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機械娘の心的外傷(トラウマ)~旧タイトル:SAMPLE  作者: 日吉 舞
亡霊とテロリスト
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第20話

 窓枠の外に敵の頭が僅かに覗いた隙を逃さず、未来は狙いすました銃弾を叩き込んだ。

 夜が最高の威力を誇る大型拳銃の発砲音に震え、飛び散る頭蓋骨と生暖かい血飛沫を飲み込む。反動で、ロープから下がった彼女の身体が逆の方へ振られた。

 未来は階下へ飛び降りると見せかけて窓枠にロープをかけ、外に宙吊りになって敵を欺くことに成功した。

 何とか一人は倒したが、まだ二対一の不利な状況であることに変わりはない。壁に足を踏ん張って左腕でロープを手繰り、懸垂で身体を窓枠の上に出す。

 同時に手榴弾が病室の真ん中へと投げ込まれてきたのが見え、未来は慌てて上半身を引っ込めた。

 壁を隔てて爆発音が轟き、無数の金属片が叩きつけられる衝撃が伝わってきた。

 今度はすぐ半身を上げず、息を殺して待つ。

 聴力レベルを上げると、二つの忍び足が病室に侵入したのがわかった。ひたひたと静かな音を上げ、探るような歩調が壁際へと慎重に近寄ってくる。

 未来は片手でロープに掴まったままデザートイーグルをホルスターに突っ込み、ベルトから手榴弾を外した。

 ゆっくりした足音から距離を測る敵が窓際に膝をついたと思しき瞬間、彼女は手榴弾のピンを歯で抜き病室に投げ込んだ。

 短く息を飲む音を耳にした直後、聴力レベルを下げて鼓膜を保護する。

 今夜だけで幾度も上がっている爆発音が鳴ると同時に、彼女は手持ちで最後の一発となった手榴弾をとどめで投げた。頭上の病室で三たび手榴弾が炸裂し、閃光と爆風を暗闇に撒き散らす。

 手榴弾の砕け散った金属片が窓の外に飛ばなくなってから十秒を数え、未来は聴力レベルを上げた。

 浅く荒く、乱れた呼吸音が二つ捉えられる。

 病室にいた二人の敵は、二発の手榴弾を至近距離で喰らったのだ。いくら防弾ベストを身につけていても、瀕死の状態だろう。

 未来が窓辺に這い上がると、凄惨な戦闘の跡が暗視フィルター越しの視界に入った。

 汚れた壁や天井、埃が積もった床には無数の穴と傷。

 ベッドの剥き出しになっているマットはずたずたに裂け、黒い焼け焦げができている。

 先に彼女が撃ち上げた男の頭は上半分が弾けたようになくなっており、血の滝に染まる半身を窓枠にもたれさせていた。うつ伏せ気味に倒れかけているので、破壊された顔が見えないだけまだましと言える。

 手榴弾の餌食となった二人も、部屋の隅に血まみれで倒れていた。

 頭だけは辛うじて、ヘルメットが手榴弾のばら撒く金属片を防いで無事なようだ。反対に、皮膚が僅かに露出している顔と袖から覗く腕からは、血がなおどくどくと流れ落ちている。黒ずくめの服装のせいで目立たないが、四肢の組織が使いものにならなくなるほどに金属片が深く食い込んでいるだろう。内臓にも重いダメージを被っているはずだ。

 放っておけば時を置かず死ぬ。しかし例え未来が降伏を勧告したとしても、彼らが耳を貸すことはないだろう。見張りと同じように、身元判明の手掛かりを残さぬような死を選ぶに違いない。

 それが、傭兵としての掟なのだ。

 敢えて彼らにとどめを刺すことはせず、未来は病室の出口に足を向けた。

「……!」

 革のジャケットを突き刺すような殺気と僅かに上がった粘着性がある水音に、総毛立った未来が出口の手前で振り向いた。

 その黒い瞳が、驚愕に凍りつく。

 全身からどす黒い血を床に滴らせ、手榴弾をまともに喰らった二人の男が立ち上がっていた。アサルトライフルから血だらけの指先が滑ろうとするが、両足は硬い床を踏みしめている。

