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02 宝石箱の中の祈り

 エレナは、グローテが帰って行った後――その日のうちは、コサージュづくりに精を出した。

 カタリナからは、「アクセサリーのデザインに注力してほしい」という話だった。けれども、自分の作るささやかな品物が、どれほど年若い貴族令嬢たちの心の支えになっているのかも、店を通して届く感謝状から知っていた。

 自分の出自を明かさないためにも、エレナは決して返事を返さなかったが、グローテを通じて、手紙のお礼だけは伝えてもらっている。

 これから手掛けるアクセサリーも、高貴な誰かの支えにはなるだろうが、今までのようなささやかな魔法では、魔石の質に見合わないだろう。

 もちろん、そういった重要な制作を任されるのは嬉しかったが、従来のささやかな魔術で自信のない令嬢の背中をそっと押す――そういったものにも魅力を感じ、これからも作り続けていきたいと、彼女は思っていた。


「だって、私だって、夜会は何度行っても緊張したもの。」


 おとぎ話では楽しくロマンスにあふれると描かれる夜会も、実際は男が女を品定めし、女が男を値踏みする、戦場かオークション会場のようなものだ。


 あの視線は、エルフィーナにとって、ひどく冷たく、恐ろしいものだった。


 そんな中、今は亡き祖母が手慰みで作ってくれたおまじないの魔力がこもったアクセサリーや小物類は、彼女をどれだけ慰めて、励ましてくれただろう。

 彼女の作ってくれた品々は、令嬢の舞台を降り、こうして森に隠れて暮らす今も、エレナの宝石箱にそっと収められている。


 貴族令嬢として終わってしまった今……エレナになった今だからこそ、若い令嬢たちの“魔法使いのおばあさん”となって、戦場を行く彼女たちを、少しでも励ましてあげたい。


 だから、今夜は特別な御方への一品の構想を練りつつ、手はコサージュづくりに精を出す。

 そもそも創作とは、構想九割、制作一割。頭の中でよく練っておけば、あとは自然と手が動くものだ。

 一人でも多くのお嬢様方が笑顔になりますように――

 エレナは心からそう思っていた。


 その日は少し遅くまで手を動かし、翌日からは、カタリナから届けられた魔石と本格的に向き合うことにした。


 翌朝、食事を済ませて、庭や菜園を見回り、家事を片づけた後、エレナは昨夜のままテーブルに置かれていた宝石箱に、そっと手を掛けた。


 ひとつひとつ手に取って、昨夜考えた構想に、どれが一番則した石か選び抜く。


「カタリナは特に指定していなかったけれど……

 想定される御方は、来春に同盟国へ嫁がれる第二王女クローディア殿下か、今年デビュタントの第三王女アンジェラ殿下……かな。」


 エレナは、大人っぽく落ち着いた雰囲気のクローディア王女と、小鳥のように快活なアンジェラ王女を思い浮かべる。

 どちらとも直接言葉を交わしたことはないが、宮中行事やパレードの折に、遠くから見かけたことはあった。

『ヴィラ・エトワール』が年若い貴族令嬢を主な顧客としていることを考えれば、今回のような新しいコンセプトのシリーズは、当然、クローディア殿下やアンジェラ殿下のように――

 今まさに、あるいはこれから社交界に花を咲かせる乙女たちの先頭を行く御方に売り込みたいと考えるはずだ。


「二つか三つって言っていたから、両方でもいいのよね。

 遠くの国へ、身一つで嫁ぐ――そんなクローディア殿下のようなお嬢様も。

 皆の視線を一身に集めて、デビュタントに臨むアンジェラ殿下のようなお嬢様も。

 立場や悩みの大小は違っても、似たような不安を抱えている令嬢は、きっと他にもいるはずだわ。」


 エレナはひとりごとをつぶやきながら、紙の上にペンを滑らせ、昨夜の構想をひとつずつ形にしていく。


「そんなお嬢様方を代表するような御二方の、心にそっと寄り添えるような……」


 色をのせ、線を重ね、選び抜いた魔石にひとつずつ魔法を込めてゆく。

 そうしているうちに、グローテと交わした一週間の約束は、静かに過ぎていった。



 そして、約束の日――エレナは体調を崩していた。

 数日前から身体に違和感はあったが、デザインに夢中になっていたエレナは、自分のことをつい後回しにしてしまっていた。前夜にはもう食欲もなく、なんとか完成させたデザイン画を宝石箱の上にそっと置くのが、精一杯だった。

