(1)交差……しそうでしない二人の道。最初は一方的な一方通行。
とりあえずはじめてみました。
単身赴任中、ネット環境が赴任先ではファミレスしかない環境なので、申し訳無いですが、現状は不定期で連載です。ただ今年中に一区切りつけたいとは、思いつつ。
石畳。行きかう人々。青空にたなびく雲は多けれど、日光をさえぎらない。
暑くも無く、寒くも無い。
道端の草たちがゆれる。そんな心地よい風すら、吹いて。春先のこの季節は、旅するにはちょうど良い。
この大きい街道は、州都と首都を結ぶ大動脈の一つである。二百年余りの大昔に、旧大陸より移民したと言う。
原住民との様々なやり取りと経て――この国の人間は、原住民達と積極的な調和を目指し、なしとげて国を成した。
何せ人間の生存可能域が、せまい。なんとか確保した生存圏を、ほんの少し離れる。すると、未だに危険のオンパレードだ。
古代遺跡に居座る、オートマトン。加えて野生動物や、また魔獣が居る。
そう、魔獣。
旧大陸に言う飛竜やら鷲獅子など良く知られた種類は元より。改めて発見された新大陸固有の種別。様々な種類のモノが、多く居た。
例えばニードルマウスに、ブレードラット。ボンバーベアにブラストグリズリーなどなど。
名付けのご先祖様たちは、ネーミングが面倒だったのか? 名前を聞けば大体の特性が分かる――実用性を優先したのか? それは今もって不明である。
ただ200年以上かけてじわじわと、しかし確実に生存圏をこの地の人々は広げてきた。
街道行き来する、様々な人々。それは見方を変えれば、生存圏の確保の結果だ。そう言えるかもしれない。行き来する者たちの表情には、厳しいモノが一切無い。
しかし……街道を行きかう人々の。その服装や、用いる道具立てがチグハグなのは、どういったわけなのか?
たとえば。
体各所にウロコあるが、馬らしきモノに引かせた、二頭立て馬車。
その前を走るのは、自動車である。天井にソーラーパネルらしき物を積んでいる以上電気自動車か?
さらに反対側をゆく大きい四足機械は何? 鋼鉄製の様である。その四足を馬に例えると、首の部分がヒトの上半身を模した出で立ち。一言で言えば人馬獣に似たを称するのが適当だろう。
全高二十二フィート(7m)はあり、その巨体をゆらしながら進んでいる。四足の先それぞれに車輪がついているようだ。一方馬車で馬操る御者の男は、片手で手綱を引きつつ、空いた手で小さく薄型の箱をいじっている。
ガラス状の物がはめ込まれた板は、どうやら地図のようであり、それを確認しつつ馬を操っている模様。
「スマホをさ、もうちっと、見えるようにしてよ」
その男の後ろに居た少女は、彼の肩越しからその画面をのぞき込む。体を支える為に右手は、彼の肩に。
「しょうがねえな、こうか?」
彼は見えやすい角度に、スマホを傾けた。
少女の空いた左手には、銀色の腕輪。それには、大きい宝石が輝く。スマホと呼んだアイテムの画面をにらみつつ。そして彼女は左手指で、宙に軌跡を描く。
腕輪の宝石が淡く輝き、腕輪自体にも細い光の線が、いくつも現れて。やがて光の筋たちは、複雑な模様を描き出す。電気回路? 配線? そういうふうにも見える。
一拍遅れて、二人の目の前に現れる、光の画面で出来た地図。簡易魔術の一種である。
ご丁寧にスマホの画面そのものを拡大し、再現しきっている。およそ意味無い「圏外」の文字すら再現していた。
彼らは圏外の意味はおろか、文字である事さえ思わず単なる模様。ある種の記号としてしか、思っていない様だが。
鉄製ケンタウロスや銀製腕輪の類は、魔術やそれに類する産物である。
一方スマホや電気自動車は、森羅万象の一端を解き明かし、機械仕掛けで再現した科学の産物である。レストアされて、工芸品めいた外見を、与えられているモノもあるが。
およそ技術体系が、真逆の物同士。双方をみな使いこなし、違和感無く溶け込む、特異な世界。
