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居間へ入ると、維心はいつもの定位置に座り、十六夜は窓際に座っていた。

維月を見て、二人は慌てて立ち上がったが、維月は蒼と共に、向かい合う席に座った。維心は何か言いたげだったが、十六夜の視線を感じて口を閉じた。その十六夜も、維心の近くまで歩いて来て、そこの椅子に腰かけた。

蒼が、口を開いた。

「それで、宮の補修の方は、段取りついた?」

十六夜が頷いた。

「ああ…維心がさくさく決めて、段取りは付いたよ。明日から一斉に作業を開始するんだそうだ。」

蒼はびっくりした。そんなに早く手配出来るなら、維心様が始めから采配してくれたらよかったのに。維心はその空気を察して、言った。

「…何も宮が崩れるのは、これが初めてのことではないゆえの。何が必要かは、知っておるのだ。」

沈黙が訪れる。蒼は維月をつついた。

「母さん、話があるんだろ?」

維月が頷いたのを見て、二人は身を強張らせたのがわかった。蒼はそれを見て思った。だったらなんであんなことしたんだよ…。

維月は顔を上げた。

「被害の状況はご覧になったのでしょう」二人は頷いた。「どうしてあんなことをなさったの?自分たちのことで、関係のない人たちを巻き添えにするなんて、私には信じられないわ。これって神だ人だって関係ないでしょう。神だって迷惑掛けられたら、嫌なんじゃないの?」

維心の方が頷いた。

「…わかっておる。しかし、あの時は後に退けぬ心持で…最初は被害を気に掛けて、かなり上空へ上がったのだが。我は自分の気を全開にしたことはなかったゆえ、まさかあのように広範囲に渡って影響があろうとは思っても見なかったのだ。」

十六夜は横から言った。

「オレもあの時は悪かったんだ。維心など一瞬で抑え込めると思ってたんだが、こいつは他の神とは違う。思いのほか時間が掛かっちまって必死になって、気が付いたら回りがあんなことになってたんだ。結局、封じる隙が無くて、あの短時間ではどうにも出来なかった。」

維月はため息をついた。

「正直に言うわ。あんなことで私が愛情を無くす事などないわ。義心にあんなことをしたのは、二人に正気に戻ってもらうためよ。」二人はホッとしたような顔をした。「でも、私が帰る帰らないであそこまでやるのは、間違いだと思うの。これからは、私の事は私が決める。だから、そんなことを二人で決めようとはしないで。」

二人は、神妙な顔をした。

「でも…私も悪かったと思うの。ここのところ自分で何とかしようとか、そういう気持ちが薄れていたわ。蒼にいろいろ任せて、肩の荷が降りたから、流されてそれでいいってなってたんだと思う。これからはきちんと考えて、私の事は私が決める。だから、これ以上二人で私がどうの言わないで。」

十六夜は言った。

「だが、お前はつらかったんだろ?だからオレはとりあえず、連れて帰らなきゃと…」

維月は首を振った。

「確かにそうだけど、私が甘えていたの。昔の私はあんなにごちゃごちゃ言わなかったし、細かい事を考え込んだりしなかったのに。私はどちらも選べない…これは完全に私が悪いと思うの。そのせいで二人に我慢させているとも思うし…だから、もしこんな争いがやめられないなら、私はどちらも諦めるわ。だから、維心様も十六夜も、私を忘れて。私はどこかで姿を変えて、人としてでも生きるから。そうすれば二人に争う意味はないわ。それでいいと思うの。」

維月の表情は、硬かった。本気で言っていると感じた維心は、大きく首を振った。

「我に主を忘れるなど無理だ。元より我は後から割り込んだ身。もうこのような事はせぬ。ゆえに、そのようなことを申すな。」

十六夜は、今度は必死に言った。

「オレも、自分で決めたことなんだ。もうこんな事はしねぇよ。だから、オレにそんなことを言わないでくれ。お前が居なくなったら…またオレは苦しまなきゃならねぇ。」

維月は下を向いた。何かを考えているようだ。蒼は十六夜と維心を見たが、二人とも気が気でないようだった。母さんが頑固なのが身に染みているのは、何も蒼達子供だけではないのだ。一度決めてしまえば、梃でも動かない。それが母さんなのだから、決める前に説得出来なければ終わりなのだ。

