第65話
敵の女サイボーグの肢体を間違いなく砕く筈だった小さな弾が破壊したのは、目標より数百メートル先のトンネル内壁だった。
分厚いコンクリートが卵の殻のように容易く、しかし瓦礫の雪崩を伴って大きく破られた様子がズームアップされたP2の視界に広がる。トンネルの崩落音が響いてくるまで、数秒はかかる距離だった。
「避けたか。悪運も天性の強さのようだな」
自身の身長を超える砲身を右腕ごと下げて、P2は呟いた。あと〇・一秒でも動くのが遅ければ、P3はレールガンで胴体を砕かれ、五臓六腑を撒き散らし絶命は必至だっただろう。
わざと外した外での射撃とは違う本気の狙撃だったが、失敗したという後悔の念はP2を襲ってこない。むしろ、好敵手の存在を改めて認識した、奇妙な充足感がある。
狙いすました音速の二十倍以上で飛来する弾丸を数百メートルの距離で回避できることは、非常に確率が低い。ほとんど奇跡だと言って差し支えはないだろう。
それだけ彼女が生き残る運命に好かれている証拠なのだ。
だからこそ、自分が全てをかけて戦いを挑むに相応しい相手だ。
『感心してる場合か、この能なしが!』
P2が殆ど表情を変えないのと対照的に、彼の耳を打った若松の罵声は通信機を通しても怒りにまみれているのがわかるほどだった。
レールガン専用の弾丸があと一発しかないことに、焦りを感じているのだろう。若松はもともとこの武器の主要開発担当者だったたけに、一撃必殺にこだわるのだ。
『早く距離を取って、エネルギーをチャージしろ。奴を一発で破壊できるチャンスがあと一度しかないことは、馬鹿なお前でも充分に……おい、何をする。聞こえないのか!』
続けて怒鳴る若松のことなど意にも介せず、P2はあろうことか銃身の固定用レバーを全て解除し、レールガンを装着されていた右腕から完全に外した。
「聞いている。これ以上のレールガンの使用は無意味だ」
言うが早いか、P2はトンネル壁面に向かって取り外したレールガンを投げ捨てた。叩きつけられた黒い合金の塊が重い響きを立てるより早く、傍らのガトリング砲を掴んで装着する。
足を踏み出したP2の視界には、待避スペースから這い出てきたP3が立ち上がり、アサルトライフルを構える姿が捉えられていた。敵である彼女の視界カメラにも、こちらが走り出した様子は映し出されているだろう。
このように互いの位置が目で確認でき、走れば十数秒で接触する距離においては、レールガンを使う意味はない。エネルギーがゼロで、チャージせねば発射できないのであれば尚更だ。身を隠す場所もないリニア新幹線のトンネル内では、エネルギーチャージの間ずっと敵前に無防備な身体を晒し続けることになりかねない。
『多少のリスクを犯しても、レールガンで攻撃するメリットは大きい。ダメージはガトリング砲の何倍になると……』
若松は耳障りなほど通信でがなり続けているが、頭でっかちの子どもも同然な素人の作戦など最早知ったことではない。状況を自分で判断して作戦を立てるよう、方向転換を図るべきだった。
「もう一度言う。レールガンを使う意味はない」
呟くように、だが冷静に言い放ったP2は、敵のアサルトライフルからバースト発射された巨大な弾丸数発を横に跳んで避けた。
弾幕を張るのであれば、圧倒的に分があるのはガトリング砲だ。
P2は宿敵と相見えてから初めて、ガトリング砲に束ねられた六つの銃身全てを解放した。
高速で回転する銃口が撃ち出す弾が一つの線、面となり、容赦なく未来の細い身体に殺到する。彼女は直線で飛来する弾丸の群を跳躍で以てかわし、トンネルの内壁を蹴りつけて鋭く着地した。
屈んだ低い姿勢からすぐさま横に跳び、アサルトライフルを握り直す。
ヘルメットの中で低く、未来は叫んだ。
「あいつ、レールガンを捨てたよ。これより接近戦!」
『了解。監視ロボットや援護用の自動攻撃装置らしいものは、この周囲に見当たりません。あとは敵を破壊するまで攻撃あるのみです』
