第28話
ところが、セキュリティエリアを出てすぐのホワイエに一同の姿があった。
聞き取り辛いが、リューの抑えた口調の話し声が耳に入ってくる。
「地雷探知機は、何も肉体に移植する必要はありませんよ。日常的に地雷を見ながら過ごすわけではありませんし、戦闘時はスーツを着るのが基本です。ヘルメットに内蔵するだけで十分でしょう」
「でも、今回の戦闘ではそれがなかったために、あそこまでの苦戦を強いられたのよ。どんな状況でも最高の行動が取れるようにするべきだわ」
「まあ、通信装置を移植するのはいいんだがな。地雷探知機まで移植するのは……」
そこで生沢が言葉を切った。杉田が姿を現したことに気づいたのだ。
「地雷探知機の移植……未来の目にですか?」
「ああ。現在のところ反対二、賛成一だ。その他に、通信装置を脳に移植する」
杉田が尋ねると、生沢が頷いて答えた。
先に大月が言っていた実戦で判明した未来の欠点とは、生身の状態では携帯電話以外に通信手段を持っていないことと、地雷を検知できなかったことだ。確かに、パワードスーツを未着用のときに緊急事態が発生した場合、携帯電話が使えなければ外部と連携できないのは致命的だ。
しかし、問題は地雷探知機だろう。
「僕も……通信装置をつけるのはいいと思います。ですが、地雷探知機はちょっと、その……」
反対意見を唱えかけた杉田に大月が目を合わせると、出かかった言葉が詰まってしまった。
「それに、あまり改造を加えすぎるのもどうかと思いますけど。旧型であるP2は、開発失敗の原因が機械化を進め過ぎたためにまともな思考ができなくなったから、でしたっけね」
リしかしューがその後を継ぎ足す形でしれっと述べると、今度は大月の鋭い視線がリューに移動した。
「田原くん、その情報はどこで?P3プロジェクト以前の情報は、殆ど残っていないはずよ」
「俺がリューと杉田に教えたんだよ。今更、隠しておくことでもないだろ?どのみち、未来にだって近いうちに話さにゃならんことだ」
リューに続いて生沢も力を抜いて口を挟み、更に続けた。
「それに、P2はまだ生き延びてどこかに潜伏してるんだろ?一旦は不良品として処分されようとしたサイボーグだ。死亡が確認できない限り、危険な存在であることには変わらない。そして、このAWPはもともと極秘のプロジェクトだ。P2がもし生きていた場合、再度処分するんだとしたら……軍や警察を動員するわけにはいかないからな。未来が戦わなきゃならない。だよな?大月」
「……その通りよ。大規模なテロやクーデターでも起きない限り、未来が次に実戦で戦う相手はP2になる可能性が高いでしょうね」
軽く息をついただけであっさりと認めた大月に、生沢は意外さで驚いた顔を隠さない。
「だったら、そのP2についての情報が必要だろ。P2に関しては俺も前の担当者から話を聞いたことがあるだけで、具体的なことはよく知らん。お前だけで独り占めしてる状態なんだからな」
「回せる情報があるなら、貴方たちにもすぐに回してるわ。でも無理なのよ」
「どうしてですか?」
生沢と大月の会話に、今度は杉田が疑問を挟む。
「P2のメイン開発者が、資料の全てを持って行方をくらましたから。恐らく、P2本体と一緒にね。バックアップや他の担当者が持っていたデータも全てフォーマットされてて、復元も不可能だった。そのときの反省からP3、つまり未来のデータはもっと厳重に管理されるようになってるの。だから今回持ち出されたデータも、幸いなことに設計に関する情報ではなかったわ。主にP1との戦闘で得た、分析前のデータだったのよ」
「でも、データベースに誰がアクセスしたかは不明なんですよね。もしそれが流出したりすれば、最悪未来やAWPのことが一般に知られてしまうことになりかねない」
リューの指摘に、大月が溜息を交えながら頷いた。
