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人生二回目! ――氷煙の騎士と火焔の神子――  作者: みゃ~うち?/宮内桂
2/13

(2)――転生の騎士と、魔女の愛弟子――

二話目です。

15年前――レイク・R・ハリスンは、藤宮かおるという名の定時制高校の一年生であった。

 現代日本というべき異世界から、この地に生を受け直し、その記憶を持つ少年だ。

 現象面としての転生は、この剣と魔術のこの地で珍しくはあったが、ひろく認知されていた。

 彼の所属する新大陸最北域を占める国リーヴスは原住民(ネイティブ)らとの交流もあり。転生者を神聖視する彼らが住むこの地では、おおむね好意的解釈をされていた。

 しかしそのすぐ南、ウエスタニアにミッドランド。そしてイーストエンドでは直接的・間接的な差別がある。

 前世の記憶があるという事は、たいてい精神的に早熟である。また異界のモノとは言え、専門知識を持つものも少なくない。

 また一般人と比べ、騎士になりやすい有用な技能持ちや、能力(スキル)に目覚める率が、高くなるとも言う。

 一言で言えば、優秀なのだ。それも他人の生存権利を脅かす。そんな懸念を、持たれるくらいには。

 建前で綺麗事を言ってはいても、人は自分自身の生存権や既得権益をおびやかされるとなると、誰しもいい顔はしない。

 それ故の差別。

 異界から来る異物の排除。

 一説に100人に一人くらい、千人では2・3人と言われる、転生者が含まれる率。各国の平均的な出生割合ではあるが。

 この国の気風もあってか、前世持ちの生まれる率は、もっと多いであろう。

 転生者――取り替えチェンジリングとさげすんで呼ばれる呼称。この国では、優れた資質を指してギフテッドという美名で呼ばれる存在。

 その一番のデメリットは以上語った、地域によってはいちじるしく差別を受けやすい点、ではあるが。


 もう一つのデメリット――悪夢にうなされる……といった面においては余り知られていない。

 それは彼らが悪夢を見たのを忘れていたり、覚えていてもその内容を、語りたがらないからではあるが。故にその様の傾向を調べた物は皆無に近く。

 いや……調べる必要すらなく、一つの傾向が見て取れる。

 その悪夢はたいてい後悔の記憶、失敗談の焼き直し……その多くは、自分が日本で死んだ瞬間の、再現である。

                          ◆◆◆

 ――遠き日の今では無い日々の、ここでは無い日本での、ある小さな家庭の一幕。

 春の陽だまりの下、小さき家庭のささやかな幸せのヒトコマ。

「……って書くんだよ、やよい。書ける?」

 日曜日の心地よい陽だまり受けて、少女にも見える柔和な少年かおるは、義妹弥生に自身の名前の文字を書いてやって――要するに義妹の面倒を見ている。

 藤宮弥生、まだ3才になったところ。自身の名前を漢字で書くのは難しすぎる。だから「かおる」と、書いてもらおうと思った。

 安アパート築40年、風呂無しトイレ有りキッチン有りの四畳半一間は、彼ら家族五人の暮らし的には十分ではあった。

 早くに両親が交通事故で死に祖父母に育てられた。その祖母、祖父と立て続けに亡くなると。

 かおる少年には両親や祖父母の死亡保険金の類で、お金だけはあった。誘蛾灯にむらがる蛾や蠅のごとく。親類を名乗るバカどもが、群がってソレをしゃぶりつくそうとした。

「かーけーるーよーっ! うんしょ、んしょ」

 そのおぞましい現実から守ってくれた、遠い親戚。祖父の弟のお嫁さん。その娘夫婦に孫娘の、四人家族。

 かおるを入れて、それは五人となった。その頃の記憶。

 要らないスーパーマーケットのチラシの真ん中に、筆ペンで書く。ほほ赤く染めた幼子が、無駄に無意味に力こめ、でも真剣に描く。  

 見本の文字は綺麗な筆致で「芳」とある。

 四方に広がる良い匂いの意味が有り、転じて良い評判が有る事を指すひと文字。

 それを書いてくれること自体が嬉しい。

 義妹が居てくれる事自体が、さらに素晴らしい!

