第22話
スペツナズ・ナイフは鞘の部分が二重になっており、そこに仕込まれたスプリングで十メートル程刀身を前に飛ばすことができる特殊なナイフだ。
投降すると見せかけて撃ち込まれたその一撃は、確実に女の意表を突いた。何とか刃を避けはしたものの、続いて叩き込まれたサージェントの左回し蹴りが、防御した細い腕を砕いた筈だった。
それを瞬時に右足を床に叩きつけて反対側へ跳びダメージを最小限に抑え、骨が砕けるのを防いだ女は、やはり恐るべき性能のサイボーグだった。
「くっ……!」
半ば身体ごと薙ぎ倒されるように床に転がった未来は、すぐさま起き上がった。一方で、苦痛で顔が歪み、右腕は肩から下に全く力が入っていないのは隠せないようだ。
「惜しいな。腕をへし折るまでには至らなかったか」
「……あんたを倒すのに、腕一本くらいはハンデのうちにも入らないよ」
「ほう。右腕はもう使い物にならんか」
鼻血を出しどす黒い痣がついた顔でも勝ち気な態度を崩さない未来だったが、敵の誘導尋問にまんまと引っかかったのには舌打ちせざるをえなかった。口の中も切れたらしく、舌に鉄の不快な味が広がってくる。
モルヒネのお陰で、顔も腕も激痛を感じずに済んではいる。しかし、セラミックコーティングされた骨も、今の蹴りに耐えられなかったのはわかっていた。辛うじて動かすことはできるが、下手にこれ以上の衝撃を加えれば、右腕全体が破壊される危険がある。
一方、特殊加工された骨を打ったサージェントの脚も、無事では済まなかったのが見て取れた。左膝がぐらつき、僅かに身体全体が揺れる時がある。彼が薬物常時投与により痛みを感じていないのだとしたら、不利なのは一時的なモルヒネの効果に頼る未来の方だ。
「この状況で、まだ生意気な口を叩けるのは誉めてやる。だが、俺が敗者を生かしておくほど甘くないことを身体で理解させる必要があるようだな」
サージェントが、先に投げ捨てた大型コンバットナイフを拾い上げて鞘から抜いた。
未来も左の腰に下げたナイフを抜刀する。未来の片刃コンバットナイフは一般的なもので、刃渡り一五センチ程度だ。サージェントのそれは特注品らしく、どう見ても一.五倍以上の長さがある。リーチの長さを考えると、その位が丁度いいのだろう。
単純な体格差を見ればやはり未来が圧倒的に不利だが、足一本にダメージを負ったサージェントと右腕が使えない未来とでは、五分の条件だと言える。
未来の銃は既に手が届かないところに飛ばされ、サージェントのそれは弾倉が空だ。この格闘戦で互いの生死を決することになるだろう。
双方とも無言のまま、ナイフを構えて睨み合った。握り方は同じで、グリップを親指と人差し指でしっかりと固定している。訓練を受けた者に特有の、実戦的なコンバット・グリップだ。
銃撃戦と同じく、先に仕掛けたのはサージェントだ。巨大にして柔軟な体躯が間合いを詰め、未来の左半身に突きが繰り出される。それを右に捌きかわした未来の身体が沈み、サージェントの左膝を背後から蹴りつけた。短い呻きを上げ、サージェントの身体がぐらりと傾く。
彼の左腕の真下にあった未来の身体を目掛け、倒れる勢いを乗せた肘打ちが振り下ろされる。その意図を察し、未来は床を蹴ってサージェントの右に回った。ナイフを持った右手首の腱を狙って、彼女の左手に構えられた刃が空を切る。
サージェントはそれを敢えて避けようとはせず、倒れかかった背を未来に向けた。
未来のナイフの切っ先が、男の黒い背に突き刺さった。
「くそっ!」
悪態をついて、未来は跳びすさった。その隙にサージェントが崩れた体勢を立て直す。
未来のナイフは確かに敵の背中に根本近くまで突き立てられ、傷を負わせることに成功していた。ただ、話にならないほど浅い傷だったのだ。
