第4話 その姿は太陽のように
お読みいただきありがとうございます。
「終わりです」
そう括って、アリシアは本をそっと閉じる。
物語を読むアリシアの優しい目は、本と同時に閉じた瞼が再び開いた時には、見慣れた冷たい目に戻っていた。
「なにか感想はありますか」
「んー…………よくわからんかった」
「そうですか」
「昔は、よくお嬢様にせがまれたものです」
懐かしそうな、少し寂しそうな顔をしている。
昔のメルも、こうやって読み聞かせてもらっていたのだろうか。
結局、この物語から見えた可能性は一つだけ。
平和を望んだ"希亡の魔王"が暴走し、"太陽の騎士"と呼ばれた人物が終止符を打った。
つまり、"太陽の騎士"は転生者である可能性だ。
もっとも、魔王を討てるほどの力を持ったこの世界の住人であってもおかしくはない。
他に手掛かりとなりそうなものは――
「……なあ、光の魔法ってあるのか?」
そう、物語に出てきた"光の魔法"。
メルは俺が"四属性"全てに適性があると言った。
つまり、火、水、風、土以外の魔法が使えるのは、何かしら特殊な理由があるとも取れる。
「そう言い伝えられています。ですが、赤い髪と同様、以来光を操った者はいません」
「じゃあ、適性の有無はわからないのか?」
「調べる方法がないのです。そもそも使える者がいないのですから、どんなものかもわかりませんし」
これは……詰んだ。
そもそも伝説上の話である以上、語り継がれるうちに改変された可能性もあるわけで。
……正直、考えてどうこうなる問題ではない気がする。
そう結論づけて思考とおさらばする。
「それで、アリシアは俺にどうしろって言いたいんだ」
「あなたのその髪は良くも悪くも目立ちます。この邸内はともかく、外部の人間に知られるわけにはいきません」
「ですから、くれぐれも勝手な行動は控えてください。外に出る際は必ずローブを」
――まったく、厄介ごとばかりだ。
もう少し俺に優しくしてくれないものだろうか、この世界は……。
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結局、この一日のほとんどをベッドの上で過ごした。
昼過ぎには歩けるくらいに回復したものの、アリシアに監視され動くに動けなかったのだ。
日が傾き始めた頃にメルが帰ってきて、今後の方針を聞かされた。
首の傷が癒えたら身体能力も一応調べるはするが、ほぼ確定で魔術師として訓練していくことにしたそうだ。
そして、魔法が十分に使えるようになり次第、本格的にメルの護衛の任務を開始となる。
そんなこんなで今現在、昨日よろしく寝られないわけだが。
あの物語を聞いた時あたりから、魔力が全身を流れているのがはっきり感じられるような、よくわからない感覚がしている。
それがどうにも落ち着かなくて、気分転換を兼ねて庭に出てきた。
そしてなぜか、無性に魔法が使いたくて仕方がない。
今ならちゃんとコントロールできる――。確証はないが、そんな気がする。
アリシアに"勝手な行動は控えろ"と言われたばかりだが、どうしても確認しておきたいのだ。
今度は手のひらではなく、指先に意識を集中させる。
この指が蝋燭となり、その先に火がともすように。
指先がほんのり熱い。
思い出したくもない、昨日のことが脳裏を過る。
――瞼が震えて開かない。
大丈夫だと心の中ではわかっているのに、体が恐怖を忘れてくれない。
……落ち着け。落ち着け。落ち着け。
ふっと息を吐き、不安を押し込める。
そして、強く、目を見開く。
目に入ったのは、夜風に揺らめく小さな炎だった。
……成功した。
いや、なんとなく使えるという気はしていたのだが、それとこれとは別の話だ。
正直言って心臓が破裂するかと思うくらいに緊張した。
「あああぁぁぁ……よかった…………」
思わず声が漏れてしまうくらいに安堵する。
しかし、何が原因なのかはまったくわからない。イメージも感覚も昨日とさして変わらなかったはずだ。
試しに炎を大きくしたり、小さくしたりもしてみるが特に問題はない。
昨日は初めて使ったから制御できなかっただけ……なのだろうか。
なんにせよ、これで目先の問題の一つは解決できた。
あとは、明日の自分に任せるとしようか――。
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「ユーリ様、おはようございます」
きゃーアリシアのえっち。
なんて言ったらぶっ殺されそうなのでやめておく。
汗をかいたからと使用人に頼んで朝風呂に入っていたのだが、何の躊躇いもなくアリシアに扉を開けられた。
いるのがわかっていたのならノックくらいしてほしいものだ。
「お嬢様がお待ちです」
「はーい。すぐ上がりまーす」
さあ、今日こそは――
