表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生二回目! ――氷煙の騎士と火焔の神子――  作者: みゃ~うち?/宮内桂
3/13

(3)――レイク・ハリスンの実力/実技編――

とりあえず三話目まで投稿しないと話の方向性見えないかなと。四話以降は後日です。

『次の小説はバディ物? とかいうのを企画してるとか? 何とか? 文芸の事は、よく分からないけれども。騎士の二人一組ツーマンセルとか三人一組スリーマンセルの事とか、聞きたかったみたいですな。あと一般の騎士業務に対するイメージ以外で、知られていない事とか?』

 騎士・従騎士で活躍いちじるしい者たちは、瓦版(ニュースペーパー)記者の取材を受けて、翌朝の記事になったりすることが有る。

 芸能人か、スポーツ選手だな。と評したのはレイクの『先生』。東●ポとか大ス●だな、とも。

 前世持ちで、社会人であった彼の知識や教養に、常々助れられている、とレイクは思う。

『先生』本人があくまでも、参考意見に過ぎないと主張する。そう言われるも、少年騎士の行動指針に、深く影響を与えていたのである。

『で、マリー先生の代表――レッド氏だけど、小姓ペイジどころか従騎士スクワイア並の知識面をお持ちであって、ですね。じゃ、他の地味な実務は後回しでも大丈夫なので、先にアソコに行ってもらおうかと思いましてね。ちょっとして簡単な戦闘……いや駆除作業も経験出来るでしょうし。そもそも、順番的にサー・レイクとミスター・トマスの組の当番ですよね』

 そんなやり取りを、ほとんど一方的に先任従騎士長から押しつ……もとい説明されて。

 煉瓦作りに見えて、実際は謎素材。それらに四方八方囲まれた、奇妙な通路の途中に、彼らレイク・トマス・エミリオの三人は居た。

 乗合馬車が三いや四台は余裕で行き来出来る広さにも、関わらず。大きな溝に清水が流れるために、通行出来る部分は両サイド10フィートはあるかないか。

 赤の人は、両手広げて、だいたいの広さの実感を得ようとしているのか?

