第27話
こんばんわ、作者です。
先週はスーパー耐久レースにスタッフ&レースクイーンで行ってたため、一週間更新できませんでした。
その分、今回のアップ分はちょっと長めです。どうぞお楽しみくださいませ。
リニア新幹線用に掘られたトンネルは、通常の地下鉄や新幹線用のトンネルよりも広大だった。
特に始点近くにある東京都内では、複線利用を考え十メートル以上の内径がある。ようやく次世代の列車である長距離走行リニアモーターカーの採用が決定されたのが、二〇一〇年台のことだ。走行区間は東京と大阪で全長約二九〇キロ、始点から終点までの所要時間は一時間とされている。
しかしその全区間は、着工から二十年以上が経過した現在でも未開通のままであった。
東京都内特定地域である東京と新宿の間のみ、開通していないのだ。
予算不足のため、地価の高いこの区域を工事できないのが直接の原因である。長期間が経過するにつれて当時の担当者たちの情熱も次第に色褪せていき、最早リニア新幹線はこの経路のままで良いとする意見さえ出始めていた。
そのため一部には綺麗にタイルまで張られているこのトンネルには、工事関係者すら姿を見せることもめっきり少なくなっていた。
「どけよ。俺だ、通せ」
その人気がないトンネルの奥から若い男の声が響いてきても、誰一人として気づく者はいなかった。
横柄な口調に反応して、平べったい形をした黒い金属の塊が機械音をたてながら、脇へと下がっていく。折りたたみ式のカメラがついたアームを縮めれば膝くらいまでしか高さがない、偵察用の小型ロボットだった。
側に布袋を提げて立つ男が主人であることを音声とカメラの画像で認識し、キャタピラを器用に操って暗がりへと消えていく。
その様子を眺めていた男は、どこにいても強い印象を残す雰囲気を纏っていた。
歳は十代半ばか、あるいは二十代と言っても通じるだろうか。
若い空気はあるが、極端な三白眼が年齢の印象を薄くしてしまう面持ちだ。ひょろりとした身体はぴったりとした黒い革のパンツと皮紐の装飾がある細身のシャツに包まれ、両耳には十以上の、唇にも一つピアスをつけている。髪はすっかり色を抜いてあり、金色に近い短髪は重力に逆らわせてほとんどが上を向いていた。
彼の足元は小さな工事用の電灯が複数あるが、トンネルの巨大な空間を照らすには何とも心もとない。しかし慣れているのか、その足は大きな障害物に引っかかることなく大股で進んでいく。
男は十分程度そうして進んでから、ごつい指輪をはめた右手でトンネル内壁のタイルの一部を探った。一五センチ四方ほどの隠し扉が開き、タイルの下にキーパネルと液晶ディスプレイが現れる。
男が指紋を読み込ませてからキーパネルに暗証コードを打ち込むと、ロックが解除された黒い鉄のドアからかちり、と音が上がった。
鍵穴がない重いドアを引いて開け、中に細い身体を滑り込ませる。
ドアの内部は人工の光が溢れた、男が所有する城になっていた。
およそ幅七メートル、奥行き一五メートル程度の部屋の両壁は全て、高い天井までびっちりと機械類で埋め尽くされている。
壁面は剥き出しのコンクリートで、浸水や崩壊の危険性がないことは、設計を依頼した専門家のお墨付きだ。冷たい灰色はそれだけでは殺風景だが、無数の計器類やコンソールに様々な色で光の化粧を施され、男が好む無秩序でサイケデリックな空間を作り出していた。
高く低く、機械の稼働音が支配するこの部屋には、人間の匂いが殆どしない。
唯一の住人であるこの若い男が必要最低限の生活を営むためのものは、敢えて排除されている。部品と生活用品の倉庫は右の壁にあるドアの向こうに、粗末な造りの寝室やシャワー室といった空間はその反対側にそれぞれ隔離されているのだ。
しかし彼は、この金属と電気の光に彩られた部屋がこの地球上のどこよりも気に入っていた。
彼は右側のドアを乱暴に開けて布袋を放り込むと、そのまま部屋の奥まで足を進めていった。
革のブーツが、床に敷き詰めた目の細かい金網を打つ音が響く。
彼はその下に透ける極色彩の蛇のようなケーブルの束を見つつ、大きなデスクの前に据えられた安楽椅子に腰を落とした。デスクの上にあるパソコンのマウスを動かすと、画面のスリープが解除されて黒いプロンプトの画面が現れる。
>戻ってるか?
