕掛ける。
「本当の理由はまだ実証されていなかったはずです。ただ、実務的定期的に、人を配置して排除するべき事項。
ただ錬金術師学会でのいま有力な説は、使い切れなかった竜の力素、その残滓を一番危険の少ない場所に流した結果では無いかと。
ペガサスだけでも無く他の州都でも見られる現象だそうですね? そう言えばモッカー改良の特許をサー・レイクはお持ちとか?
でしたら、専門分野的にやや重なるのですかな」
(芝居がかった言動。典型的な作家先生にも見えるが。その演技はあくまでも、『読者の望む作家像の一つ』っていうのは考えすぎ、かな? でも――)
「いや、僕の専門はモッカーの機械・基盤の方面に特化した限定的なものです」
「いやいや機会あり貴方の論文を読みました。魔術回路と『竜の血脈』との類似性にも少し触れておられましたね? 獣を魔獣に変えてしまう『流れ』。
それを回路に部分的にとは言え、参考に回路を作成され。回路の省略化につながったと、お書きになられておりましたね」
「そこまで読んで頂いたとは。光栄です」
(――こちらへの下調べも、充分と)
「ちょっとちょっと、お二人とも! 自分のついていけないお話をされても困ります!! 学説や技術談義は別の機会に別の場所でどうぞ!」
「やりすぎましたか!」
太陽のような満面の笑みを浮かべつつ、そう言われると。
(この笑顔がウソって事は無い……かな? というかそう思いたくないな)
「そうですね、気をつけましょう。ミスター・トマス、ミスター・エミリオそろそろ動きましょうか」
月光の様な控えめな笑みを浮かべて、そう答える少年騎士。秘めたるモノがあっても、エミリオが悪人では無い。そう信じたい気持ちを抱きつつ。
認めた証として、ミスターの美称をきちんとつけて。
◆◆◆
「……槍を持ってくるんでしたよ。であるならば、もう少し楽であったでしょうに!」
といつになく愚痴を漏らす従騎士ミスター・トマス・ワトソン。
エストックを振り払い、粘液まみれの汚れを強引に落とす。粘性が高いが、刃が無く滑らかな刀身のエストック、その動きだけでこの汚れは取れる。
その周囲にはスライムの死骸の山ヤマやま。
比喩では無く、もう五十は倒したか。いやもっとだ。カウントが50を超えてから面倒になった。それだけの理由。
小休止を終えて、意外に早く巡回経路の袋小路行き着いて。そこに設置された地上へのハシゴを上るだけだったのだ。
それを待ち伏せ受け、挟撃され……。レイクもトマスも、不意打ちを許すほど甘くは無い。
一方で、そもそも論的に作家先生は疑問を提示する。
「……スライムって……意外に……知能……あるのですか?」
赤の人は、基本の空気弾の連射をし終えて。その数300を超える。全力支援。疲労困憊。声にも態度にも姿勢にも「疲れ」が出て、それを隠せない。その余裕がないさま、エミリオ。
空気弾、殺傷能力はほとんど無い。衝撃を与え相手をひるませる。その程度。
ただ低燃費にして、敵行動阻害の基礎の基礎。
魔術も後方支援とは言え、制御に集中力を。的確な場所に的確に当てるとなると、神経もすり減らす。しかしそれでも。エミリオを歴背の勇士二人についてきた。
倒れずに。何度か元素四大の内、スライムに効きそうな「火」の属性付与を、騎士二人の武器に施した上である。
それに歴戦、それも戦闘力は正騎士に匹敵する従騎士ですら、今大汗をかき、深呼吸するほどの事態でもあった。
「スライムも、最下級とも言われ侮られがちですが――」
最下級と言われるのは、仮に連携すると言っても、たいていの出現は多くて5匹前後。10匹はまず超えない。
加えて硫酸の毒液を吐いたり、体当たりの威力も油断すればケガにつながるが。数人単位のパーティを組めば、時間さえかければ退治が容易な部類だからだ。
通常ならば。
「――特殊な司令塔的個体が生まれた場合、上級魔獣並みの戦術を組むとも言われます。ただ実証されてはいても、実例はそれほど多くないです。特に下水で見たなど、聞いたことが無いです」
レイクは普段通りの所作で、そう答えつつ。目算500は超えたなと、目の端で周囲の状況を確認しつつ。疲れなく、いつも通りの受け答え。
実は彼は、この期に及んでまだスキルも、アビリティすら使ってはいない。