しかしそれはこの地に住む住人達にとっては、当たり前の日常に過ぎないわけだ。
スマホいじる男女の馬車を追い越す人力駆動の交通手段――自転車。
人馬一体とも言える華麗さで、人力とは思えぬ速さで、追い抜いた。
「おぉ、騎士さま!」
後ろの荷台に大きな布製のバックを、左右計二つくくり付けバランス取った、細身のフォルム。
もうとっくに追い越され彼の背中しか見えないが。
小柄な体躯と輝く金髪と、背に背負った片手半剣が印象に残った。。
その握り手――柄の色は汚れ目立たぬ実用性の黒色。護拳――鍔のすぐ下の根元に、金色の輪っかがハマっていたのを、御者の男は見逃さなかった。
「ほんとだ。かなり若そうに見えたが、正騎士か。すげえな」
この地では騎士は、単なる身分では無い。まず前提条件として、国の定める資格であった。
下からランク付けとして小姓・従騎士そして正騎士。その上に正騎士長に騎将補に騎将。
例えば州都などを守護する西門騎士団、中門騎士団、東門騎士団。
首都を守るは南門騎士団、中門騎士団、東門騎士団。
これらに選ばれる為には、まず最低従騎士位を得ていなければならない。もちろん多忙な彼らの補佐として、数多くの小姓位の者たちを抱えるのが常であるけれど。
また一方地方都市を巡察する巡察使。彼らは従騎士以上であれば、高待遇で迎えられるであろう。
各地に出没する魔獣を狩る、冒険者たち。傭兵。そんな仕事も成立しうるこの地では、正騎士の位階は、箔付けにもなる。
またさきほどの四足機械、モッカー――まがい物なる意味持つソレを動かすにも資格が居る。従騎士位以上の資格が必要となり、又個人所有となると、正騎士位以上の資格を必要とした。
「若い? あたしくらい?」
「下手するとお前より若いかもな」
二人の声色に、感嘆とも尊敬とも言える「色」が、混じる。それも当然の、資格なのだ。
そんな御者達二人を置き去りにして、少年騎士の自転車は、はるか先。もう……見えない。
街を守護する、門番騎士団たちの様に。街中の治安が主体故に、犯罪捜査や対人戦闘にすぐれた者達。
傭兵を率い魔獣を狩る、私的騎士団の連中の様に。野獣魔獣の痕跡を見つけ、追跡に長けた者達。
税に関する一切を、取り仕切る。そんな徴税騎士団なるものも、存在した。
あの少年が、そのどれに所属するにせよ、しないにせよ。金の輪の資格を持つ以上。
魔獣の類に、何らかの手段を持って、単騎で対峙出来る戦闘力を保有する。
仮に……何らかの不正――資格試験のうち筆記・面接面で多少の融通は得られたとする。しかし、何をしても絶対にくつがえらない、鉄則がある。
実技試験の条件はただ一つ、「中型魔獣との一対一の、戦闘での勝利」。
それを絶対条件として課せられている位階が、正騎士位なのである。
生半な努力と才能ではなれない、騎士の地位。
疾風にも似た速さでゆく少年の横顔を、御者の男はかろうじて見ていた。
まだ元服まもない成人――15歳になるかならぬかの幼さを残していた。
◆◆◆
石畳の街道を風になった自転車が、翔る。州都に近づくにつれて行き来する、ヒトや物が増えてゆく。
それらを安全に大きくそれつつ、しかし速度は極力ゆるめずに。背負う刀剣の鍔元の金の輪っかが 誇らしげにゆれて。
と……州都を目指す銀の風。その道行が、徐々にゆるやかになる。
街道をゆく集団の速度が徐々に落ち。ゆるやかになり。道の行き来をさえぎるような固まった集団となり……。渋滞?
例外無く一般人の五感よりは優れた、正騎士のそれ。その視覚でもって彼の視界は、先頭集団の馬車やら人々やらが、固まったかたまりを確認したが。
けれど少年騎士が速度を緩めた理由は、それでは無い。何か金属同士をこすり合わせたような微かな不協和音を聞いたのだ。
自転車の不具合か? 自転車を路肩に移動して止め、下りて調べるが一切の不具合など無い。気のせいか?