男が画面に素早くキーボードから打ち込むと、一秒もしないうちに返答が下の行に現れた。
>今日はずっとここにいる
>珍しいな。一度も外部環境に出ていってないのか?
>そうだ。昨晩の散歩で面白いデータを見つけた。かなりロックが頑丈なのと、内容が膨大なので退屈せずに済んでいる
そこまで画面に出たチャットの白い文字を読んで、男は部屋の一番奥に視線を滑らせた。
その先には業務用冷蔵庫並みに巨大な、黒光りするタンクが横たわっていた。
大人の男が二人は入れそうなタンクには多種多様なチューブやケーブルが繋がれており、一部は何本か設置してある気体のボンベに接続されている。
>独り占めするな。一体何のデータだ?
>昨晩はケルビムの社内用データベースに侵入した。そこに、つい二年前に完成したAWPの新型サイボーグのデータがあった
「……何だと?」
男は文字を打ち込むと同時に、口にも出して呟いた。
>お前の後継型となる戦闘用サイボーグなのか?
>まだデータのロックが完全に解除できていないので何とも言えない。それに取ってきたデータは量こそ多いが、全てではなくごく一部分のみのようだ。
ケルビムは、男とチャットの相手が五年前まで籍を置いていた国内有数の巨大製薬会社だった。
今は自分たちの存在を消滅させようとしたこの身勝手な会社から逃げ、隠れて生活する身となっている。しかしケルビムがまだ懲りず、サイボーグ兵士を生み出すプロジェクトであるAWPを継続し、更なる開発を進めているとは思ってもみなかった。
>ロックを解除するのにはどれぐらいかかる?
>不眠不休で続ける訳ではない。数日か一週間程度というところだろう
男の問いに、チャットの相手はやや気がない返事を寄越した。
>お前は疲れないようにできているのに、全力でロックを解析しないのか?
>私でも知らない暗号化や、セキュリティキーも仕掛けられている。調べるのにも時間は必要だ
>まあいい。P2、お前は俺が作り上げた最高傑作のサイボーグだ。必ずロック解除できるものと信じているからな。
男は相手からの返答を待ったが、暫く待っても返っては来ない。舌打ちして、男は立ち上がった。
「ふん……AWPの最新型サイボーグ、P3になるのか?面白い」
彼が見つめる先には、黒いカプセルがあった。先のチャットの相手は、あの中に自らの意思では動けない状態で横たわっている。
AWPにて二番目に生み出されたサイボーグであるPrototype2、通称P2であった。
身体の自由がままらなない状態でも、脳波の電気信号のみで自在に電子機器のネットワークを駆け巡る人工脳を持った、極めてロボットに近い改造人間。
そのP2を開発した要の工学博士が彼、若松貞明であった。
「非常事態よ」
「またか。今度は何だよ」
「ケルビムの社内データベースから、AWPの機密データが持ち出されたの。主に未来のデータが」
未来の病室に入ってくるなり告げた大月の言葉に、髪に手を突っ込んで掻きむしっていた生沢の手がぴたりと止まった。
「何ぃ?」
彼が声を上げたのと同様に、病室にいた杉田、リュー、未来の表情にも驚きが浮かんだ。
未来の意識が戻ってから十日ほど過ぎた十月下旬の昼下がり、折角の順調な回復ぶりが妨げられそうな悪いニュースが届けられた。
今までずっと未来に付き添っていた翔子は既にユースフルのオフィスに戻り、未来の怪我についてスタッフを誤魔化しつつ、副所長のアショークと仕事を進めている。未来の復帰と今後についてリューや杉田、生沢とで話し合っていたところへ、大月が割り込んできたのだ。
「それは、いつのことなんでしょう?」
「システム侵入の形跡があったのは八日前だけど、それが確認されたのは昨日のことよ。巧妙に細工されてて、担当者が気づくのに時間がかかったらしいわ。ファイルのタイムスタンプは深夜三時。犯人は相当な働き者みたいね」
リューの場違いにのんびりした声に答えた大月が、皮肉を込めて病室の一同を見やる。未来を日に何度も見舞いに来て、さぼっている場合ではないと言いたげだ。
「おいおい。ケルビムのシステムセキュリティは、そんなにあっさり外部から侵入されるほど甘いもんなのか?」
