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実花の内緒のはなし

作者: 小山内裕

実花はその日、お母さんと一緒に近所のスーパーへ向かって歩いていました。幼稚園の帰り道にいつも寄る、家から一番近いスーパーです。

 実花は幼稚園の制服を着たままで、お母さんはいつもと同じような服、白いブラウスに、茶色の長いスカート、それに、最近めっきり寒くなってきたので、薄い青のセーターを着ていました。

 今日の実花は、普段と少しだけ違いました。なぜなら、幼稚園で魔法のとんがり帽子を作ったたからです。実花の右手には、作ったsの紫色の魔女の帽子があり、左手には棒つきキャンディー……幼稚園で出てきた今日のお菓子です……と、実花の生まれたときからのお友達、ぬいぐるみのシロネコちゃんがしっかりにぎられていました。シロネコちゃんは、この間、洗濯をしてもらったばかりだから、お隣の木下さんが飼っている、ちょっと高飛車で白くて大きい猫、マリーよりも綺麗なくらいでした。

 今日、実花はとんがり帽子をかぶって、先生やお友達にたくさん魔法をかけました。そうして、たくさんお菓子を手に入れたのです。その証拠が、左手にもっている大きな棒つきキャンディーです。カバンの中には他にも、チョコレートやらクッキーやら、たくさんのお菓子が入っていて、この大きなキャンディーだけはどうしても入れることができなかったんです。

 実花は棒つきキャンディーをくるんと回しました。まるでダイヤモンドとサファイヤとルビーのような色をしたこのキャンディーは、実は魔法の杖なんです。 

 それから、このとんがり帽子も。今実花は幼稚園の黄色い帽子をかぶっていますが、右手で持っている紫色のとんがり帽子をかぶれば、実花はいつだって、魔女になれるのでした。

 金色のイチョウ並木を通って、スーパーに到着すると、お母さんは買い物かごをぶら下げながらいつもと同じ言葉を、歌うように言いました。

「実花の左手はシロネコちゃん、実花の右手はお母さん」

 はい、と差し出された手を、実花はじいっと見つめることしかできません。だって、右手はとんがり帽子があるんですもの。このときになって、お母さんはやっと、あら、とつぶやきました。今日はいつものように 、実花の右手が空いていないということに気づいたんです。

 お母さんから見れば、ここのスーパーは決して大きいというわけではありませんでした。でも、夕方のこの時間帯は多くの人で賑わうし、まだ小さな実花は、興味がある方へお母さんから離れて行ってしまうクセがありました。モンシロチョウがお花畑の中を飛んでいるように、あっちにふらふら、こっちにふらふらしちゃうんです。今だって、実花はもう、あの山積みになっている大きな梨に吸い寄せられるように、歩いていってしまいそうでした。

 お母さんは困った顔で言いました。

「実花、お荷物重くない? 右手の帽子、お母さんがもってあげようか?」

 すると、今まで梨を見ていた実花の目がはっとしたようにお母さんを見つめました。

「いやあよ。だって、このぼうし、まほうのぼうしだもん。実花だけの、まほうのぼうしだから、実花がもってるの」

「じゃあ、シロネコちゃんと、キャンディー、もってあげる」

 それにも、実花は小さな頭をぷるぷると横に振りました。

「だめ。だってこのキャンディー、実花のだもん。それに、シロネコちゃんも、実花のおともだちだもん」

 お母さんは困ってしまいました。時計を見ると、もうすぐ実花のお兄ちゃんが習い事のサッカーから帰ってくる時間です。実花を納得させるために話をする時間はなさそうです。お母さんはすとんと腰を下ろして、実花と目線をあわせました。お母さんは大切なことを話すとき、いつもこういうふうにするんです。

