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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
亡霊とテロリスト
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第21話

 地下二階の霊安室で集音マイクが女の声と足音を拾ってから正確に一秒測り、サージェントは罠の作動スイッチを押した。地下一階の床を踏むコンバットブーツの底から僅かな振動が伝わり、止まる。クレイモア地雷を霊安室の四隅に仕掛けた、極めて殺傷力の強い罠「魔女の大鍋」は、確実に作動したのだ。

 クレイモア地雷は指向性対人地雷の一種で、爆発するとおよそ五十メートル先まで、扇状に凄まじい勢いのついた鉄球を叩きつける。これに至近距離からやられれば、人体はぼろ布のようにズタズタに引き裂かれる強力なものだ。如何に強化されたサイボーグとは言え、四個同時に喰らえば死は免れない。

 人質の死をちらつかせただけで簡単に隙を見せるとは、やはり改造された化け物でも素人は素人だったか。

 拍子抜けだ、と言いたげにサージェントの口元に嘲笑が浮かんだ。

「目標は魔女の大鍋に沈んだ。死体を確認せよ」

 ラテン語に乗せられたサージェントの命令は至極単純だった。





 地下二階のエレベーターから霊安室まで、新しい靴跡が一直線に伸びている。

 アサルトライフルを構えたラズリとクルミンは忍び足で走り、鉄のドアが外れている霊安室の脇に身を寄せた。聞き耳を立てても、人間の息遣いや声は聞こえない。

 二人が無言で頷き合い、ラズリがが慎重に片目で霊安室の中を覗き、クルミンが油断なく銃を構えた。中から何も反応がないことを更に確認して、同時に踏み込む。

 ストレッチャーに乗せられたダミーの死体袋はぼろぼろに裂けて、詰め込まれた壁材がこぼれ出していた。床には無数の鉄球が散らばり、隅にすすで黒くなった地雷の残骸が転がっている。

 女の死体は影も形もなければ、血痕の一滴すら落ちていなかった。

 罠は確実に作動した筈なのに、不可解だ。

 武装した男たちの表情に狼狽が走る。彼らは霊安室の隅々までを確かめるため、まずはストレッチャーの側へと足を進めた。

 何の前触れもなく、クルミンの頭が爆発した。隣に控えていたラズリのゴーグルの表面に、相棒の血の泡と肉片が湿った音を立てて飛ぶ。

ラズリが大砲の如き拳銃の発射音に驚愕しつつも、反射的に身を扉の方へ翻した。

「待ちな」

 頭を撃たれ絶命したクルミンとラズリの間に未来が飛び降り、デザートイーグルを構えた。

 彼女は爆発音が轟いた瞬間、跳び上がって天井の脆いボードを突き破り、上を走っているパイプに手足を絡めて地雷をやり過ごしたのだ。

 反応速度もさることながら、ジャンプの勢いで天井を突き破るなど、常軌を逸した戦い方だった。クルミンは、全く注意を払っていなかった天井から狙い撃ちされたのだ。

 生き残ったラズリは、未来の声が届くか否かの短い間に霊安室から離脱していた。

「待て!」

 未来の怒号が跡を追う。彼が廊下へ出て右に曲がったのが見えたが、その先は行き止まりの筈だ。反撃してこなかったのだから、戦意はもうないと見て間違いない。

 だが、続いて廊下に走り出た未来の目に映ったのは、死兵となって正面から突撃してくる姿でも、両手を挙げて投降してくる様子でもなかった。

 廊下の突き当たりで片膝をついた敵が肩に担ぎ、未来に向けて構えたのは、携帯用対戦車ロケットであるRPGだった。一メートル強の砲身に、特徴がある形の砲弾が先端に取りつけられているだけの、至極簡単な造りをした兵器である。対戦車砲である故、その破壊力は乗用車数台をまとめて破壊できるだけの凶悪さを持っている。

リューから話には聞いていたものの、屋内で十メートルと離れていない至近距離で使用する兵器ではない。それだけに、未来も驚かざるをえなかった。

「この、化け物め!」

 ラズリの戦慄で甲高くなった絶叫は、砲弾の発射音に半ばかき消された。

 が、これまで死闘を演じ続けてきた未来の反応速度は、紙一重でその弾頭をかわすほどにまで研ぎ澄まされていた。横に跳んで壁を蹴った未来が床に降り立った姿は、最早敵にとって死神でしかあり得ない。