 その姿は、さながら手術台から起き上がってきた重傷者だ。

「な……どうして……!」

 普通の人間なら、あれだけの攻撃を受けて立っていられるはずがない。少なくとも激痛に気絶するか、意識は保てても戦えなくなるかのいずれかだ。

 愕然と呟いた未来の反応が一瞬遅れた。

 男二人のアサルトライフルからバースト発射された銃弾の一発が、未来の左脚をえぐった。初めての激痛が腿に走り、鮮血が飛び散る。

「くそ!」

 痛みに顔をしかめて壁の陰に飛び退いた未来が、デザートイーグルを抜いてトリガーを引き絞り、病室の中へと銃弾を撃ち込む。お返しとばかりに弾は手前に立つ男の左太股に命中したが、そこでデザートイーグルのスライドが下がったまま固定され動かなくなった。

 弾切れだ。マガジンを替える余裕はない。

 舌打ちした彼女はデザートイーグルと入れ替えで、ジャケットの内側につけたショルダーホルスターから予備の銃であるグロック17を抜いた。

 グロック17は九ミリ口径の一般的な拳銃だ。デザートイーグルに比べて威力が格段に劣り、銃弾を相手の胴体に一発でも当てれば倒せるようなものではない。それだけに正確に急所を狙う必要があったが、今はとにかく相手の動きを止めることが先決だった。

 血だらけの男の一人が、自身の血溜まりで足を滑らせて均衡を失いかけた。その隙を見逃さず、未来は相手の胴体目掛けグロックのトリガーを引く。

 狙い違わず、弾は男の腹に命中した。

 が、男は撃たれた腹をちらりと見下ろしただけで、平然と銃を構え直した。

「うそ、こんなのって……」

 それでも怯まずに再度発砲しようとした未来に、もう一人の男がアサルトライフルで銃弾を浴びせかける。その表情がおかしいことに気がついた。

 満身創痍の男は、この状況を楽しむように笑っていたのだ。それも、自国の言語であろう言葉で何事かを喚いている。傷の痛みをまるで感じていないのか、目にも明らかな出血を気にする様子もない。

 それだけに、彼らの動きは先と違い隙があった。

 連射するアサルトライフルの反動で銃口が逸れた時を狙い、未来のグロックが連続で火を吹く。デザートイーグルの数分の一程度の発砲音と共に、三発の銃弾が男の右足、腹、肩に穴を開け新たな血飛沫が上がる。

 が、それでもアサルトライフルの銃口は素早く未来へ向き直ってきた。

「何で倒れないんだよっ!」

 彼女が吐き捨てて、弾丸が吐き出される前に飛びすさった。

 男たちがふらつきながらも不気味な笑いを浮かべ、病室から走り出ようとする。

 距離を取るため、未来は廊下の中ほどに位置するナースステーションの扉を蹴り開けて全力疾走で駆け込んだ。奥に嘗て使われていたらしいデスクが固まっており、その陰に身を潜める。

 心臓が恐怖に鼓動を乱し、ジャケットに隠れた背中を冷たい汗が濡らしていた。

 何故、彼らはあれだけの攻撃を喰らっても倒れないのか?

 呼吸音があるのは確かだ。呼吸があるということは、心臓は動き肉体が機能しているということである。死人が動いているのではない。だとすれば、痛みを感じずに行動できるということになる。

 足がふらついているところを見ると、手榴弾による体組織の損傷は回復しないようだった。痛みを与え戦意を喪失させるのではなく、生体組織の機能停止を狙えば倒すことは可能なはずだ。

 そのためには脳か心臓を破壊するか、頸動脈もしくは首そのものを切断するかのいずれかを取る他なかった。

 初めての実戦を経験したばかりの未来には、どれも辛い選択だ。

 だが、殺さなければ殺される。

 ここは戦場だ。

 迷うな。

 躊躇うな。

 挫けるな。

 必死に自らへ命令して震える手でグロックを握り直す。

 未来は頭を横に振り、強く念じつつ呟いた。

「死なない。絶対、負けるもんか!」

 片膝をついた姿勢で視線を上げる。

 二人の敵は大声で怒鳴りながら、ばらばらに跡を追ってくるようだ。

 足音と声が近づく方に銃口を向けて、瞳のズームを絞る。ナースステーションへ高笑いと共に男の一人が姿を見せた瞬間、顔を目掛けてグロックを撃った。

 東洋人らしい男の右頬に着弾して血が吹き出し、笑顔のままで動きが止まる。間髪入れず、未来は更に二発の銃弾を撃ち込んだ。全ての弾丸が顔を貫通したのが、射出音でわかった。

