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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
プロトタイプ2
36/93

第36話

 不気味な静けさに飲まれないよう意識し、未来が先に口を開く。

「ここなら、お互いに遠慮しないで戦えるでしょ。私……みんなをあんな目に遭わせたあんたを許さない。絶対に」

「仲間を危険に晒したという理由で、私を許さないというのか?自分の感情を、都合良く戦意高揚に利用しているだけではないか」

「私もあんたも人間なんだから、そんなことは当たり前じゃない!」

 無表情と言うより無関心なP2の口振りは未来の怒りを更に焚きつけたが、次の言葉で思わず思考を停止しかけたのは彼女の方だった。

「違うな。私もお前も人間ではない」

 跳ね上がった心臓の鼓動音が、チタン製パワードスーツを突き抜けて相手に届くかと思うほどだった。

 アサルトライフルを持つ手に力が行き渡らなくなり、慌てて構え直す。

 この男は今何と言ったのだ?

 未来も人間ではない、確かにそう聞こえた。

 ならば自分は何なのだ。心を持たないロボットか?

 それとも、母親が蔑むような化け物なのか?

 いや、違う。

 自分は未来という人間だ。

 この身体を一番よく知っている杉田医師も、言ってくれていたではないか!

 未来は激しく頭を振り、掠れた声で叫んでいた。

「な……何だよ、あんたなんかと一緒にしないでよ!」

 彼女の持つアサルトライフルがフルオートにセットされ、恐ろしい速さで火を吹いた。

 動揺し切った腕で抱えられた銃が吐き出す弾丸に、命中精度はないに等しい。至近距離にありながら全ての弾はP2にかわされ、その巨躯を捉えられずに散っていった。

『未来、しっかり。落ち着いてください!冷静でなくなったら、敵の思う壺です!』

 先にP2が投げかけた言葉を拾い、監視カメラの映像で未来が一瞬パニックに陥ったのを見たのだろう。リューのしっかりとした強い語調が、見失いかけた居場所を教えてくれたかのようだった。

「ご、ごめん!」

 はっと我に返った未来が、トリガーから指を外す。迂闊なことに、今のフルオート射撃で弾倉をほぼ空にしてしまったようだった。

 彼女からの銃撃が止んだのを合図として、今度はP2からガトリング砲が撃ち返されてきた。六本もの銃身を束ねた発砲音が一つの長い衝撃音を作り、弾丸がカーテンのように未来へと殺到する。

 反撃の暇はない。

 彼女は銃口を下げてから弧を描いて疾走し、凶弾から逃れた。

『貴女は一人で戦っているのではないんですよ。私たちがすぐ側についてます。存分に頼ってください』

「ありがとう!」

『それに、今回の戦闘の目的はP2を倒すことではありません。あくまで、C-SOLから追い出せればいいんです。ここで戦うのは不利だと思わせること、それを第一にしてください』

 なおも続く弾丸の波を走って避け、身長よりも高く積み上げられた土嚢裏へ一旦飛び込んだ未来に、再びリューの声が届いた。

 未来は何とか完全武装で臨めたが、今は後方支援が万全ではない。

 ここが援護武器や人員が豊富な軍事基地であればP2の破壊を目標にできただろうが、C-SOLは専門の研究所ではなく皆非戦闘員だ。被害の拡大を防ぐには、敵を外に追いやる他になかった。

 未来はガトリング砲が作る弾の雪崩を土嚢でやり過ごそうとしたが、そんな柔な遮蔽物では防ぎ切れない。土嚢を貫いた凶弾をから身を護るために低い姿勢で移動しながら、彼女はアサルトライフルのマガジンを素早く交換した。

「了解。じゃあ、さしあたって弾丸をこっちによろしく!」

『了解、偵察ロボットにマガジンを搭載して土嚢の裏に回らせます。時間は五分見て、適当に取りに来てください』

 偵察ロボットは実際の災害現場や戦場でも使用されている、高さ一五センチにも満たない平べったいキャタピラ走行式ロボットだ。小型カメラを搭載しており遠隔操作も可能なため、敷地の縁を回ってくれば敵にも発見されないだろう。