トンネル内の近隣を調べ終えたらしいリューの言葉に、走り続ける未来は頷いた。
P2は、長距離射撃用の絶大な破壊力を持つ武器を捨てた。
武器の威力に頼らず、使い慣れたそれで挑んでくるつもりなのだ。本気だと思っていいだろう。
P2の装甲は未来を上回っており、先にビルの中で十数発被弾している未来は、明らかに強度の面では不利だった。加えて、アサルトライフルので一度に発砲できる弾丸数は、ガトリング砲の足元にも及ばない。
しかし機動性にはこちらに分があり、攪乱用の武装も豊富な上、味方からの支援もすぐに受けられる。戦い方を誤らなければ、勝機を掃き溜めに捨てるような事態にはならないはずだ。
それにP2がレールガンを捨てた以上、もう通常の戦闘と変わりはない。
未来の身体を支配しかけていた戦慄は抜け、今は他のことを感情から排除できるほどの闘志が駆け巡っている。
接近し合う武装した二人のサイボーグは、今や百メートルという近距離に迫った。
彼らのカメラを介した視界に、金属の身体がはっきりと映り込む。
未来は腰に構えたアサルトライフルを、P2目掛けてバースト発射した。
疾走しながらの射撃であるにもかかわらず、三発ずつの線となった巨大な弾丸が恐ろしく正確にP2の黒き姿に迫る。
その死を運ぶ線を見切って身を翻し天井に向けて跳躍したP2は、空中から返礼のガトリング砲を浴びせた。先刻発砲した数倍の数を誇る鉛弾が、走り続ける影を縫い未来を追う。
未来はその間も敵影から目を離さない。彼女はズームアップされた視界にいる空中のP2が、発砲の反動で体勢を崩したのを見逃さなかった。
彼女はすかさず走る足を止め、アサルトライフルをフルオートに切り替えて巨大な鎧姿へ撃ち込んだ。
そのはずだったが、突如襲った左脚の脱力感に軸をずらされ、身体ごと狙いを外す羽目となる。未来の放った全弾が、P2の後方に広がる闇へと吸い込まれていった。
「……ふん、なかなか考えてるじゃない」
悪態と賞賛をない交ぜにして、未来は呟いた。
痙攣発作は同じタイミングでP2にも現れていた筈だが、状況次第ではそれも利用できる一因だ。
P2は、いつ起こるかわからない痙攣で体勢を崩すよりも、脚を地面に触れない空中で発砲する方がまだましだと判断したのだ。
実験や調査の為の大規模な設備を持たない若松では、痙攣発作の原因を突き止めるのは不可能に近い筈だ。早くこちらで発作を抑え、有利な方向に持ち込む必要がある。
自身の不調まで戦闘条件に織り込めるほど作戦的思考に頭を切り替えている未来は、事務的な通信を杉田に向けていた。
「杉田先生、まだ痙攣を抑える処理は終わらないの?」
『杉田は今プログラムと格闘中だ。まだもう少しかかるようだな』
作業中の杉田に代わり、通信に応えたのは生沢だ。
まだ時折跳ね上がる左脚に気を留めつつ、未来は再度トンネル内壁を後ろ足で蹴り走り出した。
「もう少しって、どのぐらい?」
『済まん、俺には見当がつかん。今はあいつにも声をかけられる状態じゃねえ。隙を見つけたら何とか聞き出す』
生沢の口調はばつが悪そうだ。
きっと杉田は、必死の思いでプログラムを修正してくれているのだろう。今のところは信じて待つ他はない。
未来は、ジャンプを繰り返し攪乱を狙ってくるP2に銃口を向け続けながら生沢に返した。
「杉田先生に伝えて。信じて待ってるからって!」
今一度発砲した彼女言葉の終わりは、低い叫び声になっている。
発作の残っている脚では、思うように駆け足の速度も伸びなかった。
P2は安定しない空中にいる時間が長いはずなのに、未来の放った弾丸は一発も彼の黒い巨体を掠めることなく、全てその移動後の空間へ飲まれてしまう。やはり足場が震え、銃口の位置に微妙なずれが生じているのだ。
P2はと言えば特に焦りを表情に見せる様子もなく、平然と未来の移動する方向へ見越しでガトリング砲を撃ち込んでくる。彼は元軍人であるだけに、体調が万全でないときの戦闘など嫌というほどくぐり抜けてきているのだろう。
