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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
こころある敵対者
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第73話

 彼らが息を飲んで見守る大型モニターの光景にこれと言った動きはなく、P2は右腕の刃を構えたまま動かない。

 未来は肩の力を抜き、膝を緩めて踵を軽く上げたまま、P2を睨み続けていた。バヨネットを使っての実戦はこれが初めてなだけに、動くタイミングを計りかねているのだ。

 P2が僅かに足をずらし始めているのが、金属が地面を擦る微かな音で未来に伝わる。

 来る、とバヨネットを握る手を確かめた時、P2が一気に間合いを詰めてきた。

 未来は腹に向かって突き出された巨大な刃の一撃を横に捌き、P2の右へ回り込んだ。ナイフが仕込まれた黒い腕を斬り落とそうと、バヨネットを打ち下ろす。しかし刃先は鋭く身を引いた目標を見失い、宙を斬った。

 今度は逆に、P2がアサルトライフルに取りつけられたナイフを斬り落とさんと、振り向きざまに払いを入れる。未来は身を低くしてバヨネットごと沈み込んで空振りさせ、P2の足を狙って突きを繰り出した。

 鋼鉄も斬り裂く高周波振動ナイフの刃が、P2の膝下を掠める。

 P2はその浅く傷ついた足を振り上げ、踵から銃身目掛けて叩きつけた。バヨネットを破壊しようとするP2の狙いを読み、未来は素早く刃を引き寄せて身体を横に投げ出し地面に転がった。

 完璧な受け身を取って跳ね起きた未来にP2が追いすがり、小さな頭へナイフを振り下ろす。陽光を反射する刃物をぎりぎりの距離で避け、未来は巧みに敵の側面へと滑った。しゃがんだ体勢から脚の発条をため、腕に向かって蹴りを叩き込む。

 装甲で覆われた臑に手首を打たれ、P2は弾かれるように身を引いた。その寸前、未来が更にバヨネットを懐に割り込ませて下から上へと斬り上げる。

 彼女の一撃は敵の胸甲を削ったが、反射的に半身を仰け反らせた顔に傷を負わせることはできなかった。

 両者の距離が数メートル離れ、再び武器を構え合う間が生まれる。

「やっぱり、そうそう隙はくれないか」

 弾む息の下で、未来が低く呟いた。

 今の打ち合いでP2に手傷を負わせてはいるものの、どれも装甲に傷をつけただけでありダメージを与えたとは言えない。

 バヨネットを用いている分リーチの長さ、攻撃力が強化され、以前よりもやりやすくなってはいる。

 だが、この戦いは幾つもの点で通常の格闘戦と異なっていた。バヨネットは本来ならば先端のナイフで突く、斬る、突撃銃本体の台尻で殴りつける、銃身を用い相手の攻撃を止める、と言った様々な使い方ができる便利な武器だ。

 そして最も威力が高いのは刺突であり、腕でも脚でも突けるところを突く。それに続いて使えるのが重い銃身を利用した殴打で、これは身体の前に翳して防御にも転じさせることができる。

 しかし、四肢に痛みを感じず血も流さないP2には急所以外の攻撃に意味はないし、厚い装甲に覆われている胴体は、根本までナイフを突き刺しても急所に刃が届くかどうか定かではない。

 更に厄介なことに、彼の金属製の身体には殴打を加えても全く威力が期待できないどころか、逆に銃身が耐えられずに折れる可能性すらあった。

 そして高周波振動ナイフは堅固な装甲にも有効な武器であることから、銃身を防御用として利用することは避けねばならない。攻撃を止められるとしても、ただの一度切りだろう。銃身を破壊されてリーチが縮まるリスクを、避けるに越したことはない。

 よって、自ずと戦い方は限られてくる。

 狙うのは頭への刺突か首への斬撃による一撃必殺か、手首や足首を斬り落として動きを止め、とどめを刺すかの三択だ。

 そして、如何にして相手に攻撃箇所を読まれないようにするかが要となるだろう。

 バヨネットによる格闘では、勢いがあるほうが勝つ。武器自体の頑丈さにおいてもP2の手甲大型ナイフに劣ることから、あまり長引かせるべきではない。

 そう判断して構え直した未来が距離を詰めた。

 足の裏を地面につけたまま、じりじりと動かしていた脚に貯めていた力を一気に解放して、瞬時にP2を攻撃範囲に捉える。動きの鈍い腹を目掛け、彼女は矢継ぎ早に三度の刺突を繰り出した。