「私は化け物じゃない!」

 未来が叫んだのは、轟音と共に撃ち込んだデザートイーグルの弾丸が彼の心臓を砕き散らしたのとほぼ同時であった。

 ラズリの体が撃たれた衝撃で飛ばされたのと逆の方向から、ロケット弾が着弾した轟音が響いてくる。遥か後方にあったエレベーターの大きく歪んだ扉が爆風で飛ばされ、余波の風に革ジャケットの背中がなぶられた。

「……あんなものを人間に対して使おうって神経の方が、化物だよ……」

 未来の呟きをも、爆風が飲み込んでいく。

 弾頭は榴弾だったらしい。吹き飛んだエレベーターの扉が天井に当たり、床に叩きつけられる重い音が、狭い廊下に満ちる埃を揺らした。

「……う……あ、ああ……っ!」

 未来が苦痛に顔を歪めて呻き、煽られたようによろけてからがっくりと膝を折った。

 黒の革パンツに紛れているが、腿から下の両脚に幾つも裂け目があり、皮膚に開いた穴から血が溢れ出している。

 興奮状態だった戦闘中は、痛みをさほど感じていなかった。しかし今は床に倒れ込み、幾つもの鉄球が身体に深く食い込んだ激痛で、苦悶の汗を流すほどだ。

 彼女はクレイモア地雷から完全に逃れたわけではなかったのだ。天井まで跳び上がる際、回避が間に合わずに脚がその餌食となっていた。未来でなければ、両脚がちぎれていた可能性すらある。

 鉄球はパチンコ玉よりやや小ぶりで、筋肉にまで達しているようだった。太い血管やセラミックコーティングされた骨は傷ついていないらしいが、鉄球をこの場で傷から抉り出すこともできない。大きな散弾を両脚に撃ち込まれたのと同じ状態だった。

 その激痛は黙って耐えられるものでなく、彼女が気を失わないのは、強靭な精神の持ち主であるからに他ならないのだ。

 未来は涙を目の端に滲ませて喘ぎ、床をのたうち回りつつも、腰のポーチから救急セットを何とか取り出した。うまく動かない指で、ペン型の注射器を探り当てる。

 杉田医師から渡された、モルヒネの注射だった。

 モルヒネは強力な麻酔薬だが毒性も強く副作用があるため、どうしようもない時に一度だけ使うように言われていたものだ。痛みが完全になくなるわけではないが、立つことすらままならないのでは話にならない。

 浅く荒い呼吸で何とか正気を保ち、ジャケットの左袖を捲り上げて注射器の先を汚れた腕に当てる。内蔵されたセンサーが静脈を感知して赤く光ったとき、未来は短い針を皮膚に突き刺した。

 自動でモルヒネが血管に少量ずつ注入されていき、注射器の中が一五秒程で空になる。数分もすれば効果は出るだろうが、長時間の持続が期待できる量でもない。

 早く決着をつけなければならなかった。

 壁に背をもたれさせてゆっくりと胸を上下させ、呼吸を整える。

 五分ほど経過すると、両脚のむごたらしい傷から嘘のように痛みが消えていった。

「さて、急がなきゃ」

 深く息をついてから一旦ゴーグルを外し、顔に浮かんでいた脂汗を拭う。

 幸い、出血は止まりつつあるようだ。

 デザートイーグルのマガジンに弾を装填し直して、未来は立ち上がった。

 まだ調べていないのは一階から三階と地下一階だが、外からも攻撃を受けやすく発見されやすい場所に、人質の翔子や敵がいるとは思えなかった。残った敵と翔子がいる可能性が高いのは、この上の地下一階だろう。

 一気に廊下を走って戻り、エレベーターホールのすぐ横にあったドアを開けて階段を駆け上がる。途中の罠おぼしきワイヤーを飛び越えると、地下一階には十数秒で辿り着いた。すぐさま、聴力レベルを引き上げて聞き耳を立てる。

 思った通り、複数の呼吸音があった。そのいずれも移動しておらず、同じ方向から聞こえてくる。

 地下一階の構造は地下二階と同じで、廊下が奥に向かい一直線に伸びている。ただ、地下一階の部屋は一つしかなく、資材室があるのみだ。

 出入口は奥と手前に一つずつあり、呼吸音は奥の方から聞こえてくる。金属センサーで足元を先に確認するが、罠らしいワイヤーは廊下のどこにも張っていなかった。短く息を吸い込み、床を蹴って奥の入口まで走り抜ける。

