第35話
P2が先に動き、ガトリング砲の銃身を上げる。
すかさず未来は大きく右に跳んだ。単発で発砲された数発の銃弾が追いつけず、大理石の床を抉って跳弾する。
「……速いな」
P2はガトリング砲の連射スピードを上げ、再び五発分の銃弾を発砲した。
一秒足らずで五発を撃ち出すため人間の耳には一発分の発砲音に聞こえるだろうが、未来の移動速度はその弾速をも上回っていた。全ての弾丸が捉えたのは、やはり彼女の遥か後方に当たる床と壁だ。
未来が一瞬ブレーキをかけて体勢を留め、アサルトライフルを三点バーストで発射する。
P2は敢えて避けようとはせず、先の未来と同じく装甲が厚い腕の外側を翳して上半身を狙った弾丸を跳ね返した。大きな金属音と火花が上がり、三発の弾が上方へと弾かれていく。腕に多少の傷はついたかも知れないが、大きなダメージを受けているようには見えなかった。
「やっぱり、普通に狙ったんじゃ無理か!」
未来が呟く。
この一二.七ミリアサルトライフルは対装甲用の武器で、自分と同じ強度の装甲を持つ者に有効とされる威力を持っているはずだ。それを跳ね返すということは、P2が自分を上回る防御力を持っているということだった。
ただ、現在一般的に使用されている歩兵用兵器の中では最強の殺傷力がある銃であることには間違いない。重ねてダメージを与え続ければ、ある程度の効果は期待できるはずだ。
彼女は更に一階の奥へと走りつつ、今度は単発でアサルトライフルを発砲した。
足元を狙った、十センチ近い巨大な弾丸をP2が後方に跳んで避ける。
未来はフェイントを交えながら走ってその巨躯を追跡し、徐々に間合いを詰めながらホール奥にある廊下へ次第に追いやった。
無論P2もガトリング砲を連射し応戦するが、銃弾単体での火力ではアサルトライフルに劣るため、未来の身体に当たることはあっても決定的なダメージは与えられない。
「お互い、こんなちゃちな武器では死ねないようだな」
一階最奥、宿泊室の非常階段前で足を止めたP2が初めて未来に言葉を放った。
「そうらしいけどね。でも、これならどう!」
叫んで、未来はアサルトライフルのトリガーを立て続けに絞った。デザートイーグルの数倍はある発砲音が連続で響く。
屈強な兵士でも後ろに身体を飛ばされるほどの反動をものともせずバースト発射された弾丸が、P2の脇を擦り抜ける。
彼女の射撃は、P2を狙ったのではなかった。
全ての弾丸はP2の背後数メートル、杉田たちを追い回すのに使っていた、手榴弾を装備したHARの一団を直撃した。
胴体を撃ち抜かれて機能を停止したHARの両アームから手榴弾が外れて落ちる。最初の一個が爆発を起こして数メートルの範囲に人間数人を一度に殺傷できる金属片を撒き散らし、その煽りで他のHARも手榴弾をアームから離していった。
爆発は一秒にも満たない間隔で続き、破裂音がAWP棟の廊下に連なって響いた。
「むっ!」
P2が背後から十数発の手榴弾から砕け散った金属片の嵐をまともに叩きつけられ、咄嗟に防御姿勢を取る。
そこへ、未来が三メートルの至近距離まで走り込み、側面からアサルトライフルを撃ち込んだ。バースト発射された銃弾が三発、正確に左膝を直撃する。
硬く高い反射音が爆発音に混ざり、同時に未来が後退して床を蹴る鈍い音が空間を穿った。
「やるな。装甲の薄い関節部に全ての攻撃を命中させるとは」
思わず漏らしたP2の顔は笑っていなかったが、声は未来に対する賛辞が伺える色だ。
彼女は想像していたよりもずっと戦い方を心得ている、優れた戦士だった。不思議と、今まで何も感じていなかった頭の中に高揚感が生まれてくるような気さえする。
自分の後継型であるP3は、女と思って油断するには危険な相手だ。自分が破壊される前に、全力を以て叩き潰さねばならないだろう。
後方の爆発音がまだ収まらないうちに、P2が後退した未来に向かって走り出した。
未来よりも遥かに機械部品の度合いが高い硬い両脚の発条を、しかししなやかに動かして駆ける。その歩幅は大きく、走ると言うよりも高速の跳躍を繰り返しているかのようだ。
ガトリング砲の発射速度を先よりも更に早くし、同じく跳躍して再びホールへ戻る未来に一五発の銃弾を撃った。そのうち二発が左足の脛に命中するが、やはり弾かれて壁と床に弾がめり込む。
一階の真ん中まで戻った未来が階段の上にジャンプで跳び上がり、十メートルの上方から敵の頭目掛けて凶弾を放つ。
P2は避けずに腕で弾を弾くと、彼女と同じ動作を繰り返して階段へと跳んだ。
蒼いパワードスーツの女は敵の両腕に捕らえられる寸前に更に跳躍して二階へと姿を消し、黒い金属の身体を持つ男がその後を追っていった。
