第29話
C-SOLには毎日大量の什器や開発用の機械、サーバ等の精密機械が社内便専用のトレーラーで出入りを繰り返す。
それらの納品情報はセラフィム系列の各本社にあるサーバで一括管理され、日毎、時間毎の入荷情報を専用端末で呼び出して照合し、警備員が毎回ゲートを開ける方式だ。
「これが今日一一時入荷のサーバと端末一五台か?何だか見かけないトレーラーだけど」
若い武装警備員がC-SOLの南ゲートに横付けされたトレーラーを見上げた後に、ドライバーへ不審そうな眼差しを向けていた。
サーバと端末しか積まれていない割には大型のトレーラーが使用され、車体も社内で通常使用されているものとは明らかに違うものなのだ。
「そんなこと言われても、こっちだって仕事で物品を運んでるんですよ。そちらに納品情報があるんだから、間違いないはずでしょう」
こちらも若いドライバーが、うんざりしたような口調で武装警備員の視線を受け流していた。三白眼が印象に残る男は、早くしてくれと言わんばかりに溜息を漏らしている。
「そりゃ、社内でセキュリティに関して最近とみにうるさくなったのは知ってます。でも、それ以上にここの連中が時間にうるさいのはご存知でしょう。早く指定の場所に納品しないと、詰め所で引っかかってた時間が長いことが配送遅延の原因にされちゃいますよ」
社内便のドライバーも、セラフィムグループ企業の社員だ。社内の事情にも詳しいようだし、指定の作業用つなぎと帽子をきちんと身につけている。差し出された伝票も規格のもので、印字の字体も他の物品と全く同じだった。
ドライバーこそあまり見かけない顔だが、何より本社で登録されている納品情報と細部までが一致している。最近配送ルートが変更されただけの話なのだろう。
「わかった。時間を取らせてすまない、通ってくれ」
警備員が納品書のバーコードを専用の読取機に翳す。短いアラームが鳴り、小さな液晶画面に情報が正しく照合されたことが表示された。
ドライバーが小さく頷いて納品書を受け取り、トレーラーの運転席に戻ってエンジンをかけた。
大きく鈍い音と共にタイヤが回り、土埃を上げて敷地内に進んでいく。大きな車体は、まっすぐに AWP棟の地下三階ガレージ入口に吸い込まれていった。
車両を地下に誘う曲がりくねったコンクリートの通路は、昼もオレンジ色の電灯に明るく照らされている。広い螺旋状の通路を終点まで下っていくと、荷捌場に控えていた二台のロボットが脇に避けてトレーラーのために場所を空けるのが見えた。
「おい、そいつらを黙らせておけ。下手に壊して人間の警備員が来たら面倒だ」
ドライバーの男が広いガレージの中央で一旦トレーラーを停め、ダッシュボードから小型のレシーバーを取り出しマイクに向かって命令した。
「了解した」
低く、心地よい男の声が返答してくる。
ドライバーはそのまま荷捌場にバックでトレーラーを進め、エンジンを止めてから運転席を飛び降りた。素早く後ろに走り、コンテナの扉を開ける。
金属で四方を囲まれた空間に暖色の光が射し込んで、大型のジュラルミン製セーフティボックスに腰を下ろしていた人物の姿を浮かび上がらせた。
顔が端正に整った細面であるのに対し、身体は異様な大きさの男だ。
立ち上がれば二メートル二、三十センチは越すだろう大柄な体躯はしかし、首から下が全て暗灰色の金属光沢を放っていた。胸や腕は表面が保護されたケーブルが走り、僅かに動かすだけでも軽い軋みが上がる。
素人が見てもそれが身体を保護するプロテクターではなく、ロボットの手足そのものだと判断できるほどにごつい造りだ。
短めの黒髪を逆立てている頭にはこれも鈍い銀色のヘッドギアが装着されており、顔の右半分を覆う金属部品もまた、同じように僅かな光沢を放っていた。
しかしセーフティボックスから立ち上がる男の動きの滑らかさは、ぎこちない人工物のそれではなく、人間の仕草そのままだ。
「奴らがまた動き出すことはないだろうな?」
コンテナの中から歩み出てきた男に、ドライバーが脇へ避けたまま動かなくなっている荷捌きロボットを親指を立てて指し示した。
「入荷の情報を投入して、作業が終了したと認識させた。今日の物品搬入は我々だけのはずだ。これから先はここに乗り入れてくるトラックはない」
三白眼のドライバーの問いに答えた声も、人間の肉声だった。汎用ロボットのHARが話す合成音とは全く違い、耳に引っかかるような不自然さは微塵もない。ほとんどロボットにしか見えないその男が発する声は低く澄んでおり、心地よい印象が耳に残るほどだ。逆に、純粋な人間の姿をしていないのが不思議に見えるだろう。