 藤宮一家に引き取られるまでは、保険金は半分までに目減りしており。

 暴力こそないが育児怠慢(ネグレクト)されていたのは、明らかな環境で。そんな中、藤宮芳は育った。

 芳をかおると読む文字も、弥生にはまだ難しいかもしれないが。でも本人が書きたいというのだから、書かせてみる。

 不幸にも藤宮夫妻のご主人は癌でこの世を去った。

 自分が来たせいで不幸になった。

 ぼそりと呟いてしまったら、お義母さんに怒られた。

 お婆さんにも怒られた。

 心底心配してくれたのが分かった。不覚にも嬉しくなった。

 だから弥生は、彼かおるにとって幸福の象徴だった。

 希望の象徴だった。

 幼子を世話する事が、単に恩を返すに一番相応しい方法であるだけではなくて。

 まさか齢15歳にして、父性めいた気持ちにとらわれるとはつゆ思わず。

 しかし思い立ったら得心していた。

 いや、お義兄ちゃんで有る事は芳にとっての生きがいになる。

 悪いことをしたら叱る。危ない事をしたら叱る。

 お義兄ちゃんとして。

 風呂に入れてやる。

 たまにはお弁当を作る。

 遊ぶ。

 一緒に昼寝する――それから、それから。

 そうだ、今日は文字を書こうか!

 気が付けば今日はそういう流れになって。

 出来上がる幼い巨匠の作品。

 広告紙の裏にでかでかと描かれた模様の様な文字、芳の文字。

 どうだい、えっへんと言わんばかりの幼女の仁王立ち。

 少年は微笑ましくて笑顔をかえして頭をなでる。

 髪をなでつつ、少年は様々な物で散らかった粗末なテーブルの上で探し物を、する。

「にいちゃ、これえ?」

「なんだ、やよいがもってたのか。髪とめるから貸して」

「あいっ」

 彼女がポケットから取り出した髪留めを受け取って、伸ばしつつある髪を止めてやるとほぼ準備OK。

「そろそろ、おさんぽの時間だよ。それとも家の中でご本読む?」

「おそと!」

 弥生のオヤツをもって、一応替えのオムツをもって日課の散歩に出かける。

 弥生以外皆アルバイトか職を持つ。

 かおるですら工場勤務で週に五日は勤めている。夜は高校。土日は休み。

 祖母はアルバイトで月火水の休み、母は何とか木金の休みを捻出し、ほぼ保育所を頼らず、弥生を育てていた。 

 家族みなが一斉に休みとはいかなかったが。苦労するなりに、皆弥生の存在を癒しとして、日々を過ごしていた。

 一度祖母が大きい事件に巻き込まれたが、勇敢な青年に助けられたと聞いた。

 その勇敢な青年が年上の友人であり、「先生」とも慕う相手でもあり……。彼の墓参りにも出向いたが。

 でもそれ以外は、藤宮一家に引き取られてからは基本平凡な日々。

 何時までも続く、そう信じられた日々。

 弥生が大きくなって彼氏を連れてきたら僕が一番動揺するだろうなとか、結婚式は泣くのだろうなとか。

 そんな風に、とりとめなく考えをめぐらせていた頃でもある。

 それがたった一瞬で崩れ去る。

 でもその事自体に藤宮芳は、一切後悔は無い。無いったら無いのだ。

 けれども。彼に心残りが有るとするならば、それは――――

                      ◆◆◆

「……やよい……大泣きしてたよな。あのあと」

 雨……雨音(あまおと)で目を覚ましたのか、習慣で目が覚めたのか。

 今は、彼はレイク・ハリスンである。

 少なくとも少年の夢見の悪さから、目が覚めた訳でなかろう。

 信号無視の車に轢かれた場面を、今日は見なかった。

「スマートに助けられれば、良かったんだけどね」

 義妹と一緒に、ちゃんと信号が青だと確認した。左右の車も確認した。

 ただよたよたと、彼女は自分の足で横断歩道を歩きたがったから。

 肩車をやめて、横断歩道に彼女を下して、手を引いた。

 車がきた。

 とっさに弥生を抱えた。

 避けようとした。

 つまづいて、バランスを崩す。

 無理だ! 

