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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
変わりゆく距離
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第55話

 レールガンに装填する弾丸は、パチンコ玉よりも小さな球だ。三メートルある銃身に対して、これが本当に最新工学の粋を集めた弾丸であるとは思えないほどだ。P2は手も本来の大きさよりかなり大きく作り変えられているが、その中にある弾は黒い金属板に置かれた砂粒のように見える。

 レールガン発射時に発生する空気摩擦で、既存兵器に使用されているような金属の弾丸ではその熱に負けて燃え尽きてしまう。

 この弾丸はレールガンに合わせて開発された新素材で、強靭な物質だ。質感はセラミックに似ているが遥かに軽く、極めて高い耐熱性を持っている。空気中を秒速八千メートルで飛来する摩擦熱に耐え、初速を落とさずにターゲットを貫く優秀なものだったが、欠点は製造に莫大なコストがかかることだ。若松が持っている地下の設備では複製は不可能、AWP脱出時に持ち出せたのも僅かに作られた数発分のみだった。

「弾丸は、今渡したものを入れて四発しかない。試射で使えるのはそいつだけだ」

 金属の掌に転がした弾を眺めるP2に若松は勿体ぶった調子で説明すると、地下に穿たれた巨大な空間であるトンネルの暗がりにその声がこだました。

 若松とP2は、レールガンの試射をアジトのすぐ側であるリニア新幹線のトンネルで行おうとしていた。五年前の逃亡時には正常な稼動が確認されていた武器ではあったが、それ以来一度も撃ったことがない。実戦に備え、最低限の確認は必須だった。

「このトンネル内に、ターゲット用のロボットを置いてきた。大きさはお前の頭くらいで、稼動は上下左右と前後にも動くやつだ。数値はランダムに設定してあるから、どんな風に動いてるか俺にも予測がつかん。そいつを狙ってみろ。お前の性能なら、試射の一発で十分に仕留められるだろう?」

 頷くと、P2が弾丸をレールガンに装填した。

 レールガンは、電位差がある二本の伝導体製のレール間に電流を通す伝導体を弾体として挟み、この弾体上の電流とレールの電流に発生する磁場の相互作用によって、弾体を加速して発射する武器である。右腕に装着するものだが支えはなく、使用者は全重量を腕のみで支えねばならない。

 フォルムは銃というよりも、銃口が不自然に細い大砲という印象だ。重量は三メートルを超える全長に相応しく百キロ以上で、音速の二十倍を超える弾を撃ち出す際の反動も想像を絶する。たとえ大人の男が十人束になって撃ったとしても弾き飛ばされるであろうことは、想像に難くない。人間にはまず扱えない武器だ。

 P2の専用装備として開発されたレールガン最大の欠点は、凄まじい威力に比例するエネルギーを必要とすることだったが、これは外部から電力を常時投入することで解消を図っている。故に、発電システムを体内に持つサイボーグにしか扱えない武器であるとも言えるものだった。

 P2が黒光りするレールガンを担ぐように持ち上げて右腕に装着し、腰を落とした体勢で足を踏ん張って構えた。

 そのまま自身の身体を電気の源とし、エネルギーをレールガンにチャージする。

 強大なエネルギーが集中するのを感じ取ったのか、傍らの若松が唇を歪ませ、アジトの扉を開けて中に細い身体を滑り込ませる。

 その姿を確認してから、P2は銃身のスコープを覗いて安全装置を外した。C-SOL襲撃以来ほとんど使っていなかった聴力センサーを最大限まで引き上げて、ターゲットの稼動音を探る。

 ほどなく不規則な金属の響きが捉えられ、銃身の方向を調整してズームを絞る。

 スコープの狭い視界の中に、見張用のそれと同じタイプのロボットの影が現れた。ランダムな稼動を設定してあるせいで、半径三十メートルの範囲を強弱をつけて走ったり、キャタピラと本体の間に仕込まれたスプリングで飛び上がったり、ちょこまかと動き回っている。