「そう、今回グループ全体が最も危惧してるのがその点よ。幸い、パワーズのサイバー犯罪対策班に調査を依頼することができたから、今全力で解析に当たらせてるところ。現時点ではまだ国内からのアクセスかどうかもわかっていないけど、そこは彼らに期待するしかないわね」
女専務は、なかなか片付かない厄介ごとに頭痛さえ覚えているのか、額に軽く指先を触れさせている。
生沢の目にも、彼女が滑稽な演技をしているようには映らなかった。今回のデータベース不正アクセスの件については、大月も全く予想していなかったのだろうか。
P1の事件は大月が何らかの形で関わっていた可能性が高いと見ているが、P2絡みのことについては恐らく想定外のことなのだろう。今となっては、P1の一件についてこれ以上の追及は困難な状況だった。
ただ、周囲からの疑惑をうやむやにする目的で今回の騒ぎを利用している可能性も捨てきれない。現にこの場でも、彼女はP1の一件から巧みに話題をすり替えているのだ。
だとしたら、彼女はやはり食えない女だ。
生沢がケルビム嘱託の医師となりAWPに加わった頃、大月がふと漏らしたことがある。
自分はいつか、セラフィムコンツェルンの頂点に立ってやるのだと。
そのために自分が統括責任者を務めるAWPでは、多少の犠牲は惜しまないと。
データベースの不正アクセスが元で一般に情報が流出するようなスキャンダルになれば、AWPだけでなくグループ全体が破滅の道を歩むことになる。
AWPは言ってみれば人体実験を公然と行っている非人道的な事業であり、グループ全体が絡んだ徹底的な隠蔽工作を以て、表に出ないようにしているだけなのだ。当然、統括責任者である大月に問われる責任も非常に重い。
恐らく既に何らかの手は打ってあるのだろうが、逆に彼女がとんでもない暴挙に出ないかどうか注意する必要もあった。
「私は、できる範囲でP2の資料を作ってるところよ。念のために社内のネットワークから切り離された環境で作成してるから、今は閲覧できないけど。完成したら急いで回覧するわ」
「残りの未来のデータは大丈夫なんですか?」
「AWPのデータベース自体、もう閉鎖環境に移動させたわよ。安直な方法ではあるけど、それが一番安全だし」
大月が額にかかるストレートの前髪をかき上げて、質問してきた杉田に目線を合わせた。
「随分話が飛んだわね。地雷探知機の装備については、ヘルメットの内蔵で済ませることにしましょう。通信装置の追加移植については、杉田くんか生沢くんから未来に話しておくようにしてちょうだい。それぞれ、経過報告は定期メールで私に送るように」
疲労して再び溜息をついた大月の顔には、三七歳にしては不自然な若さが浮き立っている。
生沢には彼女の美しさが埃まみれの造花を思い起こさせる、薄汚れたものに変わりつつあるような気がした。
未来の追加移植手術が行われたのは、全身の傷が完治する直前の五日後だった。移植するのは大脳の言語野に埋め込むごく小さい、特殊な受発信機で音声交信を可能にするものだ。
未来が言葉にした音声、言語として認識した音を肉声と全く同じ波長を持つ音に再現して専用のレシーバーに送り、その逆のプロセスを経て外部音声が未来の聴覚に送信者の音声として変換される。移植されたパーツからは極細だが強度のある線が伸ばされており、左耳についたピアスがオンオフの切り替えスイッチになっていた。
この通信機の最大の特徴は、通信相手の音声をどこにも漏らさずに会話ができることと、他の通信手段を持っていない場合でも外部と連絡が可能になることだ。
未来がパワードスーツを着用せず携帯電話を持っていない状態になっても、仲間と連携し戦えるようになるメリットは大きい。
未来は再度の改造を快諾はしなかったものの、P1との戦闘で苦境に立たされたこともあり、最終的には杉田の説得に応じて手術を受ける形となった。
