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受難の恋  作者: 安芸
第二章 すれ違う日々
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11 エミオン・他の誰のためでもなく

 初夜も迎えぬまま、結婚から二年が経った。

 ゼクス十八、エミオン十七。


 エミオンが王宮へ来た当初は南の棟(王子の住居棟)と南庭のみ外出を許された。面会も身内を除いてはほとんど認められず、会話ができるのは侍女のチャチャと二人の女騎士のみで(それも必要最小限だった)ずいぶん寂しい思いをしたものだ。


「……挨拶だと?」

「はい。国王陛下並びに王妃陛下、アギル殿下、ジョカ殿下に一言ご挨拶させてください」


 経緯はどうあれゼクスの妻となったからには必要だろう、とエミオンは申し出た。


「……わかった」


 とは返事したものの、ゼクスは面会を渋り、なかなか会わせてもらえず、業を煮やしたエミオンはストライキを起こした。部屋に引きこもり断食宣言を出したのだ。

 ゼクスはすぐに飛んできて、「バカな真似はよせ」と扉の向こうで喚いた。押し問答の末チャチャが助け船を出し、不承不承ゼクスは懐柔された。



「初めてご挨拶申し上げます。エミオンでございます」

「よくぞ参ったな! さあこちらへ、もっと傍に来なさい」


 エミオンはようやく(結婚から半年も経っていた)国王ご一家(ただし第二王子ジョカ殿下を除く)に挨拶をすることができた。極度の緊張を強いられたものの、心配したほどのへまはしなかった。

 国王陛下も王妃陛下も諸手を上げてエミオンを歓迎してくれた。第一王子アギル殿下は特に喜び、「くれぐれも弟を頼む」と何度も念を押されたくらいだ。

 その間、ゼクスはいつにもまして不機嫌そうだった。

 特にアギル殿下と話していたときなどは一挙一動を見張られ、露骨に睨まれ、最後に社交辞令を交わし別れるまで片時も傍から離れなかった。



 以来、王妃陛下のお茶会にたびたび招かれることになった。


「ごきげんよう。王妃陛下、本日はお招きありがとう存じます」

「いらっしゃい、エミオン! 待っていたわ。堅苦しい挨拶など後にして、わたくしの隣にお座りなさい」


 お茶会でのおしゃべりは楽しかった。王妃陛下は気さくで面白い御方で、エミオンにとても親切にしてくれた。

 だがゼクスはいい顔をせず、決まって迎えに現れた。そのたびに王妃陛下からは「仲の良いこと」とからかわれたが、エミオンは「そうではないんです」とは言えなかった。



 ゼクスとは相変わらずだった。


「……受け取れ」

「……ありがとうございます」


 無造作に差し出されたのは本だ。書名を見れば、エミオンの好きそうな冒険活劇のようで嬉しく思ったが、素直に喜べなかったのはゼクスのつっけんどんな態度のせいだ。

 ゼクスとは夕食を共にとるようになった。

 その際に本だのお菓子だの花束だの手土産を持ってくるのだが、愛想もなければ、心もこもっていない。

 ゼクスがそんなふうなので、必然、エミオンもぶっきらぼうに応じることになり、いつもあとでチャチャに「もっと嬉しそうになさいませ」とたしなめられるはめになる。

 夕食はともかく、部屋は別、仕事仕事で滅多に休息を取らない生活は変わりなく、一日のうちで顔を合わせる時間などごくわずかだ。


 そんな中、ゼクスはたまにふらりとエミオンの傍に現れる。

 特になにをするでもなく、なにを要求するわけでもないので、エミオンは自由に過ごすのだが、気がつけばゼクスはたいてい無表情でエミオンを眺めている。


「……なにか?」

「……別に」


 訊ねても常にこんな調子で、プイと顔を背ける。その都度エミオンはムカッとするので、特に会話らしい会話もないまま、時間だけが過ぎていく。

 そして気が済めば「また来る」と言い残して踵を返す。

 こんなことが何度も繰り返される。


 ゼクスは鼻が効く。

 エミオンが厨房を借りて料理やお菓子を作っていると必ず立ち寄り、なんのかんのと理由をつけては味見をする。

 そうしてケチをつけるくせに物欲しそうに見るので不承不承取り分けると、「別に特別欲しくはないが」とか「仕方ないから食してやる」とか「料理は見ためじゃない」とかつべこべ言いながら、大事そうに容器を抱え満足したように帰っていく。

