表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は雨の森の中――恋はもうこりごり。それでも魔石に願いは込める  作者: じょーもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/24

18 白百合の目覚めと、獅子の襲来

 エレナは目を覚ました。

 窓の向こうでは、すでに陽が高く昇っていて、さわやかな鳥のさえずりが聞こえてくる。


 ぼんやりと夢を、そして、現実の大舞踏会を思い返した。


 ――私、夢の中だったけど、初めて助けられた……


 あの大舞踏会では、マーティンの突然の行動に、誰もすぐには対応できなかった。

 両親も、シュテーベル伯爵夫妻も、エルフィーナの友人たちも――ただ、呆然と立ち尽くしていた。

 結果、すべては彼の思うままに運ばれてしまった。


 カタリナもまた、そのときは会場の最奥にいたという。

 まだ公爵閣下と結婚したばかりで、地位を固めるために高位貴族への挨拶回りに追われていた。

 騒ぎに気づいても、まさかその渦中にエルフィーナがいるとは、思いもよらなかったのだ。


 後になって、「あのとき人垣の中にいたけれど、怖くて動けなかった」と手紙を寄こしてくれた友人もいた。

 もちろん、皆がマーティンの言葉を真に受けたわけではないと信じている。

 それでも――この出来事を境に、少しずつエルフィーナの周囲から人が離れていったのも事実だった。


 ――そういえば、三年前の夜会で私を助けてくれたのは、第一騎士団の団員たちと団長だった……

 でも……まさか、その団長が、アシュレイさんだったの?


