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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
プロトタイプ2
33/93

第33話

「撃ち方、止め!全員退避!」

 敵の凶弾で傷ついた男たちが漏らす苦痛の呻き声に、リーダーの怒号が混ざった。

 しかし、その命令は遅すぎた。

 AWP棟二階の白い廊下や壁には数人の鮮血が飛び散って毒々しい模様を描き、硝煙と鉄の匂いにむせ返るほどだ。

 本来であればこの階は手術室や検査室が並ぶ静かな空間だが、P2が侵入しパワーズ特殊警備隊が突入した今は、暴力と激情が渦巻く戦場と化していた。

 床にはリーダーの部下である特殊警備隊員四人が倒れており、既に絶命している者が二人。残る二人も虫の息だが、十メートルの至近距離に敵であるP2がいる今、生き残ったリーダーとサブリーダーにはどうすることもできなかった。

 自分たちが倒れれば、同じ班のまだ生きている仲間を助けることも叶わない。リーダーとサブリーダーは、抱えたサブマシンガンの弾丸を後退しながらフルオートでP2に浴びせかけた。

 破裂音が連続して繋がり、薬狹が床に散らばる音甲高い音が重なる。

 そのうち一発たりとも、標的であるP2に傷を負わせることはできなかった。

 弾丸は命中するものの、体表を鈍い輝きで覆うパワードスーツが全ての銃弾を弾き返すのだ。皮膚が露出している顔に着弾すればダメージは与えられるだろうが、サブマシンガンではそこまでの命中精度がない。

 P2が発砲してきた特殊警備隊員の二人に向かって、右腕を振り上げる。

 そこには、拳銃の黒光りする細長い銃身を六本束ねた巨大な銃口があった。

 次の瞬間、短い銃声とともに射程距離内にいるサブマシンガンの射手二人が、仰け反って倒れた。

 本当の銃声は二回だったことに、未来がいれば気がついただろう。

 P2の標準装備である七.六二ミリガトリング砲は、六つの銃身を高速で回転させ、敵に銃弾の嵐を叩き込む恐るべき兵器だった。その威力は単発で乗用車の扉を貫き、連続発射でトラックを蜂の巣にできるほどだ。一度の射撃で広範囲に銃弾をばら撒くことも可能だが、速度調整で単発射撃を素早く繰り返すこともできる。

 一瞬のうちに二人の人間の急所に命中させられるのは、サイボーグであるP2の精度があるからこそ可能な芸当だと言えよう。

 巨大なサイボーグの正確無比な射撃に、逆方向に控えた班で生き残った隊員たちは明らかに怯んでいた。

「くそっ……」

「落ち着いてください、杉田先生。何もできない悔しさはわかりますが、今我々にできるのは、未来が来るまでの時間を稼ぐことだけなんです」

 殺戮の有様を階上から覗き見た杉田が眉をしかめて歯噛みしているところへ、リューが耳打ちした。

 杉田たちが息を殺してうずくまっている階段の踊り場からは床に穿たれた無数の銃痕と、倒れた特殊警備隊員の足が何人分か折り重なっているのが見える。

 息を殺しつつ、杉田は悔しさを隠し切れない表情でリューの方を向いた。

「そんなことはわかってる。侵入禁止令を出したはずなのに、何で特殊警備隊が来てるんだ?」

「大月専務がぬかったとは思えません。恐らく指示の行き違いだと思います。しかし、彼らは既に撤退の動きに入ってます。あとは彼らの撤退方法が、P2の神経を逆撫でしないことを祈るしかないでしょう」

 油断なくアサルトライフルを構えているリューの応えは、あくまで冷静であっても表情は険しい。杉田と同じように、目の前で次々と人が殺されていく現実に感情を抑え切れなくなってきているのだ。

 杉田は医師ではあっても、研修医時代を除いて病院に勤務したことはなく、死体も見慣れているわけではない。この異常事態に恐怖は少なからずあったが、それでも今は怒りの方が勝っていた。

 階下からつい先まで聞こえていた細い呻き声も、最早聞こえない。

 その時にすぐ応急処置を施していれば、助かった命だったかも知れないというのに。

 杉田の拳が、爪が食い込むほどにまで握り締められる。

 医師免許を持つ自分が消え行く命を救えないなど、何よりも我慢できない。自らに対して巻き起こった焼けるような憤りは、行き場をなくしつつあった。

 武装した杉田とリューは、AWP棟の避難勧告要請後に逃げ遅れた者がいないか確認に回っていたが、その途中でAWP棟が完全に封鎖されてしまったことに気がついた。エレベーターが停止して出入口と窓の全てに防火シャッターが下ろされ、建物内部からの制御が全く効かない状態になっていたのだ。