維心が口を開いた。

「では…里へ帰って考えて来るか?」本当は言いたくないことのようだ。「急に決めよと言っても、無理であろう。」

維月は、意外だと思ったのか、目を丸くしている。そして、フフッと笑った。

「…どこで考えても同じですわ。」そして、苦笑した。「私は考え過ぎておりました。維心様、そのようにお気を使わなくてよろしいのよ。私は十六夜も維心様も、共に愛しておりますわ。出来れば共に居たいのは変わりません。ただ、二人の力があまりに強いから、事は私達で収まらなくなっているでしょう?それで考えていたのですわ。もし次にこのようなことが起こってしまったら、どうしたら良いのかと…。」

維心はまた首を振った。

「もう起こらぬ。我らは諍いを起こしたりせぬゆえに。我は…主が我から離れようとしていると思い、我を忘れてしもうた。もう、シェルターに入ろうなどと考えてはおらぬか…?我に他の妃をなどと考えはせぬか…?」

維月は、困ったように目を伏せた。維心は言葉を詰まらせ、黙った。では、どうあっても、維月はいずれここから出て行くのではないか…。

蒼が、気の毒になって口を挟んだ。

「母さん、維心様が好きなら、他の妃なんて嫉妬して認められないんじゃないの?本当にそれでいいと思う?」

維月は蒼を見た。

「…元より、私はそんなことを言える立場じゃないのよ。だって、私には十六夜だって居るんだもの…もし、維心様がお気に入ったひとが居るなら、私なんて用無しだとも思う。だから、せめて私が妃である間、模範的でいなければと思っていたのだものね。最近、奥に篭っていたのはそのためよ。ずっと共に居るなら、そんなことは出来ないわ。」

「模範的でなくとも良い」維心は言った。「我はそう申したはずぞ。主は主であるから良いのだ。己を隠した主など望んでは居らぬ。それに…他を望んでも居らぬ。我は王であるから、なんでも臣下が決めようとして来て、ほとんどはそれに従って来たが、こと妃に関しては我が決めると思うて来たのだ。ゆえに1500年も独り身で居たのだからの。何度もそう申しておるではないか。今更他の妃などと、まるで臣下のようなことを申すな。それならば、我は独りで居る方が良いのだ。」

十六夜は恐る恐る言った。

「オレが口出しすることではないかもしれねぇが、維心の言ってることはその通りだと思うぜ。」十六夜の言葉に、維心もびっくりしてそちらを向いた。「オレだって、この先何十年も経って、女の月の力の持ち主が現れて、じゃあそっちへ行ってくれなんて言われたら、そうじゃねぇと思うしよ。そんなことには従えねぇしな。誰でもいい訳じゃねぇんだよ。お前もそうだろうが?逆にオレや維心が、力の強い神が現れて、あっちの方がお前に相応しいから身を退くなんて言ったら、お前はどう思う?愛情ってのは、そんな簡単なもんじゃねぇだろうが。だからこそ、オレだって維心にお前を譲ってやってるんだしな。そんな軽い気持ちのヤツなら、最初から龍の宮には置かねぇよ。」

維月は頭を殴られたような感覚を感じた。確かにそうだ…。自分がそんなに愛されてるなんて思えなくて…何しろ、愛すべき性格だと、思ったことがないからだ。もし自分が男だったら、絶対困って他へやりたくなるような性格だと思うし。蒼もいつも母さんと付き合うとか大変そうだから相手が気の毒だって言っていたぐらいだから…。自分でもそう思い込んでいたのだ。

「…ごめんなさい。愛情を疑っていた訳ではないの。でも、私にそこまでの価値があるなんて、思ったこともなくて…つい、私なんてって思ってしまっていて。その、一時の気の迷い、みたいな感じに。」

蒼は苦笑した。確かに蒼だって思う。だって、母さんは気が強過ぎて、長く付き合うと疲れそうに思うからだ。でも、維心様も十六夜も、特に十六夜なんて誰より長い付き合いなのに、がんばるなあとは思う。