「1フィートでだいたい30センチでしたっけ。うーむ、フィート・ポンドには中々慣れないなあ」

 赤の作家先生は、そう能天気に感想をもらす。やる気がない、という訳では無いが。緊張感が無い。

 いい意味で度胸があるな……とは、レイクやトマスの苦笑が、すべてを物語っている。

 昨日は簡単な事務手続きと、顔合わせで終わり。

 翌日早朝より勤務開始と言われて、人気作家兼見習い小姓のエミリオ・レッド氏。昨日のど派手な出で立ちとは変わり、使い古した焦げ茶の軽装皮鎧上下。

 鎧の下は目立たない黄土色のズボン、と焦げ茶のブーツ。腰には魔術補助の魔導杖。

 そしてそこまでしてトレードマークにこだわりたいのか? 鎧の下のシャツは、くすんだ赤系統である。

 人工灯の輝きの元。その輝きは三人の姿をはっきり見せる。

 魔術系統の技術体系では無いらしいが、昼は外界の陽光を受けて、その光を通路内に届けている。

 まさかこの場所が――

「下水道って言うのには、驚きませんか」

「一応グランマから詳細は、聞かされてましたからね。もちろん百聞は一見に如かず。実際見て体験してみないと」

 何か気になることでもあるのか、レイクは基本聞く方にまわり、相方にエミリオの相手をしてもらうつもりの様である。

「驚くと言えば、この層の通路に流れ込む段になってすでに、飲料水になるレベルまでになっているのですね! 加えてこの設備!」

 わざわざくるりとターンして、とある場所を指さす仕草の、舞台俳優。後ろで縛っているとはいえ、赤毛のたてがみは目立つ。

 嫌味感じさせず。指さした先には、硝子細工の馬の胸像があった。よく見ると、鷹の翼持つそれは、この天馬城市のシンボルのそれと同じだ。

 その胸像は一定の距離ごとに、まるで一里塚のごとく、ほぼ等間隔で設置されている様である。

 周囲の煉瓦状の謎物質に覆われているせいで、立ち位置を見失いそうな場所ではあるが。通路片側にしかそれが無く、また胸像の作りに微妙な差異がある。

 その為だいたいの方角と距離は、慣れればつかめそうでもある。

「それもフィギュア・ヘッドと同質のもの。それを浄水のためだけに用いる、贅沢な施設。古代遺跡とはなんと進んだ文明だったのか、という所作ですかね。

一方でボクが考えるに『才能の無駄使い』という気もしなくも無いですが」

「あー、やはりそう思われますか。けれど、制御装置としてのフィギュア・ヘッドは、ある種の一品物。浄水を主とする機能制御として作られたコレは、他への転用はききません。

マーキナーの制御装置としての知名度が一番ではあるものの、各地各地方の迷宮ダンジョン・遺構内のソレも、同じく転用が効きません。仕方ないことです」

「ふむ、そうなのですか。――鋼の騎士、騎士人形の異名持つデウス・エクス・マーキナー。これを駆る騎士従騎士の方々の力量は、十数倍にも跳ね上がると

聞きました。その建像には、数年の年月をかけてもおかしくないとも。そしてその建像年月の大半は、フィギュア・ヘッド作成にかかるそうですね。

 だったら……と考えるのは素人考えと言うよりは、馬鹿なボクが作家魂の発揮場所を間違えたというべきですかな、あははははは」

 その物言いに、何となく笑うわけにもいかない気がして、救いを上司に求める自身のトマス・ワトソンどの。

 一方レイク・ハリスンは、「こういう場所だからこそ」見張り役を担当していた。ゆえに、説明役を相棒に一任していたのである。

 魔獣のソレと同質同種とも言われる異能力――スキル。多種多様なそれは、トマスの場合感覚器の内特に視覚を強化する。

 一方レイクは能力の特性上、温度変化に関して鋭敏。その面に関してはトマスに勝る。

 進行方向少し前、ちょうどT字路になった先の右方向に向け、三本指立てた仕草の少年騎士。

「をお、ハンドサインですね!」

 うれしそうに、反応返す赤の作家。

 このあと続いて親指一本立て、真後ろを指したのを、物語作家さんが気がついたかどうか。

 すでにトマスは、位置を変える。エミリオを真ん中に、前衛トマス、後衛はレイクの布陣。

 従騎士長が示唆した「駆除対象」。透明な粘液状の体に、人の体温より高い。中心に核持つ下級魔獣だ。正式名称をスライムという。 

「下がって!」

 トマスの指示のもと、数歩下がる一同。溝の水面から、天井から、曲がり角から。それぞれ出現場所を変え、違う軌道で持って飛び跳ね、宙を舞う粘液体。

 三人の位置の手前、タイル張りの床に落下する。トマスたちには届かない。 

「スライムの体当たりは、せいぜい1m強。毒液吐く射程距離も、同じくらい。注意して!」

 ミスター・トマスが指示するものの、相手はスローリーでじっくり観察する余裕すらある。ゆえにあえて事前説明を、しなかったのではあるが。聞くよりも、見て体験が肝要と。

 そう言いつつ、抜刀。それは細身で刃の無く、先だけが尖った奇妙な剣だった。

「エストックか。またえらく良いご趣味をされている」

 そうつぶやく、赤の先生にはまだ余裕があった。

 スライムたちが、再度跳ねる。三種三様のベクトル。しかし今度は目標は、トマスただ一人。

 トマス、その両目の周辺の肌に、黄色い光の軌跡が数筋はしる。電子回路のごとくとは、レイクの『先生』のたとえだったか。

 大気中の魔素マナを呼吸と共に取り入れて。力素オドに変換。視覚を強化する。それも瞬時に。

 常人には見えない紫外線や赤外線やらを見る以外に。動体視力をも強化し、経験則で得た敵生物の弱点位置もナビゲートする。

 これがトマス・ワトソンのスキル、アナライズ・アイの威力。

 と、突剣持つ右手がぶれる様に見えた。

 その結果が、一拍置いてぼたぼたぼたと、通路の床に落ちてくる。スライムの残骸だ。

「みっ……見えなかった……。ミスター・トマス、さすがです……」

 瞬時に弱点の核を三度正確に打ち抜いたのは、彼の日頃の鍛錬の賜物。それとスキル持ち共通の、能力のおかげ。

 筋力増幅のコモン・アビリティ。

 衣服と手甲に包まれて、見えなかったが。

 こちらも魔術回路に力素の光が輝いて、筋力強化を成し遂げたのであろう。

(……驚きにウソはなさそうだけど……。この人すでに腰から魔導杖を抜いて構えてる)