「わかった。じゃあ、今日はお手てはつながない」

「うん」

「でも、しっかり、お母さんのあと、ついてきてね。名前を呼んだらお返事だけじゃなくて、すぐに来るの。約束できる?」

 実花は大きくうなずきました。幼稚園の帽子が脱げて、ゴムが首のところでとまりました。

 初めて一人で歩くスーパーは、いつもの何倍も広く、大きく感じました。今にも転がり落ちてきそうな柔らかい緑のレタスの山や、ひんやりする棚に照らされている真っ白なお豆腐や、お漬け物。

 実花は約束を守って、それらに目を奪われながらも、きちんとお母さんのあとを追って歩きました。

 だから、野菜果物のコーナーでお母さんが大きな赤いトマトとタマネギを、お肉のコーナーで豚肉を、そして、缶詰がいっぱいあるところに行こうとしているので、今日の夕飯が、実花とお兄ちゃんが大好きなトマトハヤシライスだってことも、わかったのです。

「あら、なあに、実花ったらくすくす笑って」

「ふふふ。実花、きょうのゆうはんがなにか、わかっちゃった。ね、トマトハヤシライスでしょ?」

 得意げに言う実花に、お母さんは大げさに驚いて見せました。

「正解よ。よくわかったわねえ、実花。さすが、今日は魔女っこ実花ちゃんになってきただけあるわ」

「そうよ、きょうの実花は、まじょになれるんだもんね」

 星のかざりがついているとんがり帽子を、実花は誇らしげにかぶりました。

「あっ」

 そのとき、お母さんは急に手を口に当てました。

「いけない。牛乳、買わないと。実花、すぐ戻ってくるから、かご見ててね。ここから動いちゃだめよ」

 そう言うと、お母さんは実花が返事をするのも待たずに、牛乳売り場の方へ行ってしまいました。

「ぎゅうにゅうだって。実花、ぎゅうにゅうよりも、リンゴジュース、のみたいなあ。ねえ、シロネコちゃんもだよね」

 その時です。ぬいぐるみのシロネコちゃんは青い目をパチパチとさせて、それから、するりと実花の手から床へと飛び降りました。実花が驚いている間に、音もなく走っていってしまいました。

