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Hacker  作者: 游雲
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1.改ざん

 ゴールデンウィークが始まる前日の金曜日の午後9時。東京大手町の一角にある帝都銀行のビルは、まだ残業をしている行員がいるのか、いくつかの階では明かりがついていた。田川聡は、近くのファーストフードで買ったハンバーガーを左手に下げ、右手は肩に掛けたショルダーバックのひもを抑えてそのビルに向かっていた。水色のボタンダウンのシャツにジーンズというカジュアルな服装だった。

 ビルの裏口に来ると、田川は守衛にIDカードを見せ、声をかけた。

「おつかれさま」

 初老の守衛は受付の小窓越しに眠そうな声で尋ねてきた。

「夜勤かい?」

「うん、きょうから一週間は缶詰だよ。せっかくのゴールデンウィークだというのに、システムオペレーターの仕事も楽じゃないよ」

「がんばってな」

「おたがいさま」

 田川は守衛に挨拶を済ませると、まっすぐエレベータホールに向かった。エレベータはどれも1階で待機していた。そのひとつに乗り込むと10階にあがった。十階にはコンピュータのメインシステムのオペレーションルームがあった。分厚いドアの前にはカードリーダーがついていた。先ほど守衛に見せたIDカードをそこにかざすとドアが開いた。


 この帝都銀行の建物は有名な建築家の設計によるもので、東京都の重要文化財に指定されていた。そのため改築もままならず、このオペレーションルームは床を高くしてその下に配線をひいたため一段高くなっている。おかげでこの部屋は天井が低く感じられる。

 田川はいくつかのサーバーの間をすり抜け、さらに奥の部屋の監視ルームにはいった。これからゴールデンウィークの間ハッカーなどの不正侵入者を監視するのが田川の業務だ。

 入ってきた田川の姿を見るとそれまで監視を続けていたオペレーターが声をかけてきた。

「おつかれさま。これでやっと休めるよ」

「おつかれ。何か変わったことは?」

「いつもの通り。何もないよ」

 田川は自分の席に荷物を置くと端末の電源を入れ、立ち上げて自分のIDとパスワードを入力してメインシステムにログインした。それから買ってきたハンバーガーを取り出し食べ始めた。もうひとりの相棒の山室もそろそろくるはずだ。

 帝都銀行のメインコンピュータのセキュリティシステムは、いくつもの強固なファイアウォールを突破しないかぎり、外部からの侵入は困難だった。そのためここ三年間、田川は一度も異常事態を経験したことがなかったし、不正侵入者を発見したこともなかった。

 十五分遅刻して山室が出勤してきた。

「ごめん、デートしてたら遅くなって」

「いいよ、別に変わったことはないし」

 山室は自分の端末を立ち上げた。田川は山室に声をかけた。

「こんなコンピュータに囲まれた中で一週間も過ごすなんて健康に良くないよな」

「そうだな。でもこの一週間間が終われば、平日に一週間休めるんだから…」

「混んでるゴールデンウィークを避けて遊べるし、まあいいか」


 田川は相棒の山室と交代しながら監視を始めた。とくに問題もなく退屈な時間が過ぎていった。田川たちはゲームの簡単なプログラムを作成したり、最新のセキュリティシステムの情報をインターネットで集めたりして過ごした

 緊急事態が発生したのは、11時ごろだった。

 まずハッカーの侵入を示すアラームが鳴った。ファイアウォールの外で攻撃をしかけているらしい。この程度のことはよくあることで田川はあまり気にしていなかった。15分もするとアラームは解除となった。一応念のためログを調べてみたが、ファイアウォールを突破した痕跡はなかった。

 続いて午前2時ごろにふたたびアラームが鳴った。しかし今度は先ほどとは違い、ファイアウォールを突破したことを示すアラームだった。田川と山室に緊張感が走った。

「これは…」

 ふたりはすぐさま端末にへばりつき侵入者の監視体制に入った。侵入者は二つ目のファイアウォールも突破し、メインシステムに侵入していた。帝都銀行のメインシステムにハッカーが侵入するのは初めてのことだった。