ぎぎぎ。
ほら、今の音だ。又聞こえた不協和音。空耳で無いとすると……?
金髪少年は、少女にも似た中性的な顔立ちを不思議そうに、眉をゆがめる。
立ち止った列のかたまりの先に、見えた四足人形の巨体。渋滞の原因はあれか。
バケツ頭とも揶揄される、独特な筒状頭部の機械仕掛け。不器用に身体を傾けている様にしか、見えない。
ギ・ギ・ギ。
今度は一際音が大きく響いたので、音源はまず間違いなくアレと分かる。一拍遅れて野次馬達が、声を上げながら走る。危険物から、離れようとしている様だ。
危険物。そうとっさに皆がみなが、判断できる状態なのだろう。あんな巨体が横倒しにでもなれば、大変なのは子供でもわかる理屈でもある。
少年騎士は躊躇無く、自転車乗り、器用に野次馬たちを避けつつ、その巨体の方に向かう。
「おお」
「正騎士だ」
「若いな」
「ハッタリじゃないか?」
「馬鹿かお前。騎士直剣の輪っかは、偽造しただけでお縄物だぞっ。モノホンだろ」
彼の姿に気がついた野次馬達の呟きを、適度に無視して。自転車を降りる。そしてピンと背筋貼る少年騎士は、四足人形に声をかける。
右前足ヒザを奇妙に曲げ、その脚を側道の溝にハマめて傾いた。そんな危険な状態の鉄巨人の、近くにも関わらず。
堂々たる姿勢で。
「何かお困りですか?」
彼はまだいずれにも属さない、着任前の騎士である。
ではあるが正騎士位を受けた者として。
また叙勲後一定期間寝食の保証を除く、社会への奉仕活動――要はタダ働きを、義務付けられても、いた。
故に正騎士たるもの法・秩序の番人たらん、民衆の守護者たらん、という建前もある。
しかし彼は若さゆえ。純粋ゆえ。持ち前の正義感にも似たまっすぐな気持ちで、接しているよう。野次馬たちはそう見た。
それを純粋とみるか、若く青臭いとみるか。
「正騎士のレイク・ハリスンと言います。何かお困りなら助けが必要ですか?」
少年騎士――レイク・R・ハリスンは背筋伸ばし堂々と名乗り上げつつ、周囲を見渡す。良く通る声。少年は周囲を観察しつつ相手の反応を待つ。
(完全に事故かな? 周囲の見物客の人達は野次馬の域をでていなさそうだし……モッカーが右前足を、道脇の溝に足を踏み外しただけにも見えるけど)
思案しつつも、落ち着いている。正騎士位合格、最年少記録保持。一つ前の従騎士位で、一定期間の実務をこなすのが望ましい。
それをこなした上での、叙勲。表面上だけでなく、落ち着いて行動していた。
巨体のバケツ頭が彼の方をむく。いくぶんこもった声が返事を返す。伝声管が備わっているのだ。
「すんません、騎士さん。何か調子悪くて騙しだまし、使ってたんですがねえ。ここにきて操作を、誤っちまったみてえで」
「私は少しならモッカーの事がわかります。中を見せて頂けますか? 私の手に負えないなら、駅に急いで助けを呼んでまいります」
駅――州都や首都間を結ぶ街道には中継地としていくつか施設が設けられていた。
宿場町として栄えた所も有れば、単に地方を守護する小騎士団達が駐留する小規模もあり。
ただ最低限この事故くらいなら楽に対処出来る規模の騎士団が、どんな小規模の駅にも備えられている。
詳しい状況を未見の状態では、彼の対処はマニュアル通りと、言えるだろう。
「そりゃありがてえ、どうかお願いします」
ぎぎぎ、ぎぎぎ。
(この音……。乗り手の意図とは関係無く、関節が収縮している音みたいだな……誤動作とすると多分基盤関係……)
「危ないので皆さん、少し下がってください」
と言いつつ、自転車を押して巨人に近づく。
四足ケンタウロス、俗称をモッカーという。その背に荷台。それに乗せた荷物。保護用の油紙が破れて、積み荷の中身が見えた。モッカーの一種、荷運び専門のポーターで有った様だ。
書籍の束。今人気の大衆小説『南方サトゥルヌス家臣八竜伝』。その最新刊の表紙を見て取り、少し顔をほころばせる。
(州都クラスの書店だと、首都と変わらないタイミングで出るんだ! 州都についたら直ぐ購入しよう!)
