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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
こころある敵対者
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第61話

『この距離でレールガンを外すとは、一体何事だ?お前の射撃の命中精度が、達人クラスのスナイパーの何倍あると思ってる!』

「コリオリ力を考慮に入れなかったのが失敗だったようだな」

『脳の八割が機械のお前が、そんな単純なことも忘れるのか』

「私とて、脳の全てが機械ではない。間違いくらいある。外してしまったものを今更喚いても仕方あるまい」

 九段坂上交差点脇の高層ビル屋上から、敵の拠点であるトレーラーに対するレールガンの狙撃を外したP2に対し、若松の怒声が飛ぶ。

 レールガンが発射した超高速の弾丸は車体を掠ることさえせず、後方のアスファルトを深く抉り、砂埃舞うクレーターを作ったのみという無様な結果に終わっていた。

 P2の返答には動揺も反省の色もない。ただ、淡々と事実を伝えるだけだ。

 彼は若松の指示通り、敵であるAWP一味が乗ったトレーラーを所定位置からレールガンで狙撃した。が、故意にぎりぎりのところで狙いを外したのだ。

 実際、P2は敵の移動拠点を本気で破壊する気などない。

 そのようなあっけない幕切れは期待していなかったし、戦闘の素人である若松の指示に、ただただ従うだけの気も持ち合わせていなかった。後継機でかつ自分の分身とも言えるP3とは、自分の意志を最優先にして挑むつもりなのだ。

 それでも若松の作戦にある程度従っているのは、ただの義理だった。

 そんなP2の肚などしる由もない若松が、苛立ちをそのまま声にして通信機越しにぶつけてくる。

『くそ、作戦を次の段階に移すぞ。P3がトレーラーから出た形跡はあるか?』

「トレーラーは一旦停車していたが、その時に何かを下ろしていた様子はない。今はまた動き出している。この距離からだと、私のセンサーではそれ以上のことは確認できん」

『連中もこちらから仕掛けたことには当然、気づいているはずだ。必ず反撃してくるだろう』

 忌々しげに舌打ちしてから、若松は毒吐きを一旦止めた。

 彼はP2の視界をアジトのモニターで共有し、会話は特殊通信で自由にしているが、眼に仕込まれたセンサーの画像まで確認できないことにまた舌打ちを漏らしていた。

 今のところAWPのトレーラーは大通りではなく、車幅に対して明らかに狭い道を選んで進んでいるようだった。

 P2のいる位置が高い為、どの道を通ってくるかは手に取るようにわかるが、ビルの陰に隠れる時間も短くはない。もう少し距離が近ければ細かい様子まで確認できるものの、それでは探知能力の高い新型サイボーグにはたちまち発見されてしまうだろう。

 先手を外した上、圧倒的に有利な立場に立った訳でもないこの状況に苛立った若松の聴覚を、今度は耳障りな雑音が刺激してくる。その音にふと空を見上げたP2は、黒く小さな影を視界の隅に留めた。

『おい、今見えたあれは何だ?』

 上空を飛ぶ小さくも歪な姿があったのを、視界を共有している若松が見咎める。

「小型の軍用ヘリのようだ。私のデータベースにあの型の機体はないが、多分新しいバージョンだろう。少し前から、この付近を旋回している」

 P2が先刻からこちらの様子を伺い続けているようなヘリに視線を合わせ、ズームを絞って答えた。 ヘリはやかましいローターの騒音を無人の都心に響かせつつ、灰色のビルの谷間を見下ろしながら飛んでいる。

『国防軍の最新型偵察機か、大月の差し金だろうな。腹のカメラがこっちを睨んでやがる。お前の位置が割れてる可能性もある』

 ネットを検索して調べたのだろう、忌々しげに若松が呟いた。

 P2は四十階建てのビルの屋上におり、給水タンクの裏に身を隠してはいる。しかし一度位置を把握されてしまった以上、その追跡から逃れるのは困難だ。加えて、敵の拠点にその情報が逐一送られている可能性も高い。

 若松は考えるまでもない結論を出し、命令を下した。

『あのうるさい蝿を始末しろ。方法は任せる』

「……了解」

 一秒ほどの間を置いて、P2は応えた。

 右腕に装着したレールガンのエネルギーチャージを中断し、傍らに立てかけてあった七・六二ミリガトリング砲を掴み上げる。これはレールガンよりは小さいとは言っても、全長二メートル、重量二十キロ弱という大きさの銃身を持っている。

