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さすらいドッグ  作者: 立石大吾
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汚い犬

雨が降ってグチャグチャに濡れた地面に体を擦り付ける。こうすることで一目で捨て犬であると言うことがアピールできるのだ。一見こんな汚い容姿をした犬なんて誰が拾うのだと思うかもしれないが、汚いからこそ人間の同情を引くことができるのだ。こうやって汚い身なりで俺のビー玉みたいに綺麗な瞳でじっと見つめていれば立ち止まらない人間などこの世にいないのだ。こうして俺はどこかのホームレスから掻っ払ってきた少し大きめの段ボールの中に入ってその時を待った。


こうして置物のようにしばらく座っているうちにある程度の時間が経過していた。通行人は幾らか居たが、立ち止まって哀れんだ目を向け立ち去るだけの者や鞄の中で何かに押し潰されてペシャンコになったパンを袋ごと置いてった高校生くらいの男がいただけだった。袋のに記載されている賞味期限を見るとちょうど1週間ほど賞味期限が過ぎていたのでそっと段ボールの中に仕舞った。現在、太陽の位置からしておそらく16時を回ったところだろう。この時間になれば人通りも増えるし、新たな宿主を見つけるのにちょうどいい時間帯だ。

そう思ったのも束の間、遠くでおそらく学校帰りであろう女子高生がこちらに歩いてくるのが見えた。今までの傾向からして女子高生というものは「可愛い、可愛い」と連呼しながら、著作権無視で写真を好き放題とった後、何事もなかったかのように去っていく。しかし、今回の女は違った。立ち止まってこちらを見るどころか、地面をじっと見つめながら生気の感じられない様子で俺の目の前を通り過ぎていった。


あれは人間だったのか?犬にはこの世ならざるものが見えると人間たちはよく言うが、あれは本当だ。俺には幽霊と呼ばれるものが見える。しかし、人間と幽霊の区別ははっきりとわかる。なのであの女のようにどちらか区別が付かないなんて事は今まで経験した事がなかった。

俺はあの女が無性に気になってあとをつける事にした。


しばらくあとをつけて居るうちに辺りはすでに暗くなっていた。やはり、あの女はどうにも様子がおかしい。後をつけて居るうちに律儀に信号を守ったりしていたので、人間であると言う事はわかったが、普通の高校生が学校から家まで徒歩で帰るような時間はとっくのとうに過ぎて居るだろう。体感では2時間は経過していた。ここが田んぼの広がって居るような田舎であるならばまだしも、ここはある程度の都会だ。歩いて通学2時間なんて事はありえないような話だ。田舎の人間だって2時間もかかるのであれば流石に自転車くらい使うだろう。2時間も歩いてようやくそんなことに気がつくなんて馬鹿みたいだ。これが散歩が大好きな犬としての性なのか、のめり込みやすい性格のせいなのか、前者な気がして俺は考えるのをやめた。


気を取り直して状況を確認する。辺りに人気は無く鬱蒼と草木が生い茂っているような場所に居た。遠くに目をやるとおそらく廃墟になったであろう建物が見えた。犬は夜目が聞くのだ。同時にこの女の目的地がそこであると言うことに気がついた。街頭一つない不気味な場所に女が一人入っていくのは異常な事である。肝試しに行くなんて様子にはとても見えなかった。まさかと、最近ここいらで犬や猫などを殺してまわっているサイコパスな奴である可能性を考えて警戒心を強めながら女が廃墟に入って行くのを確認してから数分後に俺も中へと入っていった。


残っている人間の匂いは一つしか感じられなかった。これはここ最近でもこの建物に入ったのはこの女だけであると言うことを証明していた。俺は女の作った匂いの道を辿っていった。

女の通った痕跡は迷うことなく階段へと続いていた。この女は何度もここに出入りして居るのではないか、そんな想像が膨らんでいった。でなければこんな暗闇の中迷わず歩く事なんて出来ないだろう。


階段を登り続けていくといつの間にか一番上まで来てしまっていた。どうやらあの女はこの廃墟の屋上に居るらしい。屋上へと続く扉は建て付けが悪いのか少し開いて不快な音をたてながら風に揺られている。その隙間を覗いてみると屋上の端に佇んで、今にも飛び降りそうな影がゆらゆらと揺れていた。


「まずい」そう思った俺は勢いよく扉に突進して女の元へと駆け出した。その音に気が付いた女はギョッとした顔をこちらに向けた。女は振り向き座間に足を滑らせ、叫び声を上げる間もなくその表情のまま体を外にのけ反らせた。


「落ちる!」そう思い必死に女の元へと駆け寄るが、いくら犬だからといってすぐには辿り着けない距離があった。「だめだ間に合わない」そう思い反射的に目を瞑った。その瞬間、この10年間生きてきて感じたことの無い突風が吹いた。女の元へと走る力を押し除けて、俺は何メートルかは吹き飛ばされたと体感したが目を瞑っていたので正確な距離はわからなかった。風に負けてしばらく目を瞑っていたが、その突風も納まった頃ようやく目を開けると、キョトンとした顔でこちらを見つめてくる女と目が合った。濁ったように真っ黒で綺麗な瞳、その時俺は今度は彼女と過ごす事になるのだ。本能でそう感じた。



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