第63話
銃を一旦収めたP2は、ビルの非常階段から五階へ上がり、廊下を一気に突っ切って、ビルの反対側に位置を入れ替えていた。右手に固定したガトリング砲の弾数を確かめ、念のためにリロードしておく。
この火器は拳銃弾の中でも大きめの弾丸を用いているだけあり、予備の弾もかなりの重さと体積があった。
『おい、あの場から動くなと言っただろう!あそこにいた腰抜けを人質に取れば、簡単にP3を始末できたと言うのに』
「そんなやり方で勝つのは本意ではない。焦らずとも、機会はまだあるだろう」
リロードが終わったガトリング砲を白いボード壁の陰で構えるP2の耳に若松の怒声が響くが、彼は感情を表す様子はない。しかし、言っていることは以前より明らかに若松の指示に対して反抗の色が強まっている。
若松はP2の設計から改造、武器の製作までをほぼ一人でやってのけた天才だ。確かに奇跡の頭脳と腕の持ち主だとは言えるだろうが、それだけに過剰な自意識も常に身に纏ってもいた。
殊に戦いに関しても例外ではなく、自分の作戦は完璧だと自信を持っている。今回の戦闘についても、この期に及んで全貌を実行者であるP2に明かそうとはしない。
生粋の軍人だったP2から見れば、若松は素人もいいところだ。いくら優れた銃を持っていても、それが海や空での戦闘全てに役立つわけではないのと同じことなのだ。
若松はP2をほぼ不死身の身体に仕立て上げてくれた恩人であり、飽くなき強さに憧憬を抱いていたP2は、彼に感謝もしている。
だが、P3つまり未来を抹殺するという共通した目的はあるものの、そこへ至る手段については両者の間に大きな溝が生まれつつあった。
若松に、P2の意見を聞き入れるつもりはないだろう。逆もまた然りで、味方同士で意識のずれが生じているのは大きな弱点であり、敵には決して知られないようにせねばならない。
『とにかく、民間人がいるこのビルの中はこちらに有利なんだからな。例えP3が外に出たとしても、ここを爆破する素振りでも見せれば、必ず戻ってくる。奴の最大の武器は、お前を上回る機動性だ。それを発揮させなければ……』
そこでP2の視線が動いた。階下からガラスが割れた鋭い音が上がり、次いで床を蹴る重く、鈍い足音が聴覚に引っかかったのだ。
更に耳を澄ますと、P3のものらしい足音が外の道路を走っていく様子も聞き取れた。が、その走り方は先までのような、歩数を最小限に抑えた跳躍に近いものではない。それも、路地ではなく広い道路の真ん中を全力疾走しているようだった。
あからさまに罠の臭いがする移動の仕方だ。
「P3がビルの外に出たようだが、走り方が不自然だ。良からぬことを思いついたようだな」
『ふん、それならこのビルにまた引きずり戻せばいいだけだ。一般人を一人捕まえておけ』
そのようなやり方で勝つのは本意ではないと言ったばかりなのに、この男はもうそんなことも忘れたのか?
P2が頭に浮かんだことをそのまま口走りそうになったその時だった。
銃声と表現するには大きすぎる爆音が、至近距離と言っていい空間で炸裂した。
特殊通信は言語のみしか相手に伝えられない故、若松はまだ気づいていない。P2が手近な窓際に走り、音源へと瞳のズームを絞る。
百メートル程度左前方に、茶色の小さなビルが他のマンションや雑居ビルの隙間から姿を覗かせている。
その屋上にあるのは、P3が機関砲の一発を撃ち終えた直後であろう姿であった。まだ射撃を続けるのか、彼女は右肩に背負った機関砲のグリップを握ったままで前傾姿勢を崩さない。
あんな目立つ場所から大型火器を使用するなど、不自然極まりない。P2は左の眉根を寄せた。
「私が最初に射撃したビルを撃ったようだな」
『ちっ、P3め!レールガンを破壊するつもりか』
敵が狙いをつけている方向を一目見るなり、意図を察した若松が舌打ちした。
「放っておくがいい。レールガンがなくても、私は奴と充分戦えるのだからな」
『馬鹿言え!ガトリング砲とナイフだけで、P3の息の根を確実に止められる保証はない。すぐにレールガンを確保しろ』
レールガンはターゲットまで充分な距離があり、且つこちらの存在を気取られていない時にこそ一撃必殺の真価を発揮する兵器だ。東京都心のような遮蔽物が多い街中で、P3のように素早く動く的に対しては、それこそ無駄撃ちにしか使えない可能性が高い。
それがP2の正直な考えであったが、あくまでその威力に執着する若松は、レールガンを捨てさせるつもりはないのだ。
『レールガンは次の作戦でも必要な武器だ。早く行け!』
「ほう。まだ何か考えているのか」
『当たり前だ。お前が最初の射撃に失敗していなければ、今頃大月が泣きべそをかいていたに違いなかったものを!全く、出来が悪い息子を持つと苦労する』
意外そうな口振りのP2と対照的に、若松の語調は早く荒い。
主の機嫌が悪くなろうが気にも留めないが、P2は次の作戦とやらには興味があった。