 守るために、彼女を抱えたまま背中を車に向けた。

 暗転。

 視界を失い、どんどん自分が冷たくなってゆくのが分かる。

 意識も遠のく。

 でも耳の奥で半狂乱気味に泣きわめく、弥生の泣き声。それが、かおるの――レイクの心の奥に、しこりを残す。

 でも……今日は、その前段階。

 優しい場所の、優しい最期の思い出までで、目を覚ます。

 その先の未来を知ってはいても、目覚めが悪いとは口が裂けても言えるはずもない。

 少年騎士は、備え付けの粗末なベットから起き上がる。目覚ましを、見る。

 まだ早朝だ。雨雲のせいで早朝の雰囲気が台無しではある。が、早朝に違いない。

 首都で買い求めた、明らかに日本製で御座いな目覚まし時計。

 それで時間を確認した。手早く身支度を整える。

 この地の公用語でFlat(フラット)と呼ばれる下宿先の一室で目覚めた、レイク・ハリスン。

 家賃はお手軽価格ではあるそうだが、彼はよく知らない。あと五カ月半――向こう半年間は、基本無給の治安維持等の奉仕労働の最中。

 と言うのが、正騎士位の義務である。

 衣食住の内、食と住は基本州都払いで、細かい明細を見せてくれない。なので、一人暮らしが初めての彼が知らないのは無理も無い。

 ただ屋根裏の狭い個室スペース。それもベッドを置いてしまえば他の家具等置く余地は、ごくわずか。

 トイレ・食堂は共用で、風呂は無し。風呂のたぐいは、外に入りにゆくスタイル。と言う出稼ぎ労働者の隣人も、何人か見かける安宿レベル。

 その辺から容易に最底辺に近い、価格帯と推測できる。

 この天馬城市(ペガサスシティ)に到り、東門の門番騎士となって半月が過ぎ……身体が、五感が、この部屋に馴染んでのおおよそ15日。

 一通り城市内の大まかな事、門番騎士の任務そのものについて予習はしていた。けれど、やはり直に接するのは違う。

 東門騎士レイク、四日間連続、早朝から夕方勤務。二日連続休み。そのあと四日間連続、夕方から早朝まで夜勤。また二日連続休みを経て。

 今はこの勤務体制である。それにも、ようやく慣れつつあるところ。

(えっと、今日は昼間勤務の初日だよね)