 アジトに近いトンネルの空間は数百メートルに及ぶ直線の区間で、その間に遮蔽物はないに等しい。長距離の射撃には、こちらが圧倒的に有利な環境だと言えるだろう。

「……この射撃だけで終わってしまうような敵でもあるまい」

 P2が低く呟き、トリガーを引いた。

 レールガンの銃口から光が暖色の迸り、スコープの中を跳ねていた小さなロボットが砕け散る。

 その後で、落雷数個分を集めたかと思わせるほどの破裂音がトンネル内に轟いた。

 弾速が通常の火器と段違いであるが故に、発射音と衝撃が空気を叩くのよりも早くターゲットが破壊されたのだ。

 同時に、P2の二五〇キロある機械の全身を乱暴に宙へ放り出すほどの反動が襲う。彼はそれを左半面の表情一つ変えずに押さえ込み、レールガンを構えた腕を僅かに上へ反らせただけだった。

 その光景をP2の視点確認用モニターで共有していたのであろう、若松の薄い唇からほう、と感心したような息が漏れたのが通信機越しに聞こえた。

『見事だな、本当に一発で命中させたか。今まで試射もしていなかった兵器の割に、稼動には問題がないようだが……撃ってみた感触はどうだ?』

「弾丸の軌道は照準から外れていないし、弾速も鈍っていない。実戦時に三発分しか使用できないことが、いささか重大だ」

 特殊通信越しの若松の声は得意げだが、P2のそれは醒めたものであった。

 トリガーから指を離して銃身を下ろしたP2が、破壊されたロボットの残骸が散らばる地点へ視線を合わせズームを絞る。空気の壁をも突き破る弾丸に貫かれたロボットは文字通り粉微塵に砕け散っており、黒い金属の無残な骸を晒していた。

 頑丈なパワードスーツに身を包んだP3も、レールガンの直撃を受ければ身体はバラバラに破壊されるであろうことは想像に難くなかった。

『そいつは個人用の武器として、最高の破壊力があるからな。P3に掠る程度でも、動きを止めるのに充分なダメージは与えられる。弱ったP3にとどめを刺すくらい、容易いことだろう?』

「私も最初はそう考えたが、奴は予想以上に手強い敵だ。窮地に追い詰められれば、逆に奴の生存本能を刺激して逆転される可能性が高くなる。安全策を狙うなら、遠距離の銃撃戦で決着をつけるべきだと思うが」

 若松の言葉に返したP2の声に軽い皮肉が込もり、左半面にある眉を僅かに動かしていた。

『銃撃戦で決着がつこうがつくまいが、最終的にはお前が必ず勝つ。断言してもいい』

「何故、そう言い切ることができる?P3の総合的な性能が私より上であることは、お前のほうがよく知っているはずではないか」

 そこで、若松の声が荒くなった。

『俺にも決戦に備えてそれなりの準備がある。余計な詮索はするな。俺の準備ができるまで、アジト近辺にいろ。トンネルの外へは絶対に出るんじゃないぞ』

「では私は、接近戦に備えてこのまま訓練を続けていよう」

 特殊通信は、P2の意思で切断することはできない。若松の方から特殊通信の回線を切断し、専用レシーバーを自席のデスクに置いた。

「……ふん。P3の破壊は、もう決定されたことだ。必ず実現させる」

 呟いた若松の視線の先には、P2が眠っていたタンクの横に置かれたグレーの小さな金属製ボンベがある。数日前、闇ルートで手に入れた最強とも言える武器だ。

 以前のP2ならば、この武器の存在と使用方法を明らかにしても何の反応も示さなかっただろう。

 しかし、P3と出会ってからのP2は、人間としての感情を取り戻しかけているように見える。ボンベに入ったあるものはP2の勝利を約束するための切り札とも言えるものであるが、今の彼がその使用に対して首を縦に振るとは思えなかった。

 若松がAWPから連れ出した頃のP2は冷静沈着で、個人の利益より全体の利益を優先するタイプだった。

 感情を表にあまり出さず、生き物を手にかけることにも無頓着。思考パターンも機械的でよりロボットに近いものであった。そして何より全体の利益、不利益を第一に考えるため、作戦の遂行のために多数の一般市民を巻き込むことも厭わなかった。