 そのたびに、だいたいエミオンはキレる。


「なんなのあれは。いらないなら持っていかなければいいでしょう」


 エミオンが憤然と言うとチャチャがやんわりと宥めにかかる。


「お嬢様の手料理ですもの、本当は召し上がりたいのですよ」

「だったら素直にそう言えばいいのに。どうしていつも一言多いの!」

「照れ隠しでは?」

「そんなわけないでしょう」


 ありえない。

 エミオンは塩を撒く。清めの塩だ。厨房は食べ物を作る神聖な場所なのだ。不浄な空気はよくない。かっかしながらでは料理だっておいしくできないに決まっている。

 できればもう厨房には来ないで欲しい。

 次にゼクスが来たらそう言ってやろうとエミオンは心に決めた。



 今日は三種の野菜のキッシュに挑戦してみた。

 我ながら、なかなかいい出来栄えだと思う。試作品の中では一番おいしそうに焼けた。

 ところがこんなときに限って、ゼクスは姿を見せない。


「……届けて差し上げようかしら」

「それは喜ばれると思います」

「べ、別にゼクス殿下を喜ばせようとか、そんなんじゃないわよ? ただせっかくの試作品なんだし、どうせ味見をしていただくならやはり本人の方がいいと思うし――それだけなんだから」


 ちょっとむきになってしまった。

 エミオンは丁寧に切り分け、二切れ盛りつけた皿を蓋つきの容器に入れて直接ゼクスの執務室を訪ねることにした。

 あいにく(というか当然)ゼクスは執務中だったため、扉番を務める衛兵に差し入れの旨を告げて預けた。

 そうして部屋に戻る途中、


「エミオン姫!」


 ゼクスが慌てた様子で廊下を走ってきた。


「あの」


 手にいましがたエミオンが運んだ容器をしっかりと抱えている。


「なんですか」


 わざわざ突っ返しに来たのだろうか。


 やや身構えてエミオンが問い質すと、


「ありがとう」

「……え?」


 眼元を赤く染め、ゼクスが嬉しそうに笑っている。


「大事に、食す、から」


 そんなおおげさな。


 今度はエミオンが慌てた。


「試作品ですし。うまく焼けたかどうか、お訊きしたかっただけなんです。味がこれでよければ次はアギル殿下にも召し上がってもらおうと思って――」


 ゼクスの顔色が変わった。


「……兄上?」

「あ、はい。前回王妃陛下のお茶会の席で、アギル殿下にもお目にかかったんです。ちょうど王妃陛下に所用があったようで顔を出された際にキッシュがお好きと伺ったので――」

「……兄上のために作ったのか」


 ゼクスの声がだんだんと冷めていく。


「それは……あの、でも」


 エミオンは口ごもった。

 ゼクスが怒っている。

 気を悪くしたのかもしれない。

 余計なことを言ってしまった、とエミオンは後悔した。

 試作品は試作品でも、今日のこれはアギル殿下のために作ったわけではない。青野菜が苦手なゼクスのために考案した特別なレシピなのだ。


「あの偏食の弟が満足するようなおいしいものができたら、ぜひ私にもお裾分けして欲しいね。ゼクスも私もキッシュが好きなんだ」


 と冗談まじりにアギル殿下に囁かれ、「やってみます」とエミオンは請け負った。

 だから何日もかけてチャチャと一緒にレシピを考えた。

 ゼクスのために。

 だがゼクスは完全に誤解していた。


「兄上に差し入れは許さん。いや、私以外の他の誰にもだ。いいな」


 冷淡に言い捨ててゼクスはエミオンに背を向けた。


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