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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
こころある敵対者
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第64話

 未来は陽動での機関砲発砲の後、路地裏に待機していた支援ロボットと合流して弾薬補給を済ませていた。アサルトライフルに付属するグレネードランチャーには、同じく補充した各種手榴弾も装填してある。これにはスタングレネードと閃光弾を追加してあり、攪乱に使うつもりだ。

 現在位置は、地下鉄九段下駅に降りる階段の途中だった。

 駅の地上出入口に下りていたシャッターを事前に入手済だったパスコードで開け、トンネル同士が狭い連絡口で繋がった箇所に近い、駅の構内へと侵入したのだ。今日の立入禁止命令は電車も対象になっており、命令が解除されるまではその区間が運行休止となっている。

『敵の様子はどうですか?』

「今のところ何もないよ。人間らしい呼吸音もないし、簡易レーダーと熱反応も特に異常なし。ドブネズミくらいしかいないみたい」

 リューは未来が見ているものを司令部のモニターで共有しているが、それでも得られる情報は逐次、得ようとする癖がある。高性能暗視スコープを通した彼女の視界ははっきりしており、今進んでいる真っ暗に近い地下階段の内部も、蛍光灯に煌々と照らされたAWP棟内部と同じように見渡せた。

 未来はようやく敵のアジトに近いと思われる、リニア新幹線の地下トンネルにほど近い場所まで到達しようとしていた。

 閉ざされた地下鉄駅には当然、時折ぼんやりと灯って見える頼りなげな非常灯を除き光はない。

 普段はサラリーマンや学生でごった返している場所だけに、無音の暗闇は不気味さを煽っていた。暗視スコープのお陰で普段と変わりなく動けるとは言っても、未来も生身のままではあまり迷い込みたくないという印象がある場所だ。

「耳の感度上げてなかったら、静かさで耳が痛くなりそうだよ。若松も、よくこんなとこに隠れてられるもんだね」

 墨を流したように黒い空間で呟きながら、未来は停止している自動改札機の間をくぐり抜けてホームへと更に階段を下っていく。

 彼女の耳には換気扇を空気がごうごうと流れていく音と、ネズミの足音らしいごく小さな音しか届かない。こんな場所には、普通の人間は数分と耐えられないだろう。

 未来の重い金属の脚が石の階段をごんごんと踏んでいく音が、地底の奥を横へと伸びているトンネルの中に吸い込まれていく。

 それに彼女の前後五メートルの位置にい二台のロボットの、ごく小さな駆動音も重なっていた。

 大きさは五〇センチ角、高さは三〇センチもない黒い偵察用のキャタピラロボットだ。彼らはある程度目星をつけた目的地を遠隔操作で指定してやると、あとは勝手に障害物をよけて進むし、小型カメラでの画像も逐一送ってきてくれる。

 また、五〇キロ程度までの貨物搭載が可能なため、手榴弾やマガジンを未来に届けることも彼らの役目の一つとなっていた。細かいキャタピラの脚を器用に操り路面のでこぼこや段差を乗り越える様は、機械なのにやけに健気に見える。

 駅の階段もそのうちの一台が先行して下り、やがて東西線のホームへと出た。二台のロボットを引き連れた未来はそのまま最後尾まで移動し、粗末なアルミのゲートを開けて線路に下りる。

 排水パイプの隙間や古びたタイル壁のひびから漏れる汚水がレールの下に貯まったごみに滴り、湿った音を立てているのがわかった。水分でぐちゃぐちゃになった雑誌や新聞、黴だらけの食べ物やたばこの吸い殻、巨大なネズミの死体が折り重なった線路の側は、強烈な悪臭が漂っているのだろう。

 吸気フィルターを通した空気には何の臭いもないが、未来は思わずヘルメットの中で顔をしかめた。

『このトンネルは東西線ですけど、少し行ったところにリニア新幹線のトンネルへの侵入経路があります。とりあえず、偵察ロボットの後をついて行ってください』

 粘りのある汚水がパワードスーツの足を濡らすことに相変わらず不快そうな顔をしている未来へ、リューからの声が届いた。司令部に地下からでも視点カメラの映像が届き、通信にも不自由しないのは、後ろにいる偵察ロボットが小型の中継装置を一定間隔で設置してくれているからだ。

「待ち伏せされてる可能性は?」

『トンネルの枝道は無数にありますが、恐らく彼らはそれを熟知している筈です。センサーの感度は全て最大にしておいてください』

「了解。罠の可能性も考慮して進むよ」

 未来は先導役のキャタピラロボットを目で追いながら、湿ったトンネルのコンクリート壁に身を寄せて進行方向を覗いた。

 地下鉄トンネルの内径は、五メートルはあるだろうか。ここは駅の構内と違って数メートルの間隔で蛍光灯が常時点灯しており、遠く東京都外までその白い光の点は連なっている。

