9.帝都クレジット その2
絵理子と霧旗のところへ早川がやってきた。
「被害者のひとりの方と連絡がとれました。山崎祥子さんといってこの大手町に勤務されているそうで、退社後5時過ぎにこちらへ立ち寄っていただけるそうです」
霧旗は時計を見た。4時を過ぎていた。
「ありがとうございます。ではお見えになられたら教えてください」
絵理子はデスクを離れていく早川の背中を見ながら、
「被害者の人に何を聞くの?」
と霧旗に尋ねた。
「『帝都クレジット』のホームページに問題ないとしたら、やはり被害者本人がどこかでフィッシング詐欺にあっている可能性が高い。でも通常のフィッシング詐欺ではないみたいだし、だとしたら直接聞いてみるのは早いと思って」
「でも被害者の方たちは不審なメールをあけた記憶がないんでしょ?」
「その辺は詳しく聞いてみないとわからない」
約束通りに5時過ぎに帝都クレジットの受付に被害者の山崎祥子が訪問した。
霧旗と絵理子は早川とともに受付のところへ行き、そこで待っていた山崎を紹介された。彼女は20歳代後半のOLという印象だった。それにしては着ている服は高級な感じがした。
早川は、山崎祥子に腰を降ろすように勧めて、丁寧に挨拶をした。
「ご足労いただいて恐縮です。こちらの方は今回のクレジットカードの情報漏洩について調査を依頼している会社の方です。何をお話されても大丈夫です」
霧旗は手に抱えていたPCを置き、絵理子とともに山崎祥子に丁寧に挨拶した。早川がまずクレジットカードの状況の説明を始めた。
「あなたのカードで不正に使用されたと申請された分は請求書からすべて除外しましたから安心してください。ただし弊社としてもこれ以上損害を出すわけにはまいりませんので、カードはいったん留めさせていただきました。再発行したカードを本日発送いたしましたので明日にでもお手元に届くと思います」
山崎祥子はほっとした表情を見せた。
霧旗は笑顔で山崎を見つめていた。山崎祥子は霧旗の視線に気が付くと照れた感じで下を向いた。霧旗は優しく質問をした。
「あなたはフィッシング詐欺に遭われた可能性が高いようです。怪しいメールを開けた記憶はありますか?」
「昨日電話でもお答えしましたが特に怪しいメールを開けた記憶はありません」
山崎祥子は下を向きながら小さな声で答えた。
「あなたが悪いわけではありません。気になさらないでください。でも、これ以上被害を拡大したくないのでご協力いただくとありがたいのです」
霧旗は山崎祥子の気持ちをほぐすように優しく声をかけた。
「メールにこだわらなくて結構です。最近カードを誰かにみせたり、カードの情報を何かに入力したりしたことはありませんか?」
「そういえばパスワードを変更しました」
「それはいつですか?」
「ゴールデンウィークに買い物をしようとして、カードの利用限度額を確認したときですから、5月1日だと思います」
「どのような順番でどのように入力したかを詳しく教えてください」
「帝都カードのログイン画面を開いたら、パスワードの有効期限が切れましたって表示されたんです」
早川は口をはさんだ。
「うちのパスワードには有効期限はありません」
「そのログイン画面はどこから入りましたか?検索エンジンか何かですか?」
「いつものYahoo…いえ、違います。あの時は、帝都銀行のインターネットバンキングを開いて、そのあと帝都銀行の画面に帝都クレジットの表示があったのでそこから入りました」
霧旗はPCを開くと帝都銀行のホームページを開いた。そこには帝都クレジットのバナーがあった。霧旗は山崎祥子にその画面を見せ、
「これですか?」
山崎祥子は肯いた。それをクリックすると『帝都クレジット』のログイン画面が現れた。
霧旗はいい加減なIDとパスワードを入力し、Enterキーを押した。すると、画面に『パスワードの有効期限が切れました』と表示された。つづいてパスワードの変更画面が現れた。その画面を山崎祥子が指差し、
「これです。ここで私はパスワードを変更したんです」
早川はこの画面をみると驚いて、
「うちのパスワード登録画面と同じです」
霧旗はこの画面でもいい加減なIDとパスワード、そして架空の個人情報を入力した。
画面には、
