第3話 変化
お読みいただきありがとうございます。
――知らない天井だ。
なにか夢を見ていた気がする。燃えさかる炎のような――。
-----
さて、どういう状況なのかイマイチ理解できないのだが、一つだけわかることがある。
今俺の腕には、たわわとまでは言えないものの、腕が埋もれるくらいには実った果実が2つ押し付けられている。
これはあれだ。ラッキースケベというやつだ。
――訂正。決してラッキーなどではなかった。
部屋の入口あたりから凄まじい殺気を感じる。
「大事ないようでなによりです、ユーリ様」
現在進行形で大事になりかけているのはどうすればいい。
なにはともあれ、まずは状況を把握したい。
「状況、教えてもらっていい?」
「それはお嬢様にお聞きになられるのがよろしいと思います」
そのお嬢様は、俺の腕を抱きしめながらベッドに突っ伏して熟睡なさっている。
ああ、生温かいべちょっとしたものが……。
メルを起こそうと思ったのだが、体がピクリとも動かない。
とりあえず、思い出せる限りの記憶を辿る。
最後に見た光景を思い出すと、笑いが込み上げてきた。
「——っ、ふふっ、あはは」
「ああ、確かに、あれはチートだわ」
アリシアが冷ややかな視線を向けてくるが、今は気にならない。
あれは……そう、太陽だ。
あの時、俺の手のひらから放たれたその塊は、それこそ小さな太陽にも見えるものだった。
もっとも、あくまで印象の話だ。
エネルギー量や温度まで太陽のソレだったなら、ここは天国ということになる。
なんとなくわかった。
つまるところ、あの巨大火炎球に魔力をごっそり持っていかれた俺は、魔力が枯渇して危うく三途の川を渡りかけていたわけだ。
その出来事が昨日の昼過ぎ、今はおそらく朝だ。
その間、メルはずっと傍で看病してくれていたのだろうか。
本当に、どこまでお人好しなんだろうな。このお嬢様……。
「ユーリ様、その大変穢らわしい気持ちの悪い視線をお嬢様に向けるのはおやめくださいませ。純真無垢で天使のような私のお嬢様が穢れてしまいます」
お嬢様のこと好きすぎるだろこのメイド。しれっと私のとか言ったぞ。
……なるほど。アリシアからやたら嫌われている理由がわかった。
嫉妬だな。
「……ユーリ……?」
お目覚めのようだ。
「おはよ」
「——っ! すごく……ものすごく、心配したのよ」
「ごめん」
「……ユーリって、おバカさんなのね」
メルは、目に涙を浮かべながら笑う。
心外だな。まさかあそこまで制御できないとは想定外だっただけだ。
「でも……私も悪かったわ。ユーリがすごい才能を持ってるってわかったら、興奮しちゃった。無理させてごめんなさい」
メルは悪くない。俺が不甲斐なかっただけの話だ。
……いや、違うな。悪いのはあの神だ。ロクに説明もしないでポンとこんな魔力だけよこしやがって。
今度破滅魔法の一つでもぶち込んでやる。
「本当に、無事でよかった」
「とにかく、今はゆっくり休んで。魔法の練習は明日からにしましょう」
「そうですね。……にお休みになられるのが良いと思います」
永遠に、とか聞こえた気がするがもう触れないぞ。
「それじゃあアリシア、ユーリのことお願いね」
……今なんて言った?
「お嬢様、お戯れが過ぎるのではないでしょうか」
「戯れなんかじゃないわ。ユーリは病み上がりなのだから、誰かがお世話しないと」
「そう仰るのでしたら、お嬢様がされてはいかがでしょう。昨日のように」
「そうしたいけど、私は領民達に件の事情を話してこなくちゃいけないもの」
「……承知しました」
マジか。
ああ、これはいよいよ死ぬかもしれない。
って、この予感何度目だろうな。
「ユーリ、ちゃんと安静にね? いってきます」
「……いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
パタン、と扉が閉まる。
いやでも待て、弱った男と看病をする女が二人きり……。これはまさしくラブコメの王道的シチュエーションだ。
さすがのこの氷女も病人相手なら多少温くなってくれるかもしれない。
これはチャンスなのだ。なんとかして打ち解ける方法を――
あ、ダメだ。
アリシアがベッドのそばのナイフを手に取った。
もはや弁解の余地はないってか……。
そっと覚悟を決める俺の目の前に、薄黄色っぽい、切った林檎のようなものが差し出された。
「疲労回復の効果がある果物です。食べてください」
そう言って口に押し込まれた。
促されるまま、噛み砕く。
……まずっ!