維心はため息をついた。

「これほど共に居て、一時の気の迷いはないであろう。我はそこまで浅はかではないわ。それなら、主に出逢う前に何人の妃を迎えておったか。おそらく炎嘉の比ではなかったと思うぞ。ま、そういったことに興味がなかったと言えばそれまでであるが、時に傍に誰か居て欲しいと思うこともあったゆえな。だが、臣下の連れて来る候補に会ってはみるものの、毎日傍に居ると思うと面倒に感じるばかりでな。ゆえに誰も傍に置かずに来たのだから。」

維月は頷いた。維心の言うことがやっと身に染みて来た。だったら、少し傍を離れるだけでも、未だに慌てて探しに来るのだから、確かに維心は自分を傍にと思っているのだろう。

蒼も、その言葉に嘘はないのは分かっていた。蒼から見たら、あれは人の世界でいうストーカーではないかというほど、維心は維月を追い掛け回していたからだ。里に帰る、とは、通常夫を置いて来て、そしてまた夫の元に帰るのだろうに、母さんが里へ帰って来たら、数日で追いかけて里へ来る。おそらく最初は遠慮しているのだろうが、我慢の限界が数日なのだろう。気が付くと遠慮がちに入り口に立っていて、母さんが帰るまで里に居て、帰る時に共に帰る、といった具合だった。

これで愛情がないと言ったら、いったいどの夫に愛情があるのであろうか。蒼は思って苦笑した。瑤姫、ほったらかしだけど、明日は帰って家族サービスしよう。

「私がワガママで、ごめんなさい。」維月は言った。「これからは、きちんと考えますから。独りよがりな考えにならないように、話し合うようにしますわ。」と十六夜を見た。「昔から、十六夜には当り散らしてばかりなんだけど…。」

十六夜は笑った。

「慣れてるが、今回のはキツかった。お前、一度言い出したら聞かねぇから。もし本当にオレの前から消えたりしたら、どうしようかと本気で思った。」

維月は微笑んだ。

「では、私は明日から二週間ほど里へ帰るわ。もう、シェルターに入るどうのと言わないから。」と維心を見た。「でも、本当に元通り、私はこちらで人のように過ごしますわよ?よろしいの?」

維心は頷いた。

「良い。むしろその方が良いと今は思うておる。皆が心配しておったしの。侍女達も臣下達も、主が自由であるのに慣れておるのよ。引きこもって居ては、逆に宮が乱れる。」

十六夜は立ち上がった。

「なんだか疲れちまったな。新しい月の宮どころか、今はこっちを修復しなきゃならねぇしよ。しばらく向こうはおあずけだ。オレは月に戻って休む。明日の朝、維月を迎えに来るよ。蒼、世話掛けたが、お前も休め。で、明日一緒にあっちへ帰ろうや。」

蒼は伸びをした。

「そうだね。オレも瑤姫に会いたくなったよ。あ~疲れた…それにしても、維心様はすごいな。十六夜が一発で仕留められない神様なんて、初めて見た。」

維心が眉を上げた。十六夜はおもしろくなさそうに言った。

「こいつはやっぱり最強の神なんだよ。だがこれで、こいつと戦うなら、時間が掛かることを念頭に入れなきゃならねぇことがわかった。それだけでも意味はあったさ。」

維月が眉を寄せた。

「ちょっと十六夜、もう戦うなんてあってはいけないのよ!次にやったら、有無を言わさず私はどこかへ消えるからね。」

十六夜は慌てて言った。

「違う、そういう意味で言ったんじゃねぇよ!本気にするな!」

維心が笑った。

「我も、自分の力の全開というものを初めて経験した。気を抜けば封じられるほど追いつめられたのは初めてであるからな。しかし、避け方も覚えた。そう簡単には封じられぬゆえ、地上の破滅を避けるなら、もう戦わぬ方が良いわ。」