 自分たちがどこにいるかを中央管理棟の大月たちに伝えたくても、敵にその隙がない。

 幸いAWP棟には杉田たちしか残っておらず、一般職員の避難は間一髪で間に合っていたことが確認できた。ただ、P2がまだ内部に潜んでいることが明らかだったため、大月によって一切の侵入を禁ずる処置が取られた。

 にも拘わらず、パワーズ特殊警備隊が一階から雪崩込んで激しい戦闘を展開していたのだ。

『この小うるさい連中は片付いたようだな』

 一通りの射撃を終えてガトリング砲を下ろしたP2の聴覚に、若松の声が届く。

「通信の内容と装備からして、グループ企業の特殊警備隊らしいな」

『ふん。こんな装備で最強のサイボーグであるお前を倒そうなど、おこがましいにも程がある。これからまだ攻撃してくるようなら、手は抜かんでいい。邪魔するなら片っ端から排除してやれ』

 嘲笑めいた若松の声が続く。

『いいか。さっきの関係者二人は絶対に逃がすな。殺さない程度に傷を負わせるか、無理なら殺しても構わん。血まみれにして、外に放り出してやれ。そうすれば、嫌でもP3が出てくる』

「……あの二人を追い回すより、もっと効率的な方法があると思うが。何故、そうまでしてあの連中にこだわる?」

 純粋な疑問らしいことを口にしたP2に、若松の語気が荒くなった。

『これは命令だ。親である俺の言うことが聞けないのか?散々俺を舐めた真似をしてくれたあの二人を、このまま無傷で帰してやる義理はない。必ず血祭りに挙げろ!』

 杉田たち二人がP2と最初に接触してから、既に数十分は経過している。

 なのに目的のデータが入ったサーバを破壊された挙げ句、施設内を巧みに逃げ回られて未だに捕捉できないでいるのだ。もっと簡単に彼らを捕らえられると思っていたのに、若松には予想外の手間が腹立たしかった。

 特殊警備隊相手の戦闘は、半分腹いせだと言ってもいい。

 若き工学博士の命令に、P2は応えない。理解しかねる、と言うように首を横に振るだけだ。

 銃撃が一旦止んだのを見計らい、杉田が意を決してリューに囁いた。

「リュー。P2の狙いを何とか僕たちに向けることはできないのか?多分、奴の狙いは僕たちAWPの直接関係者だけだ。特殊警備隊を巻き込む理由はないだろう」

「正気ですか?できなくはありませんが、自ら命を捨てるようなものですよ」

 そこでリューは言葉を切って、アサルトライフルを持ち直した。

 無言でポーチの中を探って腿の上に手榴弾らしきものを置き、耳栓とサングラスを手早く身につける。

「でも、杉田先生の頼みなら仕方ありませんね。私も、もう目の前で人が死ぬのを見ていたくはありませんから」

 そして杉田に、耳を塞いで目も閉じるよう身振りで指示する。

 杉田がそれに倣うと、リューは踊り場から忍び足で階段を下り、アサルトライフルを構えて狙撃の体勢に入った。慎重に階段の陰から半身を出し、素早くP2の背に向けて一発の弾丸を撃ち込む。

 P2の装甲に着弾したのとほば同時に手榴弾の安全ピンを抜き、廊下に放り投げる。

 階段を駆け上がり、杉田の腕を掴んで引きずるように階上へ飛び上がる。

 リューの一連の動作が終わらないうちに、手榴弾が破裂した。

 AWP棟の広い廊下は、瞬きする暇も許さぬうちに太陽が爆発したかと思うほどの激烈な光に支配され、同時に鼓膜を突き破らんばかりの爆音が空間を砕いた。

 リューが放ったのは、殺傷力の低い閃光手榴弾だったのだ。

「……くっ!」

 呻いて、P2は目を覆った。

 問題の二人が攻撃してくるのが予想外だったため、何の予備動作もしていなかったP2の目前でそれは爆発を起こしていた。

 これには、強化した視覚と聴覚が却って仇となる。内蔵されたセンサーが強烈な刺激に晒されたために混乱し、微弱な音は感知できなくなっていた。

 閃光手榴弾を仕掛けた相手の逃走経路を正確に追跡することは、暫くできそうもない。

 一方の杉田とリューは三階に上がっていたが、ここにもP2と特殊警備隊の戦闘が繰り広げられた痕跡が残っていた。

 胸が悪くなる血の臭いが充満し、特殊警備隊の男たちが何人も白い床に倒れている。

 杉田は走っていた足を止め、無駄とわかってはいても、そのうち一人の首筋に指を当てて脈を確かめずにはいられなかった。

 案の定、うつ伏せに倒れて動かない男は既に事切れている。ガトリング砲の銃弾が正確に急所を貫いており、防弾ジャケットの背中にはむごたらしい射出口が穿たれていた。そこから溢れていた血は固まり始めているようだ。

