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魔女は雨の森の中――恋はもうこりごり。それでも魔石に願いは込める  作者: じょーもん


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23/24

23 告白

「アシュレイさん、ここにいたんですね……」


 王都の一等地にありながら、ゆとりある敷地を擁するグランディス公爵家の本邸――その奥に広がる私庭の一角に、エレナの姿があった。


 昼下がりの柔らかな陽光のもと、彼女はそっと庭園の東屋へと足を運ぶ。


 そこは、公爵家の家人しか立ち入れぬ内密の庭。けれど今や、エレナにはその静寂の空間への立ち入りが、公爵夫人であるカタリナの許しによって与えられていた。


「ああ。少し、考え事をしていた」


 アシュレイは東屋の柱にもたれていた姿勢から身を起こし、わずかに微笑むと、エレナを迎えに近づいてくる。


「考え事って……先ほどの件、ですよね?」


「ああ……」


 短く答えたアシュレイの顔には、まだ迷いの影が残っていた。


 その日の午前、ふたりは公爵夫妻から呼び出されていた。


 そこで提案されたのは――エレナとアシュレイの婚姻だった。


 リューデンハルトでの精霊召喚と奇跡の噂による、民衆からの過剰な注目。

 度重なる誘拐未遂は、首謀者のファリドが死罪を免れないとはいえ、第二第三の可能性が拭えない。


 このままでは、エレナを“ただの魔女”として守り通すのは困難になるだろうと、カタリナは言った。


 ならば、公爵家の威光のもとに“家族”として迎え入れることで、自由を護ろう――

 それが、カタリナが差し出した“庇護”のかたちだった。


「お身体の具合は、いかがですか?」


 二人並んで東屋のベンチに腰掛けながら、エレナはそっとアシュレイをうかがった。


「もう、すっかりいい。

 この前の骨折だけじゃなく、一年前の怪我の後遺症も、もう残っていない。

 戦へ行く前と、ほとんど変わらないくらいだ」


 そう言って、アシュレイは右腕を軽く握ってみせた。

 かつて、深い傷を負ったその腕は、今ではしなやかに動いていた。


「……『慈雨』というそうです。

 水の精霊が起こす、最上位の奇跡だったとか」


 エレナは、足をぶらぶらと揺らしながら、少し他人事のような口ぶりでつぶやいた。


「グランティーニ伯爵家が……婚約を、再び結びたいと申し入れてきたと、聞きました。

 アシュレイさんの身体が元通りなら、婚約も元通りでいいだろう、って……」


 エレナの声は淡々としていたが、その瞳の奥にはかすかな怒りの色があった。


「……君は本当に、耳がいいな。

 いったいどこで仕入れてきたんだか……」


 アシュレイは小さく息を吐くと、苦笑しながら首を振った。


「安心しろ。そんな図々しい申し出、こちらから丁重に――断らせていただいたよ」


「……あの伯爵令嬢に、本当に未練がないんですね?」


 エレナはわざとらしいほど無表情のまま、まっすぐアシュレイの瞳を見つめた。


「当たり前じゃないか」


 アシュレイは少しだけ苦笑してから、まっすぐに言った。


「……実は、君に言わなければならないことがあるんだ。

 俺は――ずっと……三年前の、あの夜から……君のことが好きだった」


 エレナは、表情をピクリとも動かさずにアシュレイを見つめ続けている。


「夜会の警備をしていた俺は、婚約者がいる身でありながら、

 “社交界の白百合”と呼ばれる君に……一目惚れをしてしまった。

 目が離せなくて、仕事中だというのに、ずっと目で君を追っていた。

 ……だから、あのとき、君の危機にも誰より早く気がつけたんだ」


 アシュレイは、視線を地面へと落として、少しきまり悪そうに続ける。


「それから、君のことを少しだけ調べた。……ああ、あの夜の調書を作るついでで、知り得た範囲の話だが」

 アシュレイは自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「それで、君には結婚間近の婚約者がいると知った。

