第53話
ミーティング終了直後から、AWPはP2破壊工作の準備で慌ただしくなっていた。
大月は戦闘が予想される区域で不発弾が発見されたという情報の工作と、軍や警察関係者、AWP内部での打ち合わせで予定がほぼ埋まっている状態だ。リューは作戦時に基地として使用する大型トレーラーの整備及び未来の特別訓練、生沢はトレーラーに搭載する医療設備と器具、追加スタッフの人選にそれぞれ忙殺されている。
杉田は生沢で持ち切れなくなったSNSAの検証を引き継ぎ、未来の不調を徹底的に調査することに専念していた。
何と言っても、時間はあと二週間しかないのだ。
一方の未来はメンテナンス終了直後、杉田の口からP2破壊工作の実行まで猶予がないことを伝えられていた。もう動かせないことをどうしようもなくなってから告げるより、少しでも余裕があるうちに知らせる方がまだましだと判断したからだ。
「わかったよ。自分でも一人での作戦遂行ができると思ったから、無意識でもそう言えたんだと思うしね。私も何とかベストの状態に持っていけるように、頑張るから」
未来はその時こそそう応えたものの、翌日の訓練開始時には明らかに感情の動きが鈍くなっていた。心を許しているはずの杉田に対してでさえ笑顔を見せないのだから、また少し抑鬱が再発したとも言えるだろう。
そして、P2破壊工作のために組まれた特別訓練においても芳しい結果を出せなかったことが、下降気味になっている感情を更にどん底へ沈めているようでもあった。
「訓練二日目で、被弾率五割以上。P1との戦闘時よりずっとましな条件で、この結果は厳しいと言わざるを得ませんね」
ミーティングから二日経過した後の訓練場指令室で、未来のデータを確認したリューは眉間に皺を寄せて呟いた。
P2との戦闘内容に合わせた特別訓練は、味方の応援が一切ない状態の市街、及び閉所を戦場とするメニューだった。P2は先日の襲撃でも使用していたガトリング砲と、専用装備であるレールガンを使ってくるであろうという想定だ。
P3である未来に三五ミリ機関砲があるように、P2にも二〇ミリレールガンという強力な重火器がある。
レールガンは新開発の素材を弾丸とする兵器で、弾丸は一センチに満たないごく小さなものであるのに対し、銃身の大きさは持ち運び可能な砲台と言う方が相応しいものだ。全長は従来のレールガンより小型だがそれでも三メートルあり、体格の問題で未来には扱えない大きさである。
レールガンの特徴は、何と言ってもその弾速にあった。弾丸を打ち出す初速は秒速八千メートルと音速の二〇倍を上回り、動きが止まっているところを狙われた場合は回避不可能なのだ。
破壊力もその弾速に相応しく、凄まじいことは言うまでもない。如何に強固なパワードスーツを纏った未来でも、一発喰らえば身体が間違いなく砕け散るだろうことは必至だ。
ただ、大きな威力を持つ兵器はそれに比例した欠点も多い。レールガンの場合は発射に多大なエネルギーを必要とするため、再発砲までエネルギーチャージに最低九〇秒はかかること、試作の段階で持ち出されたため、若松たちが所持している弾丸が少ないことであった。
対する未来の機関砲は威力と射程は劣るものの、レールガンに比べればかなり小型で連射も利き、使用可能な弾丸の総量では勝っている。本来は対戦車用の武器であることを考えれば、こちらもP2に対しては充分な破壊力を持つ一撃必殺の武器だと言えるだろう。
しかしそれも相手を射程距離内に捉えねば話にならないし、その前に未来自身が倒される可能性が高くてはどうしようもないのだ。
「……全然ダメ。あんな速い弾、よけ方がわかんないよ」
パワードスーツ姿の未来が、指令室に戻ってくるなり呟いた。訓練における敵の射撃が光弾なのは普段通りだったが、今回の特別訓練において射撃音は発射後に鳴るよう設定されている。只でさえ調子が悪いときに勝手が違う訓練を強いられている未来は、無気力さを上回る苛立ちを感じているようだった。
「意識してよけるのは、いくら未来でも不可能です。射程内に敵を捉えるまで常に攪乱動作を続け、決して相手の一直線上に並ばないこと。そのためにはあらゆる探知能力を最大限に使って、少しでも早く敵の位置を掴むしかありません」
「そしてレールガンの発射間隔を計算して、かつこちらの位置を掴ませず、速やかにアサルトライフルを撃ち込むこと、ね。でも最初に攻撃に当たってたんじゃ、ダメだよね……」
溜息混じりに、未来はリューの言葉を継いだ。頭では理解できていても、そう簡単にこなせることではない。
野生動物も凌駕する反射神経を持つ未来でさえそうなのだ。