「よし、術式完了だ。全身麻酔ではあるが、目が覚めても切開した足に少し痛みがある程度だろう。患者を病室に頼む」
緑色の術衣姿の生沢が大きく息をついて手術の成功を告げると、助手たちが淀みなく後処理に移っていく。
通信機の移植は、大腿部の大動脈からの内視鏡手術にて行われた。最後に耳朶を切開してパーツに電線を繋ぎ、切り替えスイッチであるピアスの穴を開けて電極を埋め込んである。
術式は、三時間程度の所要時間で無事終了と相成った。
内視鏡手術は開頭手術よりも患者の負担がずっと少ないが、必要とされる技術が高く、国内でこれを行える医師はまだまだ少ない。
その数少ない医師の一人が生沢だった。普段の姿があまりにその手腕とかけ離れているため、この男が脳神経外科専門で手術の天才であることを、杉田はこういうときに改めて実感する。今回の手術ではその見事な執刀を一目見ようと、助手や他の嘱託医師たちが大勢詰めかけていた。
手術室は地上五階、地下三階の建物であるAWP棟の二階にある。手術台は一台しかないが、同時立会定員は二十名まで、更に三階の一部がガラス張りになっており、階上から手術の一部始終を見学することも可能な施設であった。
手術用の無影灯が消されると、強烈な光の消失とともに辺りの緊張感も急速に薄れていく。各種計測器の動きも停止されて、白いタイルの部屋からは機械音が途切れた。人工呼吸器等の一部の機器のみが、麻酔で眠っている未来とともにストレッチャーごと手術室を出ていった。
「やれやれ、こうも見物人が多いとこの手術室も狭いな。お前もやり辛かったんじゃないか?」
「ええ……」
マスクを外して器具を片付けつつ、生沢が杉田に話しかけるが、対する杉田はまだマスクも取らず、生返事だ。
杉田は毎回手術に立ち会っており、人工の移植パーツについては共同で執刀もする。今回の手術は生沢のみが執刀したが、パーツの管理は杉田の担当で麻酔医も兼任していた。
「何か気になることでもあったのか?」
「ええ。手術中に脳波をモニターしていて、気づいたことがあって」
杉田がマスクを顎の下に下げ、記録されていた脳波の画面を手術中のものに戻していく。やがて、問題の脳波が刻まれた部分に辿り着いた。
起伏があまりない脳波の線が幾つも並んでいる中に、幅がある大きな振りに混ざって尖った波形が現れた部分を杉田が指摘する。
「時間にすると僅かな間ですが、側頭葉部に棘波が何度か出てるようなんです。麻酔の入眠時と、覚醒直前の手術完了時に」
「左下肢の運動野だな。てんかんの発作時に出るのと似てなくもないが、今の手術では目立った痙攣はなかったし……こりゃ、通信機を埋め込んだ後に出たのか?」
「いいえ。でも、未来には持病なんてありませんし、改造手術のときはこんな脳波異常はありませんでした」
生沢が眉間に皺を寄せると、杉田も戸惑いを隠さずに返事を返す。
てんかんは慢性の脳疾患で、主な症状は手足の頻繁な痙攣や運動障害、意識障害だ。重症の場合は外科的療法も必要な病気で、脳波にこのような棘波が認められることも要素の一つである。
だが、今まで何の既往症もなく成人してから発症することは稀で、何か別の要因がある可能性が高い。
杉田の横から脳波モニターを覗き込んだ生沢が、思い出したように言った。
「……確か、未来の脳にはもう一つ大きめのパーツを移植してあったな」
「はい。人工パーツと生体部分の反応を調整するSNSA(Somatic Nervous System Adjustment、体性神経系調整装置)が移植されています」
「そいつの誤作動の可能性はないか?」
「もともとヴァーチュズにあったテスト合格品ですから、それはないと思うんですけど……」
言いながらも、杉田の口調は自信なさげだ。
「ということは、未来専用に作られたパーツじゃないってことか。恐らくP2にも使われたものなんだろう」