「よし、抜かりはないようだな」
ドライバーになりすましていた工学博士、若松が満足げに頷いてから命令した。
「P2、お前はそのままだと目立つ。そこにあるマントをつけておけ」
若松が帽子を投げ捨てて、薄いグレーのつなぎのファスナーを開ける。はだけさせた胸元から、彼が好んで着るデザインシャツが現れた。
五年前まで半分自分の部屋のように多くの時間を過ごしていた研究所への侵入は、拍子抜けするほどあっさりと実行できた。この地下三階ガレージも、当時と様子は殆ど変わっていない。
先日P2が社内データベースに侵入してからはセキュリティチェックが厳重になり、C-SOL敷地の武装警備員の数も増やされたようだが、所詮は即時的な付け焼き刃だ。一度破ったセキュリティに再侵入のバックドアを仕掛けるのも難しいことではない。
安全にC-SOL内へ潜入するために社内便の物流システムを調べて偽の情報を投入し、伝票のバーコードは解析した情報から偽造した。ガレージに陣取っている荷捌きロボットも、無線でシステム侵入を図れるP2が動きを止めることは簡単だった。
「お前はここで何をするつもりだ?」
つなぎを完全に脱ぎ捨て、若いミュージシャンのような格好に戻った若松の前に、肩から下を黒いマントで覆ったP2が降り立つ。
「P3の情報収集だ。これ以上外部からのシステム侵入を続けるには限界があるし、情報を持ち出す途中に万一漏洩があれば、後々面倒だからな」
若松の最終的な目的は、自分がこのC-SOLで開発したサイボーグであるP2と、その後継であるP3とを戦わせることだった。自分とP2とを抹殺しようとしたセラフィムグループに恨みがないわけではないが、今は最新型のP3がどんな個体なのか、という好奇心のほうが勝っている。
それにP2が新型の個体を叩き潰せば、関係者は嫌でもP2が優れていると判断せざるを得ないだろう。
ただし万全の状態で戦い勝つためには、情報がまだまだ足りなかった。
先日持ち出したデータはP3が戦闘時に記録した画像しかなく、P3が生身の状態でどのような武装をしているかということ、どうやら女であること、極めて人間に近い外見を留める程度の改造であることしか判別できなかったのだ。
短い時間で頭の中を整理した若松は、P2の顔を見上げた。
「ここからなら、AWPローカルシステムのアクセスポイントのどこにでも行ける。手始めに一番手薄なところを探して、社内システムにログインしてみろ」
「やってみよう」
抑揚がない声で応え、P2が左のこめかみに指先を当てた。
ただ一点を見つめて立っているだけに見えるが、全体の八割以上が機械化された彼の脳は、無線LANに電気信号化した自らの思考を割り込ませ、自在にその中を駆け巡ることができるのだ。
その間に若松はコンテナの扉を大きく開け、一番奥にあった廃材の山を崩した。
その下から、大型バイクが姿を現す。逃走用として運んできた彼の愛車であるハーレー·ダビッドソンだ。三百キロはある車体を固定していたワイヤーを金具から外し、コンテナの扉近くまで移動させる。
「どうだ?」
「社内システム自体は、単純なパスワード認証と暗号化程度のセキュリティだ。アクセス履歴は逐次ログされるようだがな。ただ、AWPメンバーやP3に関するファイルは、どこを探しても見つからん」
「何?」
「正確には、最新のセキュリティロックがかかったルートフォルダらしいものが一つだけ存在する。これだけはどこにもセキュリティホールの情報がない。私では、この対処は不可能だ」
まだ動かないP2にコンテナの中から確認した若松の声のトーンが上がったが、彼はすぐににやりと不敵な笑みを浮かべた。
P2は偽装や複数機器の経由を駆使し、形跡が傍目からではわからないような巧みなシステム侵入が可能ではあるが、ロックやパスワード強制解除の専門知識を持っているわけではない。既存の情報を組み合わせて高速対応できるのが強みではあっても、高度なものや全く不具合が発見されていないアプリケーションのプログラムを解析することはできないのだ。
それならば、自分が対処するまでである。
「ふん、慌てて最重要機密のみを最新セキュリティにアップデートしたか……わかった。そのフォルダがあるサーバのIPを何とか探り出して、こっちに送れ。後は俺に任せろ」