その経験の差は埋めようがない。
それならば、通常の戦い方では考えつかないような戦法で相手の不意を突くしかない。
未来がアサルトライフルに装填されているグレードランチャーで、閃光手榴弾を続けて浴びせようと考えたそのときだ。
左脚を脱力感が襲った上、腿が意思に反して跳ね上がった。
「きゃっ!」
短い悲鳴を上げて青い鎧姿がバランスを崩し、上半身を投げ出す格好で無様に倒れ込む。
すかさず、敵のばら撒いた弾丸が彼女に降り注いだ。
「くっ!」
パワードスーツの表面に大量の鉛弾が弾かれる高い跳弾音と、低い呻きとが重なる。P2が撃ち込んだガトリング砲は、狙い定めたフルオートの一点集中砲撃だった。
未来はコンクリートのトンネル底を滑るように転倒しつつも、咄嗟に身体を縮めて装甲が厚い脚部を盾とする防御姿勢を取っていた。
が、装甲はガトリング砲のフルオート射撃に長時間は耐えられる設計では、到底ありえる筈がない。両脚に鈍い衝撃が断続的に響き、パワードスーツが悲鳴を上げているのもわかる。
右脚から金属板が砕ける音が上がったのと同時に、未来は何とか空いている片手を地面に叩きつけて跳ねるように起き上がった。
『パワードスーツに破損。右の膝下部分、メイン及びサブ装甲が連続被弾により破砕しました。アンダースーツの脹脛部分にも傷が生じています』
リューの鋭い警告がヘルメット内に篭り、未来が即座に応答する。
「大丈夫。右脚は全然痛くないから」
『それはいいです。でもまた右足にあんな攻撃を食らったら、今度こそ膝から下がなくなりますよ』
皮肉にも聞こえるリューの第二声を流し、未来は右脚を強く踏み下ろした。
幸い擦り傷程度の怪我らしく、小指の長さほど露出した皮膚に空気の流れは感じるが、痛みは殆どない。そのまま勢いをつけてブレーキをかけ、後ろへと跳び退る。
一瞬遅れて、彼女が転倒した際に立てた埃の中へとガトリング砲の砲弾が立て続けに消えた。
「……あれ?」
未来は霍乱するべくグレネードランチャーのセンサー式トリガーに指を伸ばしたが、P2の姿が視界から消えたことに気がつき声を上げた。先にパワードスーツに損傷を与え、更なる打撃を重ねる好機の筈が不可解だった。
反射的に金属センサーフィルタをオンにし、百メートル程度先のトンネル内をスキャンする。同時に聴覚の感度を最大にまで引き上げた。
金属センサーの視界に紫色の光で浮き上がる人影は見受けられなかったが、重い金属の塊がコンクリートを打つ音が連なっており、徐々に遠ざかっていくのがわかる。
「P2がいなくなったみたい。何で?どこかに隠れてるような様子もないし」
困惑した様子で、未来がリューに助けを求めた。
『一時撤退したようですね』
あっさりとリューは答えてくれたが、未来は余計に戸惑ったように構えたアサルトライフルの銃口を下ろした。
「そりゃ、遠くなる足音みたいな音はするけど。撤退って……どうして?」
『恐らく弾切れでしょう。ガトリング砲をあれだけフルオートで撃てば当然です。我々の予想通りこのトンネル内に彼等のアジトがあるのだとすれば、そこへ向かう可能性は高いですよ』
確かに、弾切れを起こしたのなら補充しに行くのが普通だ。運が良ければ、今回の騒動の元の人物である若松を押さえられるかも知れない。
「了解。とにかく後を追ってみるよ。偵察ロボットたちもよろしく」
リューの言葉に冷静さを取り戻した未来は、ジュラルミン製バックパック側面の窪みにあるセンサーに触れた。予備のマガジンが、バックパックの底からシュッという音と共に未来の掌へ押し出されてくる。
その小さな摩擦音に、今まで退避スペースに隠れていた二台のキャタピラロボットたちが這い出てくるときに立てる、がちゃがちゃという機械音が重なった。
手早くマガジンを交換し終えた未来は彼らを従えて、P2が姿を消したと思しきトンネルの奥へと駆け出した。