「……あ、言われてみれば確かにそうです」
「社内での実験や検証は充分なものだったとしても、経年劣化や想定されていなかった外的要因による故障がある可能性もあるな」
生沢の言葉に、杉田は素直に頷いた。
未来に移植されているパーツは杉田が籍を置く会社、ヴァーチュズに一通りの検査を経て在庫として保管されていたものだ。当然SNSAも、動物実験を含めた種々の検証過程をクリアして問題なしと判断された部品だが、人間での実験を重ねたり、数年の使用に及ぶ耐久性の検証を取ったわけではない。
いくら戦闘用サイボーグ専用の部品として開発された機械でも、強い衝撃や何年にも及ぶ使用に耐えられず劣化することは十分に考えうる。
二年前の手術当時、杉田は何の疑問も持たずにSNSAを未来に移植したが、その信頼性には疑いがあった。
「何せ、人の身体に埋め込む機械だからな。場合によっちゃ、命に関わることがあるかも知れん。未来に話して、お前が納得行くまで調べてみろ」
「言われなくても、そうするつもりです。未来の身体の中にまで敵がいるってことにはしたくありませんから」
きっぱりと杉田が言い放った。
人としての倫理や生命にかかわる事態が発生した場合、杉田はいつも堂々と意見を述べる。相手が誰であってもその姿勢が変わらないことに、生沢も最近になって気づいていた。杉田にとって決して譲れないのが「人道」というものなのだろう。
そこには、やはり医師としての彼が確実に見えていた。
加えて、杉田は未来との信頼関係を確実に強めつつある。生沢には、未来に他人に容易く気を許さない歪さがあるのが分かっていたが、杉田は彼女が持つ心の壁を削っていっているのだ。
若い後輩のそんな隠れた強さは、生沢が期待している点でもある。
「じゃあ、それについては任せたぞ。大月には俺から話して、必要なら助手の増員もできるようにしとくからな」
「ありがとうございます」
杉田の礼に生沢は手を軽く挙げて応え、手術室を出ていった。
杉田もマスクと帽子を取り、最低限の身支度を整えてから未来の病室へと急ぐ。
「……杉田先生?」
病室の自動ドアをくぐると、気がついた未来が囁くような声を上げた。
麻酔技術が発達した今では、全身麻酔も手術終了から十分程度で覚めるのが普通である。気管に挿入されていた人工呼吸器も既に外されており、会話に支障はないようだった。
「もう気がついた?手術は無事に終わったよ。異常がなければ、明日にでも帰れるんだけど……」
「だけど……なあに?」
まだ麻酔が残っていて、うまく喋れないのだろう。未来の口調はいつもに比べてゆっくりだ。
「手術中にわかったことがあって。昔の手術で使った部品に問題があるかも知れなくてね」
未来のベッドの横まで足を進めた杉田は言葉を選びつつ、だが率直に事実を伝えた。
「それ……放っといたら死ぬってわけじゃないよね?」
「それはないと思うけど、何せ、脳に移植してるものだから。万一の可能性がないとも言えないし、徹底的に調べさせて欲しいんだ。これは君にパーツを移植した、僕の責任でもあるんだよ」
未来に余計なストレスを与えないように気を配りながら、かつ本当のことを伝えるのは難しい。しかし杉田の真摯な想いは、その態度全体に表れていると言って良かった。
やや不安げな色を瞳に浮かべた未来が一度目を閉じ、十数秒の後に再び目を開けて杉田を見上げる。
「うん、わかった。今のところは別に調子が悪いってことはないんだけど……後方の憂いはないに越したことはないもんね」
「済まない。その代わり、徹底的に修理するから」
「できれば、修理って言葉は使わないで欲しいんだけど」
未来が寂しげに笑うと、杉田が慌てて手を振った。
「ああ、ごめん!僕は主治医だから、未来を責任持って治療すると誓うよ」
その焦った姿に、未来は口元を緩めて頷いた。




