赤の他人から始めよう
「俺ァ、承知した覚えなんかねぇよ!」
双竜の言葉に百目鬼も大声を張り上げた。
口答えをした彼に、
「君は会社の正社員契約にサインをした、……よな?」
低く、絶対零度のような凍えるような威圧感。
獲物を狙う狩人の如く、双竜がさらに続けた。
「なら。従うっきゃねぇよなぁ? 当たり前だ、それが契約ってもんだ。社会の常識ってもんだろうが」
呆れた表情で言い捨てた双竜に百目鬼も「詐欺だ! んなことたぁ、書いてなんかっ……いな――」と声を荒げる百目鬼に言い張ろうとする彼の言葉を遮ったのは翁だ。
「書いてた、……お宅。きちんと読まないでサインするタイプの人間だろう」
大きくため息を吐いて言う。
しかし、そんなことが信じられないとばかりに翁に百目鬼が食って掛かるように、冗談は顔だけにしろとばかりに言い放つ。
「っはァ!? 表ちゃん、その嘘は笑えないって!」
嘘吐き扱いされた翁も苛立った口調で言い返した。
「引っかける奴がいるなら引っかかる奴も同罪で、一番性質の悪い【性悪】だって言うんだっけなー!?」
翁に完全論破されたことに、百目鬼も言い返すことも出来ずに、ぐぬぬ! と口をへの字にさせてしまう。
「さ。簡単にだが、私なんかでも出来る治療も終わりだ、……さて、っと」
翁の鼻先にガーゼをテープで留め、双竜も優しく指先で弾く。
「って!」
痛みに身体を震わせる様子に後片づけをして、
「ああ。私の自己紹介をしょう」
改まって、真っ直ぐに見据えた。
確かに、突然と壇上に現れた彼の正体を翁も百目鬼も初見で誰で、何者なのかとか会社内での立ち位置なんかも一切と知らないからこそ、こうやってため口で話せている訳だ。
少し離れたベッドに腰を下ろす百目鬼へと正面の翁に、こほん、と息を吐いて。
「私は古参の従業員の群青双竜。さっき、翁君を蹴飛ばしたのが、私の姉の蛇苺白蛇だ。さて、君たちも名前を聞かせてくれないか」
古参と言えば、ただの古株とだけ意味で聞こえるが。
実際はそうではない。
ネット通販の《ワールドルーツ》の創設に携わった一族の祖だ。
元は《異人》だったのだが諸事情で帰化をした。
日本人の中での最強の人間、といっても過言ではない。
今は仲介役として担う立場になることが多い。
その為、社内では無料のお助け窓口と化している。
社内でのトップクラスの企業秘密を、入社して間もない彼らが知るハズもない。無知とは重圧と束縛しかない相手にとって、なんと有難く気持ちのいい存在なのか。気も楽になれる。双竜も悪い気もしない、むしろ清々しい気分だ。2人の傍にいることが。
しかし、ずっと一緒にいるためには、若干と悪役にならなければならない。双竜も肝を据えて覚悟を決めている話しをする。重要だからだ。だから、あえて警戒感を解くために自己紹介をし合う段取りにした。
「……翁表です」
正面の翁がぼそっと唇を突き出して言う。双竜が頭を優しく撫ぜて、百目鬼にも訊く。
「君は?」
「俺は百目鬼重だっ」
元気に、挑発するかのように歯も剥き出しに答えた。
彼ら2人に双竜も、にっかりと追加の状況方法を報せる。
「さて、君達に残念なお知らせです」
彼が発した言葉は百目鬼と翁が思いもしなかったものだった。
ただ。
同時に――カウントダウンも動き出してしまう。
覚悟も、何もないままに。