 その人間が抱えて扱える筈もない重火器が左手に構えられ、約二百メートルの上空へと狙いが定められた。

 P2の黒い指がトリガーを引く。

 六つの銃身が僅かに回転して火を吹き、二発の銃弾が正確にアンドロメダのローターをとらえた。







『アンドロメダが撃たれたよ!あのままじゃ、爆発するかも知れない!』

 慌てた未来の声が、スピーカーから指令室に響いた。彼女には二発分の、殆ど繋がった銃声がはっきりと聞き取れたのだ。

 未来が出撃し、僅か十数秒の後に起こったことだ。

 アンドロメダはガトリング砲を正確にローターへ叩き込まれ、完全に制御を失った状態だった。指令室の奥に設置された一番大きなプラズマモニターに、未来の視点カメラを通した映像が生々しく映し出されている。

 そこには、煙と火花を上げる機体が回転しながら急激に高度を落とし、ふらふらと力尽きていく様子がはっきりと見えていた。破壊されたローターが立てる甲高い音が、悲鳴さながらだ。

『アンドロメダよりスコーピオンへ!敵の銃撃により、後部ローターを破損した。これ以上の飛行は不可能だ。乗員は脱出準備に入る!』

「スコーピオン、了解!カシオペアへ至急支援を要請する。負傷者はいるか?」

『乗員は無傷だが、パラシュートを使うには高度が低い。救護班も要請しておいてくれ』

「橋本軍曹、カシオペアへ回収班と救護班の要請を」

 アンドロメダのパイロットと榎本のやりとりを聞いていたリューが頷き、橋本へ指示を出す。カシオペアは、立入禁止区域の周辺警備を担う地上部隊のコードネームだ。

『目的地変更。アンドロメダ乗員の救助に向かう』

 その時、未来の視点カメラが動いてその中の景色が流れ出した。彼女が走り出したのだ。

「駄目です、止まってください!」

 鋭いリューの命令に、未来は思わず足を止めたようだった。うろたえた様子で、モニターの景色がガラス張りのテナントや街路樹、広い道路の間をさまよう。

『けど、パイロットを見殺しにはできないよ!』

「彼等なら脱出準備に入ってます。応援も要請しました。大丈夫、あの落ち方なら誰も死にはしません。いいですか、貴女の役目はP2の破壊です。本来の任務を第一に考えてください。それ以外の突発的なトラブルは、我々が引き受けます」

 司令官であるリューの強い言葉に、反論できる余地はない。

『……了解。指示に変更なしとして、作戦を継続します』

 未来が落ち着いて返すと、リューも多数あるレーダーの画面の一つを見つめながら頷いた。

 未だヘリが高度を下げ続けて落ちていく騒音は響いているが、自分たちの役目に重きを置いて行動せねばならないのだ。その冷静さと潔く判断できる意志の強さが、リューと未来の二人に共通する戦士としての才能だった。

 非常時においても全く乱れなかった元軍人の青年の声が、次の命令を女戦士へと下す。

「今現在、未来とP2の距離は約千メートルです。その位置から狙撃できますか?」

『やってみるよ。目標の正確な座標を教えて』

 未来は道路脇に並ぶビルに身を寄せたようだ。右肩に装着された機関砲の銃口が下ろされたらしく、視点モニターに黒い銃身が突き出ている。そこへ重なるように、送られた緑色の座標の数値が表示された。

「右五二度、直線距離で一〇四四メートル。高低差は一七八」

『……ここからじゃ、目的のビルが見えないみたい。もう少し高所に移動するよ。目標が元の位置から動いた可能性はある?』

「近隣にあれ以上高い建造物はありませんし、未来が単独行動に出たことも気づかれていないはずですから、動いてない可能性の方が高いですね」

『了解。次弾が来る前に何とかするよ』

 送られてきた緻密な数字に応えて、未来はビルの隙間に当たる路地の奥へ素早く入った。一歩足を踏み下ろす度にアスファルトを鈍器で打つような重い音が響くが、アンドロメダのローター音に隠れてくれるだろう。

 彼女は街路樹や洒落たショーウインドウを備えたカフェ、オフィスビルの間を蒼き風の如く駆け抜ける。勢いをつけて走る金属の身体が、一際強く道路を蹴りつけて五階建てのビルの屋上へと飛び上がった。

