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レインドロップス

作者: 犬上田鍬

怪談とはいえないかもしれない…

よければ読んでみてください。


 雨の降る日にカノジョはこないんです。今日みたいな日にはね。同棲をする予定だったんですが、ボクに借りられる部屋はここがせいぜいだったので。

 もともと以前のカノジョと同棲していた部屋なんです。新しい部屋を借りるだけの余裕がないし、ここほど手ごろな部屋を探すとなるとそれなりの時間と労力を使いますしね。でも、やっと踏ん切りがつきました。

 なぜ雨の日にはこないのかって? べつにカノジョが傘を持ってないからなんて理由ではありません。それは、ある日のことがきっかけなんです。


 その日は鬱陶しくなるような雨が降ってまして、ボクが仕事先から戻ると、いつもいるはずのカノジョがいないんです。テーブルにメモが置いてありました。


《ちょっと気持ち悪いので帰ります》


 ボクは、体調がよくないので帰ったと思ったんですが、あとできいたらそうじゃなかった。なんでもテーブルに座ってTVを観ていたら肘のあたりに水滴が落ちてくるというんです。最初は飲んでいたペットボトルのアセだと思っていたんですけど、一定間隔で何度もおなじところに落ちてくるので、もしやこれは雨漏りでもしているのかと天井を見上げたんです。ところが天井には雨漏りをしている様子も、シミもないんです。もし雨漏りしていれば、ここに少なくともカノジョより長く住んでいるボクが気づいたはずです。そんなことはカノジョからきいて初めて知りました。

 それだけなら気持ち悪がるようなことではないのですが、カノジョいわく「自分の後ろに人が立っていて、見下ろしているような絵がTVの画面に一瞬、映った」そうなんです。その人のびしょ濡れの髪を伝って、しずくがカノジョの肘に垂れているのが想像できたそうです。錯覚かもしれないですけど、一度そう思い始めると、なんだか背後にだれか立っているような気配がして、それで気持ち悪くなったらしいんです。

 でも、ボクにいえばバカにされると思って、あえてそれ以上いわないことにしていたそうです。現に、それまでそんなことがないのをボクは知っていましたから。

 それからしばらくはヘンなことは無かったんですけど、また雨の日にカノジョが独りでボクの帰りを待っていたときに起ったんです。

 やっぱりおなじような体勢でTVを観ていたら、またポタポタと水滴が腕に垂れてくるんだそうです。最初は気にも留めていなかったんですが、ふとこの間のことを思い出した。もちろん雨漏りなんかしていない。これはなんだ?と思ったんです。

 そのとき、おもての通路を歩いてくる足音がして、それがボクだと思って胸をなでおろしたそうです。よかった、と。今日はこの不気味な出来事をボクに話そうと思ったそうです。

 いかにも雨のなかを歩いてきたと思われる濡れた足音。ところが足音は近づいてこなくて、ずっとおなじところで聴こえているような感じだったそうなんです。待てど暮らせど、通路の向こうからこっちに歩いてくる気配がしているだけ。扉を開けてたしかめることもできないくらい、カノジョは恐怖に怯えたそうです。

 

 ペタ、ペタ、ペタ…

 

 やがて足音は部屋のまえまできて、そこで立ち止まった。いよいよきた、とカノジョはもう生きた心地もしない。ノブがくるりと回って扉を開けたのがボクだった。

 ボクの顔を見るなり、カノジョは泣きだしたんです。ボクは意味がわからず、理由をきいて思わず笑ってしまったんです。そんなことばかり考えているから気のせいだ、と窘めたつもりだったのですが、その後もときたまあったようです。

 いえ、いえ。いくら安いといっても事故物件だなんてことはないと思います。ボクにはそんな現象が起こることはないんですが、カノジョにはたまに起る。それも常に雨の日なんです。雨が降らない日は起こらないというんです。

 

 そのうちカノジョは「何回かヘンな目に遭って気がついたことがある」といいだしました。背後に立っている人物は、もしかしたら自分の知っている人ではないかと。それをきいたとき、ボクにも思いあたるフシがあることを気づきました。

 ボクにはカノジョと同棲するまえに、べつのカノジョがいたのは話しましたよね。この部屋はその元カノと同棲していた部屋だって。

 現在のカノジョというのはお尋ねの〝モル〟です。ボクは彼女の本名を呼んだことはありません。そして元カノは〝ウラン〟。そう、バイトしていたちょっとマニアックなガールズバー〝レインドロップス〟で名のっていた源氏名です。

 モルとウランはバイト先の同僚だったんです。だから、モルとも以前から知ってはいたのですが、こういうことになろうとは思いもしなかったというのがホントのところです。

 

 ウランと別れた理由ですか? 亡くなったんです。バイト先から帰る途中にゲリラ豪雨に遭いまして、増水した川に流されました。翌日、河口付近で水死体が発見されたあの事件です。このまえもべつの水死体が上がったそうですけど、最初に見つかった方です。

 実はウランとボクは幼なじみで、子どものころは近所に住んでいたんです。一緒に上京してきて、同棲することにしたんです。二人一緒なら生活費も半分ずつで済むと考えました。

 それ以上にボクはウラン以外の女のコを好きになることはなかった。ウランと暮らすのが当然のことと思っていました。ウランもそう思っていたんじゃないかな。だから、見つかった遺体がウランとわかったときは目のまえが真っ暗になりました。

