第1話 転生、出会い
お読みいただきありがとうございます。
ここから異世界編になります。
頭がぼんやりする。
視界が赤い。
まぶしい。
肌がピリピリする。
俺はこの色を見たことがある。この燃えさかる夕色を。
「異世界にも夕焼けってあるのな……。」
毎朝そうしていたように、のっそりと体を起こす。
いつもと違うのは、背中に感じるチクチクとした痛みと、目の前に広がる果てしない森。
とりあえず、寝ぼけた脳みそを回そう。
俺はあの白い世界で神とやらに会った。結局あの後意識が飛んで、目が覚めたら目の前は草原。
そしてなにやら、犬みたいなものがそれはもう凄まじい速度でこちらに……。
いや、まさか。転生して十秒で捕食されるとか、さすがにそんな異世界転生は……なあ?
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」
地球の動物とはまるで違う雄たけびに、鼓膜が震えた。
やばい。やばいやばいやばい。
食われる。
すくむ足を死に物狂いで動かす。体がうまく動かせない。
無造作に伸びた草木が擦れる。痛い。
息が苦しい。
どれだけ逃げたか、振り返る余裕がない。
背中に鈍い衝撃が走った。
後ろから押されるようにバランスを崩し、勢いのまま前に倒れこむ。
手足が動かせない。
全身からすっと力が抜けたその時、首に鋭く尖った何かを突き立てられた。
「――! ああああああああああああ!!」
グチャッ。
そんな音が耳に入る。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
ああ、やばい。
死ぬ。
「――フレイムアロー!」
突如、背中にあった重い物体が燃え出した。
俺を押し倒していたソレは、鳴き声をあげて飛びのいた。
ドクドクと熱く脈打つ首を声が聞こえた方へ向けると、霞む視界に金色に輝く何かが映った。
綺麗だ……。
俺はその光に見とれながら――
意識を手放した。
-----
コトコトと音がする。
すっと息を吸い込むと、食欲を掻き立てるような匂いが鼻を通る。
「起きた?」
優しい声だ。少しアイツと似てる気がする。
重い瞼をゆっくり開けると、漆黒の世界の中に、焚火に照らされた白金の髪と、碧い、まるで宝石の眼が映った。
「ここは……?」
「タスカの森。覚えてない?」
女は心配そうな顔で覗き込んでくる。
「……確か、狼みたいなのに襲われて……」
「――首は!?」
咄嗟に首に触れる。
――指先に感じたのは、湿った布の感触だった。
「大丈夫。そんなに深くないわ。少し抉られていたけれど」
「手当て……してくれたのか」
「応急処置だけどね」
首に突き立てられた痛みが、ぼやけた思考を覚ましていく。
何を言えばいいのかわからず、ふと周囲を見回すと、10数人の男達が目に入った。
剣や鎧を見たところ兵士のように見えるが、この女の仲間だろうか。
「そういえば自己紹介がまだね。私はメル。メル・ラフォーリア。あなたは?」
「ああ、っと……」
どう名乗ろうか。安易に本名をさらすのは避けたい。
「・・・ユーリ」
「ユーリ、ね。わかったわ」
「それでユーリ。こんなところで何をしていたの?見たところ冒険者ってわけでもなさそうだし」
「あー……っと、それが覚えてなくて」
苦笑いしながら誤魔化した。
それはそうと、冒険者ってやっぱあるんだな。
「記憶がないの?どこからきたのかわからない?」
「さっぱり。名前くらいしか」
「そう……」
「メル――……さんは?」
「メルでいいわよ」
メルは微笑みながら言った.