 エレナは無意識のうちに、手首のブレスレットを握りしめた。

 魔石が、ほんのりと熱を帯びているような気がした。


 ――夢の中のアシュレイさんが言っていたことって、本当なのかしら……

 あれが本当の彼なのか、それとも私が作り出した幻想なのか――確かめてみないと、わからない。


 夢の余韻が薄れていくにつれて、エレナの意識も、少しずつ現実の輪郭を取り戻していった。


 ――夜会のあとは、お礼状も手配も、全部、両親がやってくれていた。

 私はただ、ショックで部屋にこもって……なにもしていなかった。

 あのときは、責め立ててくるマーティンのことばかりが頭にあって、助けてくれた人たちに、自分からは何ひとつ……。


 ベッドから身を起し、侍女を呼ぶ。


 ――いまさら気づいても、遅いかもしれないけれど。

 それでも、ちゃんと確かめて、伝えなきゃ。


 今朝はエルフィーナとして、彼の前に立とう。

 そう心に決めて、エレナは扉を開き、侍女を迎え入れた。



 いつもよりもたっぷりと時間をかけて、貴族令嬢としての装いを整えた。

 森の暮らしですっかり緩んでいた所作にも、意識して緊張感を取り戻し、寸分の隙もないよう心がける。


 公爵家の侍女たちでさえ、エルフィーナの姿にため息を漏らした。

「さすが奥様の一番のご友人」

「まるでおとぎ話の姫君のよう……」

 そんな声が、鏡の背後からいくつも上がる。


 ――そうだった……

 社交界にいた最後の頃は、冷たい言葉で責め立てるマーティンに、下卑た男性貴族の視線、夜会での心ない噂……。

 暴漢に、無頼漢に……振り回されるばかりで、私はすっかり疲れ切っていた。

 けれど――本来の私は、“社交界の白百合”と呼ばれた存在。

 “赤薔薇”のカタリナと並び称され、舞踏会ではいつも注目の的だった。


 エレナは、鏡の中の自分を見つめた。

 そこには、忘れていた“エルフィーナ”が、確かに立っていた。


 ――あの頃は、マーティンしか見えていなかった。

 政略結婚とはいえ、彼にそこまで固執する必要なんてなかったのに。

 もうあの頃から、彼のまわりには詐欺まがいの噂や、薬物、怪しい仲間がつきまとっていた。

 私も、一度だけ、変な薬を勧められたことがある。

 もちろん断ったけれど……そのときの、彼の不機嫌そうな顔……あとでなだめるのが、どれほど面倒だったか。


 エレナはそっとまぶたを閉じ、一瞬だけ――もしマーティンと結婚していたら、と想像してみた。

 そして、ぞっとして身震いする。


 ――でも、私は……運がよかった。

 あんな形だったとはいえ、マーティンから逃れることができた。

 そして、今は――


 ふと、手首のブレスレットに目を落とす。

 令嬢の装いの中でも、決して浮くことなく、静かに上品な輝きを放っていた。

 良いものを選ぶように勧めてくれたカタリナに、心の中でそっと感謝する。


「アシュレイさんにお会いしたいの。今、どちらにいらっしゃる?」


 私は令嬢らしい所作で優雅に身を返し、侍女に静かに尋ねた。



 アシュレイは、朝食を済ませたあと、前庭に出ていた。

 庭の手入れをしていた庭師に声をかけ、何やら言葉を交わしている。


 エレナの姿を見つけると、庭師に軽く一礼し、彼女の方へと歩いてきた。


「おはよう。……なんか、今日は一段と綺麗だな。

 その、――よく眠れたか?」


 アシュレイは、柔らかい微笑をのせ、けれども少しだけ視線はエレナから外してたずねる。


「はい。今朝方――私の夢に、いらっしゃいましたか?」


「……ああ。君は、毎日、ああいう夢を見ているのか?」


「ええ。毎日のように見ております……」


「……あれは、本当に――起こったこと、だったんだな。」


「はい。もちろん私の主観も混じっていると思いますが……概ね、事実です。」


「そうか……」


 アシュレイは黙り込んだ。

 何かを噛みしめるように顔をゆがめたあと、まっすぐエレナを見つめ返す。


 一歩踏み出すと、まるで忠誠を誓う騎士のように、静かにひざまずいた。

 そして、迷いのない動作で彼女の手をとり、その指先に、深く敬意をこめて唇を重ねる。


「もし、あの場に私がいられたなら……

 君を、これほどまでに傷つけることはなかったかもしれない。

 出征していたとはいえ、どうにも悔やまれてならない。……すまなかった。」


 その血を吐くような悔恨の声に、エレナは思わず首を振った。


「いいえ、私はそんなふうには思っていません。

 むしろ――あのとき、あれほど徹底的に捨てられたからこそ……今の私があるんです。」


 エレナは腰をかがめ、そっとアシュレイの目線に合わせた。


「あの夜、私は……たくさんのものを失いました。

 でももし、失わずにマーティンを盲目的に信じたまま結婚していたら――

 きっと、もっと恐ろしい未来が待っていたと思います」


 小さく息を吐いてから、ふっと笑う。


「まあ……あのとき、あなたが颯爽と現れていたら、きっと、すぐに救われたでしょうけれど。

 でも――それはそれで、困ったことになっていたでしょうね」


「……困ったこと?」


 アシュレイが首をかしげて問い返す。


 エレナは何も答えず、ただ微笑むと、差し出した手で彼の手をそっと取り――引き寄せるように立たせた。


「すこし歩きませんか?朝のお散歩には、少し陽が高くなってしまいましたけれど。」


「……ああ」


 アシュレイが少し戸惑いながら答えたその時だった。


「やあ、我が花嫁、エルフィーナ殿。本日はまた一段と美しく、私の迎えを心待ちにしてくれていたと、思っても良いのかな?」


 耳障りな猫なで声が、前庭の空気を打ち破るように響いた。

 まるで絹に泥を塗るような、滑らかさと濁りが同居した声だった。


「お前は……」


 アシュレイは自分の背後にエレナを庇いながら、素早く視線を走らせた。


 男の後ろには、数十名の軽武装した、見るからに筋の物とわかる戦闘員を従えており、門番や警護の騎士を制圧しているのが見える。


「おっと、ちゃんとお話しするのは初めてでしたね。

 私はファリド・ザフラーン。

 エルフィーナ・アゼール嬢をお迎えに上がると予告しておりました者でございますよ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