 レイクは、周囲を警戒しつつ、一方で冷静に沈着にエミリオ・レッドを観察していた。

 スキル持ちの前段階、アビリティ持ち。それがこの場でのペイジ、エミリオの立場であった。

 全身の各筋力や反射神経。五感強化に治癒力増強に、簡易的武器強化と防具強化など。

 スキルに様々な種類有れど、固有特殊能力とは別に、これらの基本能力強化を持つ。

 それがスキル持ち。だからこそ、五感強化がおもなトマスも、鍛えに鍛えて正騎士級の実力を発揮できるのである。

 アビリティ持ちは、言わばこの前段階で、全部もしくは一部数種のコモン・アビリティを使えるようになり。

 狭義的には、戦闘補助任務につける小姓位ペイジに登録が可能な、最低限な状態。

(それも半身になって、位置取りし直し、身構えた姿は――)

 そう思考しつつ、身体を半回転。

 少年騎士は、抜刀と同時に虚空を切り裂く!

 優美な片刃の刀身。それが、地面につくかつかないかまで、切っ先が下げられて。

 赤の魔術師は、四匹目の残骸が地に落ちていたことに、今気がついて。すぐに言葉さえ出ず、感嘆のため息を漏らす。

 気づいていただろうか? レイクはスキルはもとより、アビリティも使用していない事に。

 そのため息には、「何もできなかった」と後悔の色も感じられたが。赤の作家本人自身への、卑下めいた自己評価。

 けれども。

 レイクはそれとは真逆の評価を、その人に抱く。

(――左右どちらでも対応可能。ミスター・トマスにも僕にも、援護可能な位置取り! アビリティ持ちの一部の人は、魔術使いにはしる傾向あるけど)

 アビリティ持ちや、五感強化系などをのぞき、たいていのスキル持ちは魔導杖のそれと、力素が干渉しあって魔術使いの道をあきらめる。

 また。魔術は性質上、他人への強化や四大属性の武器付与や、敵の行動・能力疎外に特化した進歩をしてきた。魔術は瞬間的爆発的な発現は、不得手なのである。

 ゆえに即効性攻撃力を求めがちな、騎士の働きとは不向きとも言える。

 

「い、居……合い……というのですか。こちらもすばらしい……」


(油断せず、前衛後衛に寄りかからずフォローしようとした事が怖い。実力小姓クラス? とんでもない、この人の実力は総合的には――)

