12.レストラン その2
霧旗は次に赤ワインを注文し、絵理子に注いだ。今日はほんとに酔わない。どうしちゃんだろう。
「この会社は五年前にできたのよね?それまで峻くんはどんなことをやってたの?」
「高校を卒業して、アメリカで遊んでた。それから帰ってきて、スナックのバーテンもやったし、宅配便の運転手もやった。そうそう、ホストクラブにもいたんだよ」
「いろんな仕事をやってるのね。なぜ転々と仕事を変わってるの?」
「宅急便の運転手は、暴走族とタイマンをはったから。交差点で暴走族が割り込んできたから、頭に来て運転していた宅急便のトラックで追い越して幅寄せして、転倒させたんだ。接触はしてないから、暴走族の単独事故で済んだんだけど、会社にばれてクビになった」
「すごい…」
「でもそのときの暴走族はお友達になったよ。いまでも時々つるんで爆走してる」
へぇ、あの真っ赤なポルシェで走るのかしら。
「それから?」
「スナックのバーテンはうちの実家。お袋がスナックをやってるから。今でも時々手伝ってる」
「そうなんだ」
「ホストクラブを辞めたのはぼくがお店のNO.1になって回りのホストたちから妬まれたから。男の嫉妬は怖いよ。ぼくはイケメンでしょ、でお客さんもたくさんついたわけ。でも社外デートは一切やらなかったからお店でしか会えない。それでお店に一生懸命通ってくる客が増えると、他のホストがぼくのヘルプに入るんだけど、これが嫉妬の原因」
霧旗は淡々と話していたが、どこまで本当かわからない。でもたくさん遊んでそうだなあ。
「ホストクラブはなんとなくイメージが湧くわ。女性の扱いに慣れてる感じがするから。それだけカッコイイと回りの女性も放っておかないでしょ?」
「でもめんどくさい。会っているときさえ楽しければいいと思うんだけど、電話だったり、メールだったりあとからしつこくて。放っといてほしいのに放っといてくれない。だから家には女の子は絶対連れて行かない」
「さっきあのマンションに口説いて連れて行くって言わなかったっけ?」
「部屋には誰も入れたことないよ。本当に口説いたらこのホテルの部屋に連れて行っちゃう」
「あきれた」
やっぱり峻くんは危険だなあ。
「ぼくはあんまりベタベタしたのは好きじゃない」
「峻くんは本当に人を好きになったことないんじゃない?」
その言葉を聞いて、霧旗は窓の外を向いて黙った。その態度を見て絵理子はちょっと言い過ぎたと後悔した。ごめんなさいと謝ろうとしたとき、霧旗が絵里子の方を向き、
「そうかも知れない。いつもいっしょにいたいと思った人には今まで出会ったことがないかも」
考えてみれば私もそうだった。他人のことは言えない。ちょっと似てるかも。
「ごめんなさい」
絵理子は素直に謝った。
霧旗はテーブルに肘をついて絵理子をじっと見つめた。
「よく見るとエリーは綺麗だね」
あれ?立ち直りが早い。やっぱり峻くんは危ない。
「それって口説いてる?それとも酔った?」
「なかなかガードが固い」
「でしょ」
「それ残す?」
霧旗は絵理子の皿に残ったステーキの肉を指差した。
「ええ、もうおなかいっぱい」
「もらっていい?」
「どうぞ」
絵理子はおいしそうにステーキを平らげる霧旗を驚いて見ていた。峻くんと毎日食事をしたら絶対に太るなあ。
「ねえ峻くん、また同じようにフィッシング詐欺の画面を細工しないかしら」
「たぶんしないと思うよ。一度見つかるとセキュリティ担当者は集中的に警戒するし」
「犯人を捕まえなくていいの?」
「今回の依頼はフィッシング詐欺を解決することだからね。目的は達成したと思うよ。犯人を捕まえるのはおまわりさんの仕事」
「でもどこか違うところで悪さをするかも」
「あいつなら大した悪さはしないよ」
「あいつ?」
「オクトパスさ」
「『帝都銀行』のホームページを改竄した犯人?え、あなたの知り合い?」
「あいつは『0CEAN』のメンバーだったんだ」
「オーシャン?」
「いまの『ガイア』の前身」
「ごめんなさい。『ガイア』については本当に何も知らないの」
絵理子は素直に謝った。
「昔『0CEAN』というスーパーハッカー集団があったんだよ」
「スーパーハッカー?」
「『ハッカー』って今はマスコミの間違った報道でITで悪いことをする人を指すみたいだけど、もともと『ハッカー』という言葉はITの技術の優れた人を指す言葉だよ。その中でも卓越した技術としっかりした倫理観をもったハッカーをスーパーハッカーって呼ぶんだ。悪いことをする奴は『クラッカー』と呼ぶのが正しい」
