期限切れ待ち
私には好きな女の子がいる。彼女も私のことを好きだと言うけれど、それは私のとは違う。
彼女の好意は、友愛だ。
望みがないと分かっていても、私は今日も彼女の家へ遊びに行く。
***
「私、美紗の作ったお菓子大好き!」
そう言いながら私の目の前に座っている由香は、手を休めることなくテーブルの上にあるお菓子を食べ続ける。食欲の秋だからと言っても流石に食べすぎだろう、なんて言わずに優しく見守る。彼女は太りにくい体質であり、バランスの良い体系をずっと維持しているし、何より自分の作ったものを幸せそうに食べてもらえて止める理由もない。
「はーい、ありがとう」
「あ、もちろん、美紗のことも大好きだからね?」
「分かってるって。由香は高校の時から言うこと変わんないんだから……」
私と由香は高校で知りあった。出会いはなんてことない、高校1年生の春。同じクラスで席が隣同士だったこと。普通に話すようになって、普通に仲良くなった。だから私が彼女に対し恋愛感情を伴う好意を抱いてしまったのも、普通、ということにしたい。
そんな私達の関係はズルズルと続いて、気が付けば大学生になっていた。
得意科目も将来の夢も全く違う私達は当然のように別々の大学へ進んだ。それでも、月に数回会う程度には仲がいい。
今日は、のんびりしたいという由香の希望もあってダラダラと暖かい部屋で映画を見たり雑誌を読んだりして過ごしていた。借りてきたDVDも全て見終わり、帰る時間まで私の手作りクッキーを食べながらおしゃべりを楽しんでいる。
「もー、また子供扱いして! 私は美紗より大人だよ?」
「はいはい、彼氏しるもんねー」
頬を膨らましてぷんぷんしている姿は明らかに子供っぽくて、とても可愛らしいのだけど口には出さないでいてあげよう。
「また適当に流してー……」
不満げな彼女に、クッキー没収するよ? と言ったら、文句ないです! と勢いよく手のひらを返してくる。こういう可愛いとこは、たかが2か月の付き合いしかない彼氏さんは知らなければいい。できることなら一生。
「うぅー、美沙のお菓子毎日食べたい。このクッキーも少しずつ食べようかな……」
「それしちゃうと最後の方食べても美味しくないよ? なるべく2、3日で食べてほしいし」
消費期限みたいなもん。と私が言うと彼女は何かを思い出したらしく、顔を思いっきりあげ眩しい笑顔で口を開いた。
「ねぇ、恋にも消費期限があるんだって!」
「……そうなの?」
「うん、友達が言ってたんだけど、楽しくて甘くて幸せな時の期限が賞味期限。楽しくなくても、嫌になって別れたり、恋が冷めるまでの期限が消費期限」
「ようするに、美味しい期間が賞味期限。美味しくなくても、まだ食べられる期間が消費期限……を恋愛に置き換えたってこと?」
「多分そんな感じ!」
友達は賞味期限切れ中って言ってたなー。と言いながら由香はクッキーを食べ始める。
それで言うと私の彼女に対する思いは賞味期限と消費期限が混じり合ったような状態なのだろうか。
楽しく幸せな時もある。けど、その後ろにはいつも罪悪感や背徳感のようなものがくっついてくる。楽しくない、辛い。でもやめられない。とまらない。
由香には彼氏がいるのに、いつまでも諦めがつかない。私の期限はいつまでなのだろうか。
「期限切れする前に……」
不意に、思っていたことが口から出た。しまったと思った時にはもう遅くて、キラキラした目でこちらを見る由香の姿が視界に広がっていた。
「え、もしかして、好きな人いるの?」
「……一応、ね?」
由香に微笑む。貴方が好きです、なんて、言えるわけがない。
適当に流して誤魔化そう。
「もうそういうのは早く言ってよ! 美紗全然そういう話しないし、昔から告白されてもすぐ断ってたし、恋とかしてないのかと思ってた」
恋バナしようよー! なんて無邪気に笑う由香を見てチクリと胸が痛む。
「ねぇねぇ、美沙の好きな人ってどんな人なの??」
それを露ほどもしらない彼女はぐいぐいと突っ込んでくる。
「……優しくて素敵な人、かな。仲良くしてくれてるけど、私が恋愛感情持ってるって知ったら離れていっちゃうと思うから、告白する気はないよ」
嘘は、ついてない。ついていない。
「美紗なら大丈夫だよ! 可愛いしお菓子も作れて器用で優しいし、何より私の自慢の大親友なんだよ? 自信もって!!」
そこまで好きでいてもらえるのは素直に嬉しいけど、やっぱり友愛なのかと、大親友という言葉で自信がなくなっていく。
「応援してるから! 頑張ってみなよ」
「そうだね……いいタイミングがきたらしてみようかな」
ここらへんでいいだろう。そういえばね、と話題を変えていく。
由香もそっちの話題にすんなりと移ってくれて、私達の恋バナは何事もなく幕を閉じた。
「あ、ヤバイもうこんな時間……。そろそろ帰らないと」
あれからついつい話し込んでしまい、外は真っ暗。
明日提出のレポート終わってない! なんて慌ただしく帰る準備をする由香。
それを微笑ましく見てて、借りていたDVDを帰しに駅の方へ行かないといけないことを思い出した。
「あ、由香。駅まで送るよー」
DVDの返却を口実に見送りできるなんて、なんて素晴らしいのだろう。
そんな私の下心を知らない彼女は、満面の笑みで嬉しそうに肯定の言葉を告げる。彼女はやっぱりずるいと思った。
***
美紗と別れてすぐにきた電車に飛び乗る。各駅停車。3駅で私の最寄り駅につく、10分もかからない短い旅だ。車内はすいていて、すんなりとドア近くの端の席に座れた。
「好きな人がいる」
美紗の口から初めて聞いた。きっと大学で出会った素敵な人なのだろう。私の知らない人。やっぱり同じ大学に行きたかったなと思いながら、それをしてしまうと、彼氏がいるという嘘をつけなくなってしまうことも頭によぎった。
私も美紗が好きだと想いながら、彼氏がいると嘘つくあたり、とても臆病だ。
美紗にバレたくなくて、普通を演じたくて、数ヶ月前についた嘘。美紗は疑うことなく信じてくれた。でも、それで本当によかったのだろうか?
恋人になれないなら一番の友達という存在でありたい、それで本当によかったのだろうか?
それだけで満足なら、なんだかんだで本当は、私の彼女に対する気持ちも友愛と変わらないのかもしれない。
頭の中がぐちゃぐちゃになって分からなくなってきた。
こんな苦くてドロドロの美味しくない私の想いは、期限が切れて腐っていって捨てられるだろう。
痛いのに、苦しいのに、
どうしてこうも「好き」という感情ちばかり湧き上がってくるのだろうか。
溢れて溢れて、溢れる好きは内側だけでは収まりきらず、涙がこぼれた。
私の恋の消費期限。私の気持ちが彼女にバレるまで。
「ねぇ、恋にも賞味期限があるって知ってる?」
そんなフレーズが急に浮かんだ、数年前。恋の寿命は2年というのと織り交ぜて何かできないかなーと思い立ったのがこの話ができるきっかけでした。
途中で色々試行錯誤して、冒頭の視点と話の視点が同一人物だと最後まで信じ込ませられるように頑張ったりとか……。無謀なことしましたね、勉強不足です。
そしてそして、とても重要なのが「愛については期限があるとかないとか言及していない」ところです。
彼女たちの恋が、愛になればいいですね。