↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/7

1.

「ほぎゃあ……ほぎゃあ……」


「お生まれになりました!」


「男児です!お世継ぎの誕生日おめでとう御座います!」


「でかしたぞキャスリーナ」


「あなた……。はい、ありがとうございます」


 カテラル王国の王太子に、紺色の髪に緑色の目をした可愛らしい第一王子が産まれたのは冬の寒い日のことだった。


 王太子の子は王孫と言ったり王子と言ったり言い方は様々であるが、その国では王子とされていたのである。


 第一王子の母は公爵家に生まれた上、金色の髪に緑色の目をした美貌で有名なキャスリーナであったし、父は紺色の髪に蒼の目をした王太子だったから、その男児の将来は約束されたようなものだった。


「名を……」


「ああ、名はもう考えてある。シグルドだ!今日からこの子はシグルド第一王子である!」


「まさにこの凛々しいお顔に相応しいお名前でございますな!」


「第一王子万歳!シグルド王子万歳!」


 その日は雪まで降っており、赤子の肌には堪えるほどの寒さではあったが、男児はその寒さをものともしないほどの健康優良児として産まれたのだ。


 王宮の門前には男児であることを示す旗が掲げられ、王都の者たちには門前で大量の食料と飲料が配布された。


「王子が産まれたらしい!」


「旗がそういう意味だもんな!」


「門にかけられてる木の板にも書かれてるだろ!シグルド第一王子らしい」


「ふーん。そんな名前なんだ」


「オラは字が読めねえからな」


「普通読めねえだろ」


「だよな!おまえ学があるんだなあ。文字が読めなくたって食うには困らねえぜ?」


「そんなことより、王家は気が早いこって。赤子はすぐ死ぬからなあ。もっと大きくなってから名前をつけりゃいいのに」


「王家の子を死なせたらその乳母も殺されるらしいぜ」


「そんなのただの運じゃねえか。たちの悪い風邪を拗らせたらどうすんだ?」


「そりゃ、そんなの関係なく処刑だろ。以前もあっただろ?キャスリーナ様の二番目の兄君だったか……?風呂場で溺れて死亡とか、そんなの他の侍女も悪いと思うがねえ」


「いやいや、あの事件は乳母だけじゃなくて侍女も処刑されてたぜ。たった1人の赤子のためにその時風呂場にいた全員処刑とか、その公爵家も相当恨まれてそうだ。まだ13ぐらいの侍女もいたってよ」


「貴族が1人死ねば皆殺しかあ……おっかねえなあ」


「乳母のせいとかそうでないとか、あいつらにゃ関係ねえからな」


「赤子が死ぬなんてよくあるのになあ」


「ほんと無茶苦茶だよな。王家も貴族も恐ろしいわ」


 カテラル王国では王家も貴族もとても恐れられていた。無礼を働いたと判断されたら、その者の訴えも虚しくすぐに処刑されるのだから。貴族の都合でありとあらゆる冤罪が捏造され、貴族たちは好きにし放題である。時には、貴族に目をつけられた美しい娘を匿っただけで、家族まで処刑されることもあった。


 訴えても証拠を出しても意味がないのであれば、庶民が生きるためには貴族に近付かない、貴族に会わないことぐらいしか身を守る術がないであろう。


 だから、一般庶民からすると、貴族がお忍びで街に来るのすら大迷惑だったのである。




 そんなシグルドは、王国の恐ろしさなどものともせず、無事にすくすくと大きく育っていた。


「シグルド様は本当に強くてご立派だこと。ほとんど熱も出されたことがありませんわ……!」


「乳母の乳が良いのであろう。マリーナルにも褒美を与えてやらないとな」


「寛大なる御慈悲……!ありがたくちょうだいいたします!」


「俺の私室で渡してやる。シグルドは侍女にでも任せて今夜きちんと来るように」


「……!はい、伺わせていただきます」


 乳母は王国内の由緒正しい家柄の伯爵夫人であったし、当然幼い我が子もいたが、王太子に逆らえるわけもない。


 こんなことは頻繁に行われていた。


「キャスリーナ様はまた何も知らされないのでしょうね……。お可哀想だこと」


「キャスリーナ様はただの政略結婚のお相手ですもの……」


「乳母のマリーナル様は美しい紺色の髪で王太子様とお揃いですから……。親近感を抱かれても仕方のないことですわ」


「それに、マリーナル様なら、もし同じ紺色の髪の子をお生みになられても、どの種か分かりませんものね」


「あら、それならあなたにも可能性があるのではなくて?リリアンナ様」


「ふふふ、内緒ですわよ?実はこの間……」


「えっ、なんですの?私にも聞かせてくださいまし」


「リリアンナ様もお美しいですものね……!」


「王太子様のお手つきになったらどれほど御慈悲をいただけますの……?」


「髪以外にも好まれている容姿などはございますの……?」


 侍女たちも望むことは似たようなものだったから、シグルドと乳母の子はきちんと侍女たちに世話されたし、その世話の間にありとあらゆる情報が密かに共有されていたのだが、王太子や王宮内の男性貴族たちが知ることはなかった。


