陰ながら
元・第二王子で、現在は王家の暗部を担う守り手となっているジョカは、完全に気配を絶って木陰に潜んでいた。
南棟と本棟を繋ぐ柱廊でエミオンが足を止め、そこから見えるパネラの木を見上げている。傍には侍女のチャチャが控えていて、二人共、胸に一つずつ包みを抱えている。
身なりや時間帯からして、おそらく王妃のお茶会に向かう途中だろう。
……なにを見ている?
ジョカは二人の視線を追って、パネラの花が満開なことに気づいた。白い大きな花は散るときに花の付け根からポトリと落ちる。以前にその生き様の潔さを王家になぞらえた詩人がいて、その詩を気に入った時の王が王宮の庭のあちこちに植樹したのだ。
「きれいねぇ、チャチャ」
「はい、お嬢様」
エミオンは花に見惚れて立ち去る気配がない。
ジョカは油断なく周囲を警戒しつつ、エミオンを見た。ここへ嫁いで来たばかりの頃は死人のようだったが、いまは血色もよく溌剌として、いかにも健康的だ。
そこへカツカツカツ、と急いた足音が聞こえた。
「エミオン」
名を呼ばれてエミオンが振り向く。
チャチャはすぐさま脇に退き、腰を屈めて礼をした。
「殿下」
ゼクスが本棟から駆けつけて現れた。
「遅いから迎えに来た。なにかあったのか?」
訊ねる声は気遣わしげで、眼も不安に曇っている。
……相変わらず、あいつの頭の中はエミオン姫一色だな。
その一途さには呆れるばかりだ。
初対面からこちらゼクスのエミオンに対する執着は薄れることなく、年を追うごとに増していく。
だが長く一方的だった思いがようやく通じたようで、ここ最近はとみに幸せそうだ。
エミオンはゼクスの問いにかぶりを振り、パネラの木を指して言った。
「花が満開であまりにも美しかったので、少し眺めていたんです」
「花?」
ゼクスの眼が木に移る。
ジョカは細いナイフを一本投じた。
パネラの花が音もなく落花し、ゼクスは空に手を伸ばしてこれをうまく受け止めた。
「まあ」
「……まるであなたのために落ちてきたようだな」
ゼクスは微笑み、エミオンにそっと差し出した。
エミオンは白い大きな花を嬉しそうに受け取る。
「行こう。母上がお待ちだ」
「大変、急がなきゃ」
ゼクスはさりげなくエミオンの荷物を自分が持ち、空になったエミオンの腕はゼクスの腕に添えられた。
チャチャはやや距離を取って二人の後に続く。
ジョカは時間差で落ちてきたナイフを回収し、袖口に戻す。
……幸せになれよ。
薄い笑みを浮かべてジョカは踵を返した。陽の当らぬ世界へと。
その歩みに悔恨はなく、ただ満足げであった。
完
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