「未来がうまくP2を引きつけてくれましたね。今のうちに脱出しましょう」
カフェテリアの反対側にある自販機コーナーに身を伏せていた杉田たちの頭上で、連続した破裂音が響いてくる。
銃弾の応酬の証拠である空気の震えを確認して、リューが立ち上がっていた。
「これを使ってシャッターを壊します。杉田先生は、奥の会議室にでも非難していてください」
杉田に移動を促すリューの両腕には、先に未来から渡されたプラスチック爆弾の小さなコンテナが抱えられている。
無論、杉田はプラスチック爆弾の実物を見るのも初めてなら、起爆方法もまるで知らない。
最早ここに、自分ができそうなことは残されていないようだ。
日常の世界の中に突如放り込まれた戦場という空間で殆ど何もできず、リューや未来に頼るしかない無力な自分が心底情けない気がした。目にしている世界が違い、活動する世界も違うのだから仕方がないと、頭では理解できていても感情がそれを邪魔するのだ。
「どうかしましたか?」
動こうとしない杉田を不審がり、コンテナから爆薬と信管、爆薬量を計算するためのデモリッション・カードを取り出して確認していたリューが顔を上げた。
「……いや、何でもない。ここから出られたら、僕は生沢先生を手伝うことにする。多分、特殊警備隊の生き残りにも怪我人がかなりいるだろうから」
目を逸らしながら奥の廊下に向かった杉田をまだ訝しげな瞳で見やり、リューは頷いた。
AWP棟二階は、手術室や検査室、組織培養室等の医療設備が集中しているフロアだ。未来が先日の戦闘で負傷したときや、現在調査中である脳波の異常についても、全てここで処置や検査を受けている。
つまり、あまり派手に施設を破壊して一番困るのは、他でもない自分ということだ。
P2を非戦闘員である杉田たちから引き離したはいいが、今度は建物にあまり損害を出さないように注意し、なるべく早く屋外に戦場を移すことを考えねばならない。
「これだったら、地下におびき出した方が良かったのかな……」
診察室の内側に潜んで壁に身を寄せた未来が、アサルトライフルのマガジンを入れ替えてから一人ごちた。
地下階に移動するなら最深の三階ガレージか二階射撃場、屋内訓練施設が最適だっただろう。が、地下は地上への移動が困難であり、建物全体が崩落した場合に危険が大きかった。
地上二階に上がってから、弾幕の張り合いは一旦終わっていた。
P2もどこかの部屋に潜み、こちらの出方を探るつもりなのだろう。お互い装備している火器が大型であるだけに、AWP棟内部の廊下では射撃動作時に長い銃身があちこちに当たってしまい、自在に武器を操るというわけにはいかないのだ。
しかし、AWP棟から脱出を図っているであろう杉田たちの避難が完了しなければ動けない。
このまま膠着状態に入るのは、物理的にも精神的にも避けたかった。
『未来、聞こえますか?』
「感度良好……リュー?もう中央管理棟まで脱出できたの?」
そこで思考に割り込んできた通信に応えてから、未来が驚いて僅かに肩を揺らした。
『正確にはその手前までです。お陰様で、無事にシャッターを壊せました』
「え?じゃあ、この通信はどうやって?」
『携帯ですよ。たまにはこういうアナクロな装置も役立ちます。そっちは着信専用ですから、私にかけられませんけどね』
いつもののんびりした口調に戻りかけているリューに呆れ半分の未来は、アサルトライフルを構え直して再度口を開いた。
「そんなもの、いつの間に……」
『整備担当なんですから、好きなときに仕込めますよ。それより、もう戦闘を外で展開しても大丈夫です。C-SOL全体に厳戒令が出て、全ての建物に防弾シャッターが下りました。負傷者の収容も終わって、外には私たち以外誰もいません』
「リューたちの避難が完了するのは?」
『中央管理棟のシャッターが開きかけで、あと一分かかりません。とにかく、大月専務たちと合流したらすぐ、私が指揮を替わりますから』
「了解、二分後には屋外に移動するよ。よろしく頼むね」
『了解、頼まれました』
通話の終わりには、未来の顔に自然な笑顔がこぼれていた。
心強い仲間が、すぐ側にいてくれるのだ。これほどありがたいことはない。
こちらも動く時機だと判断し、未来は慎重に外の様子を窺った。
バイザーの映像に各種センサーの反応が加わり、診察室のすぐ外側に熱反応も、動体反応もないことが示される。
AWP棟の幅三メートルはある、だが自分たちにとっては狭い廊下でより不利なのは、未来よりも身体が大きなP2である。未来が先に屋外へ出れば、必ず追ってくるはずだ。
「……よし」
どう動くかを決めて頷いた未来がアサルトライフルの銃身を下げ、診察室から飛び出した。