「私はね――」
メルは、俺の顔を見ながら話し始めた。
メルはこの国、サントレア王国の伯爵家の一人娘で、最近、魔物の被害が多発しているこの森へ魔物を討伐をしにきたらしい。
周りの男どもは、ラフォーリア家に雇われている討伐隊だそうだ。
そして森を探索していたところ、あの犬っころ、ハードウルフとやらに襲われていた俺を見つけ、助けてくれた。
ハードウルフってのは、なんでも石のように硬い毛皮に覆われていて、鈍らの剣程度なら折れてしまうそうだ。
あの勢いで突進を食らって背骨が逝かなかったのは運が良かったとしか言えないな。
というかあのクソ神、そんなとこに転生させるなよ。俺をスケルトンにでもするつもりか。
にしても
「伯爵令嬢が討伐隊なんて変わってんな」
「そうでもないわ。伯爵だろうが公爵だろうが、力あるものは国を、そして民を守るべく戦う。それがこの国の常識だもの」
「ちなみに私、魔法に関してはなかなかのものなのよ」
ふふん、と自慢げに語るメルは、俺の思う貴族とは随分違った顔をする。
どうやら出会いに恵まれたらしい。
一つ、メルと話していて気になったことがある。
口の動きと発音が噛み合っていないことだ。
あの神の力だか加護だかで、言葉を発した瞬間に翻訳されているような感じなんだろうか。
どうにも違和感があるのだが、メルはどう感じているのだろう。
さすがに聞くわけにもいかないのがもどかしい。
メルと話していると、やたらガタイのいい髭面の男が、割り込むようにでかい声で話しかけてきた。
唐突すぎて少しビクッと跳ね上がってしまった。
「おう坊主! やっと目ぇ覚ましやがったか」
「えっと……おかげさまで」
「声が大きいわよ、マルク。ユーリはまだ目を覚ましたばかりなのだから、あなたの声は毒だわ」
「そりゃねえぜメル様」
男ががははと笑うと、メルもつられるようにふふっと笑った。
それなりに親しい間柄のようだ。
「ユーリっていったか。俺はマークロッド。気軽にマルクと呼んでくれ」
そう言ってドカッと座り込むと、スープが入った椀を差し出してきた。
「とりあえず食え。腹減ってんだろ」
「ああ、ありがとう」
少し戸惑いながら受け取ろうとするが、腕が上がらない。
どうしようか悩んでいると、メルが横からすっと椀を受け取る。
「まだ辛いでしょう。私が食べさせてあげる」
そう言うと、スプーンでスープをすくい俺の口元へ運ぶ。
「えっと、それはさすがに悪いというか、恥ずかしいというか」
「遠慮しないで」
「そうだぞユーリ。遠慮しなくていい。なんなら俺が食べさせてやろう」
「やめろ」
恥ずかしいの方は無視なのか。
マルクにあーんされてはたまったものではないので、仕方なく目前に差し出されたスプーンを口に含む。
まあ、普通に美味い。
親鳥にエサを与えられる雛のように、俺は黙々と食べ続けた。
椀の中が空になるとマルクが口を開いた。
「ユーリ。お前これからどうする」
「どう……と、言われてもな。正直途方に暮れてる」
できれば、と続けようとすると
「なら、我がラフォーリア家に来ればいいわ!」
と、若干気圧される勢いで先に言われてしまった。
「それはありがたいけど……邪魔にならないか?」
「心配いらないわ。従者ということにするから」
「従者……ね」
これは選択肢を間違えたかもしれない。
俺には1年以内に魔王を倒す、という目的がある。
あの神との約束などどうでもいいが、暴走した魔王が世界を滅ぼしたりなんてしたら、せっかくの異世界ライフが終わりだ。それは困る。
従者になってしまえば自由が利かなくなる。だが、右も左も魔法の使い方もわからない今、この出会いを捨てるのは惜しい。
さて、どうしたものか。
「なあ、やっぱり――」
「はい、決まり! よろしくね、ユーリ」
食い気味に押し通されてしまった。
まあ、このお人好しお嬢様に使えてみるのも悪くないか。
-----
ああ、退屈だ。
傷が痛んで寝ようにも寝付けない。