「ほんと、もうやめてください。」蒼が真顔で言った。「オレ、地上への影響抑えるのに、それだけ神経使ったか。」

十六夜と維心は揃って笑った。

「すまんすまん、もうねぇよ。」と十六夜。

維心も頷いた。

「我ももう、目の前で維月が別の男に口付けるなど見たくはないわ。」

維月は今更ながらに赤くなった。

「だってああでもしないと、こっちに意識が来なかったでしょう…でも、確かにもう、人前であんなことしたくないわ。」

「人前でなくってもだぞ」十六夜が釘を刺した。「維心だけだと言ってるじゃねぇか。オレだって腹くらい立つんだからな。」

維心も頷いて、じっと維月を見ている。維月は頷いた。

「わかった。」

十六夜は、窓に歩み寄って、空を見た。月が出ている。

「じゃあ、明日な。」

蒼が答えた。

「お昼ぐらいにしてくれる?ちょっとここ手伝ってから帰るから。」

十六夜は頷いて、月へと光になって帰って行った。

蒼もそれを見て、やっと安心して、龍の宮の自分の部屋へ帰ったのだった。


居間から皆が去ると、維心はそれを待ちかねたかのように、居間の自分の座っている所に維月を引き寄せた。

「我がどれほどに案じたか…主にはわかるまい。」

維月はその様子を見て、洪が言っていたことを思い出した。

…王はこと女に関しては、赤子のような所がございまする…。

維月は微笑んで、維心を抱きしめた。維心は驚いたようだが、おとなしく抱かれていた。維月はそのまま、維心の髪を優しく撫でて、口付けた。

「本当に維心様は…大きな赤子のようですこと。」

維心は、本当にその通りだと思った。こうして維月の胸に抱かれていると、ホッとして気持ちが落ち着く…。我は維月に、母も見ているのかもしれぬ。母を求める子の気持ちとは、こうなのか。しかし、我の気持ちはそれだけではない。だからこそ、維月と離れられない…。

維心は、顔を上げた。

「維月、我の頼みを聞いてくれぬか。」

「?」

維月は、維心の真剣な目に、それを断ることが出来なかった。


次の日、十六夜は言った。

「あのな、お前は里帰りがどういう意味か知ってんのか」腰に手を当てて怒っている。「今までみたいに途中で来るならまあ仕方ねぇ。なんで最初から付いて来るんだよ。」

維心はきっちり人の服を着て、蒼と維月と一緒に立っていた。傍には輿が準備され、維月が乗り込めるように、お供の龍もスタインバイしている。

「まあまあ、母さんも今度だけはって言ってるんだから。」

蒼は十六夜をなだめた。昨日維心が維月に頼んだのは、里へ一緒に連れて行くことであったのだ。

「…それに、輿を準備してるってことは、オレに抱いて行くなってことだろうが。」

維心は頷いた。

「我だって抱いて行きたい。だから輿にした。」

「平等でしょ?」

維月が言う。十六夜は首を振った。

「全然平等じゃねぇだろうが!オレが維月を独り占めできる時がないじゃねぇか。」

 維月は苦笑した。

「月の宮では、私は十六夜と部屋が一緒でしょう?だから、今回は我慢してね。」

十六夜は諦めて渋々頷いた。

「しゃあねぇなあ、ったく。」

十六夜は尚もぶつぶつ言っていたが、維月は輿に乗せ、月の宮へと皆で飛び立ったのだった。


宮では、瑤姫が出迎えてくれた。蒼は嬉しそうに笑い、瑤姫の手を握った。瑤姫も嬉しそうに微笑んで、二人は仲良く屋敷の中へ戻って行く。

十六夜はため息をついた。

「あ~あ、オレもああしたいところだが」と維心を見た。「夜までお預けだな。」

維心はフンと横を向いた。

「三人で寝るって手もあるぞ?」

十六夜は唸った。

「お前、ほんとに意地が悪いな。オレだって、このまま維月を帰さないって手もあるんだぜ?」

維心は黙って向こうを向いた。維月はため息をついた。

「ほんとは仲がいい癖に。あんまりお互いに意地悪ばかり言っていたら、私、また義心の所に行っちゃうわよ?いいのね?」

維心と十六夜が共に叫んだ。

「駄目だ!!」


蒼はそんな三人を遠目に見ながら、苦笑した。

本当は地を揺るがずほどの力を持つ二人が、母さんに叱られて一喜一憂している姿は、見ていて笑ってしまう。

母さんも母さんで、まるで二人の息子を持つかのように、それを扱うのがまた笑ってしまった。


でも、内輪揉めで済んでいる今は、平和なのかもしれない。蒼はこっそりそう思った。

あの強大な力を、別の敵を倒すために使う日が来ないように、蒼はただそれだけを祈っていた。


忍び寄る足音など、聞こえないかのように…。

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