サージェントが着込んだ防弾ベストは数センチの厚さがあるうえ、自身の筋肉が鎧となって内臓を守っていた。未来のナイフでは、どこを攻撃しても急所に届かない恐れがある。
逆にサージェントは、骨が邪魔さえしなければただの一突きで未来を死に至らしめるだろう。
未来は予備の銃としてまだグロックを持っていたが、これでは敵に致命傷は与えられない。反対に、奪われてこちらが撃たれることさえ考えられた。
「どうした?まさか、お前のナイフでは俺を倒せんことを今やっと理解できたのか」
構えたまま動かない未来をサージェントが嘲るが、彼女はあくまで強気だ。
「あんたこそ、身体が傾いてる時が隙だらけだよ。そんなところを攻撃して勝っても面白くないから、見逃してやってんだ。本当なら、このナイフだって必要ないんだから」
「減らず口を!」
今一度、サージェントが仕掛けた。今度は左から右へ頭に向けた刃が振り下ろされ、そのまま胴体を狙った突きへ巧みに変化する。未来は弧を描くように床を踏んでサージェントの左側面に回り込むと、比較的無防備な左手に向け鋭く斬りつけた。
そのつもりだったが、瞬きをするほんの束の間だけ視界が揺らぎ、刃の速度が鈍った。
何が起きたのかわからなくなった一秒もない時間。
モルヒネの副作用である目眩が、未来に致命的な隙を一瞬作っていた。
サージェントがそれを見逃す筈がない。
彼女の傷ついた右腕に、サージェントの左掌底が重い衝撃を伴って叩き込まれる。
骨の亀裂が、更に広がった気さえした。
声にならない苦痛の悲鳴が未来の喉から迸る。
背筋を貫くような激痛が腕から全身に響いて、体重を支える力をごっそり奪っていった。
未来の細い身体がバランスを失ってよろめき、遂には膝を折って崩れ落ちる。
左手の指からナイフが滑り落ち、高い音を立てて床に転がった。
サージェントは未来に倒れることを許さず、その頭を左手で鷲掴みにした。
「離、せ……!」
腕が砕けかけた苦痛に息を乱して喘ぎながらも、未来は頭を締め上げる熊のような掌を振りほどこうと手をかける。サージェントは身をよじる彼女の顔を仰け反らせ、剥き出しになった白い喉にナイフの刃を当てた。
火照った首筋に感じた冷たい金属の感覚に、未来の動きが弱まる。
「所詮は素人の小娘だと思っていたが……我々傭兵を相手によく戦った。お前の戦士としての才覚に敬意を表して、一思いに殺してやる」
サージェントがナイフを離し、未来の顔に視線を投げた。今しがたの言葉はその耳には届いていないらしく、彼女はまだ頭を掴む手を何とかしようと必死でもがいている。
「傭兵の信念に倣い、顔を潰して死ぬがいい!」
未来の顔が恐ろしい勢いで、サージェントの跳ね上がった膝に叩きつけられる。
寸前、未来の左肘が唸りを上げて割り込んだ。
「むっ!」
はっきりと打ち下ろされてきた肘に右膝を強打され、サージェントの声が漏れる。
意識しないうちに、彼女の小さな頭を掴んでいた左手が外れていた。
死に直結した攻撃から逃れた未来が後ろへ素早く跳び、距離を取って荒い息をつく。
あの状態で二百キロの握力を誇る手から逃れ、肘打ちの一撃を落としてきたというのか。野生動物並みにしぶとい生命力だ。
少女のような姿のサイボーグの秘めた力は、サージェントに少なからず衝撃を与えていた。
「甘く見ないでよね」
乱れ切った呼吸の下で歯を食いしばり、未来が言い放つ。
だが、唯一の武器であったナイフは床に落とし、既に全身は血まみれだった。彼女は頬と口元に流れ落ちてきた血をグローブで拭い、投げ捨てて素手になる。
一方、先の肘打ちによる衝撃はサージェントの右脚にも大きなダメージを与えていた。彼は痛みを感じていなかったが、脚の軸が不安定になってきていることは気づいている。