「やろうと思えば意外と簡単ですよ。面倒なのは侵入の痕跡を消すのが……」
「田原隆三、まさかお前が犯人じゃないだろうな」
「違います」
生沢から久しぶりにフルネームで呼ばれたリューが、〇.一秒と間を開けずに否定する。
「私は関係者です。そもそも、そんなことをする必要すらありません」
「とにかく、また外部に機密情報が漏洩したことになるわ。お陰でケルビム本社や親会社でも、今大騒ぎになってるのよ。未来のことが外部の人間に知られた以上、またこちらが襲われる可能性だってある」
普段冷静な大月が、今は狼狽を隠せないようだった。
「で、俺たちはどうすりゃいいんだよ?」
「考えられる敵の襲撃に備えて、C-SOL全体の警戒を強化しているところよ。パワーズの警備人員を増援に回してくれるよう、手はずも整えたから。未来にはすぐ戦闘訓練に戻ってもらうわ。実戦の感覚を忘れないうちに、経験を確実にものにして欲しいの」
眉をひそめている生沢に問われた大月が、淀みなく答える。不測の事態が発生しても即時で判断を下し、適切に処理した手腕は流石と言えよう。
しかし未来へ鋭く向けた視線は、未来という怪我をした一個人を労りの目で見るそれではない。
実験動物の首を掴んで持ち上げるような、企業に属する研究者の目線だった。
「え……?」
ベッドに半身を起こしていた未来の表情が怯えたように歪んだのは、その場の誰もが意外に感じたことだった。
「待て。大月、無茶言うな。未来の傷がまだ完全に治ってないことは、お前だって知ってるだろ」
「そうです。今は訓練なんて、とてもできる状態じゃありません」
反射的に、杉田と生沢が未来を庇うようにベッドの前に立つ。
「何も、本格的な訓練に復帰しろと言ってるわけじゃないわよ。座学や射撃訓練程度だったら、可能なものがあるでしょう」
大月はそれでも引き下がらない。反対を唱える医師二人の間に割って入り、強引に彼らを脇に押し退けた。
「未来。貴女は極めて優秀な実験体で有り難いけど、こちらとしては、負傷してることにあんまり甘えてもらっちゃ困るの。賢い貴女だから、わかるわね?」
正面から見つめてくる大月に、未来は何も言い返せないでいる。
――未来ちゃん。ちょっとの熱なんだし、大丈夫よね。貴女はお母さんの子どもなんだからね?
大月の厳しい表情に、幾度となく通り過ぎていった母の声と顔とが何故か重なった。
言葉が喉の手前で詰まり、未来は握った左手に力を込めることしかできないでいる。
「大月。そりゃ、上からの命令なのか?」
「いいえ。でも、先のことに備えるのが何より最優先よ。それに未来には、今回の実戦で判明した欠点を補うための、新しい装置の移植も検討しなきゃならないし」
「あー、そりゃミーティングルームで話し合うに限るな。リュー、お前も来い」
「未来もいるこの場で話をしなければ、意味がないでしょう。わざわざ移動することはないわ」
「まあまあ。結論は俺たちだけで出して、後で未来に伝えるんだっていいだろうが」
まだ口を開きかけていた大月の背を押し、生沢は病室から出て行こうとする。リューもその後に続いたが、生沢が自動ドアが閉まる直前に杉田に目で合図を送っていた。
お前はここにいろ、と。
暫く生沢と大月の声、三人分の足音が廊下から響いていたが、もう一つ先にあるドアを抜けたらしく、物音はぱたりと聞こえなくなっていた。
病室には杉田と未来の二人だけが残されていた。
気まずい沈黙が流れる。
回診のときは二人で黙ったままでも気にしたことがなかった間が、このときに限って杉田を困らせていた。落ち着かない気分で、何気なく隣にいる未来を見やる。
未来は思いつめたような瞳で、毛布がかかった自分の足先を見つめていた。彼女の両脚は回復しつつあるものの、まだ走れるような状態ではない。右腕にも痛みが残っているはずだった。
「そんな顔するなよ。未来はまだ動ける状態じゃないんだ。今の仕事はゆっくり身体を休めることなんだから」
「ううん……もうそんなに痛くないから、大丈夫だよ。明日からでも、できることをやるようにする。大月さんの言う通りだよ」