 脳を撃ち抜かれた男が今度こそ、即死状態で前のめりに倒れた。

 その後ろから、追いついてきたもう一人の男が勢いをつけて躍り込んだ。仲間の遺体を踏みつけて哄笑を上げ、アサルトライフルの弾丸をフルオートで未来に撃ち込もうとする。

 削岩機を思わせる発砲音に弾丸がデスクで跳弾する金属音が重なり、未来の耳を打った。

 彼女は再びデスクの陰に身を隠したが、すぐには立ち上がらずに発砲音のみで敵の位置を確かめる。そして五十キロはあるだろう、婦長のものらしい重厚なデスクの足を掴み、低い体勢のままその金属の塊を片手で投げつけた。

 驚愕し動きを止めた敵は、恐ろしい勢いで飛んできた意外な凶器を避けることができず、壁に叩きつけられ頭をデスクに潰された。

 未来の耳に届いた絶鳴は短く、頭蓋骨のひしゃげる音が耳についた。

 まだ身を低くしたままで聴力レベルを調整し、相手の呼吸音を探る。

 もう、この階には生き物の呼吸は自分以外に存在しない。未来はそれがわかってからやっと、グロックを握りしめていた右手を緩めた。

 と同時に、傷の痛みが襲ってくる。

 彼女は四階に侵入した後、右腕に一度、左脚に二度被弾していた。二つは掠り傷だが、最後に受けた腿の傷は深く肉をえぐられており、もう少し酷ければ動きに支障が出たかもわからない。

 腰のポーチから救急セットを取り出して、血が滲み出る傷口に止血と消毒の応急処置を手早く施す。革パンツの上に包帯をきつく巻き終え、未来はもたれかかった壁に背中をこすりつけるようにして座り込んだ。

 うずくまって口をぎゅっと押さえ、喉の手前までこみ上げてきている嘔吐感を懸命に堪える。不快な感覚を力づくで胃に押し込めると、荒い切れ切れの息遣いが漏れた。

 疲労はないのに呼吸は酷く乱れ、身体ががくがく震えて力が入らない。ゴーグルを外し、滝のように流れる汗を腕で拭う。

 怖かった。

 何度銃で撃たれても立ち上がってくる敵から、すぐにでも逃げたかった。それほどにまで恐ろしかったのだ。

 彼らは果たして普通の人間だったのか、という疑問が頭をもたげてくる。麻薬や覚醒剤などの中毒だったのだろうか。

 そうでなければ死闘を演じている最中に高笑いを上げたり、痛みを感じないことに説明がつかない。残りの敵に何人そんな者がいるかはわからないが、これからは可能な限り一発で倒すことを考えた方がいいだろう。グロックではなく、デザートイーグルで一撃必殺を狙うべきだ。

 人を殺すことへの嫌悪感も完全に振り切ったわけではない。身体の震えが止まらない理由の半分は罪悪感のためだが、今は深く考えることを避けなくてはならなかった。身体が言うことを聞かなくては、自分を守ることも、翔子を救うこともできないのだから。

 未来はからからに乾き切った喉と口を水筒の水で潤し、まだ震えが治まらない手でデザートイーグルのマガジンに手を伸ばした。





 アブヤドゥとブンニ、アフダルとアスワドのバディーからも発信が途絶えていた。四階の中央付近で激しい戦闘が繰り広げられたことは、銃声や爆発音が継続して上がっていたことから推測できたが、四人の部下がまたしても全滅したのは想定外だ。

