帰タラー 足早(エピローグ)
エピローグ
「あぁぁっ! 足早やべぇよぉー! まほちゃん引っ越すかもしれないって言ってたんだよ。どうすればいいんだよ俺は―っ!」
帰りのSTの挨拶を終えて席に着くと、いつも通り騒がしく韋駄が話しかけてきた。
「どうって……わからんけど、とりあえず早く会いに行った方がいいんじゃないか?」
「おぉ、だなっ! さすが足早いいこと言うなーっ!」
韋駄は嬉しそうに後ろから背中を叩いてくる。
マジで痛いんだけど。あと二発叩いたら殴るよ?
「それじゃあ、もうすぐにでも行って来るわ。待っててくれよー、まぁほちぁゃーんっ!」
カウントがゼロになり、振り返って腕を振り上げると、韋駄は奇声をあげて逃げ去った後だった。
「どうしたんだあいつ? 今日は一段と気持ちが悪いな」
「あぁ轍先輩。まほちゃんに会いに行くらしいですよ」
いつの間にか横にいた轍先輩がひきっつた顔で韋駄の軌跡を見ていた。
「……まほちゃん? あいつの彼女かなんかか?」
「さぁ? よくは知りませんけど……」
「もし韋駄に彼女がいるなら世も末だな。女がよっぽど物事の判断できないような奴で、精神年齢低そうな者とかし思えん」
物事が判断できないと言うより、まだ物心ついたばっかりというか。精神年齢と言うより肉体年齢も低い相手と言うか……説明するとややこしくなりそうだからやめておくか。
轍先輩はガムでも食べているのか、ずっと不自然に口をモゴモゴさしている。
「それより、どうしたんですか? さっきからほっぺた押えて」
「………………虫歯になった。今から歯医者なんだ」
そう言った轍先輩は、窓から遠くの方を見ていた。これから起こるであろう治療に胸を躍らしているんだろうな。さすがは不良。恐怖すらも楽しみだと感じるらしいな。
「泣くほど痛いですけど、轍先輩なら……大丈夫ですよ。お大事にー」
俺が冗談っぽくそう言ってみると、轍先輩は言葉の一つも返さずに、トボトボと歩いて行ってしまった。どうしてそんな重い足取りに……。
まさか保険に入っていないとかで、意外な治療費の高さに落ち込んでるの? 不良とか保険入って無さそうだしな。保険=人生に保険掛けてる軟弱者。みたいに思ってそうだ。
ていうかこの人、この前虫歯になったことないとか言ってなかったか?
あんなに詳しそうに歯ブラシのこと語ってたのに……。
見送ってあげた轍先輩の背中は、どうしてかものすごく猫背になっていた。
周りの生徒たちの動きが固定化し、動きやすい状況になったのを確認した俺は、自分の席をたつ。
すると、隣の憎たらしいアマがニタニタと笑って俺のこと見ていた。
「あれー? 足早くん今日は随分と楽しそうだね」
「あぁ楽しかったねぇ。でも、お前の顔見たら一気につまらなくなった。最悪の一日だ。もう帰りたい」
「――ちっ。相変わらずぼっちの癖に生意気だな。舐めてんのか? あ?」
ぼそっと俺にだけ聞こえそうなトーンで呟いた天ノ上は、席から立って俺の足先をぐりぐりと踏みにじってくる。周りから見えないような所を狙って来るとは汚らしいアマだ。
「お前もな」
俺は不意に足を引き戻す。
案の上、天ノ上は足を取られてひっくり返りそうになった。
くっそ、あと一歩だったか。軸足の方を足払いでもしてやればよかったな。
天ノ上は悔しそうに「けっ」とそっぽを向くと、ロッカーの方へ引き上げて行く。
やっと自分のこれで自分の帰宅に専念できるな。そう確信して一歩踏み出す。
「痛っ」
「――あ。ご、ごめんっ!」
いきなり人とぶつかってしまった。
教室の全体を見回していたせいで、目の前に人がいるのに気付けないとは……。
すぐに謝ると、俺の胸当たりの身長の女子。ぴょこんと耳のようにはねた、見覚えのある頭頂部の寝癖。よりちょっと後ろのところを押えたつばめがいた。
「あっ……足早」