「了解した。レールガンの回収に向かう」
P2の黒き身体が脚をたわめ、再度窓を突き破って跳躍する。階下に伸びるアスファルトに降り注ぐガラス片が煌めき、光の線をビルの影に射った。
機関砲が雷鳴の如き発射音を東京の中心に再び轟かせたのと、ほぼ同時であった。
『P2がビルから出てきたよ。うまくいったみたい』
「流石ですね。あんな一瞬で、見事な作戦です」
P2が動きを見せたことを音で確認した未来はやや安堵したかのようだったが、すぐさま機関砲の銃身を跳ね上げて立ち上がり、こぢんまりとしたビルの屋上から飛び降りた。
心から彼女の奇策に感心したリューも、間を置かず冷静な眼差しを視点モニターの画面に戻す。
『でも、レールガンを壊せたかどうかはちょっとわかんないや。とにかく、次の作戦に移るよ』
「P2を民間人から遠ざけられれば充分ですよ。キャタピラロボットの座標は、そこから北に三三、西へ五七。各種グレネードと予備のマガジンを、二台に分けて搭載しました。マガジンをバックパックに装填したら、そちらは偵察用として先行させます」
『了解。こっちも本来の目的地に向かう』
リューの情報に頷いた未来が駆け出し、モニターに映し出された視界が流れていく。
P2が未来を追跡してくる気配はない。レールガンを回収した後に交戦するつもりなのだろう。
未来が視界に捉えて記録した映像の中のP2は、最初の狙撃地点から移動する際にレールガンを携えていなかった。リューにそのことを確認した未来は、とっさに先の高層ビルの屋上に向けて機関砲を撃ち込む策に出たのだ。
狙い通りP2は武器を回収に向かい、こちらが本来の目的としていた地下への移動時間もできた。先に若松を拘束できれば、これ以上の破壊行為はしなくて済むだろう。
もっとも、若松を拘束するには余程上手くやらねば、却って犠牲を増やしかねない。そのために万全を期した状態で行動する必要があったが、未来の身体は必ずしもベストの状態だとは言えなかった。
スコーピオンで未来の身体状況をモニタリングする杉田の目は、いつになく厳しい。
つい先刻も発症した、脚部の痙攣が気がかりなのだ。
「未来の身体の方はどうだ?」
「ガトリング砲で撃たれたダメージはゼロです。しかし……」
後ろに立つ生沢に声をかけられた杉田が、言葉の終わりを濁す。
「棘波か。戦闘が始まってから、既に何度か出ているようだな」
杉田が厳しい表情で頷く様子が、脳波モニターの白い画面ウインドウに映り込んでいる。
彼が向かっているノートパソコンのプラズマ画面には、人間の形が描かれた図が他のウインドウにも表示されており、そこに様々な色で大小の数字が重なっている。知識がない者が見てもさっぱりわからない図だが、これは未来の身体の状態をリアルタイムで教えてくれる、重要なシステムの一部だ。
作戦用トレーラーに乗り込んでいる二人の医師は、大橋や榎本の横にある端末で未来の身体状態を確認しているところだった。
スコーピオンはチェックポイントである北の丸公園に無事到着し、武道館の駐車場に停車していた。国防省にもほど近いこの緑溢れる公園は、今回の作戦の司令部を置く場所としても最適だ。幹線道路にほぼ直結しており、いざという時にはすぐに軍からの支援も受けられる。
AWPの最高責任者である大月も、スコーピオンの同乗こそしていなかったが、国防省で戦闘の行方を見守っているはずだった。
「スコーピオンから研究室。例の解析結果はまだ出ないか?」
杉田が左耳に差し込んだ片耳タイプのレシーバーから、AWPの研究室へ呼びかける。十数秒間ほど何かをこするような雑音が響いた後に、若い男の声が答えた。
『解析の結果が出ましたよ』
「え……本当か!」
意外な助手の一人の返答に、杉田の声がうわずった。その反応を見て内容を悟ったのだろう、生沢が杉田の背を肘でつつく。
すぐさま、杉田は端末の音声出力を外部スピーカーに切り替えた。
『ええ。原因は……』
そこで唐突に、助手の声が途切れた。スピーカーの音量を調整しても、何も聞こえてこない。
「おい、どうした?聞こえないぞ。おーい」
「棘波だ」
レシーバーのマイクを口許に寄せる杉田の傍らに立つ生沢が、ノートパソコンの脳波モニターを確認する。
「大丈夫ですか、未来?」
『平気。大したことはないよ』
生沢がリューと未来の会話に、眉根を寄せて振り向く。
大型ディスプレイに映し出されている未来の視点モニターの景色が、傾いたものからまっすぐなそれに戻った。左脚の痙攣に、彼女の身体は安定感を失っていたのだ。
そこへ、助手からの音声がレシーバーを通して杉田の耳に戻ってきた。
『……なんて、意外でした』
「肝心なところが何も聞こえなかったぞ。何だって?」
杉田がマイクに向かって急かすように口調を早めると、共同研究室の助手はちょっとむっとしたように同じ内容を繰り返した。