 常備していた薬湯を飲んで、早めに床に就いたものの、結局朝になっても良くなるどころか余計に悪化している始末だった。


「困ったな――風邪かな。グローテさんにうつしたくないんだけど……」


 呼び鈴が鳴る、そのギリギリまで、ベッドの中で悪寒に震える身体を丸め、エレナはひとり呟いていた。

 声に出していないと、具合の悪さに心まで押し流されてしまいそうで。


 悪寒に震えながら、浅い眠りを繰り返していると――昼過ぎ、呼び鈴が鳴った。


「はいはーい……」


 かすれた声で返事をするも、おそらくドアの外までは届いていないだろう。

 返事をして、ショールを纏うとやっとのことで玄関へとたどり着く。


「お待たせしました――ちょっと体調を崩していまして――」


 エレナが言いながら玄関のドアを開ける。


 けれど、そこに立っていたのは、グローテではなかった。


 小柄なエレナは少し見上げなければならないほど背が高い。

 黒髪は清潔に短く切りそろえられ、切れ長の双眸は高貴なアメジスト。

 凛々しい端正な顔立ちに、騎士服を身に纏っていた。


 ――え……何?誰?なんで騎士がうちに来るのよ……


 エレナは驚愕と恐怖で固まった。


 騎士は、感情を読ませない瞳でエレナを見据えていた。


「な……なにか、御用ですか?」


 恐る恐る聞く。身体を走る悪寒は、緊張によるものか、病気によるものか――もはやわからない。


「義姉上の名代として参った。本来伺う予定だったグローテは、体調を崩して療養中だ。」


 歯切れがよく、よく通る声だった。

 ――いい声だ。

 万全の体調であれば、素直にそう思えたはずなのに。

 しかし、弱り切った彼女の頭には、彼の声は鋭すぎでガンガン響く。


「ああ……グローテさんの代わり、ということですね。お約束の品はできております。

 少々お待ちいただけますか?」


 エレナはため息交じりに行って、一度引っ込むと、用意してあったデザイン画を入れた封筒と、宝石箱を取って来た。


「私も体調を崩していましてね、おもてなししたいのは山々なのですが、うつすと悪いのでご容赦を。

 こちらがお品物です。不明な点がありましたら、いつでもご連絡をください。」


 もう早くベッドに戻りたかったエレナは、押し付けるように品物を渡すと、そそくさとドアを閉めようとした。


 騎士は何か言いかけて、しかし言葉を飲み込んだ。


「……わかった。確かに。」


 一礼し、そのまま背を向ける。


 ドアが閉まると、エレナは急に足から力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


 ――あー、床、冷たくて気持ちいいなぁ……


 前のめりにそのまま倒れ込み、うつぶせになったまま、もう動けなかった。

 床板にぴったりと頬を付けて、ぼんやりと考える。


 ――本格的にまずいなぁ……あの騎士さんに、助けを求めた方がよかったかなぁ……


 もうこのままでいいや、と思い、ゆっくりと目をつぶって、そのままゆっくりと意識が堕ちて行った。



「おい、大丈夫か?!」


 エレナは、全身の疼痛と悪寒、だるさ、頭痛、そして喉の痛みの中、男の声で意識を取り戻した。

 気が付けば、先ほどの騎士が取って返してきて、エレナを抱き起したところだった。


「声……大きい……頭、響くから静かに――」


 かすれた声で呟いて、うっすら目を開けると、薄い表情の中に憂慮を浮かべて、彼がのぞき込んでいる。


「すまない。心配して帰ってきてみれば――ベッドは?」


 横になった方がいいという彼に、エレナは素直に部屋の奥を何とか指さす。


「……品物は?」


 エレナがたずねると、騎士は眉をしかめる。


「こんな時まで仕事の心配か……大丈夫だ。待たせてあった馬車の御者に渡して帰らせた。」


「そう……」


 エレナはホッとため息をつき、身体から緊張が解けて目をつぶる。

 騎士はそっと彼女を抱き上げると、指さされた奥の寝室へ向かって歩き出した。


 彼の腕に揺られている間に、エレナは再び眠りへと落ちて行った。

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