-パスワードの変更が完了しました-
というメッセージが出て『帝都クレジット』のホームページが開いた。
「よくできている。このページは帝都銀行のホームページのバナーをクリックすると飛ぶ仕掛けになっている」
と、霧旗は感心して画面を眺めた。絵理子もその画面を点検し、
「パスワードの有効期限と言われれば誰でも入力してしまいそうね」
「その通りだね。ここで入力されたIDとパスワードは記録されどこか別のサーバーのフォルダに格納される。それがどこかにあるはずだ」
霧旗はその画面のコードを探ろうとしたが、侵入できなかった。
「帝都銀行のWebサーバーを確認しよう。帝都銀行側からアクセスすれば格納されているサーバーが判明するかも」
「そういえば帝都銀行のホームページが改竄されたと言ってたわ。私が帝都銀行に連絡してみる」
絵理子は携帯電話を取り出すと、仁科部長へ連絡した。
仁科部長はいつ訪問してもいいと言ってくれた。絵理子はこれからすぐにうかがいますと言って電話を切った。
「山崎さん、ありがとうございました。おかげさまで糸口がつかめました」
霧旗は山崎祥子に手を差し出した。彼女もおずおずと手を出し握手をした。
絵理子は山崎祥子の態度に不審なものを感じた。不正に使われた金額はカード会社が請求しないし、カードも再発行されたはずだから彼女にとってもう何も問題はないはず。それなのになぜこんなにおずおずとしているのだろう。
「山崎さん、何か気がかりなことがまだありますね」
絵理子は思い切って山崎祥子に尋ねた。彼女はちょっとためらった後で口を開いた。
「実は、私が買っていない商品が家に届いたんです」
「家に届いた?」
「そうなんです。購入した覚えのない商品の請求があるとこちらにご連絡した後に、その商品が家に届いたんです」
山崎祥子の話に、立ち上がりかけた霧旗はもう一度座りなおした。
「それで?」
「私が大好きなブランドのワンピースだったんですが、自分で購入したものが届いたのだと勘違いして開けてしまったんです。サイズも私にぴったりで、気に入ってしまって…」
山崎祥子は自分が今着ている服を指差した。
「あははは」
霧旗が大声で笑い出した。
「霧旗くん、失礼でしょ」
絵理子がたしなめた。
霧旗は笑うのをやめて、山崎祥子に向かって、
「だから、その服の代金は請求されたらどうしようと思ったんですね?」
「いえ、お支払いするつもりだったんですが、言い出しにくくて…」
霧旗は早川のほうに向き直って、
「山崎さんはこんなに協力してくれてるのだから、この代金はいいでしょう?」
早川は渋い表情で、
「しかし、商品を受け取ってしまっているのでしたらやはり代金をいただかないと」
「早川さん、ではこうしましょう。われわれの調査費から彼女のその服の代金を差し引いてください。これなら大丈夫でしょう」
「わかりました。ではそのようにしましょう」
山崎祥子は恐縮していた。それを見た絵理子は、
「山崎さん、よかったわね。気にしないでその服はそのまま着てください」
「ありがとうございます」
山崎祥子はうれしそうにお辞儀をして、席を立った。
彼女を送り出すと霧旗は早川に向かって、
「これから『帝都銀行』に行きます。状況がわかりしだいご連絡を差し上げます」
「わかりました」
「成瀬さん、行こう」
ふたりは帝都クレジットのビルから、はす向かいにある『帝都銀行』に歩いて向かった。
6時を過ぎていてさすがに正面の入口は閉まっていた。
「こっちよ」
と絵理子は霧旗を通用口に案内した。通用口で顔見知りの初老の守衛に挨拶をすると、
「成瀬さん、お久しぶり。いまはどこの部署にいるんだっけ?」
と聞かれた。絵理子は苦笑しながら、
「ごめんなさい。3月で退職したの。今日は新しい会社の仕事で来たのよ」
と答えた。守衛は驚いて、
「成瀬さんが辞めるようじゃ『帝都』の行く末も不安だなあ」
「何を言ってるのよ。こんな大きな銀行がつぶれるわけないじゃない」
「いや、今どきは何が起こるかわからないからね。わしも転職先を探さなくちゃいかんかもな」
「その歳で再就職?」
「まだまだ若いもんには負けんわい」
絵理子は笑いながら、仁科部長に面会したいと守衛に伝えた。
守衛は通用口の先にある応接室に二人を案内した。




