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受難の恋  作者: 安芸
第一章 誰にも渡さない
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2 ゼクス ・優しくできない

*毎朝7時更新予定です

「エミオン姫に縁談?」


 ゼクスは内密調査させていた周辺国の輸出入に関する報告書を捲っていた手を止めて、顔を上げた。


「そう。どうする?」


 正面に立ち机上に手をついて身を乗り出し、頷いたのはエミオンの兄クアンだ。

 柔らかい色の金髪をやや長めに伸ばし、緑色の瞳を愉快そうに細めている。優しげだが脆弱ではなく、とっつきやすそうなのに心は許してくれない頑なさがある顔立ちは、さすがに兄妹だけあってよく似ていた。


「父は『結婚はまだ早い』と一蹴しているが、母は乗り気でね。『見るだけでも』と連日届く見合い写真をエミオンと二人で見比べて、ああだこうだと言ってるよ。あの調子では、『会うだけでも』と父が説得されるのも時間の問題だね」

「わかった。知らせてくれてありがとう。礼を言う」

「最有力候補はエパル家の長男。次にカムソン家の長男。次の次がヴェートマス家の長男」


 ゼクスは報告書に眼を戻した。


「どこの誰が相手でも関係ない」


 ゼクスの気のない声にクアンはさも拍子抜けしたように長く息を吐く。


「……なんだ、やけに落ち着いているじゃないか。なにか見合いを阻止する秘策でもあるのかい?」


 ゼクスはあっさりと否定した。


「そんなものはない」


 クアンの声色にわずかな懸念が滲む。


「……まさか、ただ指をくわえて見ているなんて言わないだろうね?」

「そこまでまぬけじゃない」

「だったらどうすると?」

「もらいに行く」

「なんだって?」

「エミオン姫をもらいに行く」

 

 クアンが帰り、そのあとも深夜まで黙々とゼクスは政務をこなした。

 一昨年、十四の誕生日に成人の儀を迎え、去年第二王位継承者であった次兄のジョカが突然なにもかもを放棄して姿を消してからというもの、ゼクスは次兄の立場と役目を継いで長兄アギルの補佐を務めるようになった。

 大変なことは間違いないが、ゼクスは仕事が好きだった。

 なぜなら少なくとも仕事中は、エミオンのことを考えずにいられるからだ。


 いまなにをしているのか、なにを見つめて、なにを語り、なにを思うのか。

 一人なのか、誰か傍にいるのか、起きているのか、休んでいるのか。

 ほんの一瞬だけでも、私のことを思い出してはくれないだろうか……。


 そんな具合に寝ても覚めても四六時中エミオンのことに悩まされ、気の休まるときがない。

 ゼクスは部屋の明かりを消し、窓辺に立った。カーテンを開けると、月光が射した。エミオンの髪の色のような金色の月が夜空に煌々と輝いている。

 遠くにあって尚、美しい。まるでエミオンのように。

 ゼクスは身の焼けるような想いに囚われて深く吐息した。


 どうしてこんなに好きなのだろう。

 なぜこれほど心奪われてしまうのか……。


 十二年前、出会った頃は幼すぎて自分の心のモヤモヤがなんなのかわからなかった。

 わからないまま会いたい一心でエミオンのもとへ通い続けた。

 だが最初の印象が悪すぎたのか、エミオンには避けられた。ゼクスが追いかけるほど逃げられた。

 次第にゼクスはエミオンの気を惹きたいあまり、小さな意地悪を繰り返すようになった。髪を引っ張ったり、服を離さなかったり、本を隠したり、虫を見せたり……泣かせたり、困らせたりした。そのことで自分も少なからず傷ついていった。


 幼い心はまだその感情の名を知らず、理解したときにはすっかり嫌われていた。

 恋心を自覚した後は、できるだけ名誉挽回をはかろうとした。

 だが今度は平静を保ってエミオンの前に立つことができなくなった。

 会いたいから会いに行っても声をかけることが難しく、声をかけたらかけたで口から出る言葉は思ってもいない刺を含んだものばかり。


 ――優しくしたいのに、優しくできない。


 当然ながらエミオンはよりいっそうゼクスを避けるようになった。

 笑顔が見たい。

 そう思っても、ゼクスが近寄るとエミオンは露骨に顔色を変えサッと逃げるか、隠れるか、威嚇するか、どれかなので滅多に笑った顔など見られなかった。

 けれどごく稀に眼にする彼女の笑顔は本当にきれいで、いつまでもいつまでも見ていたくて……。

 笑いながら楽しそうにしているエミオンの邪魔をしたくないのに傍に行きたくて、だけど近づくと危険を察知した小動物のような素早い反応で、エミオンは姿を消す。

 それをゼクスが追いかけるものだから余計に嫌がられるのだが、それでも自分をその緑の眼に映して欲しい気持ちが上回る。


 少しでも、近くに。

 少しでも、一緒に。


 ゼクスは窓に寄りかかりながら、いつしか月の表面にエミオンの笑顔を想い浮かべていた。


 ――一度でいいから自分に笑いかけて欲しい。


 ずっとそう願って通い続けているのに、いまだに叶わない。

 エミオンにだけ冷たくあたってしまうのは、なぜなのか。

 いつもいつも怒らせてしまうのは、どうしてなのだろう。

 心にもない言葉をぶつけたり、苛めてしまう自分がわからない。


「……子供か、私は……」


 先だってのクッキーの件だってそうだ。

 とてもおいしかったのにおいしいと言えず、余計なことを言って怒らせてしまった。

 どうして素直に褒められない。妹姫には容易くできることが、なぜエミオンに限ってできないのか。己のばかさ加減に呆れてしまう。

 ぼんやりと厨房のエミオンを思い起こす。

 不機嫌そうな一瞥を向けられたあのとき、エミオンの立ち姿に見とれていたと気づかれたのだろうか?


「……細い腕だったな」


 掴んだ肘は華奢で指は細く、間近で見た少し驚いた表情がかわいくて……別に乱暴をはたらくつもりはないのに身構えられてしまう自分がどうにも切なかった。


「くそっ」


 頭を抱えて唸り、ゼクスは乱暴にカーテンを閉めた。

 胸を焦がす熱は冷めず、今夜もまた眠れないに違いない。


「ともかく、手を打たねば」


 ゼクスはベッドに横になった。

 眠られないことはわかっていたが眼を瞑った。


 ――明日、朝一番でエミオンの屋敷を訪ねよう。


 当主を説得し、是が非にでもエミオンを妻にもらい受けるのだ。


「また、嫌われるな……」


 ゼクスは悲しげにポツリと呟いた。


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