 これが、この研究所が積み重ねた成果の集大成なのだ。

 戦闘時は機械並みの緻密さで動き、一般生活には他者に怪しまれることなく紛れ込む、機械人間。

 有事において確実に目的を達することで、少しでも戦闘における犠牲者を少なくしたい。

 最初にAWPの話を打診されたとき、杉田はそう志を抱いて身を置く決心をした。自分が今まで探求してきた人工組織やクローン細胞の技術が軍事に転用されようとも、その思いを胸に研究を続けてきたはずだ。

 が、ふとそれは会社の命令に逆らえなかった自分を騙すために抱いた偽りなのではないか、という気がした。

 P1もP2も自らが望んでサイボーグとなった身だが、P3である未来は違う。

 サイボーグ実験に必要不可欠な免疫抑制剤の適合者であることが発覚した直後、失いかけた命を繋ぎ留められた娘。

 彼女はサイボーグの肉体を使いこなし、並外れた戦士としての才能を持ちながらも、戦いを好まない。

 杉田は、未来をそれまでの実験体と同列にはとても考えられなかった。

「杉田先生」

 先に行きかけていたリューが戻ってきた。

「リュー……未来も戦地に送り込まれたら、こんな風に何人も殺しても何とも思わなくなるかな」

「そういうことを考えるのは、生きてここを出てからです。私たちが死ねば、少なくとも未来は悲しんで泣き叫びますよ」

 リューは首をゆっくり横に振って、杉田に立ち上がるよう促した。

 杉田も頷いて立ち上がる。若い医師の想いも、未来からすれば高みの位置から投げつけられる同情でしかないだろう。それよりも今は、生きて再び彼女に会うことを望む方が現実的だった。

「P2のセンサーが攪乱されている時間もそう長くはありません。私たちがどこにいるかを勘づかれないためには、他の手を打たねばならないんです。ついて来てください」

 リューは相変わらず油断なくアサルトライフルを構えて、杉田の方を振り返った。

 もし元軍人の彼がAWPのメインスタッフでなければ、杉田はマシンルームでP2に捕らえられたときに殺されていただろう。感謝せねばならなかった。

「リュー、無事に外に出られたら絶対に奢らせてもらうよ」

「では、未来と一緒に話題のパティスリーへお願いします」

 いつもむっつり顔を崩さないリューが、穏やかな微笑みを浮かべる。

 二人は戦闘の後も生々しい廊下を、なるべく足音を響かせないように駆け出した。






 AWP棟三階に移動したP2はフロアに複数の熱源があることを感知したが、その数が二つだけではないことを同時に確認した。

『熱源が五つあるな。まだ他に生き残っている奴がいるのか?』

「ここからではどうだか判断できん。一つ一つ確かめるしかあるまい」

 同じ視界を見ている若松に応え、P2は直近の反応がある武器開発室に足を進めた。

 ロックされた自動ドアに手をかけて大した力も込めずに引き、こじ開けて侵入する。

 だが、多くのデスクと大型の機械が並ぶ片隅に認められる反応は動かない。開発用ロボットアームや計測機器の間を擦り抜けて近づくと、床に積み上げられた雑巾や紙屑が小さな炎を上げてくすぶっているのがわかった。

「成程、考えたな。こうやって欺くつもりか」

『感心してる場合か。こんな見え透いた手を使ってくるとは、姑息な連中め』

 P2が呟くと若松の声が再度荒くなったが、時間稼ぎには最も適した方法であることには違いない。

 P2のセンサーでは熱源の正確な温度までは測定できず、範囲も狭い。三階以外にも、同様の仕掛けを施していると思っていいだろう。

 AWP棟全体は若松とP2がシステムを完全に支配し、外部からのアクセスを全く許さない状態にしてある。

 内線は使用できず、外部発信も制御版に細工をして不能にした。窓や扉のシャッターも開けられず、脱出するには特殊警備隊が破壊した一階の非常口を使うしかない。

 そんな状態でP2がうろついているのだから、逃げている二人はあくまでP3が救出に駆けつけるのを待つつもりであろう。

『奴らを追い回すのも時間の無駄にしかならないようだな。そろそろ、別の手を打つ頃合いか』

「諦めるのか」

『連中を追うんじゃなく、狙った場所に誘導して料理してやるだけだ』

「そんな方法があるのか?」

 P2の問いに、若松の含み笑いが漏れた。

『実際に動くのはお前だがな。まずは、今から教える場所に道具があるか確認しろ。それから、AWP棟にいるHARを全部この武器開発室に集めておけ』

 若松の指示を受けたP2が動き、黒い金属の腕が開発室の奥にあるセキュリティロッカーの扉を乱暴に掴む。

 その鉄扉を剥ぎ取るP2の耳には、コマンドを送ったHARたちが足代わりの車輪を軋ませて続々と走ってくる音が届いていた。

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