「? サー・レイク? どうしたんです? そんな険しいお顔して。近くにはもう居ませんよね、敵」 


 そんな相棒の邪気無い声に、苦笑めいた笑顔返しつつ――


「少し、考え事をね。晶石を取り忘れないで下さい。まだ巡回順路は1/3ていどですし、小休止はもう少し進んでからにしますか」

「はい!」

「……分かりました」

 少し落ち込んだ三人目の返事は、その通りの反応だけれど。実力的には決して軽くないのを確認し、気を引き締めつつある、レイク・ハリスン。

                              ◆◆◆

 古代遺跡の遺構をそのまま利用する、各州都や王都の城市。下水道もそれであり、長年の周期的メンテナンスこそ欠かさないが、1000年以上問題無く稼働し続ける代物。

 それはリーヴス建国以前より、存在したのである。

「――そも、人の力素オドに対し、大地に流れる魔素の流れをお二方、ご存知か?」

「えー、自分には分かりかねます」

「『竜の血脈』のことですか? 特に山脈に大きく根を張り、大きなうねりを持って、やがて海へと流れ出る」

 作家先生は、学者先生でもあったようで。それも魔術師としてのだ。

 質問が難しく生粋の騎士のトマスの手に余り。一方レイクが答えて、エミリオがさらに話を進めて、魔術談議が始まる。

「そうそう! ときおり山の中腹に、森に、沼にも『竜の流れ』はとどこおり、とどまる。その地に影響された動植物のたぐいが魔に魅入られ魔獣と化す」

 「魔獣と化す」その下りに、少し眉をひそめた赤の先生。その表情を、レイクは見逃さなかった。

 小休止に入り、城市の利用する古代遺跡の遺構の話をしていたはずだが、魔獣の下りはやや脱線ぎみではある。

(各州都王都の動力源が『竜の穴』っていう方向なら、あながち的外れってわけでも無いけれど。魔獣~の下りは、この人にとって外せないナニカなのかな? 

 とにかく『竜の穴』は外にあって魔獣を生み、都市のあって街を守る力となる。そして、とりおり『現代日本の産物』を落とす)

 レイクの思考通り、学者先生は話を進めるようだ。

「そんな凄まじい力の流れは、都市を守り運営する力なわけでも、ありまして。その力を利用して城市の運営は行われているとは、聞いてました。

 その一端下水道の仕掛けをこうして目の当たりにすると、驚きの連続であります」

(一見、雑学豊富な文筆狂いの作家先生であり、それもウソでは無いけれど。こちらから質問してみたら、どうなる?)

「レッド先生の博識ぶりにこちらも驚かされますが。先生なら、いるはずのない最下級とはいえ、ここに魔獣が絶えない理由もご存知ですか?」

 レイク、思索のあとの質疑応答を仕掛ける。

「本当の理由はまだ実証されていなかったはずです。ただ、実務的定期的に、人を配置して排除するべき事項。

 ただ錬金術師学会でのいま有力な説は、使い切れなかった竜の力素、その残滓を一番危険の少ない場所に流した結果では無いかと。

 ペガサスだけでも無く他の州都でも見られる現象だそうですね? そう言えばモッカー改良の特許をサー・レイクはお持ちとか? 

 でしたら、専門分野的にやや重なるのですかな」

(芝居がかった言動。典型的な作家先生にも見えるが。その演技はあくまでも、『読者の望む作家像の一つ』っていうのは考えすぎ、かな? でも――)

「いや、僕の専門はモッカーの機械・基盤の方面に特化した限定的なものです」

「いやいや機会あり貴方の論文を読みました。魔術回路サーキットと『竜の血脈』との類似性にも少し触れておられましたね? 獣を魔獣に変えてしまう『流れ』。

それを回路に部分的にとは言え、参考に回路を作成され。回路の省略化につながったと、お書きになられておりましたね」

「そこまで読んで頂いたとは。光栄です」

(――こちらへの下調べも、充分と)

「ちょっとちょっと、お二人とも! 自分のついていけないお話をされても困ります!! 学説や技術談義は別の機会に別の場所でどうぞ!」

「やりすぎましたか!」

 太陽のような満面の笑みを浮かべつつ、そう言われると。

(この笑顔がウソって事は無い……かな? というかそう思いたくないな)