俺を見てつばめが声を発した。
表情からは窺い知れないが、少しムスッとしているような気がする。
「昨日はどうして――」
「俺は帰タラーだ」
何かを言おうとしたつばめの言葉を遮って、再び口を開かす猶予を与えはしない。
「誰かと組まなくたって一人でやっていける。今までだってそうやって帰ってきたんだ。――だからつばめ、お前とは組まない。むしろ足手まといだ」
「私が足手まとい……?」
少しキツく言い過ぎたか? さすがに動揺している様子。悲しんでいるようで怒ってるように感じる。俺を見る目は睨んでいるように見えるけど、少し目が潤んでいた。
「違うっ!」
初めて聞いたつばめの張った声。教室内が騒がしいから誰も気づきやしないけど、俺にはちゃんと聞こえていた。
ぶっきらぼうに手の甲で両目を拭ったつばめは、上目づかいじゃなくなって挑戦的な双眸でしっかりと俺を睨み付けていた。
さっきの糞アマには劣るけど……良い目だ。やるからにはそれくらいやならいとな。
「あぁそうだ。お前と俺の帰り方はそりが合わないんだよ」
つばめの帰り方は安全に早く帰れて疲れない。
まさに帰宅するのには最高のパフォーマンスだと言えるだろう。
こんなに大口を叩いているけど、俺じゃまだまだこいつを超えられそうにないことくらいは解っているつもりだ。
それにこれは自分で見つけて、帰宅することが楽しいと言ったつばめにとっての一番いい帰宅方法。未熟さゆえか、今の俺にはマニュアル化された帰宅方法にしか思えなくて、味気のないようなものに感じるけど……。
だから俺は、俺自身の帰り方を見つけないといけない。
それが見つかったとき、もしつばめのする帰り方と同じものだったのであれば、その時はまた一緒に――。
「そう……。じゃあこれからは敵同士だね、足早」
宣戦布告をしてきたつばめは、最初に教室で話しかけたときのようなそっけのない態度に変わっていた。でも、立ちすくむその手の拳はきゅっと弱弱しく握られている。
「帰宅に敵も味方もいねーよ。帰宅ってのは常に己との戦いなんだ、覚えとけっ」
俺は新たに発見した帰宅の心理を教えてやって、ポケットから少し依れた紙を引っ張り出す。
「あーそうそう。でもたまには合同試合みたいなことはしてやってもいいかな。……まぁそんときは連絡しろよ」
俺は自分の携帯への連絡先を書いた紙を、つばめの手を無理やり広げて握らせる。
「もちろん当日に連絡してくるのはなしだぞ? アポは一日前だ」
注意事項を一つ教えてやったってのに、つばめは渡した紙を持った手を、これでもかというくらいの力で閉じて見せやがった。
「気が向いたらしてあげる……」
やっぱり余計なお世話だったらしい。
つばめは特に喜ぶことも怒って破り捨てることもしずに返事だけをして、腕が振るえるほどの力で紙を握ったまま。
そして、更に重たくなってしまっていそうな口を開く。
「じゃあ、情報交換として一ついいこと教えてあげる……」
「情報?」
「今日は廊下にラグビー部が勧誘に来てるから気を付けて」
確かに廊下側のすりガラスを見ると、いつも奴らの着ているユニホームの色らしき緑が無数動き回っていた。
「――なっ! またかよ! こりねぇ奴らだな」
「それじゃあ」
情報を言い終わると、そっけない態度で歩き出したつばめ。
「ありがとね、巽」
でも去り際にそう言ったように聞こえたのは、気のせいじゃないはず。つばめはさっきまで紙を握っていた手のひらを、ブレザーのポケットに突っ込んでいたから。
――ったく、どいつもこいつも懲りずに俺の邪魔ばかりしてきやがって。
絶対に意図的にやってきているのだから、またタチが悪い。
俺が何をしたってんだよ……でも、この毎回の帰宅に身を削るスリル満載の日々。
俺が生きてるって実感が出来る一番のこと。
これだから帰タラーはやめられない。