過去二百年余り、この地この国の騎士で、スキルはおろかアビリティすら持たず正騎士となった者は、数例あるが。
レイクはそうでは無い。手を抜いたわけで無く。余力を残す。
残心。相手を倒し切り、しかし油断しない様にするさまを、そう呼ぶという。
「ただ――」
そう言葉の続くをつむぎかけ、しばしレイクは言葉を切る。
突然の冷気をともなった風が、三人の足元を翔る。冷気は凍気と化して……。
エミリオ・レッドの脳裏に不意に魔術原理の基礎が思い浮かぶ。
魔術はスキルの模倣を発祥とし。錬金術はそれを解明する手段。魔術は錬金術の一系統であり、スキル発現の再現現象。
スキル持ち、騎士の肉体に生成された魔術回路。それを模倣し発展させる技術。
「ああ、綺麗だ。きれいな赤……」
そうつぶやく、エミリオ。
エミリオ・レッド自身の能力の特性上、魔術を納め使いこなすのは必須事項であった。深く考察が出来るほどに、ならなくてはいけなかった。
そうグランマにしこまれた。
そのエミリオが見誤るはずも無く。魔導騎士の二つ名「も」持つサー・レイク・R・ハリスン。その顔手のひらとあらゆる場所に、魔術回路の深紅の光の軌跡が彩られていた。
見えない部分おそらくは全身に及んでいたであろう。
「低出力からむらさき、あいいろにあお、みどりにきいろ。オレンジにそして……高出力のあかし、深紅!」
彼ら三人の内背後を守る鉄壁の勇士から漏れた、全て凍れせつくす凍気。
数瞬遅れて、レイクのすぐ前のタイルの間から、巨大なゼリー状のナニカが、染み出して。大きく形を成そうとしていた。
けれど、巨大な姿を形成しようとする端から凍り付き、ぼろぼろと粘体部分の「白身」が剥がれ落ちていく。
一方「黄身」たる核は、通常のものより大きなものが三つ。明らかな害意を持ち、まだ無事な「白身」のいくつかを尖らせて、少年騎士を貫かんとす。
弓を引くごとく、矢たる触腕たちに「溜め」を与えて、数瞬のち…………。
矢を放つ! 放つ! 放つ! 放つ!
凍気のせいで、本来の「矢の速さ」に届かなかった事に、残り二人は気がついたかどうか。
ましてや、神速の剣士が予備動作無しで粘体王に接敵し、矢を避けつつ、抜き打ちしたのを理解は出来ても。
視認は出来なかったであろう。
その目の前には……結果だけが残る。
瞬時に凍気の特性を持たせた刃で、同時に一太刀で三つの核を切り裂いたのだろう。真っ二つに斬られつつ、凍りついた核三つ分がそこにあった。
かたまりとしては、計六つ。
「お話が途中でしたが、これは確かに異常ですね。……これは蜘蛛? 魔獣のなりそこない?」
毬ほどの大きさの核の破片の中から。小さな虫の様なものをレイクは見つける。
疲れた身体に鞭打って、近づくエミリオの顔が一瞬曇る。そして何かをつぶやいた。
「――――」
「ミスター・エミリオ。何か?」
「ああ、いや何でもありません」
レイクの問いに、苦笑めいた笑顔で答えたエミリオ。その顔にいつものそれと異なり。精彩に欠ける。
「お疲れの様ですし。この数の晶石は集めきれません。その辺りは冒険者たちに依頼出して処理してもらいましょう。
あとその蜘蛛? ですか? 持ち帰り学会あたりでも調査依頼でいがかですか?」
トマスも地頭は悪くない。適切な提案にうなづきつつ、レイクは撤収を決めた。
確かに晶石回収も忘れるわけにはいかないし。晶石――魔晶石は魔獣から算出し、魔導具の動力源となる貴重なものだ。いくらあっても損は無く。
ゴミの様に捨て置くと、学会連中から多大なクレームもくるだろうし。
加えて、蜘蛛も何かの手がかりになるいう視点も、ちゃんとトマスは忘れていない。
ただ。距離が離れていたと言え、先生のつぶやきを聞き逃した。
(レギオン。蜘蛛のレギオン……ね。それと『見つけた』……ね。なるほど)
一方エミリオのつぶやりを、レイクは正確にとらえていた。
レギオンが、かなりマイナーなスキルの種類であり、人間に発現する可能性が、まず無いモノだとレイク・ハリスンは知っている。
魔獣が暴走惑乱する要因の一つであろうことも。
下位の魔獣集団を、手足のごとく操ると言う。軍団。
エミリオ・レッドの出自は、確か魔獣惑乱大暴走で滅んだ村の、生き残りと聞く。それも確かこの近くの村だったとも。
(悪い人ではなさそうだけど、何か知っているのは確実で。それを追うために来た?)