今回の作戦が今までくぐり抜けてきたどの戦いよりも困難であることは、作戦を提案したリューが一番よく知っていた。もちろん実戦時は攪乱用に小型ロボットを投入したり、閃光手榴弾を使用する予定だが、それもP2相手にどの程度まで通用するかわからない。
リューの頭痛の種は尽きることがなかったが、スタッフ一同からのプレッシャーがある未来もまた、更に大きな精神的負担が重なっていた。
「また、弱い痙攣が出てたようだな。動きに支障はあった?」
「……支障がなければ、もっといい点数出せてる」
未来の脳波と脳血流をチェックしていた杉田が気遣うつもりで声をかけたが、未来が投げつけた言葉と態度は鈍く重いものだった。
「着替えてくるから」
無表情に二人へ言い残し、未来はとぼとぼと指令室を出ていった。
「未来の精神状態も悪化しているようですね。杉田先生、まだSNSAの誤作動については手がかりなしなんですか?」
「可能性がないものはかなり除外したから、ある程度は絞れてきてる。それから、関係してるプログラムの修正必要箇所も目星はついた。ただ……」
先の訓練中に現れた棘波のモニターを見ながら、若い医師は言い淀んだ。
プログラムのパラメータ修正については目処がついている一方で、どうしても原因となるものが特定できないままなのだ。
微弱な音や光は完全に対象から外れたが、無数にある自然現象の一つ一つで検証をしていくとなると、どうしても進捗は遅くなる。SNSAは特殊な装置であるが故に、どんな可能性も完全に否定されるまで調査対象から外すべきではない。
「あとは原因さえ特定できれば……未来は安心して戦えるってのに」
杉田は呻くように言って、脳波モニターを睨んでいたために痛みを訴え出した目を休ませるべく眼鏡を外した。彼も他の皆と同じく、頭痛の種は尽きない。本当なら脳内物質と脳血流への影響も直ちに調査するべきだったが、作戦決行日までとても手が回りそうになかった。
杉田が疲れた目と頭を指でマッサージしているところへ、白衣のポケットから覗いていた社用携帯電話が震えた。ナンバーディスプレイに表示されたのは、施設内にいるはずの生沢のものだ。
「もしもし?どうかしましたか」
『どうかしたか、じゃねえだろ。お前に客だ。例の女だぞ』
幾らかわざとらしい生沢の声が、本体を耳に押し当てた杉田の聴覚を刺激する。
「例の女って……あ!そうか、今日なんでしたっけ」
『この色男め、彼女がとうにお待ちかねだ。さっき門を通ったから、AWP棟のガレージに車を入れるよう案内したぞ。HARがセキュリティフロアまで連れて行ってるから、後はお前が……』
そこで生沢の声に酷い雑音が混ざった。耳障りな荒い音に彼の声が殆ど潰された状態で、ろくに聞き取れない。
「もしもし、生沢先生?」
突如として通話を邪魔したノイズに負けじと声を張り上げた杉田だが、そこでぶつんと通話が切れて話中音に変わった。
すかさず生沢の番号をダイヤルするが、何度かけても繋がらない。
「おかしいな、こんなこと滅多にないのに」
電波については整備が行き届いたこの施設内で通話ができないなど、初めてのことだった。生沢はこういったときでも、自分からかけ直さない。お互いに行き違っていることなないはずだ。
やれやれと言いたげに携帯電話をしまおうとした杉田へと、リューが視線を流した。
「電波を攪乱する現象が何かあるのかも知れませんね」
「まさか。妨害電波でも出す何かがあるのか?」
「妨害電波でなくとも、精密機器の稼働や電波を乱すものはありますよ。磁気嵐とか、隕石の落下みたいな天体もそうですね」
リューが呆れ顔になった杉田に、説教するように蘊蓄を垂れる。
「天体?」
「まあ、さほど頻度は高くないかも知れませんが。人工衛星の電波だって、宇宙に漂ってる様々なものから影響を受けるんですよ。軍の通信係も、手を焼いてたことがあったようです。何せ、色んな機器が一度に誤作動を起こしますから」
そこで怪訝そうにしていた杉田が不意に立ち上がり、呆然として呟いた。
「そうだ……他の電子機器がいっぺんに誤作動を起こした時がないか。何で、こんなことに気づかなかったんだろう」
「は?どうしたんです、杉田先生?」
「ありがとう、リュー。これで何とかできるかも知れない」
リューが聞き返してきた途中で、白衣の後ろ姿が司令室から飛び出すように出て行った。
他の精密な電子機器が誤作動を起こしたタイミングで発作が起きていないかどうか、早急に調べる必要がある。杉田はもどかしげな早足で、SNSAの調査を受け持つ助手たちが詰めている共同研究室へ向かった。
「わ!」
が、いくらも行かないうちに廊下の曲がり角で私服の未来とぶつかりそうになった。
すんでのところで飛び退いた未来に驚いた杉田が声を上げたが、未来は特に慌てた様子はない。