 戦うのに充分な明るさと広さがあるが、未来の右肩には地上で使用していた三五ミリ機関砲は装着されていなかった。

 機関砲は確かに殺傷力が高い武器だが、地下鉄線路内で使用するとトンネル全体の崩落を招く恐れがあるため、持参しないという判断をリューが下していた。加えて、トンネル内部では接近戦となる確率が極めて高い。そんな状況下では発射速度が遅く巨大な機関砲は、邪魔にしかならないのだ。

 未来はリューの指示通り、先を行くキャタピラロボットに従って足を進めていたが、先と変わらず空気が流れる音と小動物の足音しかしない。金属探知のフィルターにも罠らしい針金は見えず、本当にここが若松のアジトに近い場所なのかと疑いたくなる。この無防備さは、至る所にブービートラップが仕掛けられていたニュータウン総合病院廃墟と対照的だ。

 キャタピラロボットの密やかな駆動音を追いかける未来に、リューから先を指示する通信が入った。

『キャタピラロボットが止まったところが、係員用の通路の入口になってます。そこを抜ければ、リニア新幹線のトンネルです。今開けますから、充分に注意してください』

「了解」

 汚れた壁沿いを進んでいたキャタピラロボットは、リューが話し終わると同時に停止していた。そのすぐ横に、金属の扉があるのがわかる。未来がドア脇へ走り込んでアサルトライフルを構えると同時にロックが解除され、ドアが左にスライドした。

 ドアの内側に鋭く銃口を向け、蒼い鎧姿が素早く視線を巡らせる。

 中は至って簡素なつくりだった。土を掘り、コンクリートと鉄筋で頑丈に補強された数十メートル程度の縦穴を、工事現場の足組みのような金属の螺旋階段が貫いている。

 中には、やはり罠や人の気配も物音もない。

 リニア新幹線は在来線よりも更に深い位置を通っており、トンネルの内径も大きい。故に、縦穴の深さも相当なものとなる。

 キャタピラロボットが再び動き出し、薄明るい階段へとがちゃがちゃ音を立てながら入っていく。足元に罠があれば彼が検知してくれるため、未来はそれより上に注意を払って階段へと足を踏み入れた。

 ざっと見渡したところでは高い位置にワイヤーはないし、特殊なセンサーが埋め込まれてもいないようだ。

 未来とロボットたちが階段を降りる金属音だけが、空気の流れる低い音に混ざる。何かに邪魔されることなく彼らが縦穴の最深部へ下り立つと、リューの声がやや、硬くなっていた。

『そのドアの向こうが、リニア新幹線のトンネルです。いいですか?』

「了解、スタンバイ」

 縦穴の底に立ち、出口に当たる自動ドアの脇に身を寄せた未来が、アサルトライフルの銃身を下げて膝を緩めた。

 遠隔操作で開かれたドアが横に開くと同時に、その隙間へ銃口をねじ込むように構える。

 何の異常もないことを確認し、未来は偵察ロボットの後ろから身体を中へと滑り込ませた。

 今まで聞こえていた空気の流れる音が一気にしぼみ、ここが大きな空間であることを嫌でも彼女に感じさせた。

 リニア新幹線のトンネル内径は、十メートルはあるだろうか。その内側にいざ入り込んでみると、何もない空間に自分一人が放り出されたような気がして不安になるほどだ。未来がいるのと反対側の壁は、東西線の倍は遠いように思われる。

 トンネルの底には在来線のようなレールは敷いていないが、それはここが未完成の路線だからではない。リニア新幹線ではレール代わりのコイルが壁と床に埋め込まれ、強力な磁力を以って車体を浮かせて進む。そのコイルは表に出す必要もなく、このトンネルの利用が最終的に決定してから再び工事をし、取り付けることになっていた。

 よって、トンネルの底に目立った凹凸はなく歩きやすいが、床に隠れる場所は皆無だ。

 代わりに今未来が通ってきたタイプと同じと思われる通路へ通じる扉が、百メートル程度の間を空けて作られていた。そして閉ざされた扉の間には、小さめのトンネルが飛び飛びに複数穿たれている。恐らく工事機材を運搬する車両用のトンネルだろう。

 丸い天井のトンネルには、光源が足元の非常灯と工事用の明かりしかない。これらは数メートル毎に壁面に取り付けられているものの、とても全体を照らすのには足りていなかった。

 辛うじて光の点が列をなし、どちらの方向にトンネルが伸びているのかが判る程度で、暗視フィルターがなければまっすぐに歩くことも叶わないだろう。

 一通り周囲を確認し終えた未来の足元で、カメラがついた首をくるくる回していた偵察ロボットが、左へと移動し始めた。

『前方に何かいます!』

 と、未来がその後に続いて踏み出したのと、リューが警告の叫びを発したのがほぼ同時だった。偵察ロボットの動きをモニターしていた司令部が、その反応をとらえたのだ。

『前方右二二度、高さは五〇センチ程度。微弱な電波を発しています』

「……あっちの偵察ロボットだね。爆発物や迎撃システムを積んだりはしてないみたいだけど」

 再度リューからの通信を受けて前方をズームで確認した未来は、あくまで落ち着いている。

 五十メートル程度先の緊急待避スペースらしい窪みに、こちらのキャタピラロボットとほぼ同型の黒いそれが息を潜めているようだった。壁の中に窪んだスペースの縁から、直径数センチのカメラをつけたアームがひょっこりと覗いているのが窺える。