 未来の姿が土嚢裏、ただしガトリング砲で狙いをつけていたのとは逆の位置から飛び出した。P2の銃口を翻す僅かな隙に、アサルトライフルの巨大な銃弾が叩き込まれてくる。

「やはり、速度はP3のほうが優れているな。銃撃の隙間の短時間で、あれだけ距離を稼ぐとは」

 アサルトライフルの凶弾を横に跳んで避ける間も、P2は彼女から目を離さない。

『ベースの人間が小柄なだけに、お前より大分軽いんだろう。装甲に関してはどうだ?』

 着地際に若松の声が割り込んだ。

 P2が右腕に固定されていたガトリング砲の金具を外し、軽い地響きを立てて銃身が落とされる。弾切れとなった大型火器は、これ以後の戦闘に邪魔だった。

「少なくとも、私より強固だとは思えん。格闘戦に持ち込んでもう少し探っておく」

『おい。銃をそのために腕から外すのはいいが、離脱時は忘れずに拾っておけよ』

 数十キロはあるガトリング砲はアジトにスペアパーツもなく、これ一丁しかない。元はこの研究所で開発された武器だが、若松は予備が作れるほどの設備を持っていなかった。

 一方、未来のアサルトライフルのマガジン予備はバックパックにあと一個あった。

 彼女に向かってきたP2はガトリング砲を投げ捨てており、遠距離からの攻撃に対抗する武器は持っていないように見える。射撃で更にダメージを与えるなら、今しかない。

 未来はアサルトライフルを単発からバースト発射に切り替え、横に走りながら腰の位置に構えて撃った。やや下に向けられた銃口が、P2の膝下に弾丸をばら撒く。

 だが、相手も自分も高速移動中故に狙った箇所には当たらない。

 彼女は立ったまま身を隠せるほどの高さがない土嚢群の端へと後退し、アサルトライフルをバックパックに取りつける。両手を下ろし、格闘の構えを取ったようだ。

「奴も弾切れか?」

 呟いたP2が、構わずにスピードを上げる。

 黒い鎧のような影があと十数歩と迫った時、未来の両手が腰の高さに積まれた土嚢を掴み上げ、手首を捻り投げ上げた。絶妙な力加減で放られた二つの土嚢が避け、詰められていた砂利が大量に空中へ撒き散らされる。

 不意を突かれたP2は、反射的に両手を翳し視界に散る轢を振り払った。

 その瞬きする時間に満たないほど短い隙に、未来はアサルトライフルを取ってP2の左に回り込んだ。至近距離から、異常な大きさの凶悪な銃弾がバースト発射で左膝に叩き込まれる。

「……くっ!」

 初めて、P2が呻いた。金属の手足には痛みを感じることがないが、同じ場所に二度目の着弾は確実に部品の破損範囲を広げているだろう。

 彼は僅かに左半面の眉をしかめながらも、後方へ跳んで逃れる未来へ再び迫った。

 しかし移動速度は未来が勝っているため、一瞬の遅れで数メートルの距離が開く。

 自身に有利な間を保ったまま、彼女はアサルトライフルをバーストで撃ち続けた。

 真正面から浴びせ続ける弾丸は当然、P2に全て避けられるか弾き返されるかだ。ダメージが期待できる銃撃は、先のような不意打ちでなければ不可能だろう。

「銃撃など無駄だ!」

 低い叫びとともに踏み込んできたP2が振り下した右手首から、鋭い光の線が迸って空中に銀色の軌跡を描いた。その軌道に捕らえられていた未来は瞬時に反応して身体を半身に捌き、新たに出現した武器を確認しつつ側面に回り込む。

『高周波振動ナイフのようですね。多分、未来のと同じものです』

「そうみたいだね。あっちのは、私のより大分長さがあるけど」

 P2の右の手甲から新たに出現した武器にリューが言い及び、未来が警戒の色を声に出す。

 高周波振動ナイフは見た目は普通の刃物と違いはないが、刃が高速で振動する加工が施され殺傷力を高めた特殊なナイフだ。

 格闘用のそれは柔軟性も備えた超硬合金製で折れにくく、厚さ数センチの鋼の板を刃こぼれなしに貫き、斬撃を浴びせれば深い切り傷をつけることができる。銃弾ですら弾き返す装甲を持った相手に格闘戦を挑む際は、必須の装備と言えるものだ。

 未来のものは刃渡り二十センチ程度の大型サバイバルナイフに相当する大きさである一方、腕に刃を仕込んだP2のものは五十センチはあるだろうか。

 本来はナイフの柄に電源があり電気で刃を振動させるものだが、体内に発電ユニットを持つ二人のサイボーグには電池に相当する部品は不要だ。電池切れによる威力低下を考慮せずに戦えるのも、彼らの大きな特徴であろう。