 未来は鉄のドアの横に張りつくと、両手でデザートイーグルを構えた。

 脚に力を込め、思い切りドアを蹴り開ける。

 中へ銃口を向けるよりも早く、戦闘機が空気の壁を突き抜ける瞬間の衝撃波が発生したかのような爆発音が暗闇を引き裂いた。

 身体ごと身を引いた未来のすぐ横を弾丸がすり抜け、ドアの後ろのコンクリート壁に大穴が穿たれる。頑丈なコンクリート壁を砕き散らすその痕は、デザートイーグルを上回る破壊力がある銃であることを思い知らされた。

「間未来だな?人質はここにいる。入ってくるがいい」

 閉鎖された空間に激烈な銃声が轟いた反響が止まないうちに、資材室の奥から威圧感のある低い声が重ねられてきた。

 油断なく銃を構えたまま、未来が入口の真正面に立って問いかける。

「あんたがサージェントか」

「いかにも。お前のような小娘が、最新型のサイボーグとは」

 資材室奥の暗がりで、同じように構えた男が鼻で笑い尊大な口調で答えた。

 男の歳は、声や全体の印象では三十代後半程度か。黒で統一した防弾ベストやベルトといった装備は、これまでに倒してきた敵と同じものだ。

 しかし、離れた場所から見て異様だとわかる身体が何より強烈だった。身長は優に二メートルを越えているようで、右手に構えられた銃が玩具にしか見えないほどだが、その銃は未来が持つ五十口径を凌ぐ破壊力を持った大型拳銃に違いない。

 ただでさえ巨大な身体は、装備を押し上げるほど異常に発達した筋肉によって倍増されており、身長一六〇センチの未来など幼児にしか見えないだろう。

 そして捲り上げた袖から覗く日焼けした皮膚には、無数の蚯蚓腫れが走っている。腕だけでなく、ゴーグルを装着した顔にまで傷が鈍く光っていた。ヘルメットは被っておらず、スキンヘッドに剃られた頭にはモスグリーンのベレーを載せているだけだ。頭に弾丸を喰らわないよほどの自信があるのだろう。

「研究所で狙撃してきたのも、あんただな?」

 もう一つの未来の問いに、男は口元に笑みをこびりつかせたまま頷いた。

「お望み通り、私一人でここまで来てやったんだ。人質を返しな」

「人質ならそこだ。しかし、誰がそのまま返すと言った?少しは自分の立場を弁えろ」

 サージェントが後ろを左の親指で示し、未来はちらりと視線を流してすぐに戻した。

 翔子は死体袋に入れられたまま、資材室の一番奥に仰向けで寝かされていた。呼吸が安定しているところを見ると、薬で眠らされているのだろう。

 大切な後輩の無事を確認し未来はやや安堵したが、奪還するまで油断は禁物だった。

「じゃあ、あんたに勝てばいいんだろ?」

「お前がこれまでに倒してきた部下と俺を、同じだとは思わん方が身のためだ。あんな出来損ないの粗悪品と一緒にされるのは、こちらとしても心外だからな」

 不敵な台詞を口にした未来だったが、サージェントが今までの敵と格が違うことなどとっくに感じていた。こうして相対しているだけでも威圧感と殺気に心が侵されそうになり、緊張や恐怖で口の中がからからに乾いていくのがわかる。

 加えて、サージェントが口走った言葉に引っかかるものがあった。

「出来損ないの粗悪品って、どういうことだよ」

「俺は自ら志願してこの身体を手に入れたが、連中は仲間になってから、あの身体にしてやった。ただの人間に比べれば痛みを感じず、疲れもしない分だけは優れていたと言える程度だ」

「部下をヤク中にしたのも、あんたの仕業ってわけ」

「俺は十年ほど前に存在を抹殺された身だ。薬品の調達も、お陰で楽だったがな」

「ん……さっき何て言った?自ら志願して今の身体を……」

 独り言のように未来が呟いた。

 サージェントとは、英語で軍曹のことだ。

 十年前。

 存在を抹殺された。

 これら言葉の鍵全てが、今日初めて耳にした話を導き出していた。

『どうも、SF映画でやってるような……サイボーグ?あれを実際に作ってたらしいわよ。確かプロジェクト名はAWPかしら。Advanced Woriar Projectの略ね』

 未来の脳裏に、母の声が蘇る。

 まさかこの男が、破棄されたサイボーグだというのか。

 処分された筈ではなかったのか?