思わず出たその歳相応の笑顔に、野次馬女性陣から、嬌声めいたため息があがる。
凛としたその佇まいは。彼を「理想の男性像」に見えた。大衆演劇それも女性が、男装して演じるアレだ。
……ため息つきほほ染めた者達の中に若干名男性が居た事は幻である、ウソである、現実ではない。
気にしてはいけない。
そちらにも気づきつつ、適当適切に無視しつつ。少年は自転車を、邪魔にならない場所に移動させて。
そして駐騎状態の機体の前に来た。
「開けますね?」
「すんません、騎士さん。お願いします」
鉄馬巨人、丁度馬に例えると馬の首の部分に、上半身が乗るフォルム。ヒトガタの腰部分のデカいダイヤル―― 緊急開錠ダイヤルをひねる。
音立てて圧縮された空気で、装甲前部が開く。皮鎧姿の運転士、ところどころ透明な無数の管達にからめられた乗り手が、顔をあらわす。
「外に出れますか?」
「出れるんですが、今オレが出てしまうとまずいのでわ?」
「大丈夫ですよ。少し出るのを待って頂ければ」
少年は迷わず彼の座席横のレバーを、思い切り引っ張った。内部機構各関節部にワイヤーで、つながったソレ。そのレバーは、騎体各関節を物理的にロックする働きがある。
駐騎状態にする際には、必須の作業項目だ。
「ねっ、これで暴走はまずしませんよ」
笑顔でそう返されて中年男は安心にうなずく。あぁ、あの笑顔を自分に向けられたら嬉しいのに……と、野次馬達の一部が反応するが、それは雑音。単なる雑音だ。
騎体の右ヒザの異音が、ぎちぎちとその違和感を大きくする。基盤関係の不具合の可能性が高くなったかな、と少年は考える。
(あ、この騎体は新式だ。これなら専門分野だから大丈夫)
少年のその推測は正しく、最小限の手間でもって物事を解決するのに、四半刻――30分もかからなかった。
◆◆◆
身体の疲れと言うのは、緊張していたり楽しかったりして集中している際には、案外気が付かない。
半刻、一時間もかからずにモッカ―の調子を復調されたお礼にと、レイクは今荷台の上。うとうとと、まどろんでいたようだ。
余裕ある荷台のスペースに自転車等の荷物を固定し、自分は愛読書を読みながらの、至福のうたた寝。
幸せな午後の使い方の一つであろう。自転車にて駆ける速度より、倍以上。安定した路面では、各足首の車輪を使う型式の様だ。あれよあれよと、景色を追い 抜いてゆく。
その風がここちよい。
日は傾きかけてあと数刻すれば、夕刻となるのであろうが、本来の旅程では少年騎士は野宿を想定していた。故にこれはかなりの時間短縮である。
荷運びポーターの乗り手の役得として、今回は見本誌としての『八竜伝』最新刊を数冊貰えるらしい。
その一冊を彼が譲り受けたのも、又報酬。
金銭の授受だと問題はあるが、物々交換的なやり取りや、ちょっとした便宜は、騎士生活の日常茶飯事である。
「騎士さん、あともうちょいで天馬城市ですよ」
「すみません。寝てしまった様で」
「いいのいいの気にしちゃダメさ。アンタが来てくれなけりゃ違約金払う羽目になるほどの大遅刻になってたんだしなあ。こっちは感謝してもしきれんし。飯まで分けてもらったし」