『気をつけてください。普通の人間が金属の鎧を着て戦うのより、ダメージは大きくなりますから』

「はいはい。どっか違う世界の騎士同士が、剣を持って戦うのと同じって言いたいんでしょ!」

『ですから、それよりもダメージは大きいんですよ。斬撃が当たればスーツも無事では済まないかもわかりません。注意してください』

 一旦P2から離れて距離を取った未来が、再び口を挟んできたリューに返す。

 ごついスーツに包まれた手がアサルトライフルを再びバックパック側面に取りつけ、右の腰に下がっていたチタン製の鞘に伸びた。抜刀された片刃のナイフが、傾き始めた陽光を受けて煌めく。

 P2は右手甲から伸びた刃を構え、僅かな敬意が見える言葉を未来に送った。

「よくかわしたな。完全に予測不可能な攻撃だと思ったのだが」

「言ったでしょ、私はあんたを許さないって。負けるわけにはいかないよ」

 言いながらサイボーグの女戦士は膝を緩めてナイフを握り、格闘の構えを取る。生身の状態でP1とのナイフコンバット実戦を経験済みのせいか、思ったよりも落ち着きを保ったままでいられるようだった。

 しかし、油断はできない。

 防御力が高いスーツを着ているだけ安心だが、敵の身体はP1より更に大きく、自分のリーチが短い分だけ不利なのは同じだった。

 緊張した構えを取る未来へ、ふてぶてしいまでに感情を見せないP2が言った。

「怒りの感情がそこまでお前を駆り立てているというのか?感情など、厄介なものでしかないと言うのに」

「怒りだけじゃない。私はみんなを守りたいって思ってる。そのためには、あんたに勝たなきゃならない。感情で自分をコントロールするのが人間ってものなんだから」

「身体の半分が機械になっているお前が人間だと?言った筈だ。私もお前も、人間ではないと」

 P2から無感情に投げつけられた言葉は、熾火のようにくすぶり始めた未来の静かな、しかし激しい思念を煽っていった。低く呟くような彼女の声に、はっきりとした殺意が窺えるようだった。

「……人間を否定する奴は、人間に勝てない。それを証明して見せる」

「面白い、存分に見せてもらうことにしよう」

 そのP2の声を通信機越に耳にした若松は、驚きを隠せなかった。

 あの無骨なサイボーグの口調に、変化が表れている。これはP2が処分直前以来感情の変化が乏しくなってから、数年間全く見受けられなかった兆候だ。好敵手を見出した喜悦が滲み出ているかのようだ。

 二人は数秒の睨み合いの後、形状が異なる同じ武器の刃を激突させた。






「格闘戦になったようね。まだ未来に弾丸は届かないの?このままでは不利になる一方よ」

「まだです。でも、到着は予定通りのはずですから」

「アサルトライフルのマガジンより、三五ミリ機関砲を送った方が良かったんじゃないかしら。あれなら、P2を一撃で仕留められるわ」

「まだ試射もしていない武器は使用できません。それに未来のことですから、全体的には自分が有利なことも把握してるでしょう。オーバーキルの武器を使うことはありません」

 C-SOL中央管理棟の地下モニター室で、リューは背後に立つ大月の言葉を受けて答えを無感情に返していた。

 彼女がもし今命令を下したとしても、彼にそれを聞き入れるつもりは全くない。

 大月が緊急事態が発生する度にいちいち場を仕切りたがるのはAWP統括責任者を自負しているからだろうが、時と場合を考えて欲しいと常々感じていた。そうすれば、もっと人望も厚くなるだろうし功績も上がるだろうに、勿体ないとも思う。

 リューは国防軍中尉だった頃に大月に引き抜かれ、現在の所属会社であるパワーズに籍を移した身だ。正直、日本の軍の古い慣習にいい加減に嫌気が差していたところへ、渡りに船の話だった。

 ただしその恩はあれど、彼女を心から尊敬する気にはなれない。彼女の空気の読めなさは、オタク青年でもあるリュー以上だろう。

 中央管理棟のモニター室壁面には、夥しい数の監視カメラから送られる映像を映し出す画面がびっちりと並んでいる。その中で屋外射撃場に向いた複数の監視カメラが常に戦う二人の姿を捉えるよう調整し、リューはモニターを注意深く見つめた。通信機のインカムを首に下げ、緊張した面持ちで座す彼の後ろには相変わらず大月が佇んでいる。

 インカムからは何も聞こえないが、モニターの中で二人のサイボーグは戦い続けている。ほとんどロボットと見分けがつかない彼らの格闘は、鮮やかな映像で映し出されるとあらゆる意味で現実感が薄くなる。