満身創痍なのはお互い様だ。
そろそろ決着をつけねばならない時だった。
「お前はまだ俺に勝てると思っているのか。大した妄想だな」
「あんたこそ、私みたいな女に負けるのが悔しいだけなんじゃない!」
鼻で笑ったサージェントを睨みつけ、未来が動いた。
武器を持っていない以上、徒手格闘を仕掛けてくるのはわかっていた。
「なるほど、拳法か」
半身になって踏み込んできた未来を見て、サージェントが呟いた。
戦場において道場で仕込まれた中途半端な武道ほど、役に立たないものはない。いくらここまで生き残り、卓越した戦闘センスを持っていたとしても、やはり経験不足の素人だ。ナイフを構えているうちは多少警戒の余地はあったが、丸腰となった今では恐れるに足りる存在ではない。
懐まで飛び込んできた未来が敵の喉元を狙い、疾風のように拳を繰り出す。普通の兵士に比べれば一発一発が恐るべき威力を持った拳だが、今の彼女が使えるのは左腕のみだ。自分より身体が遥かに大きく武器を携えた相手に素手で格闘を挑むなど、どう考えても正気の沙汰ではない。彼女がサイボーグであることを差し引いても自殺行為だ。
多少足がもたついているとは言え、サージェントは身体のどこにも痛みを感じず、自在に動くことができる。捕まったら今度こそ終わりだろう。
未来の左腕がいくら拳を突き出しても、サージェントには当たらない。完全に動きが読まれているのだ。今度は一度間合いを開け、再び踏み込んだ位置から右回し蹴りを放つ。
サージェントがその蹴りを避けずに脇腹へ当てさせた。防弾チョッキを通して衝撃が伝わり、みしりと肋骨が軋む。すかさず、サージェントは未来の右脚を左腕で挟み込んだ。
「きゃっ!」
そのまま足を掬い上げられ、未来のすらりとした身体が宙吊りにされる。
「いい加減、妄想から目を醒ますんだな!」
勝利を確信したサージェントが、捕らえた未来の喉をねじ切らんとして右手を突き出す。
未来は左手の掌底で、真正面からそれを受けた。
瞬間、サージェントは背中から突き飛ばされたように前へ弾かれて腰から半身を折った。
意識せず緩んだ太い左腕に踵で蹴りを入れ、未来が脱出する。
「くっ……」
サージェントが頭を振り、両脚を踏ん張って踏み止まった。
今し方感じた、体重一四〇キロを越す巨体が跳ね飛ばされるほどに強烈な衝撃は、一体何だったのか。この空間には女と自分の二人しかいない筈だ。目を覚ました人質が何か投げたとも思えない。
それに、先から捕らえた女を意識せずに離してしまうミスを二度も侵している。
身体のコントロールが利かなくなるほど深刻なダメージはない故、不可解だった。
「次で終わりだよ!」
一旦距離を取った未来が、再び風のように走り込んできた。
勢いに、長い髪がなびいて流線を描く。彼女の一つにまとめられていた髪は、いつの間にかほどかれていた。
サージェントは、直線的な敵の動きは読めていた。
が、身体が言うことを全く聞かなくなっていた。
腕を上げようとしても感覚がなく、頭から出した命令がとてつもなく重い。
足を踏み出したくても、筋肉が震えるだけでそれ以上はびくともしない。
今度こそ、自分の意志で身体を動かせなくなっている。
一体何が起こったのか。
呆然とした眼は、突進してきた女の右手に嵌められた金属をただ、映しているだけだった。
未来はサージェントの背後に回り込み、黒い服に覆われた肩を右手の先で突き込んだ。指先に嵌められ暗い中でも光を反射するのは、髪を纏めていたクリップの裏に隠されていた超硬合金製の鋭い爪だ。
未来の指先がサージェントの肩に食い込み、少量の血飛沫が散る。
「……それが、お前の最後の一撃か?」