「まさか……」

 女サイボーグの頭は混乱した。

「どうやら、少しお喋りが過ぎたようだな」

 動揺を浮かべた未来に気づいたサージェントの声が、重さを孕み更に低くなる。

 だが、未来は問わずにいられなかった。

「……あんた、一体何者なんだよ」

「言っただろう、サージェントだと」

「ふざけんな。誰からの依頼で、私を狙ったんだ!」

「知りたければ、俺を倒してみるがいい」

 激高した女を、サージェントがせせら笑う。これ以上の舌戦は時間の無駄にしかならないと判断する頃合いだった。

 資材室の入口から足を動かさなかった未来が、初めて中へと踏み込んでいく。それに合わせ、サージェントもゆっくりと足を運び始めた。

 二人は隙を狙い、滑るような足取りで移動しつつ睨み合う。

 資材室は幅五十メートル四方はあろうかという大部屋だった。両の壁際に各種什器やダンボールが乱雑に積まれており、埃まみれの小山を無秩序に幾つも作っている。タイルが剥がれた床には壁材や天井板が散ってはいたが、真ん中は障害物がない開けた空間となっていた。

 先に発砲したのはサージェントだ。雷鳴の如き凄まじい爆発音が空間を打ち破るが、弾丸は疾風のように走り出した未来を捉え損ねた。

 サージェントが持つ銃はスミス&ウェッソンM500で、五十口径の巨大なリボルバーだ。口径は未来のデザートイーグルと同じだが、破壊力と射撃時の反動はM500に軍配が上がるだろう。

 しかも、サージェントは身体の大きさと腕力にものをいわせ、片手でこれを軽々と扱っていた。

 両者の持つ銃は、互いに一発でも命中すればそこで勝負がつく代物だ。

 未来が同じように走り出したサージェント目掛け.AE弾を撃ち込む。こちらも動く標的である敵を見失い、傍らに放置されていた什器に当たって火花を散らした。

 廃棄物の山に身を隠すサージェントとは対照的に、未来は素早く高所と床とを跳んで移動し、常に弾道に留まらぬよう動いている。

 だが、サージェントには敵の動きが読めていた。

 彼女は絶対、人質を背にした位置へ行こうとしないのだ。しかも、殆ど移動する姿を銃口の前に晒し続けている。

 そうなれば、発砲時の隙を狙い撃ちするのは容易い。

 人質の救出を第一目的としている時点で、既に女の負けは決定的だ。

 サージェントは勝利を予期し、未来が発砲の動作に移った瞬間にトリガーを絞る。が、未来は銃口を上げる手前で再び廃棄物の山へ跳び弾丸を避けた。

 人間を遥かに超えた反応速度だ。

「ちいっ!」

 発砲音の余韻に舌打ちを重ねたサージェントは、彼女の跳躍が最も高い点に達した位置を見越してもう一度発砲する。女は剥き出しになった天井の鉄骨を片手で掴んで半身を縮め、またも弾丸を巧みに防御した。

 未来が天井の鉄骨を蹴って勢いをつけ、床に飛び込む。視線の先にサージェントを捉えて片手でデザートイーグルのトリガーを引き、空いた手で床を叩いて体勢を立て直した。

 その彼女を、更なるサージェントの弾丸が襲う。

 ほぼ同時に互いの凶弾は獲物から逸れ、背後の暗闇へと吸い込まれて壁に穴を穿った。

 後方の床に足から着地した未来が、しゃがんだ姿勢から最大限の発条を効かせて走り出す。一気にサージェントとの距離を詰めて斜めに跳び、彼が潜む障害物の裏へと銃口を向けた。

 サージェントは先んじて発砲はせず、後方へ跳び退り弾道から逃れようとする。

「そこまでだ!あんたの銃にもう弾はない。武器を捨てて投降しろ!」

 敵が振り返るよりも早く未来の鋭い警告が飛び、デザートイーグルの銃口がその巨躯に無慈悲な銃弾を叩き込もうとしていた。

 サージェントの持つM500は最高の破壊力を持つリボルバーだが、欠点は弾数が少ないことにあった。同じ五十口径のデザートイーグルが最大で八発装填可能なのに対し、M500は五発だ。

