第9話
射撃場は、広大な研究所の敷地内に屋内用と屋外用の二箇所がある。
今回未来たちが試射で使用するのは、屋外専用の射撃場だった。
研究所の正式名称はCherubim Strategy Operation Laboratoryで、臨海地区埋立地の一角に建つ巨大な複合型研究施設である。一部化学プラントや武器工場も併設され、薬品・医療系実験施設の他に爆発物試験場やヘリポートも備えたものだ。関係者間では「C-SOL」と略称がついているが、各種研究プロジェクトにかかわる者しか出入りができないため、一般にはあまりその概要が知られていない。
もっとも、兵器や毒劇物も扱うような研究所に入りたがる物好きは多くないだろう。敷地へのゲートは東西南北の四箇所あるものの、詰め所には武装した警備員が常時おり、監視の目を光らせている。また、赤外線センサーや監視カメラも他者の侵入を許さない。治安の悪化した情勢の下での危険物開発、軍事開発については、警備をどんなに厳重にしてもし過ぎるということはないのだ。
屋外用射撃場は爆発物試験場も兼ねており、ここを使用するときは半径二五〇メートル以内は試験者以外立入禁止命令が出される。
今回未来の専用装備として支給されたものは、一二.七ミリアサルトライフルと三五ミリ機関砲だったが、まずアサルトライフルの試射から行うことにしていた。
小柄な者の身長ほどもあるアサルトライフルを抱えた未来を見やり、リューが淡々と説明する。
「セミオート、フルオート、三点バーストの切替が可能になっています」
「重量はどのくらいあるの?」
「弾丸抜きで一二キロ」
「ふーん。確かにちょっと重いかもね」
リューがあまり饒舌な方ではないため、未来も自然と口数が少なくなる。
が、声は未来でも、その姿は研究室にいるときの彼女ではなかった。
未来のほっそりとした体は、全て鈍く輝く分厚い金属の装甲強化服に覆われていた。本来の身長は一六〇センチ程度と小柄な彼女だが、靴底の装甲とヘルメットのせいで、あと一〇数センチは高くなっている。身体全体で金属光沢が無いのは、僅かに隙間がある間接部分のみだ。そこもウエットスーツ状のアンダースーツで埋まっており、肌の露出箇所は一切無い。
このスーツは着用者を様々な外的要因から防護することはもちろん、基礎的な筋力の増幅と行動の補助も考慮されている。内部温度、湿度はコンピューター制御で不快さを感じることはなく、適切な濃度の酸素も送り込まれるため、ヘルメットが呼吸を妨げることもない。ただしとてつもなく重いことが欠点で、国防軍や警察での実用にはまだ遠かった。現在は戦闘用に強化されたサイボーグが着用することにまず目的を絞り、様々なテストを実施している段階である。
雲が多くも晴れている空の下、夏の終わりの陽光を受けるその姿は異形だ。一見すると着用者はとても人間には見えない。
未来がライフルをターゲットである廃車となったダンプカーへ向け、腰の位置に構えた。安全装置を外し、耳栓をつけたリューへ合図してからトリガーを引く。
耳をつんざくような破裂音がこだまし、銃口から火花が上がった。驚いた海鳥たちが、敷地内の芝生から一斉に飛び立っていく。銃弾は、目立った傷がなかったダンプカーのドアに見事な裂傷を負わせた。射入口の直径は、一五センチはあるだろうか。着弾時の音からすると反対側のドアも貫通し、その後ろに積んであったドラム缶をも貫いたようだ。この銃から身を守ろうとして車を盾にしても、全くの無駄というわけだ。
「口径が大きいだけに、威力は流石だね。反動は今までのアサルトライフルとあんまり変わらないみたいだけど」
呟くように言った未来が銃口を下ろすと、傍らのリューが口を挟んだ。
「未来にはどんなライフルだって同じですよ」
