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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
こころある敵対者
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第74話

「何だ?一体何が起こったんだ!」

「わかりません。未来、未来!応答してください!」

 未来とP2の両者を襲った光と音は、AWP簡易司令部でも異常事態として捉えられていた。

 生沢が視点モニターとリューとを見比べて狼狽を声に出し、リューはレシーバーのマイクに向かって叫び、未来の反応を求めている。

 視点カメラの映像は、白い光に焼かれたように画面を塗りつぶされた後は一面の砂嵐となっている。とにかく何事かが起き、二人のサイボーグがそれに巻き込まれたことだけは確かだった。

「パワードスーツ上半身のメイン装甲全体に破損!度合いは第一度三五パーセント、第二度が三七パーセント。両腕の筋力負荷軽減機能がオフになりました。右腕部分はサブ装甲及びアンダースーツも損傷が見受けられます。外部確認用視点カメラ、レンズに物理的異常!内部配線も一部疎通不可です!」

「脳波及び心音に異常、血圧も低下しました。未来は、恐らく大きな傷を負っています!」

 リューに代わって未来のパワードスーツをチェックしていた榎本、メディカルチェックモニターの数値を追う杉田が口々に告げ、司令室内には複数の警告音が鳴り響いている。

 たちまち、スコーピオンが背負うコンテナ内部は騒然となった。

「まずい、ショック症状が起きるぞ!」

 血圧が急激に下がるのは、大出血に見舞われた証拠だ。

 生沢が杉田の隣にある端末に飛びつき、必死の形相でキーボードを叩き出す。直後にその無精髭に覆われた顔が呆然と凍りつき、片手で目から上を覆った。

「……畜生、何てこった!」

「視点カメラのレンズを予備に切替完了です。断線部分は他の電源系統にて暫定復旧。映像も回復しました!」

 生沢が呻いて吐き出した声に、復旧作業を行ったリューの報告が重なった。

 視点カメラ映像が再び大型ディスプレイに映し出される。

 まだ時折砂嵐が混ざる映像にあったのは、仰向けに倒れた格好で脚を投げ出しているらしい、未来の下半身だった。

「未来、大丈夫ですか未来!お願いです、応答してください!」

 彼女のパワードスーツが煤で黒く汚れているのに気づき、必死で呼びかけ続けるリューの声は最早悲鳴に近い。

『……だ、大丈夫。何か……目の前で、爆発があったみたい』

 短い間意識を失っていたのか、未来の声は絞り出すような調子だ。同じ姿勢のままで頭を振ったらしく、安定しない映像が左右にぶれる。

 次の瞬間同じ映像に現れたのは、パワードスーツに包まれた左の掌がべったりとした赤黒い血にまみれ、毒々しい色に汚されているものだった。

『……変だよ。私……私の、右腕、ないの……腕が、ないんだよ』

 乱れた息の下で呟く未来の言葉は、吸い込み過ぎている空気に邪魔されて途切れ途切れになっていた。






 最初は何が起こったのかわからなかった。

 突然P2の下半身に太鼓を突き破るような爆音と、自動車の衝突にも似た衝撃が発生していた。

 P2の巨体は後方にあるキャンパスへ吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。

 女サイボーグは直撃を受けなかったようではあったが、彼女もまた中庭に並べられていたプランターの一つに向かって、身体を投げ出されていた。

 P2は壁に激突したため軽い脳震盪はあったが、意識は失わずに済んでいる。

 横倒しの姿勢のまま、視線を巡らせて辺りを確認してみる。幸い眼のカメラや動力、心臓や脳に影響はなかったようだった。

 しかし目の前にある煉瓦敷きの地面は一面が黒い煤で汚れ、近くにあった椅子やテーブルが薙ぎ倒されている。辺り一角はにはまだ薄い煙が漂い、その中にP2の装甲の破片や電子機器類の部品片が散乱している状態だった。

 一目では判別し難かったが、比較的大きなP3の部品もあるようだった。瞳のズームを絞り、更に成分分析用フィルタをかける。

 赤黒く、大量の血に染められた地面に転がっているそれは、三割程が有機物で構成されている。

 まるで子どもに壊された人形の部品のように、肘から先をちぎられたP3の右腕が放り出されているのだ。

 白いプランターの前で仰向けに倒れているP3は、気を失っているのか全く動かない。爆風で肘下を吹き飛ばされた生々しい右腕の傷口からは未だ大量の血が滴り、彼女のパワードスーツを濡らしていた。