意識だけははっきりとしたサージェントが、なおも嘲るように言った。肩に受けた傷は、未来の指先が僅かに埋まる程度の浅さだ。
未来の目が細くなり、サージェントの筋肉に突き立った指先がかっと熱くなった。
ばちっ、と火花が暗闇に散る。
刹那、サージェントの目が大きく見開かれ、五体全てが持ち主の意思に逆らって硬直した。
目に見えない何者かが心臓を掴んで締め上げ、鼓動をめちゃくちゃに刻む。
手足が限界まで突っ張って腱が切れそうになり、緩めることが許されない。
体内の血液が一瞬で沸騰し、頭の中から足先まで暴れ回る。
異様な感覚に全身が貫かれ、筋肉はがくがくと激しく痙攣した。頭も首から大きく震え、地震に巻き込まれたかのように視界が揺さぶられる。
「ぐ、あああああああ!」
サージェントの獣の如き絶叫が資材室の濁った空気を揺るがして轟き、突然止んだ。
未来を苦しめた巨躯が膝を折り、前のめりに倒れる。重い骨が床に当たる鈍い音が響いて、砂埃が舞い上がった。
うつ伏したサージェントの指先はまだぴくぴく震えていたが、数分しないうち治まっていった。
「……やった……」
サージェントの開かれたままになっている眼、心音と呼吸音の停止を確認した未来の、乾いた唇に上がってきたのはその一言だった。
両の掌から放つ電撃。
それがサージェントを死神に引き渡した、生身の未来が持つ最大の武器だった。
体内に移植された電源ユニットから、各人工パーツ用に蓄えられている電気を取り出して手に集中させ、最大で電圧二百万ボルト、電流七十アンペアの電気を発生させることができるのだ。
掌からしか放電できないため、使用時は敵に接触しなければならないという制約がある。そのため、先の戦闘ではわざと隙を作ってサージェントに捕まり、二度に渡ってスタンガン程度の微弱な電流で動きを鈍らせる作戦に出た。
勿論電気を流せば神経からあらゆる筋肉に伝わる電気信号が乱れ、身体の自由がきかなくなるのに加えて苦痛もある。そのはずであったが、サージェントは痛みを感じないことが逆に仇となって、死の間際まで動きが鈍ったことに気づいていないようだった。
最後に浴びせた電気は電流にすれば四十アンペア程度で、二相式除細動器よりも弱い。
だが皮膚が濡れている場合、電気抵抗が通常の数万オームから数百オームにまで低下する。この状態であれば、僅か二五ミリアンペアの電流でも全身の神経系統が破壊され、筋肉である心臓も止まりショック死は免れない。
即ち、皮膚による電気抵抗がなく血流がある体内に直接電気が流れれば、低い電流でも死に至る。
髪留めに隠した超硬合金の爪でサージェントに負わせた傷は浅かったが、指先が体内に触れてさえいれば深さなど関係なかったのだ。
「ちっくしょ……いてて」
サージェントが死んだことを確認した未来が、右上腕を押さえてぐったりと床に座り込んだ。
電流を流すために打ち込んだ右腕は腫れ上がり、無理をしたせいで骨の亀裂も更に広がったようだ。それでも骨折しなかったのだから、セラミックコーティングの硬度と弾力は想像以上だ。
疲労と傷の痛みに危うく意識を失うところだったが、荒い息をしつつ辛うじて踏みとどまる。
サージェントとの戦闘からある程度時間が経過しているのに増援がないということは、廃墟にもう敵がいないことは確実だ。あとは翔子を連れて安全な場所まで移動し、応援を呼べばいい。
未来がふらつく足取りで立ち上がって資材室の奥へ向かい、床に転がされたままでいる翔子の横に膝をついた。
「翔子ちゃん……」
急いで死体袋から出してやり、手足を縛っている黒い拘束バンドを外してやる。
仰向けに寝かされていた翔子の着衣は、砂埃で汚れてはいても乱れておらず、暴行を受けた形跡はなかった。殴られたような腫れが頬にある他は、怪我もない。眠らされているだけのようだ。