杉田が声をかけたが、未来は首を横に振った。若い医師をを見上げる目は、やはり先と変わらず不安定に見える。
「駄目だ!いくら大月さんからの指示でも、こればかりは許可しない。それに、生沢先生やリューだって反対するよ」
「……甘えてられないから」
「甘えなんかじゃない。未来、いいか?君は怪我人で、ちゃんと治ってないんだ。今無理をしたら、折角治療して塞がりかけてる傷がまた開くんだぞ」
ベッド脇のパイプ椅子に座って未来に目線の高さを合わせた杉田は、負傷していない彼女の左の肩に手を置いて厳しく言い聞かせた。
それでも、未来は杉田と目線を合わせようとはしない。
負傷する前の未来であれば、大月の言葉にも強く反発していただろう。が、今目の前で暗い顔で呟くばかりの彼女は、とても戦闘訓練に耐えられるとは思えないほど頼りなげな印象がある。
そればかりでなく、今しがたの「甘え」の二文字に過敏なまでに反応しているようだ。
暫しの沈黙の後、未来は再び自嘲気味に漏らして俯いた。
「でも、動けない戦闘用サイボーグなんて。ただのガラクタじゃない」
「そんな……君は戦うための機械じゃない、人間だろ?ガラクタだなんて言っちゃ駄目だ」
未来の言葉に驚きを隠せない杉田の顔を、彼女は言葉を返さずにじっと見つめてくる。
すると、ほどなく不安げな黒い瞳から大粒の涙がこぼれ、青白い頬を伝い落ちた。
「……ねえ、先生……私も、不良品ってことになったら処分されるの?」
「え?」
「私が戦った相手って、ここで作られたサイボーグだったんでしょ。私もいつか、あいつみたいに処分されるの?」
突然の問いだった。
先日のミーティングで存在を明かされた、九年前に生まれしサイボーグ、金城拓也の存在。
彼は他人に害を及ぼす存在として排除されかかり、自力で失踪して生き延び、そして未来に殺された。
精神的に大きな負担になると思われたため、未来には敢えてその正体を伝えていなかったはずだった。
杉田には、瞬時に反応を偽れるほどの余裕がない。呆然と、呟くしかなかった。
「未来、何でそれを……」
「私のお母さん、昔セラフィムの関係者だったから……お母さん、あいつのこと化物って言ってた……ねえ先生。私、化物じゃないよね。人間なんだよね?」
杉田は力強く頷いて見せた。
目の前で儚げに泣いている、この娘。
心ない言葉に震え、傷ついている未来が化物であるはずがなかった。
「……私、怖いんだよ。いつか自分もおかしくなったら、処分されるんじゃないかって。そればっかり考えてて。だから、早く動けるようにならなきゃって思ってて」
「大丈夫だ。僕たちが必ず未来を守る。それだけは約束するよ。絶対に、君のことを不良品だなんて思わせやしない」
しゃくり上げそうになるのを懸命に堪え、涙を拭おうとする未来の左手を杉田がそっと握ってやる。その温もりと柔らかい肌が、何より彼女が人であることの証だった。
「それ以前に、君は人間なんだ。生きる権利を奪うことなんて、誰も許されてないんだから」
未来は初めての実戦を経験し、やはり心も深く傷ついているのだ。それを癒さぬままに次の戦いへ駆り立てるなど、それこそ心を持った人間のすることではない。
恐らく避けられないP2との戦いは、まだ先のことだ。
ここで言うべきではない。
杉田の心は痛んだが、今は何より、未来を暖かく包んでやることが大切だった。
「……うん。ありがとう、杉田先生」
泣いたことが恥ずかしいのか、未来が照れたように微笑む。
ようやく可愛らしい顔に少しだけ、明るさが戻ってきたようだった。
「先生が人間だって言ってくれて、何だか安心しちゃった」
心なしか、未来の肩に入っていた力が抜けたのが、杉田にも伝わってくる気がした。
未来は間違いなく人間だ。
身体の半分が機械や人工物でも、悩み、苦しみ、微笑むのは、他の者と同じなのだ。
心が生み出す感情があり、常に葛藤を続けるのが人なのだから。
「じゃあ、僕はちょっと大月さんたちの様子を見てくるよ。すぐ戻るから」
未来の涙が乾いた頃を見計らい、杉田は立ち上がった。
頷いた彼女に手を振って、ミーティングルームに急ぐ。先に大月が言っていた新しい装置の移植について、確かめておく必要があったのだ。