『……C4は、痛かろう……これが、親に、逆らった……罰だ……』

 自分たちを襲ったものの正体を明かしたのは、前触れもなくP2の頭に響き、途切れた通信の音声だった。

 P2に胸を貫かれたはずの若松だった。

「貴様、まだ生きていたのか」

 倒れながらも怒りを声に出して呟いたP2だが、今度こそ本当に息絶えたらしい相手からの応答はない。

 若松は日々のメンテナンス作業に乗じてP2の右足大腿部にC4、つまりプラスチック爆弾を仕掛けていた。動力部近くや頭などの主要器官では気付かれる可能性があったため、仕込まなかったのだ。

 これも彼の言う「保険」の一つであり、いざと言う時にP2を従わせるための脅迫用だった。

 若松はそれを使う隙を与えられずに重傷を負わされたが、彼の執念を甘く見て即死させなかったのがP2最大の失敗であろう。

 若松は今までの時間を使って身を起こし、C4起爆装置の隠し場所まで這ってスイッチを押したのだ。

 だが、爆薬量を誤ったことは若松の最後の失敗だった。

 C4はP2の両足大腿部と腹部の装甲と内部機器を大きく抉り、配線の八割を断線させたが、強化金属製の身体を完全に停止させるには至らなかったのだ。これは、装甲部分の設計は別の研究者が担当しており、正確な強度を計算できなかったためだった。

 恐らくP3も生きている。

 戦いの決着はまだ、ついていない。

 P2は背中を預けていた建物の壁に手をつくと、辛うじてまだ命令に応えてくれている四肢に力を込め始めた。

「う……そ……何で、何でこんな……」

 下腹部の大半を抉られ、全身から黒煙を立ち昇らせながらもまだ立ち上がろうとするP2の様子を瞳に映し、未来は愕然と呟いた。

『体内のスパイダーを全部、傷口に集中させて止血する!モルヒネももう注射しておいた。お前の命は、俺たちが全力で支え切って見せる!だから頑張れ、諦めるな!』

 生沢の力強い声が、未来の耳元で響いた。

 彼は遠隔操作によるナノレベル処置法で、必死に手当てを施してくれているのだ。

 未来の残された左手は、力なく右腕の上腕部を押さえている。その下にある無惨な傷口からは未だ大量の血が滴り、パワードスーツの脇を伝って地面に赤い水溜まりを作っていた。

 P2の身体の一部を破壊するほどの爆発に至近距離で巻き込まれた未来は、全身に爆風と炎を浴びせられていた。装甲の表面には無数の深い傷が穿たれ、熱による焼け焦げからは薄い煙すら上がっている。身体を地面に打ちつけた衝撃は芯まで響き、傷を負っていない手足にも軽い痺れがあった。