「そう……ですね。ミスター・トマス、異論はありません。その様に進めましょう。では皆さん、撤収です」
トマスが抜けていたわけでなく。エミリオが隠し切れなくて、迂闊なのでも無く。正騎士資格者最年少は、伊達でない。それゆえである。
◆◆◆
「で、明らかにバレたとか? まあ相手は正騎士さまだ、仕方ないさね」
「多分そーですよーー。やっぱボクには荷が勝ちすぎたんだーーー」
同日夕方。窮屈な装備品の全てをとっぱらい。異界由来のラフな格好――Tシャツに丈短いズボンを履いて。これも赤系統。
ここまでくると、赤にこだわるのはエミリオの信念なのかもしれない。
ベットに倒れこんだエミリオ・レッドの声は、不貞腐れていた。
義姉たちにして相棒相方同士の娘二人は、仕事に裏工作に奔走中。
前線基地として、長期滞在用に借りた、集合住宅の寝室は四人で寝ても広すぎて。
逆に言えば大作家マリー・セレストの経済力は、この程度ではゆるがないということでもあるが。
四人が寝ても大丈夫な広さのベットに、ふて寝する弟子。苦笑しつつ、細身の老女はすぐそばに座り、愛弟子の背を優しくなでつつ、慰める。
「ししょー。なんでボクだったんです? リズだったら柔らかに微笑んでするりと相手の中に入り込む。マギーなら色気で相手を篭絡出来るかもしれない。でしょ!?」
「そりゃあ、アンタが一番素直だからさ。騎士の……特に門番騎士とかはさ、ヒトの嫌なとこ見過ぎちまう。まあ査察騎士団ほどでは無いがね。
アンタたちは孫の仇を取りたいと言ってくれている。しかしだね。仇を取りたいと言って。周囲を巻き込みたくない、理性的に考えてくれてもいる。
アンタはアタシらの代表だ。それはさ、別に戦闘力の高さだけでは無い。多少頭でっかちではあるけれど」
「うぐっ!」
背を向けたまま、硬直の弟子。師匠である以上に「母」でもある。悪いとこも色々知られている。誤魔化せない!
「素直なのは、得難い資質さ。隠そうとしても、隠し切れない素直さ。そんなアンタの人柄。伝わって欲しいねって感じの人選だったんだが、大丈夫そだね」
そう言ってサマンサ女史は、ベットの横に座りつつ、燭台載せた台の上、白い陶器を引き寄せる。あおる。
「ししょー、お酒クサイ……」
「いいじゃないか。アタシャがコレがあるから生きて行ける。まあ酒煙草かアンタたちか選べって言われたら、迷わずアンタたちを選ぶけどね」
(年寄りも若いのも。孫も子供たちも。アタシより先におっちんじまった。全部が全部死んだわけじゃないから、なんとかやれてるが。何で無駄に長生きなんかしてんだろね、アタシは)
そう思い酒をふたたびあおる。大きな丸い瓶。異界でいう「TOKKURI」というそれ。その頃合の大きさ、白さ、丸み、手触りを老魔導士はこよなく愛していた。
「ししょーが悪いわけでは無いでしょ? ししょーが悪いと言うならリッチーが死んじゃった原因であるボクも悪いことになる」
突然脈絡無く、弟子がそんな事を言ってくるが。背を向けて見えなくとも、酒あおって自嘲的にする仕草を感じてのこと。それくらいには四人は互いを気づかえる位置に居る。
「だね。つまんないことを考えたね」
(確かに……上半身だけの死骸になってまで、この子を守り通したリチャード。半狂乱になって自分を攻めたこの子。それに悪いのはアンタじゃないって言ったアタシ。
そう……だね。ほんとに悪いのはどこの誰だって話だ。当然、惨劇をおこした張本人に決まってるだろ!)
エミリオが一番素直と称したが。リズは歳に似合わぬ包容力でエミリオを支え。マギーはときおりからかいつつ、裏でエミリオの為にと右往左往する。
(みんな得難いアタシの娘たちさ! それに……これは思っちゃいけないのかもだけど。……エクレウスの村よりははるかにマシだった。大半が生き残れたのだしね)
ペガサスシティのはるか北。五年前国の各地で起きた同時多発災害、魔獣惑乱大暴走。魔獣の領域に近い開拓村は、たった一人しか生き残らなかったという。
(その子が成人となり、騎士となり。一時レイク・ハリスンの相棒でもあったという。そのレイク・ハリスンは最年少正騎士。ただ者では無いとは思ってたけどね。
いい意味で期待以上かね。アタシやエミーと同じ守護星座を持つってのも、なんか運命を感じちまうよ)
不貞腐れるのをやめて、義母の横顔をのぞき込む。小さい時から知っていて。そしてエミリオ達を時に厳しく。時に優しく育てた母の顔。
その顔に浮かぶ、何かを悟る表情を見るのははじめてで。
不安と切なさにさいなまれながら、エミリオ・レッドは声をかけられずにいた。