 それに、別に知ったところで行動が変わるわけではないのだから、知らない方が幸せかもしれない。




 ところで、シグルドは両親の能力を正しく受け継いだのか、突然変異なのかは分からないが、かなり賢かった。


 5歳になる頃には、眼鏡をかけた優秀な家庭教師も感嘆するほど、知識の飲み込みが早かったのである。


「シグルド様は賢いですね。なんでもすぐ覚えてくださいますなあ!」


「そうか?ありがとう」


「そうですわよね!本当にご立派で……!」


「そうでした。マリーナル様、今夜シグルド様のことで少しご相談したいことがありまして……」


「まあ……!シグルド様のことでしたらいつでもご相談に乗らせていただきますわ!私は乳母ですもの」


「では、今夜ここへ……」


 乳母のマリーナルはこうやって時々何かを書いた紙を握らせられ、いなくなる夜も多かった。


「またマリーナル様はお呼ばれになったのですか……?」


「仕方ないですわ。美しくていらっしゃるもの」


「そうですけれど……。毎月一体どれほどいただいていらっしゃるのかしら……!」


「仕事もしないで高貴な男性を幸せにして差し上げるだけで御慈悲をいただけるのですから、本当に羨ましいですわ」


「私もマリーナル様のようにもう少し胸を寄せて少し目立たせれば可能性があるかもしれませんわ……!」


「胸がある方はいいですわよね、私は寄せて上げるほどもありませんもの」


「ナナメール様はお顔とおみ足が美しくていらっしゃるではありませんか!」


「でも、足は普段隠れておりますもの……。出すとはしたないですし……」


「そこは、意中の殿方の目の前で風に煽られたふりをして見せつけるのですわ……!」


「私、王弟殿下が好みですの……!機会があったらやってみようかしら……」


「王弟殿下は熟女好きを自称していらっしゃいますから難易度が高いですわね……。ナナメール様はまだお若いですけれど、少し年上の方の装いを真似されたら可能性があるかもしれませんわよ!」


「王弟殿下の奥様も年上でいらっしゃいますものね。でも、最近は夜の方も他の貴族夫人とばかりだとか。チャンスはありますわよ!」


「あんな老獪で誘惑ばかりに長けた年増の方々に負けてはいけませんわよ!若さでは絶対にナナメール様の勝ちですもの!」


「そうですわよね!私たち、応援しておりますわ!」


「王弟殿下が近くに来られたらご協力いたしますわ!」


「皆様……。ありがとうございます。私、頑張ってみますわ!」


 侍女たちがコソコソとそんな話をしていたから、シグルドは彼女たちが何をしているのかを察するのも早かった。


 (今夜はマリーナルはいないのかー。あの家庭教師、マリーナルとリリアンナが好みなのか?……いや、父上が手を出した女に声を掛けてるのか。国内の貴族か他国の密偵の可能性もあるな)


 シグルドは優秀すぎた。


「ナナメール、今夜はマリーナルの代わりに僕に絵本を読んでくれる?」


「はい、シグルド様。勿論ですわ!」


「サンドールも一緒に寝よう!」


「いや、俺はいい……です」


「そう言うなって!僕が寂しいんだよ!」


「ほら、シグルド様がそうおっしゃってるのですからあなたも一緒に聞かなければ」


「……分かりました」


 何も分からず、気付かず、母にただ放置されてると思っていた幼いサンドールは少しずつ鬱憤を溜め込んでいたが、シグルドはきちんと彼のことも気遣って世話をしていた。


 (サンドールは僕にとって弟のような、家族のようなものだろう。家族なら僕が守らなくてはな。家族以外は信用しない方が良さそうだ)


 実の家族と殆ど会うこともなかったまだ幼いシグルドは、家族に憧れ、その王宮という特殊環境下で、次第にその思いを強くしていったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。