「やばい」

 田川の顔色は青ざめていた。山室と目が合うと彼もひきつった顔をしていた。


「す、すぐに仁科部長に連絡しよう」

 田川は携帯を取り出すと、情報管理部の仁科部長に連絡をいれた。指先が震えていた。

「仁科部長ですか?深夜遅くにすみません。大変です。緊急事態です。ハッカーがファイアウォールを突破し、メインシステムに侵入しました」

 電話口の仁科部長は「すぐに行く」と答えた。

 田川たちはハッカーの侵入ログ(記録)をたどった。ニつめのファイアウォールを突破したところまではログを追えたが、それ以降はシステムが肥大しすぎて容易な作業ではなかった。いまどこへアクセスしているのかつかめない。とくに昨年東西銀行と合併をしてプログラムを統合したばかりだったので、システムの構造が複雑になっていた。膨大な量のログを一つずつ丁寧に確認するしかなかった。

 午前3時ごろにはハッカーは引き上げたらしくアラームが消えた。しかし、まだ侵入経路や痕跡の全容をつかめていなかった。同じころ緊急連絡を受けた仁科管理部長が到着した。連絡をいれてからまだ一時間である。ほとんど取るものもとりあえず飛び出したのだろう。そのわりには紺色のスーツに白いワイシャツを着て、ネクタイをピシっと締めていた。髪にも櫛がはいっており、いつもの部長とまったく変わらなかった。


 仁科部長は田川たちに近づくと、

「どうなっているんだ!」

「すでにハッカーは引き上げた模様ですが、まだ侵入ログを追いきれていません。なので、被害の程度も特定できていません」

 仁科部長は苦りきった表情で報告を聞いた。そして携帯電話を取り出すと、他のシステムオペレーターもすぐに出社するように要請した。

 午前4時になってやっとハッカー侵入場所が特定できた。ハッカーはHWebサーバーに侵入していた。帝都銀行のインターネットのホームページを管理するサーバーである。

 田川は帝都銀行のインターネットのホームページを開いた。

「トップページが改ざんされている!」

 田川は驚いて大きな声を出した。全員が田川のPCのディスプレイを覗き込んだ。

 帝都銀行のホームページのトップページが人気アニメのヒーローに変わっていた。そしてそのページには次の文章が掲載されていた。


 ―暴利をむさぼる帝都銀行に天誅を下す 0ctopus―


 仁科部長はすぐさまインターネットとの接続を遮断し、トップページを復旧するように指示した。すでにオペレーションルームには応援のシステムオペレーターが数人到着していた。田川は彼らと協力してリカバリーの作業に入った。

 トップページは他のページへのリンクを貼られていたのではなく、HTMLのコードが書き換えられていたので復旧は厄介だった。田川は二人のシステムオペレーターに復旧作業を指示し、自分は他の箇所への侵入の痕跡がないかどうかさらに調べた。

 ようやく午前7時にホームページのトップページの復旧が完了し、インターネットにアップされた。しかし、すでに本店の緊急用の電話にはホームページの苦情の電話が何本も入っていた。

 また、少なくとも顧客データベースへの侵入はなかったことが確認された。トップページの書き換えだけで済んだのは、単なる愉快犯なのかそれとも目的がほかにあったのかは不明である。

 このままでは、ホームページはいつまた改ざんされるかわからない。否、それだけではなく、メインシステムにある帝都銀行の情報のすべてが危険にさらされている。早急にセキュリティシステムの脆弱性を特定し、対応策を実行しなければならない。

 仁科部長は田川たちに引き続き監視を強化するように指示し、自分は頭取に連絡をとった。

 田川は「とんだゴールデンウィークになりそうだ」とぼやいた。


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