 まるで、サイレント映画を見ているような気分だ。

「リューは随分未来を高く買っているのね」

「彼女を信じているだけです」

 やや皮肉を帯びた大月の言葉に、一言だけ答えておく。

 未来は全くの素人からリューが厳しく鍛え上げ、今や元尉官のサイボーグとまで互角に戦えるようになったのだ。その才能の素晴らしさは、誰よりよく知っている。

 当然あらゆる局面においての状況判断法も叩き込んでいて、自陣で戦闘を展開、敵が単体の場合はよほどのことがなければ不利にならないと、彼女も心得ているはずだ。

「リュー、外の様子はどうだ?」

 黙ってモニター群を凝視する二人の後ろから、自動ドアが開く音が上がった。同時に中を覗いたのはスーツの上に新しい、だが血の跡が無数に染みた白衣を羽織った生沢医師だ。

「銃撃戦は一旦止んでいますが、いつまた再開されるかわかりません。P2がまだ何か火器を隠している可能性もありますし、外に出るのは危険です」

「……そうか」

 疲れの色が濃い溜息の後ろに、壮年の男は言葉を乗せた。

 中央管理棟地上階にある空き部屋には、P2との戦闘で出た特殊警備隊の負傷者が収容されており、血の臭いが充満する野戦病院と化していた。本社からC-SOLに戻ってきた生沢と無事にP2から逃れた杉田が中心となり、彼らの手当てに当たっている。

 しかし、C-SOL内には高度な医療設備はAWP棟にしかなく、中央管理棟に非常用として備蓄されていた薬品や医療器具、一緒に避難してきた助手だけでは物資も人もとても足りなかった。

 出動した特殊警備隊員三十名中の死亡者は十名、負傷者一八名という有様で、各棟の閉鎖が続く現在も遺体は回収できず、重傷者にまともな治療が施せない。

 このままの状態が続けば、死亡者は確実に増えるだろう。

 中央管理棟もベッドは宿直用のそれしかなく、大半の者は床に敷いた毛布に寝かせて応急処置を施しているだけだ。

 体内深くに撃ち込まれた銃弾の激痛に苦しんで呻き、助けを求める彼らのためにしてやれることと言えば、せいぜい止血と強心剤の投与、麻酔で痛みを和らげることぐらいしかない。

 既に虫の息で助かる見込みのない者はその時点で治療を取りやめ、まだ生き延びる可能性が高い者の処置に少ない物資で全力を注いでいた。

 生沢だけでなく、杉田や助手たちも精神的な疲労が強い。非戦闘員である彼らは、早く戦闘が終わることを祈るしかなかった。

「生沢先生……信じましょう、未来を」

 大月に言ったことを静かに繰り返したリューに、生沢が頷く。

 リューが未来とP2を側面から映すカメラのズームを絞り、格闘が続く様子を限界まで拡大した。

 刃の応酬が繰り返される中、既に双方の装甲には目立った傷が複数見受けられた。

 P2はリーチの長さを活かし、振りが大きく威力が高い突きや払いを巧みに使い分けている。

 軍隊で教えるナイフコンバットとはまた違った特殊な攻撃法で、手首に固定された両刃の剣の特性を考慮したものであろう。手数は少ないが、命中すれば即死がほぼ確実と言える強烈さを、繰り出す全ての攻撃に持たせているのだ。

 一方未来は、相手よりも数段勝っている機動性を利用してリーチの短さを補っていた。

 攻撃され、敵の手足が伸びきった一瞬を狙って近距離に踏み込み、装甲が薄い関節部にナイフを振るっては逃げることを繰り返している。同時に足技を用い、銃撃を二度当てた左膝への攻撃も忘れていない。身長にして七五センチもの体格差がある以上、P2に致命的な隙がない限り組み付いての攻撃は危険だった。

 P2は未来の素早さと手数の多さに追いつかず、未来はP2の装甲の厚さと致死性が高い攻撃に今一歩踏み込めない。二人の身体にナイフによる傷は増えつつあったが、お互い相手の動きを止めるほど決定的なダメージを与えることができないのだ。

 二人とも底なしの持久力が仇となって、このまま長い膠着状態に入るかと思われた時、リューが思わず声を上げた。

「未来!」

 ハーフの青年の鋭い叫びに、一同の視線がモニターに集中する。

 そこにはP2の刃にヘルメット右半面を砕かれ、体勢を崩した未来の姿が映し出されていた。

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