「……一応、ちゃんと看病してくれるのか」
「あなたに万が一のことがあっては、またお嬢様が悲しまれます。それは私の望むところではありません」
「素直じゃないな」
「申し訳ありません。私としたことが、うっかり消毒薬を塗り忘れていたようです」
「ごめんなさい俺が悪かったです」
少しは近づけたのだろうか。それとも、近づいてくれたのだろうか。
なにはともあれ、とりあえず一歩前進、だな。……多分。
-----
「ユーリ様は本当に記憶がないのでしょうか」
アリシアは、表情を変えることもなく聞いてきた。
「メルから聞いたんだな。……記憶は、ない」
「では、その髪のことも」
「髪?」
指先で髪を触る。
転生する前と比べると少し長くなったように思えるが、特に変なところはない。
「髪がどうかしたのか?」
「……記憶をなくしてから今まで、自分の顔を見たことは」
「んー……ないな」
そういえば、まだ自分の顔を見ていない。
——なにが言いたいのだろう。
「……赤い髪、に聞き覚えはありますか」
「まったく」
赤い髪、ね。
話の流れからして、俺の髪の色が赤いってことか。
なにか特別なのか、珍しいのか……。
「——お嬢様から、話すなと言われているのですが……。いずれは知ることです。お話ししましょう」
アリシアは、初めて見る真剣な様相で俺の方へ向き直る。
「ユーリ様、あなたのその赤い髪は、かつてこの世界を救った英雄の髪と同じ色をしています」
「英雄?」
「この国で幾百年語り継がれてきた、『太陽の騎士』と呼ばれる人物です。……その真の名を知る者はいません」
――太陽。
ロクに動かない体が強張った。
アリシアが目の前に持ってきた手鏡が、俺の姿をそっと映す。
確かに、赤い髪だ。
あの"太陽"が俺に宿ったんじゃないかと思うほどに、赤い。
「お嬢様の話では、ユーリ様と初めて会った時は黒髪だったそうです。それが昨日の一件において――」
「火の魔法が暴走した時、途端にその髪が赤く染まった、と。そう仰っていました。……にわかには信じがたい話ですが、元々の髪が黒色だったのは私も確かに覚えています」
まったく信じがたい話……ではあるが、メルやアリシアがこんな嘘をつくとも思えない。そもそも初めからこの赤髪だったなら、メルと出会った時に指摘されているはずだ。
「赤い髪って、そんなに珍しいのか?」
「珍しい以前の問題です。その伝説から現在までの数百年間、赤い髪を持っていたのは『太陽の騎士』ただ一人ですから」
「つまり、あなたは太陽の騎士の生まれ変わり――あるいは、深い関係にあるということです」
これも運命、神の導きなのだろうか。
昨日の暴走、それを境に赤く染まった髪、そして太陽の騎士と呼ばれる存在。
偶然の可能性もあるが、そうでない可能性もある。
もっと情報が欲しい。
「アリシア、その太陽の騎士の伝説……聞かせてくれ」
「そこまでする義理はありません」
うーん、ばっさり。
「ですが、お嬢様に危険が及ばないとも限りません。——少し待っていてください。本を取ってきます」
そう言って、アリシアは部屋を出ていった。
ところで、膀胱が猛烈に熱いのですが。
-----
危うく貴族様のベッドに世界地図を描くところだった俺は、およそ1時間ぶりに向けられたアリシアの冷たい視線に若干の興奮を覚えながらベッドへ戻った。
ほんの少しだけ温かい空気をまとったアリシアの声で読み上げられる、かつて世界を救った英雄の話を聞く。
その声は、俺と、誰かもう一人にも向けられているように感じた。
※アリシアはツンデレではありません。
次話もよろしくお願いいたします。