 サージェントは状況をハンドシグナルでバディーのアルハンブラに伝え、別の作戦の早急な展開を指示した。

 しかし、四対一の戦闘であれだけの武器弾薬が使用されたのだ。敵の女サイボーグも、恐らく無傷ではいないだろう。倒れた四人がある程度のダメージを与えているのなら、それはそれで成果を認めるべきだった。

 残るメンバーは、指令役である自分を含めてあと四人。

 戦闘開始から二時間足らずで、傭兵として幾多もの国の戦場を生き抜いてきた猛者である六人の部下が殺されている。敵は実戦経験がない素人のはずだったが、強化人間であることを除いても、生き残ることと戦闘にかけての才能は群を抜いて優れていると言わざるを得ないだろう。

 「魔女の大鍋」と名づけた作戦に移る頃合いだ。

 サージェントとアルハンブラは、廃病院一階のガラスや壁材が散乱するロビーと待合室を通り抜け、地下の分析施設や検査室群に続く階段の暗闇へと姿を消していった。




 水を口にして呼吸を落ち着けるため、座り込んでいた未来の携帯電話が震えた。革ジャケットの内ポケットから携帯電話を引っぱり出す。ここは圏外の筈だったが、ディスプレイ表示は今電波が街中と同じ状態であることを示していた。

 しかし、バイブが止むと同時にまた「圏外」に戻った。やはり敵が携帯電話の電波網を局地的に妨害する装置を使っているのだろう。

 青い携帯電話のロックを解除し確認すると、翔子から「現状」の件名で画像が添付されたメールが一通届いていた。

 捕らわれている翔子がメールを送れる筈がない。

 未来の身体に緊張が走った。まだ震えている親指でメールを開き、画像を拡大する。

 画像は暗いものだったが、翔子が死体袋に入ったままストレッチャーに乗せられている姿があるのがはっきりとわかった。

「……くそっ……くそっ!あんなところに、翔子ちゃんを連れて行きやがって!」

 疲れ切っていた未来の表情に怒りが満ちていき、歯軋りが漏れた。握りしめた携帯電話がみし、と音を立てたところで再度内ポケットに突っ込む。

 彼女は外していたバイク用ゴーグルとグローブを着用して立ち上がり、右脚のホルスターに収めた銃を確かめた。

 画像の背景の部屋は見覚えがあった。まだ学生だった頃にここへ一度肝試しで足を踏み入れ、その目的地としていた場所。

 地下二階にある霊安室だった。

 もともと心霊スポットとして有名なこの廃病院の中でも、霊が出る確率が一番高いとされている部屋である。翔子の後ろに置かれた白木の祭壇らしい棚には蝋燭と思しき明かりが灯されているが、壁に垂れ下がっている白い布のドレープは当時のままのようだった。

 ナースステーションの扉を思い切り蹴り開け、エレベーターホールに出る。金属センサーをオンにしても、罠らしいワイヤーはない。

 ホールの右側に位置するエレベーターは、九人乗りでやや小さいものだ。

その前まで来た未来は、鉄の扉を睨みつけてから手を掛け、横に引いて強引にこじ開けた。電源が供給されていないエレベーターの扉が悲鳴を上げて開き、錆びた塗料が床に散らばる。

 その中に上下に伸びている暗く、長い空間を、これも錆びが浮いたワイヤーが頼りなく繋いでいた。暗闇の中に首を突っ込み、中を確認する。

 当然ながら生き物の呼吸音は聞こえない。暗視フィルターを通した視界では、エレベーターが最下層である地下二階にあることが判別できた。

 次に金属探知を仕掛けるが、四角い闇を横断する罠と思しき他のワイヤーらしい光は見当たらない。

 未来は窓のカーテンを引きちぎり右手に巻くと、躊躇うことなくこじ開けた扉へと飛び込み、太いワイヤーを掴んだ。そのまま掌を滑らせ、最下層目掛けて勢いよく身体を降下させる。