 

 ショックを受けているボクをモルは気にかけてくれて、いろいろと世話を焼いてくれました。実はモルにも同棲していたカレシがいたんですが、カノジョいわく軽薄なヤツだったらしく、気に入った女のコを見つけると平気で浮気するような男だったみたいです。

 ちょうどそのころ、部屋に帰ってこなくなったカレシに愛想が尽きたモルは見切りをつけたんだそうです。それがきっかけで、ボクの部屋で半同棲状態になりました。

 モルの元カレですか? 会ったことはないです。ボクも戻ってくることがあるんじゃないかと懸念はしたんですが、いままでとちがってこんなに長い間帰ってこないことはないから、新しい女のところに居座るつもりだろうというんです。

 

 それを見越してモルはそこを引き払って、ボクのところにきたんです。ところがヘンなことが起こるようになって、恐れをなしたモルは、いまみたいな雨の季節になると実家に帰ってしまうんです。実家からボクの部屋に通ってたんですが、ここのところはきていません。

 

 モルがそこまで怯えているのは、彼女の背後に立つびしょ濡れの人影とはウランではないかと思ったんです。おそらくモルもそれを思い浮かべたのじゃないかと思いました。

 ただ、解せないのはモルに現れて、ボクに現れないことです。ボクはそこまで感覚が鋭敏ではないので気づかないだけかもしれないのですが、もしモルにだけ見えるとすれば、ウランはモルに怨念を抱いているのじゃないかとも思えます。まあ、ウランが亡くなったあとに、仲のよかったモルがボクと同棲し始めたことを恨んでいてもおかしくはないですからね。

 

 そこでボクは考えました。ウランが成仏できるように、ボクなりに供養してやろうと。彼女の笑顔の画像をプリントアウトして、小さな額縁に入れてテーブルに飾りました。仏壇ではないのでお線香をあげたりはしないんですけど、飲み物や季節の花などを供えました。

 ある日、モルがそれを見てボクにいうんです。なぜ、いまごろになってこんな供養をするのか、と。ボクはモルにもわかっているものだと思っていたので、逆に不可解でした。


「キミが思い浮かべた人物というのはウランのことじゃないのか?」


 すると彼女は、自分が思いあたる人物とは元カレだ、といったのです。彼女いわく、奇怪な現象が起こり始めたきっかけは、ウランが遺体で見つかったあの川で、数日前に二体目の身元不明の遺体が発見されたとき以来らしいのです。


「それが元カレだというのか? まだ身元がわかっていないのに、なぜキミはそう思うんだ?」


 そこでモルは初めて告白しました。ウランと元カレをあのゲリラ豪雨のなか、決壊寸前の川辺に呼び出したのは自分だ、と。まずウランを呼び出して橋の上から突き落とした。

 元カレもその直後に呼び出して、橋から突き落としたそうです。元カレの遺体が上がったのは、ついこの間ですよね。中洲の藪に引っかかっていたんでしょ? なにもかも削げ落ちて、もう白骨化していたとききました。

 ウランも元カレもモルが殺していたんです。そして素知らぬふりでボクと同棲しようとしていた。なんでそんなことをしたのか、ボクにはさっぱりわかりません。

 だから、ここにはいませんよ。実家にもいませんか?

 すると彼女は逃げた? ボクは知りませんよ、自首したものだとばかり…

 

 は?

 ゲリラ豪雨の翌日発見された遺体がモルだというんですか? そんなバカな…

 ボクはウランだとききましたよ。だれにって、新聞に出てたじゃないですか。

 そう、これです… えっ、これはモルの本名?

 じゃあ、元カレはだれが… 

 いまだに身元がわかっていない? あの遺体は水死じゃない? もっとまえに死んでいて、それをゲリラ豪雨の夜にだれかが川に流した、と?

 白骨化していたのに、そんなことがわかるんですか?

 そんな短い間では白骨化しない?

 まさか… すると、ウランはどこへいったんでしょう? あのゲリラ豪雨の夜から帰ってないんですよ。もしかして、ウランが――


〝レインドロップス〟のオーナーが、ボクが毎晩のように通っていたっていったんですか?

 モル目当てで?

〝レインドロップス〟には、あれ以来いってませんよ。ウランを亡くしたショックで、あんなところにいけますか。

 モルを奪うためにボクが元カレを殺したっていうんですか?

 そうだとして、なんでモルまで手にかけないといけないんですか?

 モルに元カレを殺したことがわかって、それを通報するといわれて?

 

 ヘンな目に遭ったのはボクだっていうんですか?

 ははは…

 ボクにはそんな感覚はないですよ。ただ、やっぱり気持ち悪いし、ちょうどいい物件が見つかったんで今月中には出ます。

 町を出るなって…ボクが疑われてるんですか? ボクが本当に愛していたのはウランだけですよ。

 じゃあ、この遺影はだれなんですか。これがウランですよ。

 そんなコはいない? 〝レインドロップス〟のオーナーがいったんですか?

 え? これがモル? これはウランですよ、刑事さん。


 ………?

 いま、水がたれてきませんでしたか? ほら、また。この腕のところに…

 この部屋、雨漏りでもしてるんじゃないですか。


                                       了






読んでいただいて、ありがとうございます。

今回も投稿の段取りがよくわからなくて、一日ムダにしました。齢はとりたくないもんだ、ホント…

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