第2話 氷の番犬と太陽
お読みいただきありがとうございます。
――太陽がまぶしい。
案の定一睡もできなかった俺は今、馬の背中で揺られている。
マルクあたりの馬に乗せてもらおうとしたのだが、道中に少し話すから、と半ば強引にメルの後ろに乗せられた。
向かう先はラフォーリア領。天気は雲一つない快晴。
転生初日は散々な目にあったが、やっと夢見た異世界ライフが始まろうとしている。
メルは今後のことを簡単に話してくれた。
俺はメル直属の従者、主に護衛として雇われること。
そのための運動能力の程度と魔法適性を確認されること。
その他この国に関することや常識について少し。
そして、魔法に関しての最低限らしい知識を教えられた。
話を聞いた感じでは、魔法は少なくとも剣より俺に向いている力のようだ。
「伝わったかしら?なるべくわかりやすく説明したつもりなんだけど」
「魔力を体内から外に放出するイメージ……ね。できるかはともかく、なんとなくはわかった」
今すぐにでも試してみたいが、さすがにやめておいた方がよさそうだ。
メルとの話に夢中になっていると、いつの間にか町のような場所に来ていた。
辺りには畑、植えられているのは穀物だろうか。
まばらに建っている家は、木材と石材でできているように見える。
「ここがラフォーリア領。私の父が治めている領地よ」
良いところでしょう、とメルは言う。
「とりあえず、私の家に来てもらうわね。ちゃんとした手当てもしなきゃだし」
「身分がわからないからって、殺されたりしないよな」
メルがフフッと笑う。
「そんな極端なことはしないわよ。せいぜい投獄くらい」
投獄される可能性はあるのか……。
討伐隊と別れ、町から少し離れたメルの屋敷に着いた。
……でかい。屋敷と庭を合わせれば、東京ドームの2つくらいは余裕で収まりそうだ。
東京ドーム、見たことないけど。
メルに促され馬を降りると、見計らっていたかのように絶妙なタイミングで一人の女が近づいてきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
関係のない俺がついかしこまってしまうほどの美しい姿勢で頭を垂れるその女は、メイド服らしきものをピシッと着こなしている。
雪のように白い肌に、何色にでも染まりそうな白銀の長い髪。メルを見上げる目は――何にも例え難いほどに美しい。思わず吸い込まれそうになる。
「ただいま、アリシア」
「お勤め、お疲れさまでした。お休みになられますか?それとも、お食事をご用意いたしましょうか」
「そうね、食事にしましょうかしら。お腹が空いちゃったわ」
メルがこちらをチラッと見る。
「その前に、この人、ユーリの手当てをしてあげて。魔物に首を噛まれたみたいなの」
アリシア、とメルに呼ばれていたその使用人と思われる女は、見定めるように俺を見て――
「承知しました。ではユーリ様、こちらへどうぞ。医務室にご案内いたします」
と、氷のように冷たく透き通った笑顔を俺に向けた。
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気まずい。
メルは一度自室へ行くと言い、俺はアリシアに連れられ医務室に向かっている。
医務室がどこにあるのかはわからないが、このだだっ広い屋敷なのだ。この気まずい空気をなんとかしなければ俺の気が持たない。
「えっと、アリシア……さん」
「アリシアで構いません。ユーリ様」
「じゃあ俺もユーリって呼んでくれ」
この流れなら距離感を詰められるのがお約束のはず――
「そうはまいりません。会話こそ聞いてはおりませんが、お嬢様とはそれなりに親しい間柄であるとお見受けしますので。お嬢様のご友人を呼び捨てるなどできかねます」
可愛らしい声で、とてつもなく冷たく固い言葉が返ってくる。取り付く島が見当たらない。
さて、困った。
「こちらです」
と、俺に声をかけ、扉を開けてくれる。
中に入ると、薬品――というより、薬草らしきツンとした匂いが鼻を通る。