 いつでも下宿を出払える様に……という訳でもないが。ベットと簡単な文机と椅子以外の、家具は無く。

 家具変わりのカバンの一つから、手帳を取り出し予定の確認を終えると。

 事前に準備していた荷物を背負い、外に出る。雨具代わりの外套を羽織ると、徒歩圏内すぐ近くの詰め所に向かう。

 昨日、一昨日までの二日連続休みで、心身共に休んで英気を養う事もまた、仕事の延長線上にある。

 門番騎士とは、何でも屋なる事を見つけたり。

 就任祝いの宴席にて、先任従騎士長(チーフ・スクワイヤ)の一人の、戯言めいた替え歌披露があったのだが。

 それもまた一面の真実と実感しつつある為に、十二分な休息は必要と身体も納得出来始めて。

 しかしそれを苦もせず、彼はむしろ楽しんでいた。

 街中の建物達――木造建築、壁は白い漆喰(しっくい)に様々な屋根の色も目に楽しい。

 雨雲特有の薄暗さの中でも……である。

 それはレイクの心の持ちようであって、前向きな性格ゆえとも言える。

 そもそも彼は騎士の仕事自体に憧れていて、その願いが名実ともにかなったのだから。

 日本にも、この国にだって正義なんてモノ無いけれど……。

 人々を守る職業、前世なら警察・消防士に自衛官などなど。それに類するモノは門番騎士が最適だったのだ。

 日常を守る。

 それがどれ程尊いかを彼は知っている。前世を唐突にうばわれた彼はよく知っている。

                       ◆◆◆ 

 早朝。

 雨天の薄暗さの中、様々な職の者たちが、中央広場付近の建物を目指す。そんな大移動する光景の中、進む少年騎士。

 州都規模の大きさの街では、当たり前の光景だ。

「おはよう~っす」

「ども」

「おっすおっす」

「はろー」

 様々な挨拶を返す、様々な年齢の武装した戦士たちも、武骨な建物の中に吸い込まれていく。

 騎士たるもの云々と誰かが言い出したから、こうなった武骨な建屋。

 こうなった様――黒煉瓦(レンガ)に白漆喰の継ぎ目の壁面は、何かと目立つ建物である。

 騎士会館の、ペガサスシティ支部の建物。

 騎士資格その他もろもろの扱いを司り、かつ街中警備兵たる門番騎士たちの、詰め所でもある。

 現代日本風にいうならば「警察署」兼「消防局」兼「地方軍詰所」。いろいろ兼ね過ぎだが、実務上の話で、この国の制度がそうなんだから仕方ない。

 一言で言うと、忙しい職場、である。

「おはようございます」 

 レイクもそう丁寧に、挨拶しつつ中に。

 男性たちに混じって女性騎士の姿も目立つ。割合にして男女比6:4といったところ。各国の比率と比べ多い部類であろう。

 そんな人込みに混じって、長身で、髪を丁寧になでつけた青年が、にこやかに少年騎士に近づいてきた。

「サー・レイク、おはようございます」

「サー・トマス。おはようございます。ご機嫌ですね」

「そりゃあ、もう! 全モッカ―が新式に、改装されましたからね。これから試運転ですよ。

 それはそうとサー・レイク、以前も申し上げた通り自分はまだ従騎士位(スクワイヤ)です。まだサーの称号を得られる立場にはありません」

 慇懃にして訓練された立ち振る舞い。いかにもなこの好青年なこの男。レイクより3つほど年かさながら、騎士の位階的に格上な少年に対し、丁寧な態度を崩さない。

「そんな杓子定規にならなくても。皆さんの貴方に対する評価もそうですが、遠からず正騎士位を得られると思います。また慣例的に従騎士もサーの称号を用いているのは一般的じゃないですか」

