六.ヒゲはかっこいい
ドラゴンの巣を出てすぐに。
「おい。そこの裸のお前。一人でブツブツと何を言っているんだ?」
福音スキルを使ってアキリアと会話をしていると、
唐突に声をかけられた。
アキリアとの会話に夢中になり、
少々周囲への警戒を怠ってしまったようだった。
ここは、いつ魔物が出てもおかしくない
荒れ果てた荒野。
しかもドラゴンの巣の入り口前だというのに。
不覚。
そんな事を考えながら振り返ると、
そこにはヒゲもじゃの、おっさんがいた。
なんか手に斧とか持ってる。
山賊?
不審者だ〜!
いや、騒いではいけない。
相手を刺激しない様に、冷静に何事もないかのように接しないと。
「俺の事かい?」
「そうだ。竜の巣入り口前に、裸で何をしている」
「何だって?」
………大変だ。
俺、卵だったり。
ドラゴンゴーストだったり。
ドラゴンゾンビだったり。
目玉焼きだったり。したせいで、
全裸が標準装備だと勘違いしていた。
スキルで人間になった俺は、全裸だ。
人間は服を着る習性を持つ生き物だった。
山賊ルックの不審者と、
裸の俺。
俺のが不審者じゃないか?
いや、マジで。
そんな事よりも、どう言い抜けよう。
完全に俺、不審者やん。
「おいおいおい。なにもんだお前さん?」
「いや〜怪しいものでは無い? のか?」
素っ裸の正体ドラゴンのゾンビ。
もう怪しさマックスだけれども。
何とかごまかさねば。
でなければ、このヒゲモジャが、証拠隠滅もかねて、俺の食材第一号になってしまう。
こんな山賊チックな、おっさん食べたくない。
「自分が怪しくないと断言できないのか?」
「正直記憶が無いんだ。自分がどこの誰かもよくわからない」
嘘はついていない。
真実かと聞かれると、かなり怪しいけども。
ちょっとは記憶はあるしな。
アキリアの奴、なぜ俺の記憶を完全に消さない?
俺、またすぐ死ぬのかな?
「かぁ〜〜。記憶喪失だと」
「うん」
「じゃあ、もしかしてあれか? お前さんもドラゴン討伐に成功した、英雄達の一人か?」
「………いや、わからない?」
「まじでか〜。呪いのブレスを浴びた奴が、数人いたって言ってたし。それで頭やられたか〜?」
なんだと。ヒゲ。
俺の事を大分愉快に勘違いしてるな。
けどそれは、都合の良い勘違いだ。
乗っとこう。
真実はもっと残酷だ。
俺はその英雄達に食べられた、玉子焼きだ。
いや、目玉焼きだっけか?
コーンコーンと頭の中で鐘がなる。
福音スキルだ。
(さあ、今こそ名乗り出るのです。自分は目玉焼きだと)
アキリアのわけのわからない言葉が聞こえてきた。
人の頭の中を勝手に読むな。
なに? あいつ?
俺の思考を読めるスキルもってるのか?
それともたまたま?
「おいアキリアお前は………」
「ワシはアキリアではなくガットというものだが」
斧持ったヒゲもじゃが、
俺の言葉を遮って困ったように言った。
アキリアと福音スキルで会話してた為に、
俺やべぇ奴みたいに思われてないか?
さてどう答えるべきか?
「いや、その〜。うん。」
「なんだ?」
「さっきまで全裸で、ドラゴンの巣にいたんだが」
「ドラゴンの巣の中にいたのか?」
「それ以外何も思い出せなくて、困っているんだ」
とりあえず全力で誤魔化そう。
あんまり嘘はついていない。
山賊みたいな不審者に、不審者認定されるのもしゃくだしね。
「やっぱりそうだったか」
「………」
「生存者が死体と勘違いされて放置されてたんだな」
「よし、その設定で行こう」
「今なんと?」
「いや、何も覚えてないからなぁ。よく分からん」
「そうか、そうか。それなら良い」
「何が良いんだ?」
「とりあえずワシの上着を腰にまけ」
「ありがとう」
「フルチンの男は見てられん」
(ククク)
おいアキリア笑うな。
お前さっきまで、違和感なくフルチンと話してたんだぞ。
わかってるのか?