 モルヒネの効果なのか、不思議と腕がちぎれた痛みはあまり感じない。しかし多くの血液を一度に失いつつあるせいで、次第に身体が冷えていくのがわかっていた。

 ここで自分は死ぬ。

 未来がぼんやりとそう感じたとき、P2が何度も立ち上がろうとしている姿にも現実感がなくなり、そこで死神が手招きしているという錯覚さえ覚えた。

『P2にも、もう攻撃する力は僅かしか残されていません。立つんです!立ち上がって、攻撃範囲内から逃げてください!』

 ようやく事が起こる前の画像分析を完了して何が起きたのかを掴んだリューが、絶叫に近い声で命令を下してくる。

「……や、だよ……もうやだ。どうして、あいつは立ち上がってくるの……嫌だよ、こんなの」

 どうして、こんなことになってまで戦い続けなければならないのか。

 未来の虚ろな黒い瞳は、地面を踏みしめて立ったP2の姿をただ映しているだけだった。

 その横に血まみれで転がっている折れたバヨネットや、ちぎれた自分の腕を見ても同じだ。事実がただ、そこに在ると言うことしか心に入ってこなかった。

 殺される悔しさも、生きることへの執念もない。

 もう駄目だ、という暗い絶望だけが理性と感情を支配していた。

 よろめきながらも一歩、また一歩と足音を響かせて近寄ってくるP2が腕を振り下ろせば、それで全てがあっけなく終わりを告げる。

 未来は首から力を抜いて目を閉じ、頭を垂れた。

『未来、意識を失えばお前は死ぬ!目を開けろ!』

『諦めれば終わりです!未来、生きるんです!』

 生沢とリューの必死の叫びが、まだ正常な機能を保っているヘルメットに篭もる。

 が、顎を上げる気力すら失くした未来には全てが虚しく、雑音のように響くだけだった。

 立ち上がれ、などと簡単に言わないで欲しかった。

 一度手か足を引きちぎられてみてから、他人に同じことが言えるかどうか試してみるといい。

 もう、このまま眠らせてくれ。

『……未来!聞こえるか?』

 暗闇に覆われつつある意識に二人分の声が混ざり合って聞こえる中、異なるそれが混ざっている。そう気づいた未来は、僅かに目を開けた。

 特殊通信に乗った、杉田の声だった。

『必ず僕たちのところへ帰ってくるって、約束したじゃないか。僕はもう二度と……大事な人と、こんな風に別れたくない』

 杉田の声は揺れている。生沢やリューの叫び声に比べれば遥かに小さく、呟くような声であった。が、脳に直接働きかけてくる特殊通信でも、慟哭を必死で堪える心の震えが伝わってくる。

『僕は、君が死んだら絶対に許さないぞ!死ぬな!生きて、必ず生きて戻って来い!』

 次の言葉は、杉田の魂の絶叫だった。

 杉田は初めてありったけの感情を爆発させて、未来へその想いをぶつけたのだ。

「杉田、先生……」

 薄く開いた未来の唇に、頬を伝った一粒の涙が流れた。

 霞んだ視界で影のように見えていたP2の姿が、はっきりと形を結んでくる。

 会いたい。

 自分を支えてくれた仲間たちに、また会いたい。

 愛しい男のもとへ、帰りたい。

 まだ、死ぬわけにはいかない。

 杉田の想いを込めた声は、死という暗く、冷たい風に煽られて消えかかっていた未来の命の灯に、再び新たな光を投げかけてくれた。

 自分には待っている人たちがいる。

 支えてくれた人たちがいる。

 彼らを裏切り、優しい笑顔を悲しみの泣き顔に挿げ替えるわけにはいかない。

 戻らなければ。

 何があっても、生きて帰らなければ!

 未来は気力を振り絞り、目を開けて眼前にまで迫ったP2の姿を仰ぎ見た。

 彼女が視線を上げてきたのを感じ取り、敵サイボーグが一言告げる。

「終わりだ、P3」

 手甲に仕込まれたナイフの刃先を向けてきたP2は、満身創痍だった。

 身体は未来以上に深い傷がつき、装甲の至るところがひび割れている。特に腹と右足は破損が酷く、色とりどりの内部配線や電子部品が剥き出しになっていた。

 そんな身体になっても、精神力のみで立ち上がってきたのだろう。その声は喘ぎを漏らす一方で、自信と満足とを感じさせた。

「お前はよく戦った。誇りに思うがいい」

 ゆっくりと、P2が折れる寸前となっている右腕の高周波振動ナイフを引く。破壊されかかった武器とはいえ、弱った未来にとどめを刺すのには充分過ぎた。

「神様、私に……私に力を……もう一度だけ、立ち上がる力を……!」

 声に出さず未来は祈り、歯を食いしばって両足と左腕に力を込めた。

 その時だった。

 P2の左脚が不意に震え、突然膝が跳ね上がった。

 彼は驚愕の表情を左半面の顔に凍りつかせ、身体を左に傾ける。

 未来は考えるよりも早く、残されていた力の全てを両脚、左手に注ぎ、地面を叩いた。

 弾丸のように跳ね起こされた身体が、肩からP2の上半身に激突する。

 痙攣発作と運動器官の損傷で不安定になっていた黒い金属の巨体は、あっけなく崩れた。

 大きく、重い身体が仰向けで地面に倒れ込む音が、辺りの空間に重低音を与える。

「あんたの、負けだよ」

 女の掠れた声とともに上から突きつけられたデザートイーグルの銃口は、正確にP2の眉間を狙っていた。


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