  トマス――彼にはどうしようもない、本当にどうしようもない欠点を抱えるが。

 それをのぞけば正騎士位に相応しい能力と、人格を持ち合わせているとは周囲の弁だ。

 過去三度の筆記試験でつまづいていると聞く。

 具体的には大遅刻した。あり得ない事だが、名前を書き忘れた。三択問題の記入欄を、ズらして回答してしまった。と聞いた。

 この地に着任してわずか半月だけど、その評価が正しいとレイクも知るゆえに、その様に接する。

「ですが、他にしめしがつきません!」

「……そうですか、ならミスター・トマスと。でもアレさえ無ければ、問題無く正騎士にふさわしいといえるのですけれどね」

「むっ。アレは男として……いや人として当然の業のようなモノ。男たるもの皆スケベではありませんか!」

 ああ又かと。移動する皆に生暖かい視線を向けられるつつ、二人は階段を上り終える。最上階の東門騎士詰め所へ。

「それはそうですが、程度問題ですよ。多少は、自重しましょうね」

 そんな軽口を叩ける仲、彼はレイクの門番騎士としての相方である。

「う~~むっ。鋭意努力いたします」

 それが無駄な努力なのをレイクは、いや詰め所の仲間たちは、よおくよおく知っていた。

                       ◆◆◆

 雨脚はひどくなり、天の底がひっくりかえったかのごとく土砂降りの状態。

 こんな日は、屋内で優雅に本を片手にグラスを傾け……いや酒はまずい。もといお茶をたしなむに限る。

 しかしそんな贅沢は、今仕事中の門番騎士たちには望めない。

 門番騎士の詰め所内――予算をケチった結果の古い机たちであったが、数十年の時を経て(実際無価値ではあるが)、ちょっとしたアンティークの様におのおのが存在感を主張していた。

 汚れやキズに凹みなど。それぞれの持ち主の日々の、書類仕事の結果であった。

 例えばその机の(ヘリ)の輝き具合などは、手持ち無沙汰で所在無く、武骨な手のひらで、長い年月撫でられた結果なのだが。

 今もその記録を、絶賛更新中である。

 端的に言うと暇だ。暇で暇で退屈な、待機勤務の時間である。

 従騎士でさえ三人集まればランク・ミドル――中型魔獣と退治出来る戦闘力を有する。

 騎士に至っては、一人で対処が可能。

 戦闘力の面で見ると、おのおの物語の主人公もかくやという立ち位置の騎士達ではある、が、街の治安を維持する門番騎士の日課は、極めて地味で有った。

 街の巡回に交通整理。道案内。軽犯罪者たちへの捕縛もろもろ。またそれら報告書。以上。

 基本的に日本のお巡りさんに近いかなというのが、レイクの印象で。

 ほぼ、その通りであった。

 普段は街のお巡りさんだが、一方で一都市が抱えるには、過剰なまでの軍事力でもある。

 そもそも非常時――まず間違いなく一番に問題に上がるのは、魔獣達の大移動による被害だが、これもこの天馬城市地域でも、5年前の出来事である。

 魔獣大移動スタンピードは、他の地域でもおおよそ十年周期で起こる天災と、見做されていて。備えは必要だが常に必要なわけでもなく。

 効率良く報告書を済ませてしまうと、おのおのの巡回地域への警邏までは、暇で仕方ない。

 また一人の少年騎士が暫定着任してからというもの、報告書作成の作成速度の上がること上がること。

 こと何か事件が起きれば解決する事もさることながら、宮仕えの彼らには報告書作成なる苦行が待っている。

 皆がみな文章作成能力に優れているわけではない。

 首都で学んだという報告書文例集の使い方を、このサー・レイク・ハリスンから学び。この詰め所の騎士たちは、それで作業効率を、大幅にアップさせた。

 暇で暇でどうしようもないという時間を、得ることともなるのだが。

 従騎士(スクワイア)クラスでこそ、簡単な報告書作成の基礎も筆記試験面で試される。

 が、最下位の小姓(ペイジ)は権利も無いかわりに一定の戦闘力――たいていはスキルを有する、というこの一点のみ。

 スキルとは魔獣の持つ能力と同質の能力を指す。

 空を飛ぶ、炎を放つ、電撃と分かり易いものから……地面の記憶を読む、五感を強化する、肉体を鋼鉄並の強度に変える。

 などなど見かけ地味なものと様々。

 前述した前世持ちとは別個のもの。魔獣と互角以上に戦える(すべ)にして、魔術体系の原型でもあり。

 おおよそ百人に一人以上は発現するとあって、名目上スキルに発現した者は、小姓として州や国に登録しなくては、いけない事にはなっている。

 勿論力さえ使わなければ一般人とほぼ区別つかず、何らかな理由で隠す者たちも又多い。

 隠す者たちの中には、犯罪を犯すものもまた多く。


 それらにいざという時に、24時間対処しきるという、実利的な制度面ゆえに。構成員のほとんどが、小姓だらけの詰め所の面々は、だらけにだらけていた。

 キリリとして凛々しい騎士姿? 