フルチンの男と、フルチンと普通に話す奴。
どっちがヤバイかわかったもんじゃね〜。
アキリア最悪だ。
「とりあえず、上着をくれてありがとう」
「いいって事よ」
「これを腰に巻けば、フルチンから腰ミノへと俺は進化する」
「おい。何を言ってる。大丈夫か?」
「パワーアップだ」
「こりゃ駄目だ。だいぶ症状が重いな」
「人を病気みたいにいうなよ」
「伝説級ドラゴンの呪いのブレスだからな。この患者治るかどうか」
おい。人を病人扱いするな。
そしてパッパドラゴン、伝説級だったか。
案外凄かったんだな、マッマかも知らんけど。
「なんか俺、失礼な事を言われてないか?」
「気にするな」
「いや、それよりもヒゲもじゃは、ここで何をしてるんだ」
「俺の名はガットだガット」
「じゃ、ひげもじゃガットは何をしているんだ?」
「いやぁ伝説のドラゴンが討伐されたって聞いたからな」
ほほう。人より早くドラゴンを見たいと。
なかなか野次馬だな。このヒゲもじゃ
「ドラゴン見物にきたと?」
「いや、街で竜の死体を運ぶ輸送隊が準備してた」
「ほほう」
「だからそいつらの到着前に」
「前に?」
「素材の一部でも回収しようかと」
「ヒゲ。お前が不審者、つ〜かドロボーじゃね〜か」
やっぱり不審者だった。
ヒゲの動機は思った理由と違ったし。
コイツは悪いヒゲだった。
「違うエンジェルズシェア? とかなんとかだ」
「何だよ。その苦しい言い訳」
「どうせドラゴンの死体も、戦いで傷だらけだ」
「だろうね」
「少々ドラゴンの素材、いただいてもバレやしないさ」
初めて出会った人間ヒゲもじゃは、
だいぶ肝が座った悪い奴だった。
「う〜む。ドロボーかぁ。しかしなぁ」
「お前がもしも邪魔をするなら」
「なんだ?」
「見張りがいたら使う予定だった、この斧を使わねば」
ごっつい斧だ。
こっちが無手だからなめてるな。
こっちがドラゴンゾンビの正体を現したら、腰抜かすだろうな〜
「なんだと、やるのか」
「そっち次第だ。俺に協力するか? 見て見ぬふりをするか? 上着の恩を仇で返すか?」
「………俺は変幻解いたら、たぶん強いぞ」
「変幻? ってなんだ? 強いのか? あ、討伐隊だったな」
「間違いなく、二人共無事ではすまんぞ」
だって俺、超弩級戦艦絶対人類道連れ腐竜だもの。
いや、なんか違うか?
まぁ良いや。
ヒゲは目に見えて慌てだした。
動揺しとる。
「まぁ落ち着け。冷静に考えろ」
「うむ、落ち着く。俺」
「お前はここで一人ぼっちと言う事は。たぶん竜討伐の仲間に捨てられたんだ」
「そうだったのか?」
それは違う。
真実は残酷だ。
俺は討伐される方のドラゴンだ。
が、
そのヒゲの説にのっとこう。
そのほうが、お互いに都合が良い。
「お前を捨てた、そんな奴等の所に、今更お前がノコノコと帰っていってどうなる?」
「………」
「お前の仲間は、おまえを迎え入れて、分前をくれるか?」
「いや、絶対無理だ」
だって俺、そもそも仲間じゃないしな。
「そうだろ」
「ああ」
「お前はきっと仲間じゃないとか言われる」
「ああ。間違いない」
「嘘つき呼ばわりされる」
ヒゲよくわかってるな。
「それも間違いない」
「袋だたきにされて、放り出されるのがオチだ」
「………」
「だって生き残った討伐隊は、お前を仲間だと認めると、一人分の報酬分前が減るからな」
う〜む。
人間ってそういういきものなのか?
なんと世知辛い。
人間の世は地獄かな?
「なんてこった。ヒゲ。お前頭良すぎだ」
ホントに俺は、ドラゴン討伐の仲間じゃないからな。
分前もらえるはずもなく。
とんだペテン師呼ばわりされるのは確定だ。
このヒゲもじゃ侮れん。
勘違いから、ある程度の正解を導き出しやがった。
「ハハハほめるな」
「………」
「な、そんな馬鹿らしい目に合うくらいなら、」
「ならなんだ?」
「俺と一緒にドラゴンの素材を今、少しどっかに隠してさ」
「隠してどうするんだ?」
「仲間と認められなかったら」
「ら?」
「俺と一緒に、隠した素材でハッピーになろうぜ」
なかなか良いアイデアだ。
俺でなきゃつられちゃうね。
このひげは、やっぱり悪いヒゲだった
「ああと、そのな。なんと言っていいか」
「断れば斧のサビに」
「そうじゃなくて、俺が洞窟から出てきたときさ」
「ああ巣の中か、どうした?」
「中にもうドラゴンの死体なかったぞ」
だからヒゲの計画は上手くいかないな。
「なんだって!ほんとか」
「ああ。嘘は言っていない」
「まずいな」
「ドラゴンらしいものは、何も洞窟のなかになかった」
だって俺がドラゴンの死体で、俺は外に出たからな。
嘘は言っていない。
「なんてこった。お前は手ぶらだし。同業者に先を越されたか」
違う。死体は俺が使った。
だがそれはこの際いい。
同業者?
ヒゲみたいなのが、沢山いてもおかしくないのか?
人間って最低だな。
「え、お前みたいなのがまだいるのかよ」
「そりゃあ、ドラゴンとか貴重だからな。俺の他に誰かに会わなかったか?」
「いや、わからない。しかし、人間族って終わってんな」
「お前は頭ぽわぽわしてるしなぁ。犯人はわからないか? ええい。自分の目で確認してやる」
そう言ってヒゲもじゃは、洞窟のなかに突撃して行った。
「アキリア聞こえるか」
(聞こえてるよ。人類ってたくましいね)
ヒゲのパワ〜にあてられてしまった。
腹が減った。
………ふと目についた近場の木の枝をガジガジ齧ってみる。
不味い。
俺は草食では無かったか?
何かを食べたい。
………ヒゲに、たかってみるか?
暫く洞窟の前でヒゲを待ってみた。
すぐに出てくるかと思いきや、なかなか出てこない。
(ヒゲ出て来ないね)
「そだな」
(中に入れば、すぐにドラゴンの死体が無い事は、わかりそうなものなのに)
「俺も、いってみるさ」
ヒゲを探して竜の巣へ。
今のドラゴンゾンビで無い、人間の体なら、魂は削れないしね。
気楽なもんだ。
竜の巣の中にお宝と竜と冒険を求めてじゃ無く、
ひげを探しに突撃だ。
………全く浪漫が無いダンジョン探索だ。