P2の聴覚も、未来ほどではないにしても強化されているだろう。当然この行動も僅かな雑音から捕捉されていると考えるべきで、忍び足は無駄だ。
彼女はP2の僅かな呼吸音を捉え、中央通路を挟んで反対側に走る廊下に駆け込んだ。
同時に、奥にある培養室の戸口からP2が半身を出してガトリング砲を速射する。それよりも一瞬だけ早く火を吹いた未来のアサルトライフルが、戸口脇の壁に幾つもの穴を穿った。
足元を狙ってきた銃弾の波を、未来は中央通路に飛び退いてかわした。
P2が培養室から走り出た足音を聞き、未来は更に中央階段まで後退する。
廊下の三叉路から中央通路にP2が現れたところへ、彼の左膝目掛け敵の弾丸が飛来した。
黒きサイボーグがそれを避けた時には既に、未来の姿が階下に消えていた。
『P3の奴、外に誘っていやがるな。動きがあからさま過ぎる』
「私も奴も、狭い屋内では存分に戦えん。喜んで挑発に乗るまでだ」
若松の皮肉めいた口調が、P2の反応した声を聞いて驚いたものに変わった。
『やけに興奮しているようだな。とうに感情を忘れたお前でも、ハイテンションになることがあるのか』
「確かに興奮はしているようだ。奴、P3とは全力で戦いたいと感じている」
『P3はお前の兄弟のようなものだ。そいつを全力で叩きたいと思うお前はやはり、俺が作った純粋で最高の戦闘用サイボーグだな』
若松の言葉には「だから、負けるような戦いはするな。必ず勝て」という次の句が形にならずとも続く気がした。
P2はただ頷いただけで、中央階段のすぐ下に敵の姿がないことを確認し階下へと跳んだ。
未来の姿は、金属とアクリル板の洒落た作りになっている階段の正面にあった。
が、P2の姿を認めても発砲せず、背後に位置している壊れたエントランスから屋外に飛び出していく。先ほどはシャッターが何者の出入りも硬く拒んでいたが、今はリューがプラスチック爆弾で破壊した名残が、大人が並んで通れる程度に開いた大穴に残っていた。
AWP棟の爆破されたエントランスから屋外へと走り出てきたP2へ、隣に立つ薬品倉庫屋上から未来がアサルトライフルの洗礼を浴びせる。
だが、放たれた銃弾の弾道が正確なものではないことはP2にあっさりと見抜かれた。
容易く全ての弾をかわした漆黒のサイボーグが、彼女を視界に入れたままで回り込もうと中庭に向かって疾走する。
彼の動きを確認した未来は射撃を打ち切り、薬品倉庫屋上から一五メートル下の地面に躊躇いもなく飛び降りた。着地の衝撃をパワードスーツが吸収し、彼女も一陣の青い風となって秋の空気の中を走り抜ける。
建物から離れ、金網を張ったフェンスも飛び越えた数秒後、二つの異形の影は屋外射撃場に対峙した。彼らの姿は午後の陽光を受け、鈍い金属光沢を土埃が舞う中に放っている。
未来は一二.七ミリアサルトライフルの銃口を向けたまま、改めて敵であるサイボーグ、P2の全身を観察した。
彼は手足も胴体も全てが金属製だが、それらは全てパワードスーツではなく生身の身体に当たる。顔も右半面に機械が露出し、恐らく残りの部分も人工皮膚なのだろう。ロボットだと言っても違和感がない立ち姿だ。
痛みをも感じることなく、武器すら内蔵しているというP2は、極めて人間に近い外見を持つ自分と全く異質な存在に見える。
未来のパワードスーツは青と銀を基調とし、無駄を省いたシンプルな印象がある全身鎧だ。流線型のフォルムが多用されているため、やや女性的なイメージもあるだろう。しかし機動性は極めて高く、動きを損なわずに首や顎といった急所、比較的衝撃に弱い関節部までもカバーする優秀な装甲強化服だった。
『お待たせしました、未来。今は屋外射撃場にいますね?監視カメラの角度を調整して、こちらからも直接状況が確認できるようにしてます。可能な限りの支援はしますから、何かあればすぐに言ってください』
「了解。弾切れになったり、状況が変わったらすぐに報告するよ」
中央管理棟で大月と指揮を替わったリューの声が、特殊通信に乗って未来の聴覚に届けられた。
外部マイクをオフにしたへルメットの中で応答した未来の口調は、先の戦闘よりもかなり硬いものだ。恐らく表情にもそれが表れている。こういうときは、顔を隠す完全密閉のマスクが有り難い。
未来とP2との間は、僅か二十メートル未満だろう。両者の構える大型火器の射程ならば、間違いなく命中する距離だ。
しかし、この空気に緊張しているのは未来だけのようだった。P2は表情がまるで動かないどころか、殺意が全くと言っていいほど感じられない。今までも殺すつもりで撃ち合っていたのだから今更殺意を感じることができなくなっている可能性もあるが、戦い続けるか疑いたくなるほど何も読み取れないのは異常だ。