 俊敏さでは敵に劣るP2だが、空気をも貫く速さで突き出された刃先を何とかかわした。最後の一撃をかわしざまにバヨネットを奪い取ろうと、伸ばされた銃身を狙い両手で鷲掴みにしようとする。すんでのところで引かれたバヨネットに彼の金属の指は追いつかず、宙を掴んだ。

 その大きな隙に未来がP2の背後に回り、がら空きになっている側頭部を斬りつけようと振りかぶる。

 しかし、彼女は刃を打ち込む寸前、弾かれたように敵から遠ざかった。

『どうしたんです、未来。反撃の……』

 通信機越しに言いかけていたリューの声が途切れ、息を飲む音がヘルメットの中に篭もる。それには司令室のパワードスーツチェック用端末から上がる、けたたましい警告音が混ざっていた。 

『メイン及びサブ装甲腹部右側面に破損。一部断線が発生した影響で、筋力負荷軽減機能が一部オフになりました。アンダースーツに傷はないようですが、大丈夫ですか?』

「大丈夫。でも、抜かったよ」

 未来は右脇腹に走る鈍い痛みに呻き、リューの緊張した音声に応答した。

 丁度肋骨の下に当たる部分のパワードスーツに、長さ一五センチほどの裂け目のような斬り傷がついていた。表面の鈍い光沢がある青いチタンは刃に無惨に削がれて、装甲内部の細やかな配線と電子部品が露出している。

 P2の右側から斬りかかろうとしたとき、未来は彼の手甲大型ナイフはとっさに向きを変えられない弱点を突いたつもりで、自らの防御は考えていなかった。敵のナイフは手の甲を覆う、手首に固定されたタイプだったのだ。

 しかしP2は肘を身体の外側に九十度以上曲げ、更に手の甲を下に向けるという考えられない異常な腕の角度から、側面の未来に打ち込みを喰らわせたのである。

 未来の反応も常軌を逸した鋭さで、反射的に攻撃と同じ方向へ跳んで衝撃を殺していた。

「よくかわした。だが、お互いただの人間ではあるまい?既成概念は捨てるのだな」

 不意打ちから最小限のダメージで身を守った未来に、P2が賞賛混じりで言い放つ。

「くっそ……こっちがやっと痙攣発作が治まったってのに、やっぱ厳しいや」

『骨や内臓に異常はないようだな。肉体の傷に関して遠隔でできる限りの対処はするから、何かあったらすぐに教えろよ』

「了解。それを聞いてちょっと安心したよ」

 ひどく久しぶりに聞こえた気のする生沢の声が、未来に僅かばかりの安堵感をもたらしてくる。

 彼はスーツ内蔵のメディカルチェッカーの数値全てを確認してくれたのだろう。未来はなるべく脇腹に残る鈍痛を意識しないようにして頷くと、目を細めてP2を睨んだ。

 今回の出撃では未来の体内に大量のスパイダーを注射で投入し、負傷しても止血程度の処置がすぐできるようになっている。また、スーツの中には痛みによるショック症状用として、モルヒネの注入装置も備わっていた。

 できれば緊急メディカルシステムの世話になりたくはないが、P2の息の根を止めるのが目的のこの戦闘で、そう甘いことも言っていられないだろう。

『しかし、P2には芸の細かい改造が加えられていますね。まさか全身がそうなっているとは思えないですが……』

「それはないでしょ。戦いながら確かめればいいよ!」

 リューが言うが早いか、未来は呼吸が落ち着くや否や走り出した。

 彼女の耳には、表情こそは動いていないものの、P2の左脚が痙攣発作に足が震えている軋んだ音が届いていたのだ。発作が発生する周期が不明のため、今が大ダメージを与えるチャンスかも知れない。

 再突撃する未来の姿勢は微妙に傾き、左脚はやや引きずられるような重さを伴っていた。

『どうしたんだ?未来のもう発作は治まってるはずなのに!』

 視点カメラの不安定に揺れる映像に発作時の特徴を見つけ、杉田医師の嘆いている声が耳元のスピーカーから響いてくる。

「作戦だよ。いいから、黙って見てて!」

 脳機器のプログラム不具合を治した本人である杉田を諌めようとして、未来はぴしゃりと言い放っていた。

 彼女は痙攣発作があったときそのままの走り方をしており、それに杉田がいち早く気づいたのである。勿論、実際に痙攣は出ておらず、あくまでP2と同じ状況であると思わせるための演技だ。