 その融通の利かなさが廃棄処分となる主たる原因だったのに、自身の分身とも言えるP3の存在を知って以来、サイボーグとなる以前の感情が戻りかけているように見える。

 何が何でもP3を破壊するという若松の目的を果たすための手段には、そんなものは邪魔にしかならなかった。

 P2は天才工学博士たる自分が作り上げた改造人間の最高傑作で、言ってみれば自分は親なのだ。

 子どもは黙って親の言うことに従うべきで、逆らうことは許されない。

「大月め。お前の鼻っ柱をへし折るのは、この俺だ。首を洗って待ってろよ」

 いまいましげに、若松は意識せず吐き捨てるように呟いた。

 五年前にP2が破棄される経緯を作ったのは、もとはと言えば大月だった。

 彼女がうるさく改造行程やプロジェクトの細部にまで口出ししたため、被験者の人格にまで影響が出る改造をすることとなり、結果として破棄という決断が下されたのだ。

 勿論若松にも主要メンバーとしての責任があり、それなりの代償を支払う義務があるとグループの重役たちが口を揃えて喚いた。

 彼は冗談じゃない、とその場で怒鳴る代わりに研究成果の一切合財を持ち去り、逃亡すると見せかけて一人で研究を続けることを決意したのだ。

 自分のことを最後まで認めようとせず、一人前として扱わなかった大月に思い知らせるために。

 いつか、彼女を屈服させるために。

 憎らしい嘗ての女上司の顔を思い浮かべる若松の三白眼に、パソコンのモニターの光が映り込んでいる。

 そこには千代田区のホームページの一部が表示されていた。複数の工事現場より危険物が発見されたため、一一月五日に九段坂上交差点を中心とした半径二キロ以内を立入禁止とし、その処理を行う旨の告知が大きく出されている。

 交差点はこのアジトの真上ではないが極めて近い場所にある。が、この付近で大規模な工事など最近やっていた覚えはないし、ホームページには危険物の種類の明確な記述すらない。

 AWPが警察や軍とも連動しているプロジェクトだということを考えれば、これはP2と自分に対する攻撃を決行するためのものだと思って間違いはないだろう。

 AWPは自分たちと違い、その存在を世間に明らかにするわけにはいかない。P3を差し向けてくるにあたり、どうしても一般市民を遠ざけた環境で戦闘を展開しなければならないはずだ。

「問題はP3がどういう作戦で攻撃を仕掛けてくるか、か。こいつの使いどころも、それによってかなり左右されるな」

 暗がりの中、若松の目がボンベに向けられた。電子音と様々な色のLEDが支配するアジトに座す、彼の独り言は多い。

 パソコンデスクの側には大小二つの作業台があり、小さいほうに作りかけの小型ロボットが乗っている。P2の整備はほぼ完了し、あとはP3襲来時まで細かい調整を取り続けていくだけだったが、勝負の行方を左右するであろうこのロボットの完成は急がねばならない。

 P3を迎え撃つこちら側でも、何の備えもせずP2だけを差し向けるつもりでいるわけではない。確実にP3の息の根を止められるだけの駒は、このロボット以外にも着実に揃えつつあった。

 ただ、作戦内容は恐らくP2の意に沿うものではないだろう。そのため詳細は事前に伝えるつもりはなく、その時に指示を与えていくつもりでいた。

 P2本人がそれをどう思おうが関係ない。P2のメンテナンスは若松にしかできないことである故、逆らえば自分の身が危うくなるのだ。P2が若松の命令に背くはずがない。

 若松がふと見たパソコンのディスプレイの時刻は、午後四時を示している。

 地下トンネルの壁中にあるアジトには太陽の光が届かないため、昼夜の区別はとっくになくなっていたが、作戦の決行時間に合わせて体内時計も調整しておく必要があるだろう。

 もっとも、その必要があるのも自分だけで、時間の感覚を自在に調整できるP2には関係ない。

「化物の身体も、こういうときは便利なものだな」

 皮肉な調子で薄い唇から出た言葉は、大月が未来に対して発するそれと同じ色を帯びていた。


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