 正直、絶望した。でも、それと同時に、どこかで安堵もしていたんだ。

 ……この恋を封印できる、と。

 俺も、婚約者に不実にならずに済む、ってね」


 苦笑混じりにそう言って、アシュレイは目を細めた。


「――義姉上は、きっと俺の気持ちなんて、最初から全部、お見通しだったんだろうな……」


 どこか照れくさそうに、けれど覚悟をこめて、彼は続けた。


「彼女に頼まれて、あの森の家へ向かった日――

 扉が開いて、君が出てきたとき……心臓が止まるかと思ったよ。

 とっくに人妻になっていると思い込んでいた君が、

 何も変わらず、目の前に現れたんだから


 ……婚約破棄されたと聞いて、俺は心の中で舞い上がった。

 病気の君に、付け込むようなまねをしてでも――

 それでも、絶対にこの機会だけは逃したくないって、思ったんだ」


 ふと、アシュレイは自嘲気味に笑った。


「……君を守り切れない、不自由な身体だったくせに、な」


 黙ってアシュレイの話を聞いていたエレナは、

 やがて腰の物入れに手を伸ばし、おもむろに何かを取り出すと、

 それをアシュレイの手のひらにそっと押しつけた。


「これは……」


 アシュレイが開いた手の中には、

 淡く光を湛える上質な魔石がひとつ、静かに収まっていた。


「双晶魔石。

 ……この前のは、熱でダメになってしまったでしょう?」


 エレナは、あくまで淡々とした口ぶりで言った。


 たしかに――あの日、ファリドの放火による炎で、

 エレナの魔石は熱に耐えられず砕け散った。

 そしてアシュレイの魔石も、番を亡くしたかのように白く濁り、

 それきり反応を示さなくなっていたのだった。


「今回のは、ちゃんと……自分の報酬で買い取らせてもらったものよ」


 そう言いながら、エレナはアシュレイの手にある魔石に目を落とした。


「双晶魔石は、握り合った者同士の想いを映すの。

 私の想いは、あなたの石に。

 あなたの想いは、私の石に――ね」


 そう言って、エレナはそっと自分の手を重ね、アシュレイの手をやさしく閉じた。


「濃ければ濃いほど、深い想い。

 青ければ信頼や誠意、赤ければ……恋情や、愛情を示すの」


 自分でも口にするのが少しだけ恥ずかしかったのか、

 エレナはわずかに伏し目がちになったまま、

 もう片方の手で、自分の魔石をきつく握りしめる。


 その手には、込めた想いのぶんだけ、自然と力がこもっていた。


 しばらくの沈黙のあと、ふたりは同時に、そっと手を開いた。


 エレナの石は、以前と同じ、深い深い真紅へと染まり、

 午後の陽射しを受けて、静かに光を返した。


 彼女は、まぶしそうに目を細めながらも、どこか嬉しげにそれを見つめていた。


 アシュレイの石は――


 最初、海のように澄んだ蒼色に染まり、

 それから滲むように赤が浮かび上がり、

 やがて、ふたつの色が溶け合って、高貴な深い紫色へと変わっていった。


「……また紫色?」


 アシュレイが怪訝そうに首をかしげると、

 エレナは背筋を伸ばし、まっすぐ彼を見つめて言った。


「それが――私の、あなたへの想いです」


 ゆっくりと、けれど確かに言葉を選ぶように、エレナは続けた。


「海のように深く信頼し、炎のように恋情に身を焦がしております。

 ……お慕いしております、アシュレイさん」



 エレナの言葉に、アシュレイは完全に動きを止めた。

 瞬きすらせず、ただまっすぐに彼女の顔を見つめていた。


 そしてとうとう、泣きそうな、それでいて心から嬉しそうな顔で、震える声を漏らす。


「……本当に?」


 確認するように、静かにひとこと。


 そして、たまらずに両手で彼女の手を取り、顔を綻ばせる。


「ああ、エレナ……。

 貴女に、婚姻を申し込みたい」


 そう言って、アシュレイはベンチから立ち上がると、

 彼女の前に膝をつき、騎士の礼をとった。


「エルフィーナ・アゼール伯爵令嬢。

 貴女に、永遠の愛を誓う。

 ……どうか、伴侶として、共に生涯を歩んでほしい」


 アシュレイはそっと、エレナの手を取り、その手のひらに口づけを落とした。


 エレナはくすぐったそうに微笑みながらそれを受け入れると、

 自分もしゃがみ込んで、彼の耳元へと唇を寄せた。


「……末永く、よろしくお願いします。アシュレイさん。

 返品は――できませんよ?」


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