 それを知っていた未来は敢えて敵に姿を晒し、無駄撃ちを誘って弾倉が空になる時を狙ったのだ。

「……ふん、それで脅しているつもりか?人質の存在を忘れたわけではあるまい」

「勿論。人質に手を出される前に、あんたの頭をぶち抜いてやるよ」

 未来は片手でデザートイーグルを構えたまま、サージェントの正面まで移動する。

 人質の翔子とサージェントの距離は目測で十メートル以上ある。いくら彼が素早く動けたとしても、この距離なら外さない自信があった。

 だがサージェントは追い詰められた状況であっても、不敵な笑みで口元を歪めている。

「正直、お前がここまで手応えのある相手だとは予想外だ。しかし、あくまで敵を殺そうとしないその甘さが敗因になることを、思い知るがいい」

「そりゃ、どうも!」

 瞬間、未来のデザートイーグルが彼女の正面から姿を消した。

 二つの銃声が広い闇に彩られた虚空に重なる。

 未来の半歩前の場所をアサルトライフルの銃弾が切り裂き、彼女が左袖の下から横に向けて撃ったデザートイーグルの弾丸が、廃棄物の山の一つに吸い込まれる。

 五十口径の銃口が再びサージェントに向けられた時、うず高く積まれたゴミの中から何かが床に倒れる鈍い音が響いた。ゴミの山に身を潜めていたサージェントの最後の部下、アルハンブラが頭を撃ち抜かれて絶命したのだ。

「伏兵がいることぐらい、最初から知ってたよ。生憎だけど私、パワー一辺倒に改造されたサイボーグじゃないから」

 デザートイーグルの弾数はあと五発。初めてサージェントの顔に、余裕のない表情が浮かぼうとしていた。

 このフロアの呼吸音が三つあることは、未来には最初からわかっていたのだ。当然サージェントとの戦闘中に背中を狙ってくる伏兵として、潜んでいることの予測もつく。

 未来が銃を撃ち合うまで資材室に入らず戦闘中も常に動いていたのは、サージェントの油断を誘い、かつ狙撃を避けるためだった。

 未来のサイボーグとしての性能は、男性プロスポーツ選手の二十倍に当たる筋力もさることながら、真骨頂は探知能力と精密機械並みに緻密な行動が取れることにある。その二つがあって初めて、呼吸音から敵の位置を正確に割り出し方向を固定、腕の震えもなしで射撃が可能になるのだ。

「……わかった、投降しよう」

 サージェントの返答まで、長い時間はかからなかった。

「あんたの手が届かないところに武器を全部捨てな。人質から離れてこっちへ来い」

 未だデザートイーグルで狙いをつけたまま、未来が言い放つ。サージェントはまずM500を投げ捨て、マガジンポーチやベルトの装備を未来の足元へ放ってから足を進めてきた。

「そこで止まって動くな!」

「わかっている。武器もこのナイフで最後だ。それよりも、ジュネーブ条約に準じた捕虜としての扱いを要求する」

 未来の命令に三メートル程度の距離を保ち、サージェントが足を止める。右手には抜き身の細いナイフのみがあり、もう他に武器を携帯している様子はない。金属センサーで調べる必要はあるだろうが、そのナイフを離す素振りを見た未来の瞳から、緊張が僅かに薄れた。

 だが、離れたのはナイフの刃だけだった。

 しゅっ、とナイフの刃が空を切って未来の顔に飛んだ。

 反射的に右に避けた未来の左頬を鋭い金属が掠める。

「この……!」

 一刹那ナイフに気を取られた未来の顔へ、右から丸太のようなサージェントの脚が唸りを上げて飛来した。

 ナイフを避けるのに傾けた半身はもう戻せない。咄嗟に右腕を割り込ませて顔を防御する。

 とてつもなく重い鈍器の一撃に耐えられず、自らの腕が愛らしい顔に激突し、安全装置がかかったデザートイーグルが右手から弾け飛ぶ。

 未来の耳は、右腕の骨全体に亀裂が走る音を捉えていた。

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