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7.

 王都の薬師たちがまとめてくれた結果は10日もしないうちに戻ってきた。今までの症例を元に彼らが奮闘してくれたらしい。


 下町ではニューラがよほど深刻な問題となっているのかもしれなかった。


「ノルト大臣?ああ、通してくれ。では人払いを」


「承知いたしました」


「シグルド様、最近ノルト大臣を重用しすぎでは……?」


「どうしたサンドール。ノルトは侍従の地位を奪ったりはしないぞ?大臣だからな」


「いえ、そうではなく……御身を案じております」


「ありがとう。だが、2人きりなのもこれで2回目だからな。心配には及ばん」


「ノルト大臣は人当たりは良いですが、貴族だけでなく庶民とも懇意にしているとか……。怪しい者たちとつるんでいるかもしれません……」


「そうか……。承知した。肝に銘じておく」


「はい……それでは……」


 相手の善悪を見極めることが困難な背景には、同調圧力が強く関わってくる。三人成虎という言葉を知りながら、その結末まできちんと覚えている者はどれほどいるだろうか。


 その話の結末は、賢い臣下の不在中、周囲の甘言や同調圧力に左右された王は、結局、先んじて忠告したその臣下のことを二度と信用しなくなった、というところで終わっている。


 つまり、前もって忠告していても無駄だったのだ。


 賢い者や自身にとって不都合な真実を告げる者、諫言してくれる者を排除し、自身が権力者に擦り寄ろうとする太鼓持ちはいつの時代も大量にいた。


 これは老若男女関係なく存在するから、厄介なことこの上ない。


 どれだけ大事な相手を守ろうとしても、その者が自身できちんと善悪を判断できるように教育しなければ、一度の忠告だけでは焼け石に水であった。


 自尊心が高いほど、全てを肯定してくれる人物や、尤もらしいことを堂々と言う人物に安心感を覚えやすいのである。これに相手の地位や専門性が加わると、その傾向は更に強まる。


 これを、権威バイアスという。


 内容の吟味も大事であった。面倒ではあるが。


「結果が出たか。早かったな!」


「薬師たちが奮闘してくれたようです」


「結果は多幸感+++、催幻覚+、精神依存+++、身体依存+、耐性-……か。やはり、かなり依存性が強いではないか」


「しかも、興奮系薬物……とのことです」


「そうだろうな……。しかも、幻覚ありか……」


 結果を見たシグルドは念の為、王太子専属の影を王宮内薬物研究班に送り込んだ。


 (影まで依存性薬物の売買組織に取り込まれていた場合、別の手を考えねばなるまい。だが……取り込まれていない方が助かるな。影すらも信用できないとなると、周囲の者すべてを再度確認しなければならなくなる)


 シグルドはどっと疲れた気がした。


 全てを疑うということは、常に気を引き締めなければならないということで、自室さえ再点検の必要性が出てくる。


 (それに、研究班に僕自身が直接行くと危険が高い。今は影の報告を待つしかないだろう)




 だが、幸運なことに、その影はまだ取り込まれていなかったらしい。翌日シグルドが私室に戻ると、予定通りいつもの影がやって来た。


「王太子様、ご報告申し上げます。研究班について不審な点が判明しました。ニューラに関しては治験の研究が始まっていますが、明らかに研究結果の改竄が行われております。ただ、首謀者は……」


 影はシグルドをチラリと見て言い淀んだ。


「言ってくれ。見当はついている」


「……はい。アイシャミー様の母君かと……」


「アイシャミーではなく、その母?リャルーノか?」


「ニューラを売買している者が多いのは隣国のタンタルですが、そのタンタルと繋がりの深いリャルーノ様のご実家が、国内では主に売買に関わっているようです。資料や証拠はこちらです。リャルーノ様自身は使用されていないようですが、アイシャミー様は……」


「何も知らずに使用しているのか?」


「いえ……何も知らないかどうかは分かりません。ただ、研究班における会話についての情報収集をする限り、ニューラについて何か知っているか、或いは勘付いている可能性は高いかと。リャルーノ様が、違法ではないから安全な薬だと常々周囲の者に言っていることをアイシャミー様が真に受けていらっしゃる可能性も……」


「とにかく使っているのだな?」


「はい」


「リャルーノの家は子爵家だが……元々優秀な王宮薬師を多く輩出している家柄ではないか。一族総出で王家を謀ったのであれば全員処刑になることもあると分からないでもないだろう……それを覚悟してまで金が欲しかったのか?」


「……下級貴族は、貴族夫人や親類の娘を使った御慈悲をいただけなくなり、この10年で急に困窮し始めた家も多いと聞いております」


「今まで御慈悲に頼って生きていたわけか。しかし、リャルーノが後宮にいるのだからある程度は支給しているだろう?」


「……おそらく、それ以上に稼ぎを得ていたのかと。それに、生活水準を下げられない家は多いようです……。ただ、子爵家に関しては今現在のところ資金潤沢であり、改竄に関してもリャルーノ様から研究班の一部に多額の資金が流れていることが確認されております。資金は金塊という形で渡っているため、どの方にどれほど贈られたか確認できている分は資料に記載しております」


「だから報告書が分厚いのか……」


「はい。まだ不明な資金の流れも多数見受けられるため、影一族でそちらの方を更に洗っているところでございます。金塊に関してはリャルーノ様のご実家から、荷物に紛れて贈られていると、下級侍女から確認が取れまして……」


 その影は、忠誠心も能力も明らかに異質だったが、影全体が元々異質である。


 騎士団の特殊諜報部隊とはまた別の、王家の一部にのみ忠誠を誓わされる、貴族ですらない者たち。彼らは成人する際に望めば一般庶民に戻れる権利を有してさえいたが、殆どそれを望まなかった。