 更にそこでジャンプを重ねて跳躍する。未来は最終的に地上二十数メートル上に渡してある、真新しい二つのオフィスビルを結ぶ空中通路の上へと着地した。

 片膝をついた未来が、ビルの隙間から前方を見据える。丁度その先で、問題の高層ビルがすっきりと澄み渡った青空へ向かってそびえていた。

 すぐさま、瞳と視点カメラのズームを連動させて最大まで絞る。

 そこには忘れることのできない黒い鎧のAWP実験第弍号体、P2の立ち姿があった。

 レールガン発射の反動に備えているのか、前傾姿勢で両足を踏ん張っていることまでわかる。

 最初にそれを確認した未来の手足に、痺れにも似た感覚が走った。

「目標を発見。これより機関砲発射準備に入る」

『スコーピオン、了解。目標はそちらに全く気づいていないようですね。今のうちに頼みます』

 事務的に低く呟いた自身の言葉も、応答してくれたリューの言葉も、未来にはどことなく現実感が感じられなくなってきていた。右肩に装着された機関砲のグリップを握る右手さえ、他人のもののようだ。

 これで本当にいいの?

 あいつを殺すのが、本当にいいことなの?

 彼女の頭にふと浮かんだのは、笑いたくなるぐらい単純な疑問だった。

 最大限にズームアップされた敵サイボーグの横顔は、まっすぐで無機質な視線を前方にのみ集中させている。こちらに気づいている素振りは全くない。

 考えてみれば、未来が完全な作戦に沿って動き、敵を倒すのはこれが初めてであった。

 対テロ、対組織犯罪の訓練を積んできたのに、大規模な作戦展開の最初の敵が自分と同じサイボーグとは、何という皮肉なのだろう。

 P2は若松の命令に従って戦っているだけだ。

 私利私欲の為に犯罪を犯したり、人殺しを楽しんだりする歪んだ精神の持ち主ではない。

 余計なことは考えない、生き残ることだけに執着しようと決心を固めていた未来であったが、ひとたび湧き上がってきた心のしこりは、集中を乱すばかりになっていた。

 --馬鹿げている。

 こんなことで迷いを感じるなど、許されていいことではないはずだ。

 理想は若松を生け捕りにしてP2を捕捉、未来と同じ役目を与えて従わせることだが、理想をこのような現実に持ち込むこと自体がおかしい。理想を実現させるためには、必ず犠牲が必要になるのだ。

 自分こそ、母の理想を叶えるための犠牲になりかかっていたではないか!

『未来、どうかしましたか?』

 ヘルメットの内部にセットされたスピーカーから響いたリューの声に、未来は我に返った。

「ごめん、何でもない。スコーピオンはそのまま走り続けてて」

 未来は再びP2に視線を合わせ直した。

 そう、今ここでP2を倒すのをためらえば、犠牲になるのは仲間たちだ。

 何を迷う必要があろうか。

 戻ってきた現実感にやや安堵して、彼女は機関砲側面にある短いグリップを再び握った。

 対戦車用である三五ミリ機関砲に装填可能な弾丸は、二種類ある。

 ひとつが着弾時に爆発し周辺にまで爆風や炎を叩きつけ、広範囲の殺傷力を持つ炸裂弾。もうひとつが強固な装甲を打ち抜くための貫通力に重点を置いた貫通弾だ。今装填されているのは後者の方で、威力の割には周辺への被害を少なくできる利点がある。

 その分だけ正確な射撃が要求されるが、群を抜いた視力と正確無比な行動が可能なサイボーグが扱うには、まさにうってつけだった。

 P2に照準を据える未来の視点、手元にぶれは殆どない。

 対戦車用の貫通弾をまともに食らえば、未来をも上回る装甲の持ち主であるP2も、確実に身体を粉砕される。

 その現実に、未来は決して眼を背けてはならない。

 自らの手で消した命のことを忘れてはならない。

 それが生き残った者の務めであり、永遠に逃れられない業だ。罪として彼らの命を背負って生きるのが、修羅の道に身体を捧げた自分の宿命だった。

 短く息を吐いた未来の金属の指先が、グリップ内側にあるセンサーに触れる。

 一五〇キロの重量を誇る武装サイボーグの全身が空中に投げ出されるほどの衝撃を、機関砲がお構いなしにぶちまけた。訓練で幾度となく襲われた凄まじい反動を、屈んだ姿勢の未来は僅かに半身を震わせただけでしっかりと抑え込む。

 しかし、同時に響いた発砲時の爆音を受け止めた身体が視覚として捕らえたのは、着弾前にP2の姿がズームアップされた範囲から消えたという事実だ。

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