「いえこちらは途中野宿を想定した旅程でしたし、早く着く分弁当が余るんですよ。腐るものは使ってないから、日持ちがしますけど。それよりもお礼として、余り色々してもらい過ぎると不味いので。その……バランス……ですね」
「若い割にお堅いなあ。でもそこらの木っ端騎士より、しっかりしてらっしゃる」
伝声管ごしのやり取りを楽しみつつ、少年の視線はモッカ―の上半身越しに見やる真正面の景色。
まず堅牢な城壁が徐々に大きくなっているのが見える。
城壁の奥には半漆喰半木造の建物たちが、軒を連ねているのが見える。
少年の目には、夕暮れの前の日の光浴びて、キラキラと映える建物達。ソレらが何かを期待させるよう様に、何かを誘っている様に見えた。
新天地。幼い少年騎士が、何がしかの期待を胸に抱くのは、しごく当然と言えた。
◆◆◆
――同時刻、街道をゆく軽自動車がある。
おそらくは車体天井設置の太陽パネルで電力を得て、内蔵バッテリーに充電し、走らせるタイプ。
この地の技術体系からは180度外れた物だが、ある程度修理補修出来る人材はいるらしい。
目利きの利くものならば、パネル類は後付けのものと分かるからだ。工芸品めいた、このレストアのあとは、現地人の手が入った証。
「すごかったねえ」
車内で、華やぐ女の子の声がした。ふと車内に目を向ける。と、整った顔立ちの長い赤毛の少年? が運転し。
そして大人しそうで、純情そうな同い年の少女が、その隣に座る。発言者は、純朴そうな彼女だ。
「凄かった」、主語無く抽象的な感想ではあるが。しかし二人には自明の理な、問い掛けでもあった。一拍置いて運転席から、少年らしい凛とした響きが答える。
「――そうだね……ボクらと同い年か少し上か。金髪の美少年騎士とは絵になるなあ。レイク・ハリスン……か。作家の端くれとして妄想ははかどって仕方ない」
どうやら二人は、あの一連の騒動を見物していた野次馬の一部であったらしい。
運転をしながら、前見て他所見せず。運転しながら朗々と語る運転席の御仁も、そう誉めたたえる。あのレイクに、負けず劣らずといった美貌。
まず前述した赤毛が目立つ。ウェーブかかった長髪を後ろでくくるものの、獅子のたてがみの様に広がって、まるで朝日の輝きのごとく。
薄い唇に不敵な笑みを浮かべる様も、また絵になった。
こちらも「女性の理想とする男性像」そのもの。ただ美貌の質が異なる。
少年騎士を「月」とするならば、こちらは「太陽」そのもの。ただその場に立つだけで、人の耳目を集めてしまう、存在感があった。
「しかもだ。騎士としての実力も、申し分ないと見受ける。事実は、小説より奇なり。いや、百聞は一見に如かずの方が適当かな?」
一方助手席の少女は、ニコニコとして、おもに聞き手に回っている。
こちらは運転席のと比べ派手さに欠けるが、こちらはこちらで別の華が有る。
栗色の髪にノーメイク。けれども笑顔を絶やさない様が、彼女の魅力を補って充分余りある風だ。
「そう。思えば事故で停滞したブリキ人形を、颯爽と駆けつけて助ける様。年齢に似合わず、堂々とした立ち振る舞い!」
軽自動車の御者殿は自身の声の抑揚に酔い、高揚しつつ更に舞台俳優のごとく加速してゆく。
加速?
何に?
自身の語り口に酔い、妄想たくましくし。赤毛の麗人の脳内は加速し、舌が回るまわる!