アリシアは、ここに座れ、と言うように椅子を俺の前に置き、棚を漁る。
包帯や薬がぎっしり並んでいるにも関わらず、他の物には指先1ミリも触れない見事な手つきで必要なものを取り出していく。
手に取ったものを机に並べると、包帯をお取りします、と前置きして俺の首に巻かれた包帯を解いていく。
「血は止まっているようですが、念のため消毒をします。沁みますがご容赦願います」
アリシアは真緑色のドロッとした液体を指に付け、俺の首へ近づける。
その指先が首筋に触れた瞬間、激痛が俺を襲った。
「——ッ! あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
痛い。下手したらこの傷がついた時より痛いかもしれない。
痛みだけで意識が飛ぶかと思うほどだ。
「包帯を巻きなおすので動かないでください」
少しは動じてくれ――
数分して、やっと痛みが引いてきた。なんでこんな目に……。
「十日もすれば傷も塞がるでしょう。お大事に」
その”お大事に”という言葉に本来あるはずの気遣いが一切感じられないのだが、神様の翻訳不良かなにかだろうか。
「手当ても終わりましたので、食堂へまいりましょう。お嬢様がお待ちです」
結局、医務室を出てから何も話せていない。
なんならあの冷たく鋭い言葉が返ってきたらという恐怖すら感じる。
十七年生きてきたが、これほどまでに会話が弾まない相手を俺は知らない。
さてどうしたものかと悩んでいるうちに食堂らしき部屋が見えた。
数人の使用人が待機しているあたり、ほぼ間違いないだろう。
願わくば、メルの両親が不在であってほしい。
今伯爵だのその夫人とエンカウントしたならば、俺は毒蛇に足がすくみ、逃げることも抵抗もできずに、ゆっくりと絡み殺される気分を味わうだろう。
メルはまだいい、親しみやすかったから。
だが、俺のイメージする貴族と真っ向から話せるほど、俺は肝が据わっていない。
使用人に招き入れられ食堂に入ると――
メルが最も奥の、右側の席に座っていた。
メルの前とその向かいの席には食事が並んでいる。
人生二度目の死ぬ気分を味わわずに済んだ。
俺のものと思われる席へ歩いていくと、メルが話しかけてきた。
「おかえり、ユーリ。さっきすごい叫び声が聞こえたけど……」
ここまで聞こえていたのか。別の意味で死にそうだ。
「ちょっと消毒が沁みて……お恥ずかしい」
「消毒……? あっ、あの薬! そう、災難だったわね……」
メルはアレを知っているらしい。
「あの消毒薬、すごく沁みるわよね。私も子供の時に転んで擦り傷を作っちゃって、アリシアにあの薬を塗られたのよ。それはもう痛くってね、大泣きしちゃったもの。それ以来、けがしないように細心の注意を払うようになったの」
おかげさまですぐに治ったわ、と話すメルは、死んだ魚のような目をしている。
ひどい話だ。
というかアリシア、さっきご容赦願いますなんて言ってたけど容赦ないのはアンタだよ。
「お嬢様、頬に切り傷が」
「ひゃい! つっ、ついてませんけどぉ!? 傷なんてありませんけどぉ!?」
ああ、あの温厚なメルが、顔を歪ませながら自分の頬をこれでもかとこすっている。
なにやってんすかアリシアさん。いいぞもっとやれ。
しかしアリシア、伯爵令嬢をいじるとは、よほど仲がいいんだろうな。
少し鬼畜な気もするけど。
「——コホン」
落ち着いたメルがわざとらしく咳払いをする。
「お見苦しいところをお見せしました。気を取り直して、せっかくの食事が覚めてしまう前に頂きましょう」
平静を装っているが顔が真っ赤だ。
これはなんというか、そそるものがある。
「そうだな」
パンとスープ、サラダ。後は果物のようなもの。
シンプルだが美味そうだ。
「いただきます」
「なぁに、それ?」
メルが不思議そうに聞いてきた。
しまった。記憶がないのにこれはおかしい。
「えーっと――なんか、つい……。なんでだろ」
さすがに苦しいか。まずいな。
「記憶をなくす以前の習慣なのかしら。それを体が覚えていたとか」
……どうやら都合よく解釈してくれたようだ。