「杉田先生?どうしたの、そんなに慌てて」
その全く感情が入っていない未来の声が、数分前まで頭を悩ませていた現実の問題へと引き戻した。
SNSAの動作検証については光明が見出せたが、未来の精神状態は悪くなる一方だ。その対策のために生沢に頼んで書類を細工し、外部の人間を一人、このAWP棟に呼んでいたのである。先程も連絡に内線でなく携帯電話を使ったのは、用心のためだ。
訓練を終えた未来は、もう今日の予定はないはずだった。
リューとの話で気づかされた電子機器の一斉誤作動のタイミングの件より、彼女の身体のことを優先するべきだ。
即断した杉田が、未来の大きな瞳を覗き込むようにして訊ねた。
「未来。時間ある?」
「これから?もう会社に戻って仕事しなきゃならないんだけど」
まっすぐに顔を見つめてくる杉田の問いに答える未来の顔には、やはり生気が感じられない。
杉田は一瞬の躊躇いの後に、彼女の細い手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと。杉田先生、どこ行くの?」
そのまま強引に歩き出した杉田に戸惑いながらも、未来は白衣の背中に従っている。
二人は訓練場がある地下二階からエレベーターで五階へと上がり、セキュリティエリアへと入っていった。
「待ってってば!こんなとこに連れて来て、何かあるの?」
セキュリティエリアに入ってすぐ、未来は声を荒げて杉田の手を振りほどいた。
「……この際だからきちんと説明しておくよ。未来、君は病気なんだ。原因は恐らくSNSAの誤作動が引き金になっている可能性が高いけど」
「病気?私が?」
驚いた未来が、杉田の言葉を繰り返す。
「詳しくは、病室で座って話すよ。ついておいで」
納得したわけではなさそうではあったが、未来は頷いて再び杉田に手を引かれていく。幾つかのセキュリティドアをくぐり、彼らは未来が病室として使っていた個室へ入った。
今は使用されていない部屋のため、以前ベッドにあった掛け布団や毛布はない。殺風景な部屋の片隅にある小さなテーブルセットに、二人が向かい合って座る。
心なしか居心地が悪そうにしている未来に、杉田は前置きなしで本題へと入った。
「未来は今、痙攣の発作があるだけじゃないよな。この前は呼吸困難があって、気分が沈んだ状態も続いてるんだろ」
「でも、気分が沈んでるのは最近色々あったせいでしょ?呼吸困難とは関係ないじゃない」
「それに関しては心肺機能のチェックをしたけど、異常がなかったことは伝えたよな。実は呼吸困難と似た症状で、パニック発作というのがあるんだ。うつ病でも見られる症状の一つなんだよ」
杉田が一呼吸置くと、未来が僅かに眉を動かした。
「血液検査でどうやら脳内物質のバランスが崩れているらしいこともわかってるし、脳の活動自体も鈍い。僕は専門医じゃないから断言はできないけど、精神の疾患である可能性は高いと思う」
「……そりゃあ、ちょっと前から身体がだるかったり、集中できなかったりしてることは認めるよ。でも、だからって精神病だなんて……」
信じられない、と言った素振りで未来は首を振ったが、杉田は更に続けた。
「君は特殊な条件下に置かれてるんだ。調子が悪くなり出してから身体症状が重くなって、こんな深刻な状態に悪化するまでの期間が、どう考えても短すぎるらしい。そうなると、やはり動作不良があるSNSAの影響があることが疑われる」
「SNSAの動作不良って、まだ原因がわからないんでしょ。じゃあ、装置を直すまで私、ずっとこんな暗い気持ちでいなきゃならないの?」
正面に座る杉田から目を逸らしがちになる未来の声には、はっきりとした不安が表れ始めているのが窺える。杉田はなるべく穏やかな口調を心掛けつつ続けた。
「何もしないでいたらもっと悪化する危険があるけど、症状の改善は薬である程度できる。でも僕や生沢先生は専門医じゃないから、話を聞くことはできても回復の手助けをできるかどうかわからないし、薬も処方できないんだ」
杉田の話を聞くうちに不安が強くなってきたようで、未来の視線が落ち着きなく宙を漂っている。
「そのために、僕が大学時代に世話になったスクールカウンセラーに来てもらったんだ。今は僕の研究室で待っててもらってるけど」
杉田の右手が伸ばされ、テーブルの上で固く組まれた未来の両手にそっと重ねられる。
はっとして杉田に視線を向けた未来の、長い髪が揺れた。
「頼むから、会って話をして欲しい。きっと、君の力になってくれると思うから」
若い医師が眼鏡越しに注いでくる思いは真剣で、暖かく優しい。
未来は十数秒間その黒い瞳を見つめた後、黙って頷いた。