 ……そんなモン幻想である。一部の例外をのぞいては。

◆◆◆

 異世界の「お巡りさん」。職務である以上、必要最低限の事はするけれど、他は自身の欲に忠実。

 それが門番騎士が、多数を占める中。その最右翼とされるのが、レイクとトマスコンビの直属上司、ライアン・コナー従騎士長と言われる。

 煙草をこよなく愛し、酒をたしなみ、ときおり酔って周囲に管をまく初老の男。

 なれど、憎めなくて各方面に顔がきく。そんな感じ。

「あー、サー・レイクにミスタ・トマス。ちょっと良いですかね? お二人にお願いしたいことがあるので、来てもらいたいんですがね」

 資格――所有する位階が上のレイクに、遠からずその位階に上がるであろうトマス。その二人に対してだから、東門騎士の中隊長どのは、年若い彼らに敬語で接する。

 けれども。最先任従騎士長(チーフ・スクワイヤ)の「依頼」は、実質の「命令」であり。

 叩き上げで、現場の実質的総監督の言動に逆らう愚を、二人は起こさない。

 何せときおり生命のやり取りに、関わる。

 職能スキルなる、超常能力の使い手は、存在するだけで「武装解除出来ない」危険物でもあるのだから。

 自分も、そして時として対峙する犯人も、また。

 レイクの「先生」こと元相棒が、「デカ長室だな」と尊敬と揶揄こめて名付けた、執務室。

 応接室としても使われる個室に二人は通され、ソファーを進められる。

 しばらくしてから、デカ長とあだ名される彼と、残り二人の分の珈琲が、テーブルの上に届けられる。

 届けたのは、小姓位ペイジの若い女性の一人。給仕役は従騎士長以外の持ち回り。彼女はたまたま当番であって、レイクもトマスもその内順番が回る。

 仲間に給仕するだけか、今回の様にさらに特別に飲み物を届けるのかは、運しだい。

 それゆえに、経験則から二人の気が引き締まる。

 お茶を勧められる→長い話になる→厄介事、という結論が簡単に出るほどには、二人は経験を積んでいる。

「さて、お二人さん。前提条件として、八竜伝って本、知ってる?」

「ファンです」

 すかさずそう言える、脊髄反射な「現」相棒に苦笑ししつつ、レイクは愛読していると答えつつ。彼は思う。

 あいかわらず全く話の方向性が読めない話を、持ってくる人だと。そのくせ最短で効率的に要点を上手く説明するのだとも。

「で、ですね。覆面作家であると言うのもご存知ですね?」

 二人ともうなづく。有名な話だ。

 作者の個人情報一切不明の覆面作家。

 ゆえにファンの間でさまざまな憶測や妄想に希望? が飛び交う。

 一人説。複数の作家説。初老の男性説。マリー・セレストというペンネームから類推して、年若い綺麗な女性で「あって欲しい」願望とか妄想とか。老婆説。おかま説。

 レイクの元相棒もギフテッド、前世持ち。その彼が推測するのは、前世持ちの作者の説。

 八竜伝の元ネタの一つでは、日本の江戸時代の小説「南総里見八犬伝」では無いかというのだ。

 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八徳の文字が浮かんだ霊玉持つ、八犬士が集いて里見の家の為に戦うという、あらすじ。

 風に火に水に土。そして生・病・老・死の宝玉持つ剣士たちが、それぞれの属性の竜に乗り、サトゥルヌス公爵家再建の為忠義をつくす、というあらすじ。

 そのエピソードの数々が八犬伝をもとにしつつ、日本の小説やら漫画やらアニメやら特撮やらで、見たことあるエピソードをからめているところからの類推。

「一応わたしもファンでしてね。で同じ愛好者同士で、夢壊すのは心苦しいんですが。四人の合同ペンネーム、らしくてね。問題はその内の一人。サマンサ・ルージュ」

 えらい名前が出た。レイクもトマスも「ウィザード」という超絶スキル持つ、歴戦の勇士の名を寄りにもよって、この場で聞くとは思わなかった。

 ミズ・ウィザードとも、今はグランマとも呼ばれる老婦人。魔術体系の中興の祖、ともいえる御仁。

 スキルが属性の基本、火・水・風・土の四大の内三つまでを自在に操るスキル。おのおの個別はもとより、複合して操るとも聞く。魔獣の群れを、たった一人で退けたとの逸話もある。