 右手のぼろ布が摩擦で焼き切れる前に、細い身体が停止しているエレベーターへ踵から激突した。鉄板を強打する轟音が響き、エレベーターの天井が勢いに負けて抜ける。

 粉塵がもうもうと舞う狭いエレベーター内に天井板ごと着地した未来は、膝の発条をクッションにし着地の衝撃を逃した。

 今度はエレベーターの内扉を蹴りつける。

 脆くなった扉はサイボーグ戦士の強烈極まりない一撃にあっさりと負け、外側のそれもろともホール側へと埃を撒き散らしながら倒れた。

 すぐさまエレベーターの内側に身を寄せ、未来が外の様子を窺う。

 地下二階は真の闇かと思われたが、ホールから続いている廊下のところどころには工事用の小さな明かりが置いてあるのがわかった。全く光源がない場所では、暗視装置は役に立たない。それは敵の武装集団も同じなのだろう。

 用心のため、未来は熱反応センサーもオンにした。

 このニュータウン総合病院の地下のスペースは、主に血液や組織細胞の各種検査室、そして解剖室や霊安室として使用されていた。

 霊安室は、この地下二階の奥の方に位置している筈だ。他の階と違って構造は単純で、エレベーターホールから伸びる四十メートル程の廊下は、奥へと一直線になっている。

 今の破壊音で自分の位置は確実に相手に知られただろうが、敵の残りが少ないことは既に予測がついている。むしろ、構造が単純なこのフロアに相手が集中したほうが、一網打尽にできて都合がいいくらいだ。

 未来は聴力のレベルを上げ、慎重に奥へ続く闇へと足を踏み出した。

 フロアにいる生き物の呼吸音全てを把握できるレベルまでに聴力を敏感にしても、何の音も感知できない。

 翔子の呼吸は、捉えられないくらい弱くなっているのか。

 未来の胸中を不安が過ぎる。

 生き物の気配が全くしない淀んだ空間には、粘り気のある怨念が渦巻いていると言われても頷ける。こんなところに翔子を連れて来たこと自体が許せなかった。

 廊下手前の床上十センチ程度の高さに、罠に繋がっているであろうワイヤーが見える。それを跨いで更に進むと、手前から血液検査室、微生物検査室、超音波検査室、毒劇物解析検査室、免疫生化学検査室、リネン室と続いた先に霊安室と資料室の札が続けて掲げられていた。無音の闇が横たわる廊下には、以前は各検査室に収まっていたと思われる様々な装置が投げ出されており、砂が厚く積もっていた。その間に罠はないようだ。

 未来がマガジンを交換したデザートイーグルをカイデックス製ホルスターから抜き、両手に構える。埃っぽい暗がりを見据える未来の瞳には、緊張と困惑とが浮かんでいる。

 静か過ぎるのだ。

 罠が一つだけしかないのが、そもそも不自然だ。先の着地音を聞きつけて敵が集まってくる様子もなく、人質の翔子がいる霊安室へのルートがここまで無防備なのは、罠である可能性が極めて高い。

 だが、敵の目的は翔子ではなく未来だ。人質を殺害することも充分あり得るだけに、あの画像が暗示するように翔子がもう生きていない可能性もある。一度確かめないわけにはいかない。

 唾を飲み込み、未来は途中の障害物を次々に飛び越えて一気に霊安室まで駆け抜けた。両開きになっている鉄の扉の横に立ち、中の音を探る。

やはり何も聞こえない。

 息を止めて扉を思い切り蹴ると、あっけなく蝶番が外れて鉄の重い板が埃を上げ床に倒れていく。

 中に向かい銃口を鋭く構えると、画像通りの光景が未来の目に飛び込んだ。

 霊安室は二十畳程度の長方形の部屋だった。中は真っ暗で明かりがないが、暗視フィルターを通した瞳には、天井近くから白い布の垂れ幕がドレープを作って垂れ下がり、奥の壁に白木の祭壇があるのが見える。

 そして霊安室中央にはストレッチャーが横向けに置かれており、その上に死体袋が横たわっていた。

 緑色の死体袋の口は半分開いているが、今いる位置からでは翔子の姿までは確認できない。聴力を最大限まで上げたが、呼吸音も聞こえなかった。

「翔子ちゃん!」

 悲痛な声で叫んだ未来が中央に据えられたストレッチャーに向かって走り、一秒とかからず彼女の指先が死体袋に届く。

 刹那、霊安室に爆発音が轟いた。

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