この世界の夜は綺麗だ。
日本の都会は夜も明るくて、くすんだ空気が空を覆い隠すようだったから。
月明りだけが照らす暗闇の世界。上を向けば幾千もの星がきらめく。
「なんて、我ながらくさいな」
アイツが――舞衣がいれば、きっと、笑うだろうな。
そしてこう言う――
「星がきれいね」
「……メル」
「お邪魔だったかしら」
「いや」
思わず口角が上がってしまった。
これだけ暗ければ見えないだろうけど。
「眠れないの?」
「そんなとこ。メルは?」
「私もそんなところ」
星明りに照らされたメルの顔は、意味ありげに含み笑ったように見えた。
「ねえユーリ。不安じゃない?」
「不安?なんで」
「だって、名前以外なにも覚えていなくて、魔物に襲われて、今日会ったばかりの、それも伯爵家で雇われることになって」
すっと息を吸う音が聞こえた。
「私だったら、不安だもの」
澄み切った空気に、メルの声が溶けていく。
こういう話は返し方がわからないから困る。
「メルは記憶、あるだろ」
「そうだけど……想像するとっていうか。ユーリは不安じゃないの?」
正直不安もクソもない。
死にかけたのはトラウマだが、記憶はなくしてなんていない。
どちらかといえば、魔王を討伐しにいけるかの方が心配だ。
……なんて、さすがに言えないよなぁ。
「不安じゃないって言ったら嘘になる。でも、楽しみなところもある」
「楽しみ?」
「メルみたいな美しい人と一緒にいられるんだし」
「––!……ありがとう」
ついラノベ主人公みたいなことを言ってしまった。
まあ誤魔化せたみたいだし結果オーライ。
しかし、思ったより反応薄いな。言われ慣れているんだろうか。
そういえば、魔法の存在を忘れていた。
もし治癒が使えるなら、この首の傷も治せるだろうしな。
そして、ちょうど隣に自称魔法の腕がそこそこの人がいる。
「なあメル、魔法、教えてくれないか」
「へっ?」
隣に座る美少女から、同一人物とは思えないなんともすっとんきょうな声が出た。
「あっ、魔法! 魔法ね! そうよね。記憶がないんだから魔法の使い方もわからない……わよね?」
「いや、俺に聞かれても困る」
どうやら魔法の使い方がわからないというのは、この世界ではかなりおかしいようだ。
ということは、少なくとも俺やメルと同じ人間種は、程度の差はあれほぼみんな魔法が使えるのかもしれない。
「えっと、何から教えたらいいのかしら……」
「魔法って誰かから教わるものじゃないのか?」
「強力な魔法は教わったり魔法書を読むこともあるけど、基礎……というか、基本は成長とともにいつの間にか使えるようになっているものよ。言語や運動能力と同じようなものだもの」
ここでの魔法ってのはそういうレベルなのか。
「強力な魔法っていうのは?」
「簡単にいえば、戦いに使うような魔法のこと。誰でも使える魔法は主に生活に使う魔法ね。火をつけたり、水を汲んだり。使える魔法の強さは人によって違うわ」
「才能……みたいな?」
「それもあるけど、一番の要因は魔力ね」
きた、魔力。
「魔法を使うには体内にある魔力を使うんだけど、魔力の量はほとんど生まれたときに決まるの。多少は伸ばせないこともないけれど、命がけとも言えるわ」
大体は俺の知っている通りだ。
魔力量を伸ばすのは多分、枯渇寸前まで使い切ることだろうな。
つまりは筋トレと似ている。
「ちなみにだけど、魔力を使い切ると死後の世界へ旅ができるって話よ」
「マジか」
マジか。
「まあ、実践あるのみよ!」
投げ出したな。メルが説明を諦めるほどってことは、今の俺は子供並みってことか……。
思ったより時間がかかりそうだな、魔王討伐。
「とりあえず、今日はもう休みましょ」
疲れたでしょう、と、俺を気遣ってくれているようだ。
「おやすみ、ユーリ」
「ああ、おやすみ」
まあ、俺は眠れそうにないんだけどな。
物語のスタートラインに立ちました。
次話もよろしくお願いいたします。