「あ……っ。待って!」

 実花は慌てて、シロネコちゃんを追いかけました。

 右にしゅるり、左にしゅるり。シロネコちゃんの細いしっぽがかげろうのように揺れ、実花は見失わないようにがんばります。

 やっと追いついたそこは、たまご売場でした。

「実花ちゃん、あたし、ここで声を聞いたの。ほんとよ、ピーピーって、鳴いていたんだから」

 シロネコちゃんは首の鈴をリリンと鳴らして、走ったせいでほっぺたが赤い実花を見つめました。しっぽがふわりと揺れます。

「えっ?」

「だからね、小鳥の鳴き声がしたのよ。きっともうじき、生まれるんだわ。そしたらあたし、ぱって捕まえてやるんだから。一度でいいからやってみたかったの」

 シロネコちゃんは手で顔をなでて、爪をぺろぺろなめました。

 実花は驚いてシロネコちゃんに言いました。

「だめよ、ことりさんをつかまえちゃうなんて、ぜったいだめ」

「あら、どうして」

「だって、かわいそうだもん」

「小鳥をとったことないあたしは、かわいそうじゃないの」

 実花は困ってしまいました。そうしているうちにも、確かに、実花の耳にも小さな小さな小鳥の鳴き声が聞こえてきました。

「わかった。シロネコちゃんには、このかわいいオレンジのリボン、まいたげる。きょう、せんせいからもらったの」

 ハロウィーンのお菓子をしばっていたリボンを出して見せると、シロネコちゃんは、はっとした顔でそれを見つめました。それから、自分の姿をたっぷり見て、言いました。

「あたし、それ、似合うかしら」

「にあう、にあう。だって、こないだ、シロネコちゃん、おかあさんにまっしろにあらってもらったばかりだもん。おとなりのマリーよりも、シロネコちゃんのほうがにあうよ」

 マリーと聞いて、シロネコちゃんは、当然と言った顔でうなずきました。

「あんな高飛車なネコに、この流行の色が似合うはずないわ」

「そうよ、リューコーだもん。それに、ことりさんをとるのは、マリーみたいなタカビシャなネコよ」

 実花はシロネコちゃんが言う難しい言葉をくり返しました。そして、首にリボンを巻いてあげました。最近できるようになった、チョウチョ結びというちょっと難しい結び方です。本当は、シロネコちゃんの言った言葉の意味はよくわかっていなかったけれど、とにかく、小鳥が生まれる前にシロネコちゃんの気分を変えなくてはいけません。

「そう言われてみれば、そうね……・あ、見て」

 リリンと鈴が鳴り、白いしっぽがゆらんっと揺れました。シロネコちゃんの見上げている方を見ると、たくさんのたまごのパックの中で、いくつかが小刻みに揺れています。あっという間にたまごにヒビが入り始めました。

「あ、大変。パックを開かないと、小鳥たちは出てくることが出来ないわ。どうしましょう。あたし、せめて、小鳥が飛ぶ、その瞬間だけでも見てみたいって思ったのに」

「それなら、まかせて」

 実花は幼稚園でやったように、魔法のとんがり帽子をしっかり、かぶり直しました。そして、棒つきキャンディーをにぎりしめて、大きな声で言いました。

「トリック・オア・トリート! たまごのパック、ひらかないといたずらしちゃうぞ!」

 次の瞬間、いっせいにパカパカパカっと、たまごのパックは開いたのです。そして、その中からキャベツのような黄緑色やリンゴの赤、ニンジンのような橙色やダイコンのような純白の小鳥たちが、羽を大きく動かし、パタパタ言わせて、わっと飛び出てきました。何もなかった天井一面に、一瞬にして鮮やかなお花畑が広がったようです。

 実花もシロネコちゃんも歓声をあげました。実花は手をたたきましたし、シロネコちゃんはしっぽで床をたたいてはねました。それほど、スーパーの天井はカラフルな小鳥でいっぱいなのです。一度など、ナスのような色をした、綺麗な薄紫の小鳥が実花の方へ寄ってきて、感謝を示すようにくるりと実花の目の前で、円を描いて飛ぶことさえしてくれました。実花は色とりどりの小鳥たちが、自由に天井を飛びまわっているのがうれしくって、思わず自分まで飛びはねました。

 その拍子に、ストンと、とんがり帽子がぬげました。

「実花!」

 お母さんの大声に、実花はびくっとしてふり返りました。

 気がつくと、あたりに小鳥は一羽も飛んでいません。たまごのパックが並んでいるだけで、小鳥のさえずりでいっぱいだったそこには、スーパーでいつも流れている曲と、近くにある魚売り場の方から威勢のいい、おじさんたちの声だけが響いています。

「もう、動いちゃだめって、言ったでしょう」

「で、でも、でもね、シロネコちゃんが……」

「シロネコちゃん? あら、オレンジのリボン、してあげたの?」

 シロネコちゃんは何事もなかったように実花の左手に収まっていて、オレンジのリボンがチョウチョ結びになってありました。そして、リリンと得意そうに鈴の音が鳴りました。

 このあと、実花は右手に棒つきキャンディーとシロネコちゃん、左手に紫色のとんがり帽子をもって、お母さんと二人で、歩いて帰りました。

 本当をいうと、この時、実花は少しだけ、お母さんと手をつなぎたいなって思っていたのです。

 でも、実花はぐっとこらえて、お母さんと並んで、手はつながずに帰りました。

 なぜって、手をつなぐためにとんがり帽子をかぶって、実花が魔女になって、なにか不思議なことが起きてしまったら、お母さんはびっくりするに決まってますから。

 実花が帽子をかぶると、魔法が得意な、魔女っこ実花に変身してしまうことは、実花とシロネコちゃんだけが知っている、内緒内緒のことですからね。


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