「そうですね、気をつけましょう。ミスター・トマス、ミスター・エミリオそろそろ動きましょうか」

 月光の様な控えめな笑みを浮かべて、そう答える少年騎士。秘めたるモノがあっても、エミリオが悪人では無い。そう信じたい気持ちを抱きつつ。

 認めた証として、ミスターの美称をきちんとつけて。

                       ◆◆◆

「……槍を持ってくるんでしたよ。であるならば、もう少し楽であったでしょうに!」

 といつになく愚痴を漏らす従騎士ミスター・トマス・ワトソン。

 エストックを振り払い、粘液まみれの汚れを強引に落とす。粘性が高いが、刃が無く滑らかな刀身のエストック、その動きだけでこの汚れは取れる。

 その周囲にはスライムの死骸の山ヤマやま。

 比喩では無く、もう五十は倒したか。いやもっとだ。カウントが50を超えてから面倒になった。それだけの理由。

 小休止を終えて、意外に早く巡回経路の袋小路行き着いて。そこに設置された地上へのハシゴを上るだけだったのだ。

 それを待ち伏せ受け、挟撃され……。レイクもトマスも、不意打ちを許すほど甘くは無い。

 一方で、そもそも論的に作家先生は疑問を提示する。 

「……スライムって……意外に……知能……あるのですか?」

 赤の人は、基本の空気弾の連射をし終えて。その数300を超える。全力支援。疲労困憊。声にも態度にも姿勢にも「疲れ」が出て、それを隠せない。その余裕がないさま、エミリオ。

 空気弾(ザッパー)、殺傷能力はほとんど無い。衝撃を与え相手をひるませる。その程度。

 ただ低燃費にして、敵行動阻害の基礎の基礎。

 魔術も後方支援とは言え、制御に集中力を。的確な場所に的確に当てるとなると、神経もすり減らす。しかしそれでも。エミリオを歴背の勇士二人についてきた。

 倒れずに。何度か元素四大の内、スライムに効きそうな「火」の属性付与を、騎士二人の武器に施した上である。

 それに歴戦、それも戦闘力は正騎士に匹敵する従騎士ですら、今大汗をかき、深呼吸するほどの事態でもあった。

「スライムも、最下級とも言われ侮られがちですが――」

 最下級と言われるのは、仮に連携すると言っても、たいていの出現は多くて5匹前後。10匹はまず超えない。

 加えて硫酸の毒液を吐いたり、体当たりの威力も油断すればケガにつながるが。数人単位のパーティを組めば、時間さえかければ退治が容易な部類だからだ。

 通常ならば。

「――特殊な司令塔的個体が生まれた場合、上級魔獣並みの戦術を組むとも言われます。ただ実証されてはいても、実例はそれほど多くないです。特に下水で見たなど、聞いたことが無いです」

 レイクは普段通りの所作で、そう答えつつ。目算500は超えたなと、目の端で周囲の状況を確認しつつ。疲れなく、いつも通りの受け答え。

 実は彼は、この期に及んでまだスキルも、アビリティすら使ってはいない。

 過去二百年余り、この地この国の騎士で、スキルはおろかアビリティすら持たず正騎士となった者は、数例あるが。

 レイクはそうでは無い。手を抜いたわけで無く。余力を残す。

 残心。相手を倒し切り、しかし油断しない様にするさまを、そう呼ぶという。 

「ただ――」

 そう言葉の続くをつむぎかけ、しばしレイクは言葉を切る。

 突然の冷気をともなった風が、三人の足元を翔る。冷気は凍気と化して……。

 エミリオ・レッドの脳裏に不意に魔術原理の基礎が思い浮かぶ。

 魔術はスキルの模倣を発祥とし。錬金術はそれを解明する手段。魔術は錬金術の一系統であり、スキル発現の再現現象。

 スキル持ち、騎士の肉体に生成された魔術回路サーキット。それを模倣し発展させる技術。

「ああ、綺麗だ。きれいな赤……」

 そうつぶやく、エミリオ。

 エミリオ・レッド自身の能力の特性上、魔術を納め使いこなすのは必須事項であった。深く考察が出来るほどに、ならなくてはいけなかった。

 そうグランマにしこまれた。

 そのエミリオが見誤るはずも無く。魔導騎士の二つ名「も」持つサー・レイク・R・ハリスン。その顔手のひらとあらゆる場所に、魔術回路の深紅の光の軌跡が彩られていた。

 見えない部分おそらくは全身に及んでいたであろう。

「低出力からむらさき、あいいろにあお、みどりにきいろ。オレンジにそして……高出力のあかし、深紅!」

 彼ら三人の内背後を守る鉄壁の勇士から漏れた、全て凍れせつくす凍気。

 数瞬遅れて、レイクのすぐ前のタイルの間から、巨大なゼリー状のナニカが、染み出して。大きく形を成そうとしていた。

 けれど、巨大な姿を形成しようとする端から凍り付き、ぼろぼろと粘体部分の「白身」が剥がれ落ちていく。

 一方「黄身」たる核は、通常のものより大きなものが三つ。明らかな害意を持ち、まだ無事な「白身」のいくつかを尖らせて、少年騎士を貫かんとす。

 弓を引くごとく、矢たる触腕たちに「溜め」を与えて、数瞬のち…………。

 矢を放つ! 放つ! 放つ! 放つ!