 仕掛けてきた未来に対して、P2も動いた。彼も敵の移動する方向に合わせて、側面に回られないよう弧を描くように身体を滑らせていく。

 二人のサイボーグ戦士は中庭の中央から次第に端へ寄っていき、秋の穏やかな陽光がキャンパスの壁にその影の端を届かせている。その間も、P2の左脚から上がる小刻みな金属の振動音は変わっていない。

 未来は杉田や生沢たちに詳しくは教えていなかったが、痙攣発作にはある特徴があることを掴んでいた。小刻みに脚が震えるときは、必ず一度は膝が大きく跳ね上がるときがある。彼女はその時を待つために、敢えて発作がまだあるように動いてP2の油断を誘っていたのだ。

 お互い左脚が上手く使えないとなれば、自然と攻撃は弱点たる左半身へと集中することとなる。

 未来はバヨネットが届くぎりぎりの距離から、P2の首へ刺突を繰り出した。ぎらつく刃が黒い金属に覆われた喉へ迫るが、彼は難なく刃先にナイフを合わせて打ち下ろした。

 しかし未来はそのまま勢いを緩めず、下へ向かう衝撃を利用して胴を狙った突きへと変化させた。打ち下ろしたことが災いし、バヨネットがP2の脇腹へ刃を擦らせる。

 先に脇腹に一撃を喰らわされたお返しだった。

 普通ならば、バヨネットから身を遠ざけようとして身を引くだろう。

 が、あろうことか、P2は更に一歩踏み込んできた。

 逆に驚いた未来が判断に迷い、力加減をコントロールできなかった一瞬のうちに、彼は銃身を左脇にがっちりと挟み込んだ。

「なっ……!」

 大きな瞳を見開いた未来は、足を踏ん張ってその場に留まったP2に抑え込まれる格好となる。バヨネットを抱えた彼女の両腕は瞬時にほどけず、身動きが取れない。

 青いヘルメットに覆われた小さな頭に、巨大な高周波振動ナイフの一撃が無慈悲に襲いかかる。

 その刃が空を斬ったと気づくのに、やはりP2も一瞬の時間を要した。

 敵の女サイボーグが彼の腕に組みつき、全体重を預けてぶら下がったのだ。思いもよらない重量に、身体のバランスが崩れる。

 未来は身体を宙に浮かせた体勢で身体を丸め、渾身の力を込めた両足蹴りをP2の腹へ放った。

 鈍く、硬質の半身を打ち据える打撃音が響く。凄まじいまでの衝撃は、P2の僅かな内臓にまで及んでいた。これにはたまらず、息を詰まらせてバヨネットを捕らえた腕が緩む。

 すかさずバヨネットをもぎ取った未来は一度地面を蹴り、ほんの僅かな隙を突く格好でP2の背後へと回り込んだ。

 その際に宙へと跳び上がり、黒く広い背中へ強烈な後ろ蹴りを見舞う。敵サイボーグの背を踏み台代わりにした未来は、そのまま勢いをつけて地面に飛び込み、受け身を取って距離を保つに至った。

「くっ……」

 P2が呻いて、未来の方を振り返る。

 跳ね起きて構え直した未来の耳には、もう金属の軋みが聞こえてこない。

 あのままバヨネットを奪い取られるか破壊されているかすれば、勝負の行方は明らかだった。危険から脱出した未来の素肌に、今更のように冷や汗がどっと湧いてくる。

 咄嗟に思いついた逃れ方に救われたが、僅かに顔の左半面をしかめているP2の様子から、思ったよりもダメージが大きいことが見て取れた。

 もしかすると、内側への衝撃を受け慣れていないのではないのか。

 ならば刺突は最後のとどめとして残しておき、打撃主体の攻撃に切り替えるべきだ。

 新たな活路を見出した未来は、もう一度P2目掛けて突っ込んでいった。

 発作は治まったらしい今は、P2を欺くために遠慮する必要がない。これからいくらでも、新しい戦い方を見つけていけば勝てる気さえする。

 彼女は携えたバヨネットを斜めに構えてP2の前に躍り出た。

 刹那。

 二人の間に白い閃光の谷間が現れ、爆発音を辺りに撒き散らした。

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