 王家の深入りさえも許さない、徹底した秘密主義一族。


 頭脳明晰なシグルドをもってしても、彼らのことは何も調べることができなかった。


 (王宮内薬物研究班の悪事に加担しているのであれば、異常はないと報告するか沈黙する方が簡単で手間がないはずだ。短期間でわざわざ膨大な資料や証拠を揃えたということは、少なくとも悪事の流れを追うつもりはある。この報告を多少は信用して良いだろう)


 そのため、シグルドはこれを妥当な報告だろうと結論付けた。


 研究班の異常だけではなく、その背景まできちんと追うとは、影一族は相当訓練されているに違いない。


 首謀者は、既にニューラ依存になっているアイシャミーと、その母リャルーノを含む、子爵家全体であった。その影響を受けて悪事に加担したのが、王宮内薬物研究班にいるアイシャミーの取り巻きである。


 しかも、リャルーノはニューラ信者たちからは密かに"守護女神"とまで呼ばれていた。依存性薬物を肯定し、その恩恵を広め、時にはそれを無償で配布し、そしてその薬物依存者たちを隠れて保護していたからである。


 しかも、王太子の正式な妾で容姿端麗。神輿にはもってこいだったのだ。


 サンドールもアイシャミーの取り巻きではあったが、その自信のなさからか、シグルドの怖さによるものかは不明だが、薬物にまでは手を出していなかった。


 (あのやたら優秀な家庭教師は、これすらも見越して教育していたのか……?いや、流石にそれは考えすぎか)


 シグルドが知ろうとすれば、その家庭教師はきっと招きに応じてくれたであろう。しかしシグルドは結局、招くことはしなかった。




 数日後、シグルドはアイシャミーだけ呼び出した。それは、子どもならまだ話が通じるかもしれない、反省の念が見られるかもしれないという、親心だったのかもしれない。


 シグルドは凍てつくような視線でアイシャミーを眺めた。


「どうして薬なんかに手を出した」


「だって違法ではありませんでしたわ?」


「依存性薬物は酒類以外は王国内ではほとんど違法にしている。違法でない薬であっても、販売はすべて許可制だ。そもそも、違法だろうが違法でなかろうが、やってはいけないことや手を出してはいけないものはある。おまえはそう教育を受けなかったのか?」


「受けましたわ。でも、それは社会の嘘でしょう?ただの子供騙しの理想ですわ。現実的ではありません。だって、お父様だってそうではありませんか」


「なんだと?」


「この国は一夫一妻なはずでしょう?それでも、お父様もお母様も、他の皆様も浮気や不倫は違法ではないからと何人とも関係を持たれているではありませんか。貞操権はどうなっているのです?」


「それとこれとは話が違うだろう。双方合意ならば何も問題はない。それに、それで生計を立てている者もいるのだから、暗黙の了解というやつだ」


「あら。ニューラの売買に関しても双方合意ですわ!それに、ニューラの薬物製造で生計を立てている者もおります。同じではありませんこと?そもそも、法律を変えてまで違法薬物者を事情聴取もなく全て死刑にするなど……。その上、患者たちを更生させる費用を、全ておじい様やお父様の浮気のために予算配分までなさるなんて!お父様こそ横暴な独裁者ですわ!」


「……おまえは教育を受けても、薬物依存に関してきちんと理解できなかったのだな」


「きちんと学び、理解しましたわ!依存患者の中にも更生できる者がいたことも!」


「……」


 シグルドはもう何も言わなかった。話しても無駄だと思ったからかもしれない。


 その会話をした翌日、シグルドは国王に、王宮内の薬物研究班で改竄があったこと、自身の任されていた薬物部門の管理不足を説明し謝罪した。そして、その不祥事の対処として、ニューラをすぐに違法薬物に指定したのである。


 公布もきちんと行われたが、公布から施行まで僅か10日ほどしかないという異例の速さであった。




 その後、依存性薬物の研究結果を改竄したこと、そしてそれを扇動したとして、アイシャミーを含めた子爵家と王宮内薬物研究班の取り巻きたちは多数処刑された。


 その全てに、シグルドは立ち会った。


 (管理者として、最初の改竄を見抜けなかった者として、せめて自身の不始末の最後を見ておかなければならないだろう)


 王家ならではの責任感だろうか。


 王太子がわざわざ死刑執行に立ち会うということで、証拠が固まり判決が出てすぐに死刑執行が行われたことは、彼らにとっては幸運だったかもしれない。


 死刑囚への人体実験が彼らには行われなかったのだから。


「お父様!どうして分かってくださらないのです!?」


「あなた!私はただ、お父様に逆らえなかっただけなのです!」


「王太子様!どうか御慈悲を!」


「わ、私はアイシャミー様に唆されただけですわ……!」


 彼らの必死の訴えを聞いても、シグルドには何の感慨も浮かばなかった。


 (どうしてこの者たちには分からぬのだろう……?貴族ではあるし、知性も問題はないはずだが……。悪事を行う知能が高い者など、悪事を行わない知能が低い者よりよほど害悪ではないか。何故教育されても善悪が理解出来ぬのだ?)


 それだけを憂いていた。


 シグルドはそれからも死ぬまで違法薬物と戦い続けた。父が死去し、戴冠して自身が国王になってからも。


 彼が晩年には銀食器しか使わず、しかも毒味役が食した後の皿からしか直接食事をしないような人物となったことは、歴史書にひっそりと記されているだけである。

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