「……まあね」
心なしか、未来の声は複雑そうだ。今着用しているスーツは重量が八〇キロある。どんなに力自慢の男がいたとしても、こんなものを着ては歩くことすら不可能だ。加えて今回与えられたアサルトライフルも、歩兵用の武器ではない。重さ一二キロの銃は重すぎて一人では持ち運べないし、抱えて撃とうとすれば、屈強な兵士でも発砲時の反動と衝撃で仰向けに転倒し、肩を脱臼してしまう。
しかし未来にとってはスーツも武器も重さなど感じないも同然だし、銃器類の反動は無いに等しい。対人、対戦車を想定した戦闘訓練を受け始めてから一年ほど経つ今、未来は改めて自分がいかに人間とかけ離れた存在になってしまったかを実感することが多くなってきていた。
新しい専用装備の三五ミリ機関砲は、一昔前のイラク戦争でも使用されており、撃たれた人間を文字通り肉片にしてしまうほどの殺傷能力を持ったものだったという記録を見たことがある。
そんな兵器が今、自分専用に新たに作り出されている。右肩に装着して使用するもので、威力自体は変わらないとのことだ。
そんなものを人間に対して使いたくない、と未来は素直に思っていた。
いくら自分のために開発された武器であっても、その銃口を人に向けたくはない。本格的なサイボーグ手術を受ける前にこういった事態になることには同意したはずだったが、このままでは自分が不安に押し潰されてしまうのではないか。
そんなことをぼんやり考えているうちに、彼女はフルオートと三点バーストの試射を終えていた。標的にしていたダンプカーは無数の弾丸を浴びせられ、文字通り巨大な蜂の巣だ。もしガソリンが入ったままだったら、爆発していただろう。
聴覚は調整し並みの人間程度に戻してあったが、発砲時の凄まじい爆音もヘルメットが防いでくれ気にならなかった。発砲時の凄まじい反動も様々な火器を扱ううちにこつを掴んでおり、抑えるのは容易い。
戦闘用サイボーグたるもの、これが普通なのだろうか。
未来がぼんやりとそう考えた時、突然肩を叩かれてはっと我に返った。
「あ、ごめん。ちょっとボケてた」
試射を終えても動かない未来を訝り、リューがヘルメットを覗き込んできていたのだ。
一旦銃口を下ろして軽く手を挙げて見せた未来であったが、軽く振った頭の中は未だ逡巡を続けていた。
しかし、考えても仕方のないことだった。
便利屋をやると決めた時点から、汚れ仕事に染まることはわかっていたはずなのだ。あとは単純に、仕事をこなす度に人を傷つけることに対しての罪悪感との戦いだ。なるべく気にしないようにすれば済むことでもあるのだから。
「これからはロボットとか、私みたいなサイボーグを戦闘に導入する可能性も高いからね。これぐらいの威力がなきゃ」
小さく息を吐いた未来が弾倉が空になっていることを確認し、ダンプカーとは反対側に停めてあったトレーラーへと歩き出す。
このトレーラーは作戦時に使用することを想定して作られた巨大なもので、一通りの武器と通信装置が搭載される予定だ。C-SOLの敷地は広大なため、施設間の移動には車を使用するのが普通なのだ。
ライフルをケースに収めて入れ替えに機関砲を取り上げようとし、ふとあることに気づいた未来がリューのもとへ小走りで戻る。
「次の武器の装着方法、教えてよ」
バイザー越しにリューが口を開いたのが見えたが、ヘルメットに邪魔されて何も聞こえない。
彼女が慌てて聴力レベルを最大に引き上げた、その時だった。
彼女の強化された鼓膜に、異様な空気の振動が捉えられた。
「リュー!」
未来のスーツの中の肌が総毛立ち、反射的に鋭い声がマイクを通して上がる。
リューの前に未来が走り出るとほぼ同時に、右肩に衝撃と痛みが走り、耳障りな金属音が響いた。
「……く!」