「…」
「『0CEAN』は那智さんが作った最強のスーパーハッカー集団だったよ。今の『ウィルス研究家』も『のぞき屋』も『壊し屋』も『手配師』もみんなメンバーだよ。『館長』は違うけどね」
「そうなんだ」
「メンバーはそれぞれ海にちなんだIDを使っていた。那智さんは『Wha1e』というコードだった。『のぞき屋』さんは『Je11yfish』つまりくらげだった。ぶよぶよしててなんとなくイメージが湧くでしょ?」
絵理子は声を立てて笑った。
「そうね、峻はなんだったの?」
「ぼくは「Do1phin』だった。すばしっこいからね。そして英字のつづりの一部を数字にするのがハッカー流だったんだ」
霧旗は英字のつづりを書いて見せた。1をLの小文字に見立てている。
「『0ctopus』の本名は八神くん、八だからオクトパス、つまりタコってつけたんだろうね。彼は非常に優秀なハッカーだった。でもいろいろあって那智さんに『0CEAN』を追放されたんだ」
「どうして追放されたの?」
「那智さん曰く、ハッカーたるもの倫理観が必要なんだって」
「倫理観?」
「ハッカー集団はいくつも存在するんだけど、那智さんの『0CEAN』は規律がきびしかったんだ。ハッカーはITスキルが向上すると、善悪含めていろんなことができるようになる。人を救うこともできれば、人を陥れることもできる。犯罪に近い行為だってできちゃう。オクトパスは根っからのドSだったから人をいじめることが快感だった」
「ドエス?」
「SMのSだよ。彼は人が困っているのを見るのが好きなんだ。だから人が困るようなことをついしてしまう」
「今回のフィッシング詐欺も?」
「そう、たぶん彼のしわざ。だから大して高額ではない商品を、そしてカード所有者が欲しそうな商品を購入して本人に送りつけていたんだろう。山崎さんのようにもらってうれしいけど困ってしまう。そしてその困っているのを見て喜ぶ。彼の家は確か資産家だから別にお金が必要なわけじゃない。彼にとってハッキングは趣味の世界だから」
「変人ね」
「警察に言わせると愉快犯ってやつかな」
「だから追放されたのね」
「まあそんなとこ。」
「倫理観って言えば、峻くんだって危なっかしいわよね?」
「ぼくはギリギリ那智さんの枠の中に入っているみたい」
霧旗は、バーボンの水割りを注文した。峻もかなり強い。絵理子はハイボールを注文した。
「そういえば、仁科部長とはどこで知り合ったの?」
「もう十数年も昔の話だけど、科学技術庁のホームページが外国人のハッカー書き換えられるという事件が起きたんだ」
「聞いたことあるわ」
「那智さんと『0CEAN』を立ち上げたばかりで、ぼくはまだ高校生だった。那智さんは大学の研究室にいて、ぼくを誘って警察の対策本部に行ったんだ。そのとき、おなじように集められたメンバーの中に仁科部長さんがいた。ぼくはもちろん最年少だけど、次に若いのが那智さんでその次は仁科部長さんだった。あとはおじいさんばかりでコンピュータのことなんか何にもわかっていなかった。よく三人で対策を話しあったよ。正直言うと仁科部長さんもあんまり詳しくはなかったけど」
確かに仁科部長はコンピュータの理屈はわかっていても、自分でプログラムを書けるわけではない。もともとは銀行マンなのだからしかたがないか。
テーブルにデザートが運ばれてきた。霧旗はそれもあっという間に平らげた。
「もうおなかいっぱい。今日一日で三日分の食事をした気分よ。さて、そろそろ出ましょうか?」
「残念だけどエリーを口説くのは次回にしよう。そのかわりひとつ宿題。今日の事件の顛末をレポートにして那智さんに提出しておいてくれない?しめきりは月曜日の午前中ね。よろしく」
「レポートに載せるデータがないけど?」
「うちは警察ではないから裁判用の証拠やデータは必要ないよ。クライアントに解決をした証拠を渡す必要があるときだけデータを残すことがあるけどね。今回は今日の経緯だけをまとめてくれればいい」
「わかったわ」
「とりあえず、土日はしっかり休んで。また月曜日ね」
「おやすみなさい。ちゃんとまっすぐ帰るのよ」
霧旗はホテルのロビーを出ると、本当に隣の高層マンションのほうへ歩いて行った。