「まあいいわ。——いただきます」
メルは俺の真似をして手を合わせる。
「あ、メル」
「ん?」
「手に傷が」
メルの顔が硬直すると同時に、合わされた手が目にも留まらぬ速さでテーブルの下に隠された。
「うそ」
「——っ!ユーリのバカ!!」
新しい趣味に目覚めそうだ。
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「じゃあ、まずは魔法の練習をしましょう」
「はい、先生」
「よろしい」
先生と呼ばれたメルの顔は、少し嬉しそうだ。
食事を終え、俺とメルは庭へ出た。
メルの両親が不在の今、この屋敷で戦闘魔法が使えるのはメルしかいないらしい。
さあ、俺のチートスキルがいよいよ覚醒だ。
「じゃあまずは――」
そう言って差し出されたのは、水晶玉のようなものだった。
「まずはこれに手をかざして」
言われたとおりに手をかざす。
まずは適性検査といったところか。
「イメージして。……体の中に魔力が流れている。どんな形でもいいわ。水のようでも、粒でもいい。その魔力を、ほんの少しだけ、手から流れ出させるの」
瞼を閉じて想像する。
血液に並んで魔力が全身を循環している。そして、少しずつ、手の先に集めて――
手のひらから水が、こぼれるように。
「——すごい」
メルが小さな声で呟いた。
「すごいわ! こんなの初めて見た!」
そっと目を開けると、水晶玉が七色に輝いている。
成功……したのか。
「これは?」
「四属性の全てに適性があるってことよ! やっぱり、私の目に狂いなんてなかったわ!」
メルが興奮しながら続ける。
「普通は一属性、私でも二属性よ。四属性なんて、それこそ魔王や国家魔術師くらいしか……」
「——とにかく、こうしちゃいられない! 早速練習に移りましょう!」
「さっき説明したけど、もう一度教えるわね」
「自分が起こしたい現象をイメージするの。火を出したいとか、風を起こしたいとか。強さや形も明確に想像できるとより安定するわ。中途半端なイメージだとと魔法が暴走するから、しっかり集中して」
「あとはさっきの要領で、使いたい魔法に応じた魔力を放出するの」
使いたい魔法をイメージ――定番の火炎球でいこう。
手の先に炎の玉を作り出し、打ち出す――
「——ダメだ。うまくできない」
「私たちには当然のようにできることだけど、記憶がないユーリには難しいのかしら」
メルはうーんと唸っている。
――いかに秀でた才能があっても、実力が追い付かなければ凡人にすぎない。
「そういえばメル、初めて会った時に魔法の名前みたいなの叫んでたよな。あれってなに?」
「ああ、あれはね……魔法に名称をつけて、その言葉を声に出すことですぐにイメージできるようにするの。より強力な魔法は詠唱したりもするけど……。もしかしたら、ユーリもそれでできるかも」
そうか。詠唱や名称を叫ぶのはイメージを正確にするため……。
なら――
「——火炎球」
手が熱い。まるで手だけが火に包まれているようだ。
「やったわユーリ!」
ああ、これが魔法なのか。
全身から何かが手の先に流れていく感覚がする。
――なにかおかしい。
「ユーリ! 魔力を止めて!」
メルの声が聞こえると同時に、初めて自分の手に視線を向ける。
――そこにあったのは、俺が知っている”ソレ”ではなかった。
すでに俺と同等以上の大きさに膨れ上がった炎は、それでもなお巨大化している。
魔力を抑えられない。この火の玉に際限なく吸われていく。
まずい。こんなものを放ったら一帯が焼け野原になる。
「くそっ!」
咄嗟に手を空へ向けようとする。
炎に重さなんてないはずなのに、腕が異常に重い。
「ユーリ――」
そして突如、魂が体から引き剥がされるような感覚に包まれ、巨大な火の玉は天高く打ち上げられた。
それはまるで、今朝に見た太陽が落ちてきたかのようで――
転生2日目、主人公が無事?覚醒しました。
アリシアは(私の脳内では)とても魅力的なキャラクターです。
次話もよろしくお願いいたします。