「……良かった、無事で」
乱した呼吸の下でも深く息を吐いた未来の顔に、ようやく心からの安堵の色が浮かんだ。
まだ目を醒まさない翔子を左の肩に担ぎ上げ、足を踏ん張って立ち上がる。
未来の黒い革のパンツやジャケットは穴だらけで、黒く固まった血で汚れている。その下にある肌は、地雷を喰らった時のもの以外にも無数の打ち身や傷を負っていた。顔も腫らし、流血の化粧を施された彼女はぼろぼろの状態だった。
「もう……普段なら、生沢先生をしょったって何ともないのに」
五十キロ台の翔子の柔らかい、温もりがある身体が今は重く感じられた。
モルヒネの麻酔効果が薄れつつあるようで、地雷での負傷と右腕のひびは徐々に激痛を訴え始めていた。
「……うわ!」
一階の裏口から病院を出たところで、未来は転倒し膝をついた。
まだ残っていた地雷を避けたはいいが、裏口は正面玄関の真裏で、車を隠した場所からは遠くなっている。
転倒したはずみで、ジャケットの内ポケットに入れていた携帯電話が飛び出て落ちていた。ふとディスプレイを目にすると、通話可能であることに気づいた。
恐らくサージェントの持っていた電波妨害装置が、電撃で壊れたのだろう。
慌てて携帯電話を拾い上げようとするが、手に力が入らずうまく指を伸ばせない。
未来は両膝を地面についたまま、立ち上がることもできなかった。
両脚は痺れて既に感覚がなく、右腕も焼けるように熱い。モルヒネの効き目は切れつつあるのに副作用が強く出ているため、意識も朦朧とし始めてきていた。
それでも、何とか肩に担いだ翔子の身体をそっと下ろして壁に半身を預けさせ、四つん這いで必死に携帯電話に手を伸ばし掴み上げた。
ぶるぶる震える指で、メモリからリューの番号を呼び出す。
『もしもし?未来ですか?どうしたんです、こんな時間に』
時間は、午前零時を回っていた。
深夜アニメでも鑑賞中だったのか、五コールほど後に間延びしたリューの声が耳に届けられた。
一気に日常に戻った気がして、抑えていた疲労がどっと重く四肢にのしかかってくる。
「……リュー……」
未来の声は殆ど聞き取れないほどに弱く、掠れていた。
その様子に、電話の向こうにいるハーフの青年の声が調子を変える。
『非常事態ですね。状況を教えて下さい』
「例の、狙撃してきた連中……テロリストと戦った。場所は、八王子のニュータウン総合病院跡。有名な廃墟だから、住所は調べて。相手は十人いたけど、全員倒した……ごめん……何も連絡できなくて」
『テロリスト?』
喘ぎ、荒い息を漏らして切れ切れに彼女は告げる。リューが息を飲むのがわかったが、彼の次の言葉は待っていられない。
頭の中を覆い尽くそうとしている闇を必死に払いのけ、未来は続けた。
「うちの事務所の子が、人質にされて。助けたけど怪我してる。救護班と、テロリストの死体の回収班を手配して。病院にはまだ、地雷の罠があるから……」
未来の目の前がどんどん暗くなり、視野が狭くなってくる。
か細い声で報告する彼女に、リューは必死に呼びかけた。
『未来、貴女の怪我は?人質の怪我もどの程度なんですか?』
精神と肉体がとっくに限界を超えていた未来の身体は、それ以上自分の体重を支えることはできなかった。手足から力が抜け、バランスを崩した細い肢体が横倒しに崩れる。
「ごめん。もう限界……お願い、早く……」
囁くような声は、最後は消えに入るように力なく夜の中に吸い込まれた。意識が闇に飲まれた未来の腕から力が失せ、携帯電話が投げ出されてコンクリートの遊歩道に転がる。
『未来!しっかりしてください!大丈夫ですか、未来。未来!』
緊張したリューの声が携帯電話から呼びかけるが、その小さな音は空しく散るだけだった。