「おはようユーリ。調子はどう?」
「おはよ、メル。この通りすこぶる好調だ」
首の傷を少し痛ませながら肩を回して見せる。
まだ全快とまではいかないが、活動に支障をきたすほどではない。
「それは良かったわ。でも無理はしないように。いいわね?」
「わかってるって」
まだ出会って2日と半分だが、メルとの会話が妙に心地良い。
雰囲気や話し方は似ても似つかないものの、ふと舞衣を思い出すその声が癒しを与えてくれる。
……ホームシックなんだろうか。
「ユーリ、私の顔になにかついてる?」
「なんでもない」
「答えになってないわよ」
クスッと笑うこの顔とか、まったく似てないな。
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「ねえ、ユーリ。 昨晩、窓から庭に小さな明かりが見えたのだけど……。なにか言っておきたいことはあるかしら」
「ございません」
どうやら見られていたようだ。多分怒られる。怒られるのはこの際致し方ないのだが、せめて弁明の機会くらいはくれてもいいのではないだろうか。
俺は奥義・『敵の戦意を喪失させる構え』でメルに話を聞いてもらおうとした。
「それじゃあ、叱られる用意はいい?」
聞いてもらえなかった。
「つまり、『できる気がしたからやってみたらできた』と、そう言いたいのね?」
「はい」
散々怒られた挙句アリシアからざまぁとでも言いたげな視線を向けられ、メルに罵倒されるのいいなぁと思い始めたところでやっと耳を傾けてもらえた。
「それならそうと、せめて声かけてくれたら見ててあげたのに」
「いや、メルも疲れてるだろうし悪いかなって」
「それで昨日の二の舞になったらどうするつもりだったのかしらね」
「返す言葉もございません」
「まあいいわ。これでおしまいにしてあげる。ユーリはユーリなりに考えてのことでしょうし」
このお嬢様は女神かなにかなのだろうか。
メルの懐があまりにも深すぎて思わず飛び込みそうになってしまったが、ここは拝むだけにしておく。
「次にこんな無茶したらお尻たたき百回ですからね」
むしろご褒美です。
「ところで……その姿勢はなに?」
「それじゃあ、昨晩の成果を見せてもらおうかしら」
感覚はしっかりと覚えている。恐怖感はなくなってこそいないものの、一度成功したことでかなり和らいだ。
昨日感じた魔力の流れを思い出しながら――。
「ファイヤーボール」
地平線へ向けた腕の先から、弱々しい炎の玉が撃ち出される。
体の中で、出せ、放てと沸き立つ魔力を押し留めることはできた。だが、極力抑えたとはいえあまりにも小さすぎるその炎を見ると、少し拍子抜けした。
「――うん。問題なさそうね」
とりあえずは合格のようだ。
「それじゃあ、次はこの的を狙ってみましょうか」
そう言うメルの傍らには、どこからともなく現れた、木材と布で人型を模した人形が立っていた。
「これ、燃えると思うけどいいのか?」
「問題ないわ。火はすぐ消すから」
「ユーリが、ね」
――つまり、火の魔法で的を撃ち、水の魔法でそれを消せってわけか……。上等だ。
人型の的を狙い、今度は少し魔力を増やして放つ。
球が的に届き、布に火が付いたのを確認して、次は水の球をイメージする。
……おかしい。水の魔法が使えない。
適性はあったはずだ。イメージも、日々の妄想によって培われた想像力を限界まで引き出している。
それなのに、使えない。
「ユーリ? 調子が悪いの?」
「むしろ調子が良すぎて困るくらいなんだけど……」
「……水の魔法が使えない」
「使えないって、どういうこと?」
メルは、出会った日の夜に俺が魔法を教えてくれって頼んだ時と同じ、理解できないって顔をしている。
ただ少しだけ、曇りが見えることを除いては。
「ちょっと待ってて」
髪とスカートを軟らかい風になびかせながら、メルの背中は屋敷の中に消えていった。
何度も、何度も水を湧き出させようとしているうちにメルが戻ってきた。
その手には、一昨日に使った水晶のような玉が抱えられている。
「もう一度、魔力を確認するわ。なにか嫌な……というより、不思議な感じがする」
言われるがまま、魔力を流し込むように手をかざす。
かざされた手を映す玉は、魔力に呼応するようにその姿を赤く染めた。
「——やっぱり、そうなのね」
メルの声は、信じ難いとでも言いたげだ。
俺も信じられない。前回は虹色に輝いていたものが、今回は強く、赤く燃えているのだから。
「なあ、これってもしかしなくても……」
「……そうね。不思議なこともあるものだわ……」
つまり、俺の他全ての属性は、炎に飲み込まれるかのようにその存在を眩ませた。
第2話にて覚醒した主人公の力、早くも喪失しました。
次話もよろしくお願いいたします。