言うが早いか、若松は先までP2が腰を下ろしていたジュラルミンのセーフティボックスを開け、ソフトケースに入った薄型の自作ノートパソコンを取り出した。
セーフティボックスの上から片足を投げ出して座り、本体電源を投入して起動させるや否や、コマンドを入力するためのターミナルを五つ同時に立ち上げた。
ほどなく、メッセンジャーが問題のサーバIPアドレスを受信した。
「一つずつやるのは面倒だからな。一気に行くぞ」
彼は薄笑いをこびりつかせたまま、IPアドレスを確認して呟いた。
準備運動とばかりに一度両手を広げて指の関節を鳴らす。
ターミナルがローカルネットワークの接続に成功したのを合図に、若松はキーボードを目にも留まらないほど凄まじい速さで叩き始めた。
以前ここから脱出を図った際、P2に関するデータは一切合切を持ち去ったが、その時に大体の対処法は判明しているのだ。現在も同じシステムが使用されていることも、先日の外部侵入時にわかっている。過去と基盤が同一のものを再び弄ることは、造作もないことだった。
幾つもの機器を通り、プログラムの断片から先を読み、反応を計算し尽くした答えを瞬時に、種々のプログラミング言語に翻訳してコマンドを雪崩の如く注ぎ込んだ。
ごつい指輪を嵌めた指がベテランのピアニストのようにキーボードを走り、鋭い目は画面に瞬間的にしか現れない文字をも漏らさず拾っていく。
ノートパソコンの液晶画面では、白い英数字の無秩序な羅列が流れる五つのウィンドウが重なっては現れることが一秒以下の間隔で繰り返されていた。普通の人間には、彼が何をしているのかでさえわからないだろう。
情報学は、飛び級を繰り返して一三歳でアメリカの大学に入学し、工学の博士号まで取得した若松の天才的な頭脳が発揮できる分野の一つであった。
「セキュリティ解除完了だ。ただし、今作った管理者ユーザのアクセスが弾かれるまで数十秒しかないようだな。その間に、お前が必要な情報を全て抜き出して来い」
「了解した」
ものの十分と経たないうちに全ての作業を終えた若松の言葉にP2が頷いたが、三十秒の後に返されたのは意外な言葉だった。
「残念だが……P3のデータらしいものはここにも存在しないようだ」
「何だと?そんな筈があるか。もう一度調べてみろ」
「待て。P3のデータだけは見当たらないが、関係者の名簿やAWP棟全体に関するデータはここにあった。更新日時がごく最近のネットワーク図も存在する」
「……そのネットワーク図をこっちに送れ」
若き工学博士の命を受け、P2からすぐさまファイルが送信されてくる。
様々な機器が専用のマークで描かれたネットワーク図を確認し、若松の口元が皮肉に歪んだ。
「サーバルームのこのブロックの機器だけが、さっきの作業に引っかかっていない。今時スタンドアロンでの運用とはな。成程、究極のセキュリティだ」
スタンドアロンとは、ネットワークに接続せず単体の機器のみで稼働させる運用である。
物理的にケーブルが接続されておらず完全な隔離状態なのだから、何をやっても侵入は絶対に不可能なのだ。
「P2、お前はサーバルームへ行け。最重要機密情報がこのサーバに存在することは、間違いあるまい」
若松はネットワーク図の目標物に印を書き入れ、P2に送り返した。
更新されたファイルを自身の中で開き、確認し終わったP2が主の方へ視線を流す。
「お前はどうする?ついて来ないのか」
「俺はここで待機する。誰かに気づかれるかも知れないし、万一攻撃されたときには対処できん。目的のデータを手に入れたら脱出するつもりだが、P3が出てきたら軽く戦っておけ」
若松が傍らのハーレーを振り返った。
ここで騒ぎを起こせば、応戦するのは間違いなくP3だ。AWPが極秘プロジェクトである以上、警察や軍がすぐに出てくるとは思えない。
相手の力量を計るためには、一度戦うのが手っ取り早い手段だった。
P2がガレージ奥の搬入用エレベーターを凝視し、続いて若松に問いかけた。
「途中でここの連中と出くわした場合は?」
「攻撃されない限りは堂々として、無視しておけ。ここでは見かけないロボットがその辺を歩いていても怪しまれないのは、お前も知っているだろう?」
若松はそこで一度言葉を切り、ノートパソコンを片付ける手も止めて不敵な笑いを浮かべた。
「ただし、メインスタッフは注意して見ておけよ。さっき見つけた関係者名簿の顔写真と照合して、殺さない程度に遊んでやるといい」