『ですから、太陽の黒点から発生する電磁波ですよ。今通信が途切れたようですけど、それも同じ原因でしょうね』
「黒点?」
そうか、と思わず杉田は大きく頷いていた。
黒点は太陽の表面で発生する現象で、他よりも温度が低くなっている部分である。これは強烈な磁場が原因で発生するものだが、その凄まじさは宇宙空間を越えて成空圏を飛行する人工衛星やスペースシャトル、それより遙か遠くにある地表の電子機器にまで影響を及ぼすほどだ。
これまでの調査で、電磁波の長短による様々な刺激をSNSAで一つ一つシミュレーションしていくという、気の遠くなるような作業を続けてきていた。
それが今、ようやく実を結んだのだ。
「やったじゃねえか。すぐに未来に知らせてやれ」
杉田へと振り向いた生沢が、にやりとして後輩医師の痩せた肩を叩く。杉田も嬉しそうに頷いたところへ、再び助手の音声がスピーカーから割り込んだ。
『それからもう一つ報告ですが、やはりSNSAは脳内物質のバランスにも悪影響を与えていたらしいことが判明しました。こちらも杉田先生の睨んだ通りでしたよ』
「そうか……ありがとう、よくやってくれたね。僕らがそっちに戻ったら、研究室のみんなで飲みにでも行こう」
『もちろん奢りですよね?是非、大盤振る舞いしてください。楽しみにしてますよ』
「ああ。生沢先生が喜んで資金提供してくれるそうだから」
「おいこら、杉田!」
生沢の抗議を助手に届けずに、杉田は端末のブラウザを閉じてAWP棟との通信は終了した。
「お前なぁ、人の金だと思って……」
「まあ、たまにはいいじゃないですか。未来にも早く一報を入れて、プログラムの修正とアップロードに取りかかりますから」
髪に指を突っ込んで掻きむしる生沢だったがその声は明るく、返す杉田からも笑顔がこぼれていた。
緊張で張り詰めていた司令室の空気が、少しだけ軽くなる。
「未来、僕だ。聞こえるか?」
通信相手を未来へと切り替えた杉田の声はしかし、再度緊張を帯びていた。
SNSA誤作動の原因はわかったが、まだプログラム修正という最後の仕事が残っている。それが無事に終わるまでは、気を抜くわけにはいかない。
何せ、アップデート後の動作テストもしない荒療法だ。不安は残る。
しかし、幾度も修正個所を見直し、ほぼ正常動作が保証できるパターンを考えられるだけ作っておいたのだ。ここで失敗するわけにはいかない。
未来が安心して戦いを挑めるようにできるのは、自分しかいないのだから。
何としても、彼女を安心させてやりたい。
レシーバー越しに分析結果を伝える杉田の声には、強い思いが込められていた。
「……本当にそれで痙攣が治るの?」
だが、一通りの説明を聞いた未来の声には不安さが滲み出ているようだった。
『ああ、間違いないよ。でもプログラムの修正が完全に終わるまで、三十分はかかる。申し訳ないけど、それまで何とか持ちこたえていてくれ』
「了解。お願いするよ、先生」
続けて低く応えた未来は、小刻みに震え続けている左足から右足に重心を移してアサルトライフルを腰の位置に持ち直し、聴覚の感度を引き上げた。
こんにちわ。作者の日吉舞です。
最近読者の方から銃の設定について質問をいただきましたので、こちらで回答したいと思います。
内容は「12.7mmなのにアサルトライフル?この場合は30kgクラスの重機関銃(12.7mm)が適切なのでは?」というものです。
未来の主力武器である12.7ミリアサルトライフルについてですね。
えー、こちらは現代でも実在する兵器である対物ライフルが元ネタです。
参考ページは以下。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E7%89%A9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%AB
この設定は詳しい友人に意見してもらって決めました。こいつは車両の外壁を打ち抜いて人間を狙う場合などに用いられるものだそうで、現代ではとても抱えて扱えるような代物ではありません。普通は固定して使用するものだとか。
FPSの傑作「コール・オブ・デューティ4」でも、宿敵ザカエフの右腕を奪った狙撃銃として、50口径の大型ライフルが登場しましたね。
本作品は近未来のSFなので、これがもうちょっと進化してアサルトライフルとして使えるようになっている……という設定になっております。ただ、もちろんこれも人間には当然扱えるものではなく、パワードスーツを着用したサイボーグしか使用できない銃です。未来ですら、生身の状態ではちゃんと撃てるかどうかは怪しいところですね(笑)。
こういった細かいところまで読んでいただけるのは嬉しいですし、作者冥利に尽きると思います。
どんな内容でも構いませんので、是非感想や評価をお寄せくださいね。
お待ちしております!