 年のために更に奥の方へズームを絞ってみると、同じようにカメラのアームを伸ばしたロボットが複数設置されているのが確認できた。

「一台だけじゃないみたい。ここから見えるだけでも、あと二台はいるよ」

『困りましたね。下手に発砲したら、射撃音でこちらの位置が確実に割れてしまいます』

「……あんまり困ってるように聞こえないんだけど。トンネルは音が反響するから、普通よりかは場所がわかり辛いと思うよ。それに、あっちのカメラで私の姿が見えてるなら、どういう手段を取ろうと同じことでしょ」

 リューの普段と同じ口調に返す未来も、あまり重さは感じさせない。やはり、変わらないやや間延びした調子でリューが言い返す。

『失敬な、本当に困ってますよ。顔を見せたいくらいですが、まあその通りですね。どう進んでいくか、方法は貴女にお任せしますよ』

「じゃあ、ここから先は偵察ロボットの片方をなるべく先行させて。あっちの偵察機を片っ端から壊すことにするから」

 言うが早いか未来は片膝を落とし、アサルトライフルを肩の位置にまで持ち上げて狙撃姿勢を取った。しゃがみ撃ちで狙える角度としては敵本体の位置がぎりぎりだが、一二・七ミリアサルトライフルの威力なら、充分に一撃で破壊できるはずだ。

 リューが未来の言葉を受け、大橋か榎本に指示を出したのだろう。先を行っていた偵察ロボットがキャタピラの速度を上げ、壁に沿って走り出していく。

 その密やかな音を合図にして、未来は敵の偵察機に狙いを定めたアサルトライフルのトリガーを絞った。

 巨大な弾丸が緊急避難スペースの縁を抉り、箱型偵察ロボットが細いアームの下にある心臓部を正確に撃ち抜かれて吹き飛ぶ。未来が無数の破片が宙に舞い散るのを確認すると同時に、デザートイーグルの十倍はある発砲音が閉鎖空間の闇を震わせた。

「よし、次!」

 一・五メートルある大型突撃銃を下ろした未来が呟いた。単純な機能しか持たない偵察ロボットとは言え、作業できるのが若松一人では、そう数は作れないはずだ。

『次はそこから三百メートル、右の待避所です』

「了解」

 先行させた偵察ロボットの足と検知能力は驚くほど早く、次の目標位置を確認したリューの音声がすぐさま未来へ飛んでくる。彼女は立ち上がって指示された地点を確認したが、今度は立っていても敵ロボットが狙える角度にない。

 未来は走り出し、数十メートルの短距離で急ブレーキをかけたように踏みとどまった。立ち止まりざま、前方に突き出された銃口が火を吹く。

 今一度、百メートル以上は先の窪地に隠れていた同型のロボットが、無慈悲な弾を浴びて粉砕された。閉ざされた暗闇に硝煙とオイルの臭いが撒き散らされ、雷鳴の轟きのような音の塊が空気を重く叩く。

『見事で……は……ちらから、……すが……意……さ……』

「え、何?全然聞こえないけど」

 リューから疾走する未来へ次の指示を寄越してきたであろう音声だったが、急に通信状態が悪化したようだった。高く低く耳障りな酷いノイズが邪魔して、肝心の内容がほとんど聞き取れない。

 そればかりではなくバイザーの隅に控えた簡易レーダーも、辺り一帯を帯状の敵が囲んでいるかのような異常反応を、千々に乱れた波で示していた。

 音声のノイズはますます酷くなり、砂嵐に似た雑音は耐え難いほどだ。

 これまで、通信機器とレーダーとが一度におかしくなることは一度もなかった。両方とも電波を利用している機器だったが、相当に強力な磁場の乱れでも生じていない限り、あり得ない現象だ。

 磁場の乱れは、電磁波の乱れということだ。

 確か、レールガンの発射時は膨大な電力を必要とするため、その周囲にある電波にも多大な影響を及ぼすはずだ。

『レールガンの弱点は、ゼロの状態から次弾発射までのエネルギーチャージに最低九十秒はかかるということです。それはつまり、連射がきかないということ。そして、近距離にこちらがいた場合は電子機器の動作にも影響を及ぼすので、気づきやすいということで……』

 今は切れ切れにしか聞こえないリューの声が、以前聞いた説明と重なって未来の脳裏にリピートされる。

 本能的な危険信号を察知した運動神経が、まっすぐに走っていた未来の身体を破壊された敵ロボットの残骸が転がる待避スペースへと突き飛ばした。

 コンクリートの窪みに飛び込んだ未来の鼓膜が空気の壁を破る爆音につん裂かれそうになったのは、パワードスーツの肩先が勢い余って避難スペースの壁に衝突したときだった。

 紛れもない、レールガンの発射音だ。

 未来の頭を一瞬の空白が支配した後に、全身が震えるような戦慄がよぎった。


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