 凍気のせいで、本来の「矢の速さ」に届かなかった事に、残り二人は気がついたかどうか。

 ましてや、神速の剣士が予備動作無しで粘体王に接敵し、矢を避けつつ、抜き打ちしたのを理解は出来ても。

 視認は出来なかったであろう。

 その目の前には……結果だけが残る。

 瞬時に凍気の特性を持たせた刃で、同時に一太刀で三つの核を切り裂いたのだろう。真っ二つに斬られつつ、凍りついた核三つ分がそこにあった。

 かたまりとしては、計六つ。

「お話が途中でしたが、これは確かに異常ですね。……これは蜘蛛? 魔獣のなりそこない?」

 毬ほどの大きさの核の破片の中から。小さな虫の様なものをレイクは見つける。

 疲れた身体に鞭打って、近づくエミリオの顔が一瞬曇る。そして何かをつぶやいた。

「――――」

「ミスター・エミリオ。何か?」

「ああ、いや何でもありません」

 レイクの問いに、苦笑めいた笑顔で答えたエミリオ。その顔にいつものそれと異なり。精彩に欠ける。

「お疲れの様ですし。この数の晶石は集めきれません。その辺りは冒険者たちに依頼出して処理してもらいましょう。

 あとその蜘蛛? ですか? 持ち帰り学会あたりでも調査依頼でいがかですか?」

 トマスも地頭は悪くない。適切な提案にうなづきつつ、レイクは撤収を決めた。

 確かに晶石回収も忘れるわけにはいかないし。晶石――魔晶石は魔獣から算出し、魔導具の動力源となる貴重なものだ。いくらあっても損は無く。

 ゴミの様に捨て置くと、学会連中から多大なクレームもくるだろうし。

 加えて、蜘蛛も何かの手がかりになるいう視点も、ちゃんとトマスは忘れていない。

 ただ。距離が離れていたと言え、先生のつぶやきを聞き逃した。

(レギオン。蜘蛛のレギオン……ね。それと『見つけた』……ね。なるほど)

 一方エミリオのつぶやりを、レイクは正確にとらえていた。

 レギオンが、かなりマイナーなスキルの種類であり、人間に発現する可能性が、まず無いモノだとレイク・ハリスンは知っている。

 魔獣が暴走惑乱スタンピードする要因の一つであろうことも。

 下位の魔獣集団を、手足のごとく操ると言う。軍団レギオン

 エミリオ・レッドの出自は、確か魔獣惑乱大暴走で滅んだ村の、生き残りと聞く。それも確かこの近くの村だったとも。

(悪い人ではなさそうだけど、何か知っているのは確実で。それを追うために来た?)

