出会い
出会いは、ゼクスが四歳、エミオンが三歳のときだった。
大広間で開かれた盛大なパーティ会場で、その小さな女の子を見た瞬間から、ゼクスはまったく動けなくなってしまった。
あんまり長い間ポケッと口を開けて女の子を見ていたから、そんなゼクスに気づいた次兄のジョカに話しかけられても、すぐに返事ができなかった。
「誰のことを見ているんだ?」
ゼクスは女の子を指差して言った。
「あの子」
ジョカが視線をやり、ヒュウッと軽く口笛を吹く。
「エミオン姫じゃないか。……話したいのか?」
ゼクスはコクッと頷いた。
次兄ジョカが「エミオン姫」と呼んだその子は、大勢の大人に囲まれて、つまらなそうにしている。
「……どうしたら笑ってくれるかなぁ」
あの子の笑った顔が見たい、とゼクスは思った。
きっととてもかわいいだろう。
次兄ジョカがニヤリとしてゼクスの額を小突いた。
「笑ってくれるかどうかはわからねぇけど……気を惹くことはできるぜ。耳を貸せよ。傍まで行って、こう言ってみろ……」
ボソボソと、耳元で囁かれる。
次兄のジョカはゼクスより六つも年上で、なんでもよく知っていた。聡明な長兄に比べてやんちゃが過ぎると世間一般の評価はしかし、ゼクスの知るところではない。
ゼクスはジョカに唆されたとおり、エミオンのもとへトコトコ歩いていった。
「……」
ゼクスを見て小首を傾げるエミオンの前に立ち、ゼクスは大きな声で叫んだ。
「ドブス!」
まわりがザワッとした。
エミオンはキョトンとしてゼクスを見ていた。
ゼクスはエミオンのきれいな緑色の眼に自分が映っていることが嬉しくなって、つい何度も同じ言葉を繰り返した。
「ドブス! ドブス! ドーブスッ」
はじめびっくりしていたエミオンも、傍にいてオロオロする初老の老婆の袖を引っ張り、言葉の意味をたどたどしく訊ねている。
大広間のざわめきは段々と大きくなりエミオンとゼクスは注目を浴びていた。
ここに至って、ゼクスも、「そういえばどういう意味なんだろう」と疑念を抱いた。
エミオンに催促されて、老婆は困ったように皺くちゃの顔を歪めて、こっそりとエミオンに耳打ちした。
ややあって、みるみると、エミオンの眼に涙がたまったのでゼクスはびっくりした。
エミオンが声を上げて大粒の涙を流し、泣きじゃくりはじめる。
ゼクスはわけがわからず、眼を瞬かせた。
笑って欲しかったのに。
ただ、笑って欲しかっただけなのに。
どうして泣いているんだろう……?
そこへ次兄のジョカが飛んで来て、ゼクスの腕を乱暴に掴んだ。
「ばーっか。本当に言う奴がいるかよ。逃げるぞっ」
なぜ逃げなければいけないのかもわからず、ゼクスはひどく混乱した。
ただひとつわかったことは、どうやら自分はなにかとてもひどいことを言ったらしい、ということだ。
そしてすぐに報いを受けた。
エミオンがヒックヒックと泣きながら、手で眼元を擦り、ゼクスを指差してこう言った。
「あの子、嫌い」
――そして受難の恋がはじまる。