短い呻き声を上げつつも、彼女は倒れない。
上方から飛来した銃弾はスーツの装甲を貫くことなく、僅かな凹みを作っただけだった。
先の聞き慣れないない音は、弾丸が空を切って飛来する音だった。以前、便利屋の仕事中にも聞いたことがあり、だからこそ気づくことができたのだ。
それでも通常の発砲音が聞こえてこないところから、消音器つきの銃で撃たれたのだろう。後方から狙撃されたらしいことは判別できるが、何を狙ったかまではわからない。だが、ぐずぐずしている暇はなさそうだった。
意識を背後のリューに向けた未来が、警告の声を張り上げる。
「ここじゃ危ないよ、とにかくトレーラーに……!」
そこで彼女の言葉がまた途切れた。今度はリューを背後に庇った胸の装甲に弾丸が当たり、明後日の方向へと弾かれていく。
驚きつつも、未来の陰に隠れたリューが頷いて見せる。
銃撃してきた何者かは、明らかにこちらを狙っているようだった。スーツの装甲は近距離から連続で銃弾を浴びせられなければ、ほとんどの歩兵用銃器の弾丸を防げる厚さがある。自分一人なら良かったが、今は丸腰でいるリューを何とかして守らねばならなかった。
「くそ!」
悪態をついた未来は、素早くリューを両腕に抱えてトレーラーへと走り出した。
蹴った地面が、彼女の足の重さと勢いで深くえぐれる。
トレーラーまでの距離は一〇〇メートルもなく、全力疾走すれば四秒以下で運転席に辿り着く。
その短い間、リューを完全に庇う姿勢を崩さずに、サイボーグの視線が発砲元へと飛んだ。目を凝らすとズームが繰り返され、C-SOLの敷地に隣接する倉庫群へ焦点が合わさっていく。
発砲音、弾道、弾丸の威力から計算した結果で、一番可能性が高い倉庫の屋根に視点を絞ったが、そこに人影はない。恐らく、最上階の窓の隙間から撃っているのだろう。
半秒前に未来たちが通過した地面に、再度深く小さな穴が穿たれた。
「三発目……」
ヘルメットの中で未来が呟く。
ここがC-SOLでなく対抗できる武器があれば反撃しているが、自分以外の人間がおり身を隠せる場所も心許ない以上、逃げるのが先決だ。
未来はリューとともにトレーラーの前まで辿り着くと、その陰へと頭から突っ込むように滑り込んだ。土の地面を転がって衝撃を逃し、警戒を解かないまま身を起こす。
「私が運転するから、助手席で伏せて!」
言いながら彼女は素早く運転席に登り、有無を言わさずリューを助手席へ放り込んだ。
後ろのコンテナの扉は開いたままだが、閉められないのは仕方ない。急いでキーを回してエンジンをかけ、アクセルを踏みこむ。
柔らかい土でタイヤが一瞬空回りしてトレーラーが急発車し、巨大な車体は射撃場から猛スピードで遠ざかった。そのまま、研究室がある建物を目指す。
それにしても、いきなり銃撃されるなど一体どういうことなのだろう。
意外に冷静な対処ができた自分にも驚きを覚えつつ、未来は頭の中に浮かんだ疑問をこねくり回していた。
今までこのプロジェクトで表立った活動はしていない。
自分の存在は、関係者以外に知られていないはずだ。
なのに、一体誰が何のために自分たちを狙ってきたのだろう。
もしプロの仕業だとしたら、犯人はライバル企業か、はたまたどこか外国の犯罪組織か。
疑惑とともに、窓の外を次々と研究所の建物の影が流れていく。ロボットのような異形の者がトレーラーを疾走させる姿に、研究員たちがぎょっとする様子も見て取れた。
「未来、もう少し優しくやってください」
珍しく、リューが恨みがましく呻いた。彼はまだ未来に転がされた姿勢のまま、助手席の下で四つん這いになっていたのだ。
「あ、ごめん」
未来はアクセルを踏む足を少し浮かせた。
「スーツの靴底が厚いって、つい忘れちゃうんだよ」