「そう……ですね。ミスター・トマス、異論はありません。その様に進めましょう。では皆さん、撤収です」

 トマスが抜けていたわけでなく。エミリオが隠し切れなくて、迂闊なのでも無く。正騎士資格者最年少は、伊達でない。それゆえである。

                       ◆◆◆

「で、明らかにバレたとか? まあ相手は正騎士さまだ、仕方ないさね」

「多分そーですよーー。やっぱボクには荷が勝ちすぎたんだーーー」

 同日夕方。窮屈な装備品の全てをとっぱらい。異界由来のラフな格好――Tシャツに丈短いズボンを履いて。これも赤系統。

 ここまでくると、赤にこだわるのはエミリオの信念なのかもしれない。

 ベットに倒れこんだエミリオ・レッドの声は、不貞腐れていた。

 義姉たちにして相棒相方同士の娘二人は、仕事に裏工作に奔走中。

 前線基地として、長期滞在用に借りた、集合住宅の寝室は四人で寝ても広すぎて。

 逆に言えば大作家マリー・セレストの経済力は、この程度ではゆるがないということでもあるが。

 四人が寝ても大丈夫な広さのベットに、ふて寝する弟子。苦笑しつつ、細身の老女はすぐそばに座り、愛弟子の背を優しくなでつつ、慰める。

「ししょー。なんでボクだったんです? リズだったら柔らかに微笑んでするりと相手の中に入り込む。マギーなら色気で相手を篭絡出来るかもしれない。でしょ!?」

「そりゃあ、アンタが一番素直だからさ。騎士の……特に門番騎士とかはさ、ヒトの嫌なとこ見過ぎちまう。まあ査察騎士団ほどでは無いがね。

アンタたちは孫の仇を取りたいと言ってくれている。しかしだね。仇を取りたいと言って。周囲を巻き込みたくない、理性的に考えてくれてもいる。

アンタはアタシらの代表だ。それはさ、別に戦闘力の高さだけでは無い。多少頭でっかちではあるけれど」

「うぐっ!」

 背を向けたまま、硬直の弟子。師匠である以上に「母」でもある。悪いとこも色々知られている。誤魔化せない!

「素直なのは、得難い資質さ。隠そうとしても、隠し切れない素直さ。そんなアンタの人柄。伝わって欲しいねって感じの人選だったんだが、大丈夫そだね」

 そう言ってサマンサ女史は、ベットの横に座りつつ、燭台載せた台の上、白い陶器を引き寄せる。あおる。

「ししょー、お酒クサイ……」

「いいじゃないか。アタシャがコレがあるから生きて行ける。まあ酒煙草かアンタたちか選べって言われたら、迷わずアンタたちを選ぶけどね」

(年寄りも若いのも。孫も子供たちも。アタシより先におっちんじまった。全部が全部死んだわけじゃないから、なんとかやれてるが。何で無駄に長生きなんかしてんだろね、アタシは)

 そう思い酒をふたたびあおる。大きな丸い瓶。異界でいう「TOKKURI」というそれ。その頃合の大きさ、白さ、丸み、手触りを老魔導士はこよなく愛していた。

「ししょーが悪いわけでは無いでしょ? ししょーが悪いと言うならリッチーが死んじゃった原因であるボクも悪いことになる」

 突然脈絡無く、弟子がそんな事を言ってくるが。背を向けて見えなくとも、酒あおって自嘲的にする仕草を感じてのこと。それくらいには四人は互いを気づかえる位置に居る。

「だね。つまんないことを考えたね」

(確かに……上半身だけの死骸になってまで、この子を守り通したリチャード。半狂乱になって自分を攻めたこの子。それに悪いのはアンタじゃないって言ったアタシ。

そう……だね。ほんとに悪いのはどこの誰だって話だ。当然、惨劇をおこした張本人に決まってるだろ!)

 エミリオが一番素直と称したが。リズは歳に似合わぬ包容力でエミリオを支え。マギーはときおりからかいつつ、裏でエミリオの為にと右往左往する。

(みんな得難いアタシの娘たちさ! それに……これは思っちゃいけないのかもだけど。……エクレウスの村よりははるかにマシだった。大半が生き残れたのだしね)

 ペガサスシティのはるか北。五年前国の各地で起きた同時多発災害、魔獣惑乱大暴走(メガ・スタンピード)。魔獣の領域に近い開拓村は、たった一人しか生き残らなかったという。

(その子が成人となり、騎士となり。一時レイク・ハリスンの相棒でもあったという。そのレイク・ハリスンは最年少正騎士。ただ者では無いとは思ってたけどね。

いい意味で期待以上かね。アタシやエミーと同じ守護星座を持つってのも、なんか運命を感じちまうよ)

 不貞腐れるのをやめて、義母の横顔をのぞき込む。小さい時から知っていて。そしてエミリオ達を時に厳しく。時に優しく育てた母の顔。

 その顔に浮かぶ、何かを悟る表情を見るのははじめてで。

 不安と切なさにさいなまれながら、エミリオ・レッドは声をかけられずにいた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