芝居がかった自身の語り口に、さらに拍車がかかる。
ちなみに……ブリキ人形とは四つ足のモッカ―を、揶揄した言い回しである。今は一般名詞となったが、元々は芝居か小説での、言い回しである。
「モッカ―のコクピットの裏にある基盤、それが原因だと瞬時に見抜く観察力――いや、正確にはある程度周囲を観察してアタリを付けていたのかな?」
そして運転席の演じ手の脳裏には、さまざまな関連事項が思い浮かぶ。
旧式のモッカ―は、円盤状の基盤数枚を回して、読み取らせ騎体を制御する、仕組み。別名オルゴール式。
一方事故モッカ―は、新式のスリット式――大きう薄い真四角の基盤を、何十列も真横に並べて、読み取らせる。
基盤とは魔術的にモッカ―の動きを制御し、同時に乗り手の動作のクセなどを記憶し制御を補助する機構。
新式になり、省スペース化に成功し。ここ数年でこの新式に、切り替わりつつある規格。
騎士位に対し、それを補助する小姓位に従騎士位。
まがい物呼ばわりされるモッカーを、小姓・従騎士に見立てるならば、騎士にあたる巨神は、二足歩行騎士人形マーキナーという騎体となる。
その魔術的制御装置フィギュア・ヘッド。モッカーの旧式並びに新式基盤は、フィギュア・ヘッドを簡易的に摸したものとされる。
――とここまで記憶を掘り起こし、訳アリ顔でうなずいた。
「うむ。そう言えばスリット式の提唱者――いや開発者の名前は確かA・S・ラインにL・R・ハリスンの共同開発と聞いた……うむ。
ラインは姓から、かの高名な錬金技術師ミズ・ラインの係累だとして、ふむ。 L・ハリスンはレイク・ハリスン本人かな?
開発者本人とすると、あの手際の良さも分かるか。いや……それ以上にあの年で特許持ちになる! なんて書き手心をくすぐる御仁かな! 聞きたいききたい。話を聞いて、なめる様に描写して描いて脈動させて!
それからそれから――」
暴走しかけた運転手の熱気を、温和な少女の一言が奪う。
「落ち着いて下さいな、『先生』」
「うむ」
「エミリオは、わたしたちの『先生』なんですからね」
「はい、そうでした。ボクがボク達四人の代表者なのでした」
「マリー・セレストは四人で一人の作家。一応ベストセラー作家なんですからね。そしてグランマの後継者でもあるんですよ。浮かれるのも結構だけど、 まずはお仕事。お仕事が上手くいかないと、エミリオの目的も果たせないでしょ」
車の内装の棚、そこを開けて取り出したる書籍は。『八竜伝』最新刊、著者名マリー・セレストと読める。
「そうだね……うん。いつも色々ありがとうリズ」
「マギーにもちゃんと言ってあげなさいね。親しき中にも礼儀あり。兄弟姉妹同然だからって言うべきことは、時にはちゃんと言わないと行けないよ。
そうでなくともマギーは今回先に先行して、版元さんとか画材屋さんとかの交渉や、滞在先の確保で忙しかったみたいだしね。グランマは甘やかさないよ! 多分一人で全部させてる」
「うん。思えば皆には迷惑かけるね。故郷に帰りたがったのは、ボクの都合なのにね」
助手席の少女――エリザベス……いわゆる愛称リズは、長いながいため息ついて、こうのたまった。
「エ~ミ~リ~オ、そんな無意味な遠慮はナッシング! グランマに怒られるよ! わたしもマギーもグランマも分かって、付き合ってるんだから。リっくんの事――カタキ取りたいのはアンタだけじゃ無いのだぞ!」
相棒の物言いの最後が、育ての親で師匠でもある老女の、物言いを真似たのは明らかだ。
ほら。だって先行する師匠の戒めが、その脳裏に思い出されて、響いたのだし。
『アエミュリア、アンタがアタシの跡継ぎさね。コンヨウの座を、受け継いだってのもある。特殊で特別なモノではあるが。アンタ自身はアンタのままだ。アタシやリズやマギーに頼んな! 一人で何でもかんでもやろうとしない!』
「ん、そだね。ありがとリズ」
「よろしい!」
車は軽快に進んで、やがて白い城壁が見えてくる。エミリオの住んでいた村は、滅んでもう無いが。
白い城壁が見えてきた。天馬城市。
天馬城市は、亡き故郷の最寄りの地方都市。可憐な運転士くんのみが、生き残りという訳でも無い。そこに移住した村人たちとも、めぐり合う事も出来よう。
そんな期待も載せて、軽自動車は都市へと進む。少年騎士に遅れる事、一刻(いっとき:二時間)。
怜悧な少年騎士と、赤毛の麗人が交差するのはもう少しあと。