「で、彼女はさ、今でも各方面にそれなりのコネクション持ってんですよね、これが。それで、そのコネ使ってウチに頼み事してきたんですよ。『次は門番騎士を描きたい』。なので作家集団マリーの内の一人がアビリティ持ちだから、小姓資格の最低限はある。実地の取材をさせて欲しいってね」

「……という事は自分たちが、その担当と言うことですか?」

 やや先走り気味のトマスの質問だが、それはレイクがたずねたかった問でもある。いや、再確認のそれに過ぎないか。話の方向性的にそれ以外はなさそうだ。

 ただサマンサ女史の経歴と実績。伝え聞く評判や性格を考えるに……。

「わたしの班の中で総合力的にお二人が最優ってのが、確かに一番の理由ですな。で、加えて立場上わたしの命を無視して、動くことも出来ますよね。お二人は基本優等生なんで、やらないけど」

「やるわけ無いでしょう! 現場を一番ご存知なのは従騎士長なのですから」

 早くも気炎を吐く相方に苦笑をもらしつつ、レイクは聞きに回りつつ、思案する。

(サマンサ女史は、一見わがままを言っているように見えても、街の治安を乱したりしない。むしろ総合的に見て、治安――目的のために効率的動く女傑とも聞いたかな)

「うん、そこをお二人が理解してるのは嬉しいけどね。ただ、こっからはわたしの独り言。サマンサ女史は曲者というか、無意味な事しない人なんだよね。取材もウソじゃないけど、他にも目的あってそのために潜入する。過去の事例から見て、そう疑っちゃいますよね。で――」

 従騎士長の独り言はさえぎられる。

 扉叩くノックの音によって。「しょうがねえな、もう来やがった」、そんな表情を顔に張り付かせて、小父さんは盛大にため息ついたあとに、

「どうぞ、あいてますよ」

 とやる気無い声色隠さず、答えを返す。

 真夏の灼熱の太陽が、来た。

 そう錯覚してしまうほどの、赤あかアカ。

 燃えるような赤毛が、獅子のたてがみの様にたなびき。邪魔にならない様に後ろでくくりつつも、収まらない。

 美貌。女性が求める「男性の理想像」を体現するかのような。

 薄い唇に不敵な笑みを浮かべる様も、また雄獅子のごとく。

 芝居じみた服装は赤。高そうな布地に金やら、刺繍やら、飾りやらを張り付けた「あり得ない軍服」の様。しかも嫌味なく似合った。

 目ざといレイクは、上げ底――いわゆるシークレット・ブーツめいたモノで、高身長を装っていると、目星をつけた。 

 標準のトマスに、やや届かなさそうな背の高さは偽り。実際は小柄なレイクよりも、少し低い程度か。肩もパッドか何かを入れている様。

 けれども。

(サマンサ女史の名代に相応しい技量の持ち主……だね)

 この奇妙な御仁が、そのミズ・ウィザードの代理人のなのは、名乗る前から明白で。その姿からして、三種三様の視線を釘づけにして。

「お初にお目にかかる。ボクはエミリオ・レッド。高名なサー・レイク・ハリスンと、ミスター・トマス・ワトソンご両名の元につくべき、参上つかまつった次第。なにとぞよしなに」

 そう芝居がかった、古風な物言いにも三種三様に驚かされ。名字ファミリーネームまで、「赤」かよ! とまで思ったのは誰なのか?

 レイク・R・ハリスンとエミリオ・レッドの道が、今ここで交わった。

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